午後の告解







 目の前の男を、サウルは黙って見つめた。
 告解室に入って来たはいいが、もう長いこと押し黙ったまま、男は黙って下を向いている。告解を志して来たものの、いざ口を開く段になって躊躇いが強くなったのだろう。
 こうした類の告解者は、珍しいことではあるがごく偶に存在する。
 サウルはそれを知っていたし、口を開かせる為にせかす必要も感じなかった。
 懐中の官能詩集を手に広げ、ページをめくるときに音を立てないように気をつけながら読みつづけるだけだ。
 男が現れたとき、高く上がっていた日はすでに大きく傾いていた。
 夏至まで幾日も残していない夏の日差しは、エトルリアではごく長い。
 この男と自分は、半日以上ここに座っていることになる。
 サウルがそう思ったとき、木枠の向こうで物音がした。男が椅子に座りなおし、こちらを見ている。
「サウル殿」
 相手が自分の名を知っていることに驚いた。
 目の前の男はつい先日までエトルリアの大将軍位にあった男で、自分とは面識が無いはずだった。
 ベルン動乱の際に、軍議で顔を合わせたことがあるくらいだ。
 しかしとにかく、ここで自分の名を呼ぶのはルール違反であるはずだ。
「今、あなたの目の前にいるのは神の代行者です。一人の神父の名など口にすべきではありませんよ」
「サウル殿」
 サウルの遠まわしな牽制を、あえて男は退けた。
 サウルは黙って目の前の男を見る。中年をやや過ぎた、それでもがっしりした肉と骨格を失わない男。
 重甲冑を着けて尚見事な槍捌きを見せる、往年の大将軍、ダグラス。
 黒く鋭い目が、透ける帳の奥から自分を射ぬく。
「申し訳無いが、こちらに来ていただきたい」
 ダグラスが言った。
 サウルは息を吐き、詩集を閉じてその場に置き、扉を開いて外に出る。
 ダグラスが篭る側の戸を開くと、その途端、万力のような力で腕を捕まれて中に引っ張り込まれた。
「ダ、ダグラス殿!」
 自分が思わずその言葉を吐き、告解室をただの部屋にしてしまったと気づくまもなく、サウルはダグラスの腕によって彼の胸に押し付けられていた。強い力で、身動きさえままならない。
 緊張したダグラスの息がサウルの顔にかかる。
「ダグラス殿‥‥手を、離して‥‥」
 猛獣に服の裾を爪で抑えられたら、捕らわれた者は今の自分のような猫なで声を上げるのではないか。サウルはそんな気がした。ダグラスには自分を解放する意思は無く、何をするつもりかは知らぬが結構な危機的状況に感じられる。
「サウル殿」
 その声は喘ぎに近い。サウルは自覚せず、背筋が鳥肌立った。
「お願いが、あるのだが」
「‥‥何でしょう」
 ダグラスの纏う空気には、焦燥と昂奮とそして強い羞恥がある。
 それを非常に不穏なものと感じながら、サウルには逃れるすべが無い。
「そなたは、神父にしては、くだけた性根の方と伺っている」
「‥‥‥‥」
 肯定も否定も危険な気がして、サウルは黙っていた。
「その、女遊びも男遊びもする方だと」
 ダグラスの上気した顔を見て、サウルはより恐怖を募らせた。
「‥‥でしたら、どうなのです」
「その」
 ダグラスは一瞬視線をそらせ、
「抱いていただきたい」
「‥‥‥は」
 サウルは不快なことに気づいた。自分の腹にダグラスの下半身が当たるのだが、先ほどより硬くなっているのがわかる。
「ダ、ダグラス殿」
 とにかく相手が腕を緩めてくれぬことには、身動きさえできない。サウルは焦って、必死で語りかけた。
「何も私のような若輩者、閣下にとって見知らぬ者をお相手なさらずとも。閣下がお声をかければ、いくらでも答えるものがおりましょう」
「おらぬからそなたに助けを求めている」
「は‥‥‥」
「私は美青年に抱かれるのでなければ燃えぬのだ」
(うわぁ‥‥‥)
 サウルは唖然として気が遠くなりかけたが、ここで気絶などしては何がどうなるかわかったものではない。必死で気を取り直し、
「で、でしたら、パーシバル閣下など‥‥」
 ダグラスは首を横に振った。
「肩幅と身長がありすぎる」
 どうやら強いこだわりがあるらしい。
「では、クレイン殿とか」
「あれは受け専だ。私と同じく」
 クレインとダグラスを同類項に分類していいのかという疑問がちらりとサウルの頭をかすめたが、今はそれどころではない。
「では、先日戻られたミルディン王子など‥‥」
 とたんにダグラスははらはらと涙を流した。
「‥‥‥昔はよかった」
「はぁ‥‥」
「今は殿下はパーシバルに夢中だ」
「ははぁ‥‥‥」
 なんとなく成り行きの掴めたサウルだった。
「ようするに、ミルディン王子の寵愛がダグラス将軍のもとから去ったというわけですね」
 ダグラスは涙と鼻水に喉を詰まらせながら、無言で首を縦に振った。
「お、おまけに、受けに目覚めてしまわれた」
「はぁ、なるほど」
 どうやらようやっと告解らしくなってきた。
 罪の意識がないことと、現在サウルの置かれた状況がかなり異様であることを除けば。
「ダ、ダグラス殿。とにかく、あなたの訴えはよくわかりました。逃げたりしませんので、手を離してください。‥‥その」
 意図もせず顔を赤らめて言いよどむ。
「下半身が私の体に当たって、不快です」
 ダグラスはおとなしく手を離した。サウルはようやく解放されて息を吐き、立ち上がる。
「つまり、告解ではなく、私に用があったのですね」
「そうだ」
「ミルディン王子の代わりに、私にダグラス殿を抱いて欲しいと」
「そう」
 サウルはじっと、椅子に座って項垂れたままのダグラスを見下ろした。
 先ほど見せた荒々しさと昂揚感は、心の中をサウルにぶちまけたことですっかり収まっているようだ。
 サウルの中に、憐憫の情が湧いた。
「ダグラス殿」
 ダグラスが髯面の面を上げる。ほんのわずかに。
「残念ながら、私も、男性が相手のときは、入れるより入れられるほうが好きなのです」
 ダグラスの肩が目に見えて落ちた。
「そう、か。無理を言って、無体を働いてしまったな。すまなかった」
「いえ」
 そのときサウルの脳裏をつつくものがあった。
「ダグラス殿」
 再度の呼びかけに、ダグラスが目を上げる。
 上司のヨーデルが、自分がエトルリアに赴任する前、不吉に笑いながら言っていたのをサウルは思い出していた。
『良いですか、サウル、布教を忘れずに。以前のようにふまじめな布教のしかたを続けていたら、どうなるかおわかりですね?くっくっく‥‥』
 サウルはどうなるか絶対わかりたくなかった。
 しかし彼が担当する入信者リストは、今のところ一人の名前も書かれていない。サウルはダグラスに問うた。
「エトルリア軍の外人部隊を、あなたのお力でエリミーヌ教に改宗させることはできますか」
 エトルリア軍は、異国人・異民族から成る兵士を3000人ほど抱えている。
「できると思うが」
 ダグラスの返答に、
「でしたら」
 サウルは莞爾と笑って、将軍の髯面を両手で挟んだ。
「ダグラス殿のご苦悩を、不肖ながらこの私が癒してさしあげることができると思います。あなたが私の布教にご協力してくださるなら、ですが」
 ダグラスが無言で、縋るようにサウルを見た。その手は早くもサウルの腕を捕らえている。
 サウルは笑みを深くした。
「では、契約は成立ということで」
 ダグラスの首の後ろに両手を回し、口ひげに象られた将軍の唇をゆっくりとくわえる。唾をまぶしながら、相手の口の奥へと舌を差し入れた。
 ダグラスの舌がサウルに答え、その腕が力強くサウルの胴を抱え込む。

 日が沈むまで、二人は告解室から出てこなかった。
 椅子の軋る音、床を何かが擦れる音、そして荒々しい喘ぎだけが、時たま、外に漏れた。


 その年、サウルによってエトルリアの外国人兵士約2800人がエリミーヌ教団に入信した。
 それは前代未聞の快挙として教団にうたわれた。サウルの名は後世に長く残ったという。
(了)
この小説はおいらの趣味ではありません。断固。某年、FE悪友どもの「強制リクエスト(拒否不可!)」という、存在自体が罰ゲームのような企画に無理矢理(!)参加させられて挙句書かされたもの。ダグラス受けは萌えたがサウルを相手にしなくてもいいじゃないよ! ムキイ!
なんどと言いつつ書けばそれっぽく書けてしまう己が厭。あーあ。



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