悲嘆(ディアドラ編)
771年 盛夏 
ディアドラ1人称





 その瞬間、私は自分の死を知りました。
 息子の放った暗黒魔法は、ナーガの血を引くこの私の身体をも、やすやすと貫きました。背に当たった衝撃が胸へ衝き立って、私の膝は屈し、身体は仰向けに倒れました。
 激しい波が私の身体を襲いました。それは痛みだったのですが、それ以外のものも含まれていました。激痛が、体内に封じられていた魔法を外へ吹き飛ばしたのです。アルヴィスに出会う前の、マンフロイによって封印されていた記憶までもがいちどきに蘇って、私の身体はむしろ驚きに支配されました。思わず喉から悲鳴を漏らしましたが、それは痛みではなく驚愕の叫び声でした。
 視界の端に、走り寄ってくる夫の姿が見えます。シグルドさま、と声を上げそうになって気がつきました。それは大切な彼ではなく、今の夫のアルヴィスでした。
「ディアドラ・・・!」
 そう呼びかける言葉は同じ、けれども声が違う、口調が違う。
 どうしてこんなに長いこと、彼を忘れていられたのでしょう?
 どこかでユリウスが笑っています。あの邪悪な子は、私のユリアを殺そうとしました。それは果たせなかったけれど、代わりに私を殺して喜んでいるのです。
 彼が邪悪でなかったときもあるけれど、今の私の目には、ユリウスは暗黒神ロプトウスとしか映りません。私のユリウスは死んでしまいました。
 あの、シグルドと同じに。
「ディアドラ!」
 アルヴィスが駆け寄ってきました。
 ああ、私の名を呼ばないで。シグルドを罵り、罪に陥れたその口で。
 私の指に、私の髪に触れないで。愛する人の血に濡れた、シグルドを殺したその手で!
 そう叫んだつもりだったのに、それは声になりませんでした。胸に力が入らずに、ただ掠れた吐息のようなものが漏れ出ただけでした。アルヴィスはかがみ込んで私の手に触れて、私の顔をのぞき込みました。
 真っ赤な髪が肩からこぼれ落ちています。豪華な衣装ときらびやかな顔立ち。男らしい美貌と、優しさを隠した冷徹な表情。率直で朴訥なシグルドとは、なにもかも違っています。
 けれど何度出会っても、私はアルヴィスよりシグルドを選ぶでしょう。
 彼はいつもの冷静さをかなぐり捨てて、縋るような目で私を見ています。
 アルヴィス。かわいそうに。
「アルヴィスさま・・・」
 かろうじて絞り出したその声が喉を通るとき、自分でも驚くほど熱く感じました。涙が頬を伝ってゆくのがわかりました。
 アルヴィスは食い入るように私を見ます。私はアルヴィスを哀れに思いましたが、しかし心を抑えて口を閉ざすことはできませんでした。
「私は、自分の愛を取り戻しました・・・・」
 瞼の向こうに、あの日のことが蘇ります。彼を忘れ、アルヴィスとマンフロイの意志に唯々として従っていた私に、シグルドは必死で呼びかけました。あまたの隕石が彼を討ち滅ぼした、その最期の瞬間まで。私は気づきませんでしたが、あのとき私は、自分の最愛のものを失ったのです。そのことに対し、私は何の抵抗も悲嘆も示しませんでした。彼が切れ切れの息の下から、私の名前を呼んでいたというのに。
「どうして・・・?」
 呟きは胸の奥から湧き上がってきます。
「どうしてあの方を殺しておしまいになったの・・・?」
 かわいそうなシグルド。
 かわいそうなアルヴィス。私が死んだ後、どんなに自分を責めることでしょう。
 グランベルの皇帝として、誰よりも高い地位にあるはずの者なのに。
 私と同じ、孤独と共に住む暗い血の記憶を、その身に背負ってきた人なのに。

 もう一度だけ涙が流れて、そしてそれきり。
 私の意識は途絶えました。
(了)
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