歌舞伎町のセシリアさんB
折野氏から強奪したパラレルSS。
洒落のわかる方向きです。

 






  (…かなわん。腕がちぎれそうだ)

 両手に大きな紙袋を携えたまま、パーシバルは重い足取りで家路を急いでいた。

 紙袋の口からは、入りきらない品物を包む赤やピンクのリボンが顔を覗かせている。きらびやかなラッピングに飾られた品物が、溢れんばかりに二つの袋には詰め込まれていた。

 まだ身を切るような木枯らしが吹き付ける、二月も半ばを数えた十四日の夜。

 そう、今日は二月十四日。クリスマスと並んで恋人達が大手を振って街を闊歩 し、独り身の者は布団を引っかぶって部屋に閉じ篭りながら、天地神明を恨まねばならない世にも残酷な日であった。

 だがエトルリア物産が誇る一級のエリート課長、パーシバルにはある意味憂鬱 な日でもある。朝に出社したデスクの上に山と積まれた品物を筆頭に、取引先や行きつけの昼食を取る店に来る他社の女子社員に至るまで、ありとあらゆる女性 たちから貢物が届けられる日でもあった。

 そんな彼女達からの申し出を無碍に断れない性格が災いしてか、今年も両手に抱えきれないほどの品物を袋に下げて帰らねばならないのである。それだけではない。来月の今日この日にやってくるイベントを考えると、さらに重たい気分がパーシバルの足取りを鈍くさせていた。

 そして今夜もまた、行かざるを得ない大事な取引先への訪問を終え、猥雑な香りと朱い灯火が街を彩るこの歌舞伎町を通り抜けようとしていた。

「あらっ、お兄さん。その両手の袋は何すか!ひょっとしてチョコ?チョコ?」

 嫌でも聞き慣れてしまった不快な声が、パーシバルの耳に飛んできた。その声に眉を顰めると、聞こえぬふりをしてその場を通り過ぎようとした。だが、いつもと違って両手の荷物が、いやがうえにも歩みを遅める。その隙に、背後から肩をぽんと叩かれた。

「うわっ、これ全部お兄さんがもらったの?すごいねアンタ、モテモテだねえ〜」

「…君には関係のないことだ。失礼する」

「あらら、そんな事言わないでよ。いいなあ、オレもあやかりたいよ。羨ましい」

「何なら片方、もらってくれないか。もう腕が限界なのでね」

 皮肉交じりにそう言ったが、男は逆に喜色満面に笑みを浮かべると

「え、いいんすか!いや〜嬉しいな!ちょうど寒いし腹減ってたんすよ。どうもごちそうさまっす!!」

 さっとパーシバルの腕から袋をひったくると、いそいそと店の中へと消えて行こうとする。その様子を見て慌ててパーシバルが後を追った。

「お、おい!待ちたまえ君!君ってば!か、返したまえ!」

 翌日になれば必ず感想を聞いてくる子がいるのだ。万が一得体の知れない、それも妖しげな店の男に渡したと知れたら、どんな事になるか想像もつかない。

 そうとも知らず男はさっさと店の奥へと入って行く。つられるように、パーシバルも男を追って店の中へと姿を消した。

「いらっしゃいませ〜!一名様ご入店です〜!!」

 歌舞伎町に佇むイメクラ・『エレブ学園』は、今日も赤々と派手なネオンを店の前に掲げて元気一杯に営業中であった。








 (……どうして、どうしてこうなってしまうんだっっ!!)

 店の個室で、パーシバルは頭を抱えた。

 こんな店には来たくも無い。ましてや、この店にはロクな思い出がないのだ。こんなところは一刻も早く退散し、愛する妻の待つ我が家へと帰りたい一心なのに…!

 ――もっとも、その愛妻はこの店が閉まらないと帰っては来ないのだが、パーシバルにはそんな事に頭をめぐらす余裕など持ち合わせてはいなかった。

 沈鬱な表情で寝台に腰を下ろしていたパーシバルに、突然隣の部屋から言い争う声が鳴り響いてきた。

「こんなところにいてっ!!一体どういうつもりですか!少しは自分の職業というものを考えてくださいっ!それに、それにあたしというものがありながら、なんて事を…!」

「やっ、誤解です。それは誤解ですよドロシー。私はこういう所で働いている女性の方々にも、神の教えというものを理解して頂きたく布教活動を…」

「言い訳は家に帰ってから聞きます!帰りますよ!さあ早く!!」

「ち、ちょっと待ってください。お、落ち着いて…うわっ!」

 ゴッ、と何かがぶつかったような大きな音が聞こえた後、ズルズルと大きなものを引きずる音が廊下に聞こえると、やがて隣の部屋がしんと静まり返った。

(今の声は、確か―――)

 同じマンションの隣に住む、どこかの宗教法人に勤める夫婦の声ではなかったか。顔を見た わけではなかったが、二人の声は妙に聞き覚えのあるものだった。夫は中々の色男で、マンシ ョンの若い主婦にも人気が高い。妻はそんな夫の行動が気に入らないのか、しょっちゅう怒鳴 り声が絶えない家である。耐え切れずに夫が自分の部屋に逃げ込んでくるのを、何度か匿ってやったこともある。

(まさか―――)

 こんなところを二人に見られたらたまったものではない。それに、あの夫はうちの妻にも興味があるらしく、しょっちゅう布教という名目にかこつけては遊びに来ると、妻から聞いたことも ある。……こんな店で、妻が働いてることを知られたら…!!

「まさか奥さんが怒鳴り込んでくるとは思いませんでしたねえ」

 再び、壁越しに声が聞こえた。呼び込みの男の声だった。

「そうよ。おかげで大事な常連さん一人失くしちゃったわ。あ〜あ、残念だわ」






 ―――――――――――――――――妻の、声、だっ、た。


「………………………!!!!!!!!」




 声にならない声を上げながら、パーシバルは壁に頭をガンガン打ちつけた。矢も盾もたまらず 一目散に部屋を出て、隣のドアを蹴破ろうとした瞬間。目の前のドアが、静かに開かれた。

「…お客さん?あの、大丈夫です…か?」

 息を、呑んだ。

 艶やかに輝く金色の髪。深い蒼を奥底に湛えた小さな瞳が、不安気な色を浮かべて上目遣いにこちらを見つめていた。少し開かれた薄紅の唇が、可憐な顔立ちを更に愛らしく際立たせている。

 華奢な肉付きの身体を纏うは、青藍色のチャイナドレス。肩から伸びる細い両腕と、腰の辺りまで入ったスリットから伸びる両肢は、透くような白き肌。目覚めるような肢体が部屋の灯りに 照らされて、ほのかに妖しく光っていた。

「…また、また君なのか。…まだ、この店にいたんだね。……クレイン君」

 ようやくパーシバルが声を発した。掠れかかったその声に、まっすぐにパーシバルの顔を見つめていたが、やがてにっこりと微笑んだ。

「再び指名してくださるなんて、嬉しいなあ。課長、こんばんは」

 白い歯を見せると、クレインが深々と頭を下げた。がっくりと、パーシバルがその場に膝を付いた。





 何を話してよいか、パーシバルは分からなかった。

 沈黙したまま、じっと寝台に座ったままでいる。クレインも黙ったまま。だが、以前とは違って気まずい時間が流れていたのは、パーシバルだけだった。

「今日はチャイナドレスなんですよ。ど、どうですか。似合い…ますか?」

 照れくさそうにしながらも、少し嬉しそうにクレインは話しかけてくる。いそいそと準備をしながら動き回る姿を、パーシバルは黙って見つめていた。小柄なクレインが部屋を歩き回るたび、藍色の ドレスの裾が舞う。その度にスリットから覗く太腿や、タオルを運ぶ二の腕。肌の白とドレスの青が織り成す色合いに、いつしか視線は釘付けになっていた。

「ああ、そうだな…かわいいな…」

 思わずぽつりと漏らした声に、慌てて頭を振った。

(――って、そうじゃない。そうじゃないのだ!!)

 傾きかけた理性を何とか押し戻すと、深呼吸した。…と。その時。

 横を向くと、いつの間にかクレインが隣に座っていた。俯いたまま、黙っている。しかし、何かを言いたげな様子だった。

「…?クレイン君?」

「あの。課長。……その、お願いが、あるんです。聞いて、もらえますか」

「ああ、私でよければ何なりと。何だい、クレイン君」

「………………」

 そこまで話すと、また黙り込んだ。いつの間にか俯いた横顔は赤く染まり、耳朶から首筋までもが薄っすらと紅くなっている。小さな肩が、小刻みに震えている。その姿に、思わずパーシバルの胸は高鳴った。

 俯くクレインに声をかけようとした瞬間。決意したようにクレインが顔を上げた。

「課長。……受け取って欲しいものが、あるんです」

 うわずった声が、上がった。脇へ手を伸ばすと、何かを持ってきてパーシバルの前に差し出した。

 ―――小さな箱。

 両手で差し出されたその箱は白い紙に包まれ、きれいな赤のリボンが丁寧に結ばれていた。

「これは………」

「今日、十四日ですよね。課長」

「――――!!」

 クレインの顔を見た。恥ずかしそうに眼を逸らしながら、呟くようにクレインが話し始めた。

「すみません、こんなことして。…でも、でも、どうしても課長に渡したくって。だけど、会社とかではとてもそんな事できないし。もし、…もしも渡すんだったらここかなあ、なんて思ってたんですけど。来るはずなんかないし。万が一、来てくれたりしたら嬉しいなあ、って思ってたら本当に来てくれて………ご迷惑なのは知ってます。だけど、本当に、本当に来てくれて………………」

 視線が、パーシバルを真っ直ぐに見つめた。小さな瞳が、微かに潤んでいた。



 ―――――――嬉しかった。



 そう言って、微笑んだ。

 「クレイン………!!」

 伸びた両腕が、クレインの身体を強く包み込んだ。目頭を熱くしたまま、パーシバルは己が腕の中にある細く、小さな体躯の体温を肌に感じた。ふわりと揺れた金色の髪をそっと撫でると、クレインが静かに眼を閉じた。






「――と、いうのが今日の特別サービスなんです。課長」

「…え。」

 思わず抱きしめた腕が緩んだ。ゆっくりと身を離すと、

「今日はバレンタインでしょ?だから今日来てくれたお客様には本日限りの『チョコで告白プレイ』がサービスでつくんです。どうでしたか?結構好評なんですよ、このサービス」

 へへ、と無邪気に笑った。パーシバルは、そのままの姿勢で微動だにしなかった。

「あ、そのチョコは差し上げます。それ、サービスですから。今日来たお客様には全員にあげてますんで」
 その台詞が終わった瞬間。

 パーシバルが何かに取り憑かれたようにスーツのポケットを探ると、財布をクレインの前に投げ出した。
「あれ?何ですか、これ。お会計は最後で…」

「クレイン」

「はい?」

「今日ハ、閉店マデ延長スル。金ハ、カードガ悲鳴ヲ上ゲルマデ使ッテカマワナイ」

「ど、どうしたんですか課長。何か、喋り方がおかし……」

 瞬く速さで、パーシバルがクレインを組み伏せた。

「うわあああっ!!だ、だから始める前にプレイの種類を選んでと何度も…あっ!だ、ダメです!いきなりそんなとこ触らないでくださ…か、課長!課長ってば!!や、やめ、やめて、やめてくださいっ!!人を呼びま…あああっ!ちょ、ちょっと引っ張っちゃ、ドレス引っ張っちゃダメですっっっ!や、やめ…あっ、い、痛い!痛いです課長!うあっ、ろ、ローションは僕が使うんですっ!課長の使うもんじゃ…ご、ごめんなさいっ!ごめんなさい!た、助け、助けて!!本番は禁止なんですっ!……ああああっっ!!!!」








 寝台の上から、チョコの箱が転がり落ちた。

 夜も更けて、『エレブ学園』のネオンがますます煌々と歌舞伎町に輝き続けていた。










                                           (了)
         



 





 時期を逃してはアレなので

 例によって

 刺客に気を使いながら

 アップ。



 小悪魔的魅力が

 次第に開花・・・・・


 でもすぐ手折られる

 あたりが

 まだかわいげです(笑)



 ←頭痛を呼ぶような

 管理人のおまけ絵。

 たぶん店では ティッシュに

 この写真入れて配ってます。

 ↑これさあ・・・・・
 アップしてから気がついたけど
 右腕から左手出てるじゃん。
 どんなトリックなんだろうネ!





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