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| 銀の指輪 |
| 759年 冬 18禁 |
「抱いて」 冬の夜、寝室へと続く居間の暖炉の前に、毛布にくるまってふたり寄り添いながら。 シルヴィアは恋人の長い髪に顔を埋めながら、そう言った。 クロードの下半身を撫で、手を僧衣の奥へ這わせようとする。クロードはシルヴィアの肩と、鎖骨から胸へと続く稜線を手で優しくなぞりながら、時折シルヴィアの額や唇に口づけながら、常にその先へは決して踏み出そうとはしない。 「いけませんよ」 抑制の利いたその言葉は、しかし暖炉の火のように揺らぐ。かすかに。 「・・・どうして」 毎夜クロードを思って、シルヴィアの体は炎のように熱い。この熱を、ふたりで分かち合いたいのに。 クロードは、自らの下半身を服の上から探り続けるシルヴィアの手をゆっくりと取って、口に持ってきた。 「あなたと私は結ばれる運命ではありません。不幸を招きます」 「そんなこと」 シルヴィアは鼻で笑った。この会話が繰り返されるのは初めてではない。秋のうちから、シルヴィアが求めるたびにクロードが拒絶してきた。その理由として挙げられる運命という言葉は、もはやシルヴィアの心のなにものも動かさなかった。 「そんなの、いやがる理由になんないよ。恋して不幸になったことなんて、誰にでも、いくらでもあるよ。クロードさまだって、経験あるでしょう?」 クロードは首を傾げて、困ったように笑った。 「さあて。私が愛した女性はあなたが初めてですので」 そう言って、シルヴィアの手の甲に口づける。シルヴィアはその仕草をじっと見つめて、 「クロードさま、私のこと好きなんだよね?」 「ええ」 「じゃあ、抱いて。運命とかはどうでもいいから」 クロードは口づけをやめて、シルヴィアを見た。戸惑うと云うより恐怖の感情を青い瞳の中に感じ取って、シルヴィアの背中が硬直した。 「私とは、イヤってこと?」 緊張した面もちでクロードを見上げる。 クロードは後悔したようだ。 「そんなことはありませんよ、もちろん」 「嘘!今目がイヤだって云ったもん!」 大きな目に、たちまち涙が溢れてくる。 「あたしが踊り子だから、何人もの男の人と寝てきたから、貴族じゃないし、お金持ちじゃないし、字も書けないし、何にも持ってないからイヤなんでしょう?あたしなんか抱いたってクロードさまのためになんないから!」 云いながら、自分の傍から遠ざかろうと後じさるシルヴィアを、クロードは強く手を掴んで引きとどめた。 「何を愚かなことを・・・・。そんなことではありませんよ、安心なさい、シルヴィア」 小柄な体を引き寄せて抱き抱える。シルヴィアはされるままになりながら、クロードの胸で泣きじゃくった。 「やっぱり!あたしが馬鹿だから・・・・」 「まるで違いますよ、シルヴィア」 クロードの喉が少しだけ笑った。薄着のシルヴィアを暖めるように手を回して、毛布で肩を覆ってやる。それは雛を護ってやる親鳥のように優しい動作だった。シルヴィアに見せない哀しい表情を除けば。 「あなたを抱くことの運命の重さに、私のほうが耐えられないのです」 その言葉が暗い洞窟で発した声のように、シルヴィアの耳に響いた。 「あなたに触れればあなたを不幸にする。私にはわかるのです。けれどもあなたを抱かない限り、私の運命にあなたが巻き込まれることはありません。あなたは平穏に暮らしていけます。・・・・だから私はあなたには触れられない」 シルヴィアは勢いよく頭を起こしてクロードを見た。彼の言葉がなぜシルヴィアの心に怒りの火を灯したのかは、シルヴィア自身にもわからなかった。 「クロードさま」 涙の乾かぬ顔でそう云って恋人を睨みつけると、毛布をはねのけてクロードの首にかじりついた。今までとは格段に荒々しい動作でクロードの口を捕らえ、舌を割り込ませる。 「んっ・・・」 面食らったクロードには構わず、クロードの口を舐りながら、シルヴィアはクロードの詰め襟を手で乱暴に外していく。 クロードはシルヴィアを自分から引き剥がそうとした。シルヴィアの肩を掴み遠ざける。クロードの背中が床に当たった。 シルヴィアの手はクロードの下半身に及び、僧服のほとんどの留め金を外しきっている。 繊細な指が、下衣ごしに、クロード自身に触れた。 「いけません、シルヴィア!」 自由になった口から、今まで聞いたことのないほど鋭いクロードの言葉が飛んだ。 シルヴィアの手が止まるほどに。 シルヴィアにのしかかられた形で、クロードが険しい顔で彼女を見上げている。 「私の上からどいてください」 荒い息。上気した頬。すべてがシルヴィアを欲する兆候だった。彼の表情と声音以外は。 シルヴィアがクロードの顔を睨みつけ、かと思うと頭を振り立ててクロードから離れた。そのまま背を向けて立ち尽くし、小さな肩を怒りに震わせている。シルヴィアを傷つけた、それがクロードにはわかっていたので、彼は心を痛めた。 シルヴィアの肩に毛布をかけようとすると、背中を向けたままシルヴィアがその手を振り払った。 「クロードさまなんて嫌い」 押し殺した声が部屋に響く。暖炉の薪が爆ぜた。 「あたしのことが好きなくせに。本当はあたしがほしいくせに、抱いてもくれないなんて」 「シルヴィア・・・・」 唐突にシルヴィアが振り返った。怒りでぎらぎら輝く緑の瞳がクロードを射る。 「きらい!自分勝手に決めちゃって。あたしが不幸になるだなんて。運命だなんて」 「シルヴィア」 「ちょうだい!」 唐突にシルヴィアが叫んだ。その剣幕にクロードが黙り込む。 「クロードさまをあたしにちょうだい!幸せなんかいらない!クロードさまがほしい、だから、あたしが好きなら、あたしを抱いてよ!」 大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。 クロードが動きを止めて、目を瞠ってシルヴィアを見つめた。 「あたしの不幸が見たくないなんて!そんな自分勝手な理由で!未来なんていらないから、クロードさまをちょうだい!いますぐ・・・・」 喚くシルヴィアの口を、クロードが唐突に自分の唇で塞いだ。今までクロードにされたことがないほどの荒々しさで、シルヴィアの口を貪ってくる。 「んむ!ん・・・」 クロードの舌が執拗にシルヴィアの歯を嬲り、その奥の舌を求めて口の奥深くに押し入ってくる。シルヴィアは全身の力が抜けそうで、思わずクロードにしがみついた。舌で応えるとクロードはそれを自分の口の中に引き入れて、歯を立ててきた。クロードの力強い手がシルヴィアを撫で回し、シルヴィアは快感に身を捩る。 「んふう!」 なおもクロードに口を吸われながら、シルヴィアはずるずると床に頽れる。クロードはそれを支えるように、促すようにシルヴィアの背を抱いて、彼女の小柄な体を抱え上げた。そのまま居間を出て寝室に向かう。 「は・・・」 シルヴィアの体は期待で震えた。身の内を走る快感に耐えきれず、クロードの首に手を回し縋りつく。クロードはシルヴィアを抱き上げている間も息荒く、シルヴィアの体をまさぐり続けた。シルヴィアは熱い息を吐きながらクロードの手に自分の手を重ね合わせ、張りつめた乳房に彼の手を導いた。 寝台にシルヴィアを転がすと、クロードの手がシルヴィアの服の奥まで分け入ってきた。スカートの奥の茂みに指を絡めてその奥を撫で回す。口はシルヴィアの唇を求めて顔に押しつけられてくる。シルヴィアも首を仰向けて、激しくそれに応えた。その手がクロードの胸をさすり、服を剥いでいく。飢えた獣同士のように、引き裂くほどの勢いで服を脱がせ合いながら、喘ぎと荒い息、衣擦れだけが闇に響いていくのをシルヴィアは聞いた。 「約束します」 熱い息の中からクロードが言葉を吐く。露わになったシルヴィアの乳房に触れ、優しくもみしだきながら。 「ひうっ・・・」 前戯など不必要なほど、シルヴィアの体は潤っていた。さきほどクロードに触れられた下半身からはすでに蜜が溢れ、クロードの指に滴っている。クロードの手が直接自分に触れた、そのことに歓喜して、快楽がさらに高まっていく。 クロードが乳首を舌で転がし、優しく歯を立ててくる。シルヴィアはのけぞって高い声で喘ぎ続けた。その耳に、詠唱のようにクロードの声が聞こえてきた。 「あなたが運命に立ち向かっても、押し流されても、それを誇りに思うときも恥じるときも、私の心は必ずあなたに向かいあなたを愛します」 クロードがシルヴィアの体中に口づける。唾と汗が混じり合い、クロードの舌がシルヴィアを愉楽の波に乗せる。 「あなたがどんなに自分自身を卑下しても、私自身は常にあなたを誇りに思う。たとえ私が死んでも」 クロードの手がシルヴィアの下半身に滑り、先ほどより一層深い部分を優しくなぞる。 「ああっ!」 シルヴィアの背がびくりとしなり、クロードの体に汗が飛んだ。 クロードが愛液に濡れた指で、閉じた入り口をかき分けてシルヴィアをまさぐる。指がさらに深くなぞって、隠された突起に達した。 「か、はっ!」 クロードがそこを指でつまんで優しく揺らす。荒い息を吐きながら。 「あっ、はあっ、んふっ!」 「約束します、だからあなたはそれを信じてください」 そう云って、喘ぐばかりのシルヴィアの口をクロードの口が塞いだ。シルヴィアは悶えながら、クロードの口を吸い上げる。液が混じり合い、掻き回し合う音がした。上からも下からも。 シルヴィアは痺れたようにおぼつかぬ手を伸ばし、クロードの肌に触れ、胸の突起を探した。普段だったらもう少し冷静に、男の欲情を引き出してやることができるのに。腰が砕けたようになって、自分で動くことがまるでできない。ようやく掴んだ乳首を指でまさぐって、軽く爪を立てる。自分の口を咥えたままのクロードの口から、熱い喘ぎが漏れるのをシルヴィアは聞き逃さなかった。 クロードの手がシルヴィアの指を掴んで、彼自身に導いた。初めて触れる彼のものはすでに硬くはりつめている。指でやさしくなぞるつど、それは硬さを増していった。 クロードがシルヴィアの突起に指を当てたまま、他の指をもっと奥へ送り込んでくる。シルヴィアは手首まで自分の液で濡れたそのクロードの腕を捉え、そのまま寝台の上で腰を動かして、クロードの指を深く飲み込んだ。 「っはあ、はあ、クロードさま、おねがい」 「信じて、シルヴィア」 自分がクロードの指を奥へ奥へと導こうとしているのが、シルヴィアにはわかった。指が入りきり、クロードの掌が下の唇に当たる。中でクロードが指を曲げた。 「っつあっ!」 シルヴィアが首をのけぞらせ、長い髪が宙に翻った。 その上に、クロードがのしかかってくる。 「シルヴィア」 官能に潤んだラピス色の瞳。 目を落とすと、自分と呼応するかのようにクロードのものも硬く張りつめていた。 クロードの指がさらにシルヴィアを掻き回す。 「ぅあっ・・・ああっ・・・!」 荒々しい獣のような叫び声だ。自分でもそう思った。思わずクロードの背に爪を立てたが、クロードはそれを意識したふうもない。 「シルヴィア、云ってください。私の言葉を信じると」 右手の指で掻き回しながら、左手でシルヴィアの胸をつまむ。シルヴィアは快感に身を捩りながら、涙と唾と汗で潤んだ瞳を上げて、クロードを見つめた。 「はやくぅ・・・・っ」 語尾が裏返って喘ぎ声に吸い込まれる。 「云って!シルヴィア。信じると!」 クロードがシルヴィアに自分自身をあてがう。 「信じるっ・・・・!」 訳も分からずシルヴィアは要求された言葉を言い放った。 クロードが指で入り口を押し広げた。 「信じる!く、クロードさま・・・・っ」 シルヴィアに応えるかのように、クロードが押し入ってきた。 「信じ・・・・くぅん!ぅああっ!」 世界が拡散する。 「ああっ・・・・・は、ああ・・・・!」 ついにクロードを受け入れた、ただその事実だけで自分が絶頂に達したのをシルヴィアは知った。 絶え間なく襲う快楽の波にさらに高く乗ろうと、クロードの腰を両足で挟んで引き寄せる。 「ぐっ・・・う・・・!」 クロードの喉から、こらえるような喘ぎが漏れた。それが嬉しくて、シルヴィアは笑った。涙が目尻からぼろぼろとこぼれる。クロードの腰を離さぬまま、ゆっくりと己の腰をくねらせる。 「はっ・・・・あ・・・ああ・・・!」 「くっ・・・シルヴィア、もう少し抑えて」 だめ。シルヴィアはさらに足を深く組み直した。 「んくっ・・・!」 シルヴィアの動きに促されるように、クロードが突いてくる。 クロードに深く貫かれるたび、快感の波がざわざわと背筋を駆け上がる。 「んはっ・・・・はあ・・・・」 ほしい。この人がほしい。 クロードが自分の中で、次第に硬く大きくなっていくのがシルヴィアにも感じ取れた。 「シ、シルヴィア・・・・!」 ふいにクロードの腹がシルヴィアに強く押しつけられた。 体内からの強い刺激にシルヴィアの喉が大きくのけぞる。 たちまち自分の内部が熱いもので溢れた。クロードの熱が奥まで届く。 「クロードさま・・・・」 荒い息の下からそう云うと、クロードの上気した頬がさらに赤くなった。 「すいません・・・・我慢・・・できなくて・・・・」 その云いようがシルヴィアにはおかしかった。 「ううん、いいよ・・・・あたしも、いっちゃった・・・」 自分の内部がまだ蠕動を続けている。 クロードがシルヴィアの体から自身を引き抜くと、濃密に混じり合った液がシルヴィアから溢れてシーツを汚した。 「ずっとあなたが欲しかった」 シルヴィアの顔に、千ものキスの雨が降る。先ほどの荒々しさとは打って変わって、クロードは優しくシルヴィアを愛撫していった。 「あなたは小さくて、か弱くて、甘えん坊で、それでも強くて美しい。すぐにそれがわかりました」 シルヴィアは目を閉じて、クロードの言葉に浸った。 「あたしにそんなこと云ってくれるの、クロードさまだけだよ」 クロードの白い指が、シルヴィアの張りのある胸に触れ、桃色の突起をなでた。 「んふ・・・・」 シルヴィアが喘ぎに口を開けると、クロードの唇が優しく下唇をつまんだ。絹のシーツが二人の肌を滑る。 「後で渡すものがあります」 シルヴィアへの口づけを続けながら、クロードが合間にそう告げた。 「もう、もらったよ」 シルヴィアが目を閉じたまま、クロードに身を任せながら云った。 クロードの頭に手を回して、金色の髪をゆっくりとなぞる。クロードは動きを止めてシルヴィアを見下ろした。 シルヴィアはおもむろに目を開けた。 「あたしがちょうだいって云ったら、クロードさまはあたしにくれたよ。だから他には何もいらない」 嬉しそうにクロードに向かって笑いかけた。うっすらと上気した頬が桜色に染まっている。 「あなたは私を喜ばせる天才ですね」 クロードも笑って、シルヴィアの瞼に口づけた。 「あなたの明るさにはいつも救われます。これからも多くの人の心を明るくすることでしょうね」 シルヴィアがクロードに手を伸ばした。首に腕を絡めて、小さな乳房をクロードの胸に押しつける。下半身が、クロードの硬いものに当たった。 「クロードさま大好き」 小さな舌がクロードの頬を這う。 「抱いてくれて嬉しい」 息と共に舌がクロードの耳を這った。クロードの口から吐息が漏れる。 「クロードさまはあたしにくれたから、あたしもクロードさまにあげる」 潤んだ瞳でいたずらっぽく笑って、シルヴィアは頭を落とした。 シレジアの冬の、遅い日の出の直前に。 二人して裸で抱き合い、シーツにくるまって寒さに震えながら、壁際のクロゼットまで歩いていった。クロードはシルヴィアの小さな肩を抱き、シルヴィアはクロードの腕にしがみついている。 「これです」 クロゼットの中から、銀製の指輪を取り出した。名匠の手になるものだろう、シルヴィアが目にしたこともないほど繊細な細工が施されている。台座にはめ込まれているのは大粒のオパールだ。 「きれい・・・・」 シルヴィアが溜息をついてそれを見つめた。 「触っていい?」 シルヴィアの弾んだ声に、クロードが優しく笑う。 「もちろんですよ」 シルヴィアはそれをそっと手にとって、じっくりと眺めた。 「私の父の母が持っていたものです。形見として貰いました。自分の花嫁に渡すようにと」 シルヴィアがそれを右手の指にはめる。指輪はシルヴィアの指よりふたまわりも大きくて、薬指でくるくると回った。シルヴィアがくすくすと笑う。 「本来は私の妹に与えるはずのものだったそうですが。サイズを直して、あなたに差し上げます」 クロードの言葉に、シルヴィアが驚いて彼を見上げた。 「くれるの?私に?どうして?」 矢継ぎ早の質問に、クロードが苦笑する。 「私があなたに持っていてほしいからです」 そう云ってシルヴィアの頬に口づける。 「だって、こんなに高価なもの、貰っても・・・・・」 「きっと似合いますよ、私の姫」 姫と呼ばれたことに驚いてまたも声を上げようとしたシルヴィアだったが、クロードの接吻に口を塞がれた。 長い口づけの後で、陶然となったシルヴィアにクロードが笑いかける。 「この話はこれで終わりです。寝台に戻りましょうか、姫」 シーツの上からシルヴィアの裸体を抱き上げた。シルヴィアが笑って、クロードの首にかじりついてくる。 「ベッドで寝るだけ?」 「姫のお好きなように」 口づけをかわしながら、二人は寝台で再びもつれあった。 * 幸福な時期は足早に去り、愛する恋人はもはやこの世にいない。 シルヴィアの傍らで、二人目の出産を終えたばかりのフュリーが子供をあやしている。 かつてレヴィンを挟んで緊張関係にあったふたりは、数年の歳月の中で親友同士になった。 「どうしても行くの?ここにいたほうが安全なのに」 フュリーが言葉を発した。シレジアの夏は短く、秋は早い。冬が来る前にシレジアを去る、そうシルヴィアは決意していた。 「うん。自分の身は自分で守れるから」 そう云ってシルヴィアは笑ってみせる。屈託なく見えるが、翳りを帯びているのは隠しようがない。だがその暗さが精神の奥行きを深くした結果だろう、この娘は最近めっきり美しくなった。フュリーはそれを認めざるを得なかった。 「子供はどうするの」 シルヴィアの腹にはクロードの遺児がいる。ようやくふくらみ始めた腹に手を当てて、シルヴィアは目を閉じた。 「だいじょうぶ。クロードさまが、元気に育つって保証してくれた」 私のことは保証してくれなかったけど。 右手の指に目をやって、オパールの指輪を日にかざした。陽光を反射して輝く大粒の宝石。台座の文様がエッダの紋章であることを、今ではシルヴィアも知っている。 「シルヴィア。その、よくない噂を聞いたわ・・・」 フュリーが云いにくそうに、切り出そうとした。 「私がクロードさまの異母妹だってこと?」 あっさりと云ったシルヴィアに、フュリーのほうが動揺した。 「シルヴィア。まさか」 「うん。つい最近知ったの。やっぱり噂でね。どっかの親切な馬鹿が教えてくれた」 あの冬、サイズは直したものの、それからバーハラでの敗戦を経て、シルヴィアは心労でだいぶ痩せた。薬指では相変わらず、指輪がくるくる動く。シルヴィアは指輪を抜いて、中指に嵌め直した。 クロードの言葉が甦る。 私は常にあなた自身を誇りに思う。たとえ死んでも。 シルヴィアは涙を絞って、指輪にそっと口づけた。 「この指輪は妹に渡すものだって云ってた。知ってたんだよ、あのひと。あたしには教えてくれなかったけど」 「そう・・・・」 フュリーは言葉もなく友人を見つめる。 「あたしはあのひとが好き。兄でも、恋人でも、父でもいい。あたしの人生の中で、あのひとがいちばんあたしに優しかったから、ほかのことは何一つ気にしないことにしたの」 シルヴィアがフュリーを振り向いて笑った。泣き笑いの表情に、フュリーははっと胸を突かれてシルヴィアを凝視する。 私たちの中で、この娘がいちばん強いのかも知れない。恋人が死んで支えを失っても、逞しさと優しさを失わずにいられるなんて。 フュリーはレヴィンの形見となった娘を抱え直した。シレジアの各地を王として歴訪するあの者はすでに自分の夫ではないと、彼女にはわかっていた。 「いつ出発するの?」 涙をこらえるために、フュリーはシルヴィアに尋ねた。 「近日中に。準備ができて、気持が整ったら」 そう云って、シルヴィアは窓の外へ目をやった。 シレジアの風が冷気を伴って吹き付ける。 冬の気配が、もうすぐそこまで迫ってきていた。 |
| (了) |
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