折野町シアター アストール×イグレーヌ編
折野氏からもらったパラレルSS。
今回はしんみりと。

 




 刺すような木枯しに、硝子の格子戸が音を立てた。
 ネオン街を脇に逸れた横丁に、やわらかな灯火が浮かんでいる。 戸口に掲げた行灯には、『小料理屋 なばた』の文字。

 すでに暖簾を下ろした小さな店内に、男と女が一組。狭いカウンターの上に、 空になったお銚子に囲まれて、男は微かな寝息を立てていた。
 カウンター越しにあるおでんの鍋から立ち上る湯気の中に、和服姿の女将が 優しげな眼差しで男を見つめていた。
「お客さん、看板ですよ」
 そっと男の肩を揺すると、夢から覚めたように男が顔を上げた。
「……あれ。イグレーヌさん。…なんでこんなとこに…」
「いやねえ。ここはあたしのお店じゃないの、アストールさん」
 クスリとイグレーヌが笑うと、ぼんやりと男は店内を見渡した。ようやく事態を 飲み込むと、照れくさそうに頭をかいた。
「そうだった。いけねえ、ついまたやっちまった。あんたと指しつ指されつ相合酒  をやってると、いつもこうだ。迷惑をかけたな」
「いいんですよ。今、熱いお茶でも淹れてあげるわ」
 そう言ってイグレーヌが、薬缶を火にかけた。
「それより、今日はひさしぶりに来てくれたんじゃないの」
「……何となくあんたの顔が見たくなってね」
「あら。お世辞でも嬉しいわ」
 イグレーヌが眼を細めた。柱の時計を見ると、すでに日付が変わってからだいぶ 時が経っていた。呆れ顔でアストールがぼやいた。
「やれやれ、もう電車もねえか。まあ仕方がねえ。お暇するとすっか」
 軽く驚いて、襷を外すとイグレーヌがアストールの横に来て座った。
「あら、帰るの?もう遅いし、外は冷えてるわよ」
「…んな事言ったって、他にどこにも行くとこがねえよ」
 よれたワイシャツのポケットから煙草を取り出すと、二、三度ライターを鳴らした。
「泊まってけばいいじゃない」
 ライターを鳴らす手が止まった。
「馬鹿な事言うなよ。出来るわけねえだろ、そんなこと」
  咥えたままの煙草を抜くと、灰皿に引っ掛けた。
「あら。この店には私一人だけど?」
「今は一人でも、居なくなったあんたの亭主に申し訳ねえ」
 そう言われて、女が眼を伏せた。
「――そうね。でも」
 カウンターに置かれたアストールの手に、イグレーヌが手を重ねた。
「いくつになっても、一人寝の夜が寂しい時だってあるわ」
 互いの視線が、絡んだ。
 薬缶の口から鳴る湯気の音が、静かに店に響く。
「…止しとくよ」  ゆっくりと手を引くと、アストールが立ち上がった。
 ポケットから皺になった万札を取り出すと、カウンターの上に置いた。
「ごちそうさん。また来るよ」
「あ、ちょっと、お釣り……」
 その声に振り向かず、男は外へと姿を消した。

 格子戸の前に立つと、一つくしゃみをしてアストールが空を見上げた。
「冷えると思ったら、みぞれになりやがった。明日は、雪か」
 ポケットに両手を突っ込んで背を丸めると、とぼとぼと歩き出した。

 残された女が一人、カウンターに肘をついたまま、男の座った跡を眺めていた。
 灰皿に残った吸いかけの煙草を取ると、そっと咥えて火をつけた。
 ゆっくりと、紫煙が立ち昇る。
「…………いくじなし」
 呟くと、お調子を軽く指先で小突いた。

 木枯しが、また格子戸を小刻みに震わせた。




 



深閑とした情景のオトナな世界・・・・
くれたってことは載せろってコトね、
と曲解してアップしました。









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