冬の子守唄
759年 冬 
シルヴィア1人称







 どこかでたぶん、わかってる。
 そう長いこと、一緒にはいられない。
 あたしがこの人に飽きるとは思わない。別れが来るとしたら、向こうがあたしを捨てるんだと思う。捨てるんでなくても、一緒にいられないようなできごとが、いつか起こっちゃうのかも知れない。
 シレジアの雪が、音もなく、外の世界を埋めて。
 暖炉に火を入れた寝室に、二人っきりで。
 宇宙には、あたしとこの人、ふたりだけしかいないような、そんな静けさなのに。
 クロード様の目は、部屋の中ではなくて、もっと遠くを見ている。あたしの事なんか忘れて。
 暖かい毛布に包まって、同じ寝椅子に、二人で抱き合って寝そべってるのに。
 この人はいつか、あたしを置いてどこかへ行っちゃう。手の届かないところへ行っちゃう。ついていきたいと願っても、きっとはねつけられちゃう。優しいけど、心の中に何かとても厳しいものも持っている人だから。心の中に鍵つきの扉を持ってて、その中にだれも入れようとしない。どんなに探ろうとしても、優しく笑うだけで、最後の鍵はきっと手放さない。
 彫刻みたいに整った横顔を、じっと見つめる。亜麻色の睫毛の中で、青瑠璃の瞳がきらめく。深い深い物思いの海に、沈みこんでいくみたい。心に何かつらいことがあるのに、それをひとりきりで飲み込んだままで。
 初めて話をしたとき。初めてあたしを抱いたとき。クロード様はいつも、とても優しかった。
 あたしが今まで会った、どんな男の人より。
 優しさが痛いぐらいに。もろくて綺麗なガラス細工に、そっと触れるときみたいに。
 嬉しくても涙が出るって、そのとき初めて知った。
 でもこの人は、別の何かも知ってる。それをあたしから隠してる。
 あたしにあまりにも優しいのは、きっとそのせいなんだ。この人は、あたしを縛ろうともしない。
 それは破綻のきざし。
 抱えているものがあまりに重すぎて、いつかこの人は、あたしに構ってはいられなくなる。あたしから離れていく日が、きっとくる。
 何がそんなに重荷になっているんだろう?
「あたしじゃ助けになれないの?」
 本当は、そう聞きたくて。
 だけど知ってるから。聞いたところで無駄だって。
 ぜったい教えてくれない。きっと優しく笑うだけ。少し寂しげに。困ったように。
 そんな笑顔は見たくない。そんなつらそうな微笑みなんて。
 だから、あたしは聞かない。この人のつらい思いを、これ以上強くさせたくないもの。
 その代わりに、あたしはクロード様に甘える。腰に腕を回して、膝に頭を乗せて、そのきれいな顔を見上げて、問いかける。
「ねえ、クロード様」
 悲しい予感は胸の奥に隠して。
「今、幸せ?」
 クロード様が目をあたしに振り向ける。
 ふっと緊張が解けるだけの、短い間があって、
「・・・・・はい」
クロード様は微笑んで、頷いてくれた。
 ならいいの。
 だったらいいの。
 あたしは笑って、ぜんぶ忘れていられる。
 クロード様の髪を腕にからめて、頬に手を触れて。
 鼓動を体で感じて。唇と唇が触れ合ったら。
 クロード様が笑ってあたしを抱き上げてくれたら。
 あたしはぜんぶ忘れて、幸せでいられる。
 シレジアの長い冬に守られて。
 今だけは、幸せで。
(了)
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