| 煉獄 |
| 761年 春 女性向 |
「死にに行くのではありません」 アルヴィスに自分が告げた言葉を、クロードは克明に覚えている。 神が己のためにどんな道を敷いたか。ブラギの塔の最奥、祈りの間で、クロードはそれをあまりにもはっきりと知らされた。 「・・・・っぐ」 嗚咽をこらえるために、手が白くなるほど強く口に押し当てた。隣の間にティルテュがいる。聞かれてはならない。 あまりの衝撃に吐き気がこみ上げる。クロードは耐えようとした、だが無理だった。くぐもった声と共に、逆流した胃液を床に撒き散らした。 それ以上何物も漏らさぬよう、口を覆う手にさらに力を込めた。指先が痺れるほど。床に倒れ込んで目を強く瞑り、知ったことによる動揺が落ち着くのを、息を押し殺して待ち続けた。 脳裏に自分が吐いた言葉が甦る。意識もせず、涙が頬を伝った。 「私が私らしい人生を送るために行くのです」 何たる皮肉。 シルヴィアが自分の名を呼ぶ。 シグルドが妻の名を呼ぶ。 ディアドラ。それはアルヴィスの妹の名だ。 口づけて愛の言葉を交わしたのは自分の妹だ。だが彼女は妻であり恋人でもある。 シグルドが死んで、シルヴィアが去った。 レヴィンが逝き、変わってフォルセティが覚醒する。 アルヴィスは支配者で、ロプトの継承者を妹と生み出す。救い手であるナーガの娘も。 クロードが妹と生み出すのは、神に祈る踊り手とエッダを再興する杖使いだ。 鮮やかに舞うシルヴィアの、張りつめた指先が脳裏に甦る。踊りの根源とは神への会話であることに、あの娘が気づいているかどうか。 あの娘に、幸福より価値のある何かを贈ってやれたのだろうか。クロードには自信がない。 目を開けると、緋色が飛びこんできた。 メテオの炎。自分の死だ。 そう思って再び目を閉じた刹那、胸に手が当てられて、生命力が流れ込んできた。 なぜ助ける。 抗議しようとして目を開けて、そこに懐かしい顔があるのを知った。 「アルヴィス卿・・・・」 ガラス細工のような黄色い瞳が無感動にこちらを見た。先ほど炎と思ったものは彼の髪だったのだろう。 二度ほど咳き込んで、喉から血を吐き出した。 「もう私に用はないでしょう。死なせてください」 アルヴィスは答えなかった。自身の手を通して、杖から癒しの力を送り込むことをやめる気配はない。クロードは溜息をついて目を閉じた。気道からの血はもう止まっている。 死んだ体だ。好きにすればいい。 自分が神に課せられた役目を終えたことを、クロードは知っていた。 「起きろ」 アルヴィスがクロードの二の腕を掴んで上半身を引きずり起こす。バーハラ平原のときの衣装のままで、王宮の客室に運び込まれていることに気づいた。 「サインしろ」 羊皮紙の束を、投げ出した足の上に落とされる。一枚を手にとって広げると、エッダの教会をそのままロプトの教会に置き換えるという誓約書だった。署名欄だけが空欄になっている。 「こんなもの」 クロードは羊皮紙を放った。 「祐筆にでも書かせればよろしいでしょう。私の筆跡を模写できる技術を持つ者が、いくらでもいるはずです」 アルヴィスが嘲笑した。 「珍しく投げ遣りだな。自分らしく生きるためにここを出たのではないのか」 しゃがみ込んで、インクのついた羽根ペンと先ほどの書類をもう一度クロードの手に押しつける。クロードは面倒くさくなって、促されるままに次々とペンを走らせた。ブラギの長、エッダの公としての最後の署名。 書類はほとんどがエッダ教団の財産に関するもので、ほぼ丸のままロプト教に委譲するとされていた。最後の一枚に署名を終えると、若い文官がそれらを巻き直し、書類の束とペンの刺さったインク壺を抱えて部屋から去った。 「ドズルやフリージの馬鹿息子どもにくれてやるよりよかろう。暗黒教団に一度取り込まれてしまえば、中での監視は意外に緩い」 アルヴィスの口からそんな言葉が漏れるのが予想外で、クロードは黙って彼を見つめた。アルヴィスがクロードの胸元に手を伸ばす。クロードが無意識に怯え、顎を引きそうになるのを見て、アルヴィスは笑った。エッダの最高位を象徴する刺繍の入った紋章を、僧服からアルヴィスの手が無理矢理引きちぎる。クロードに見せつけるように一瞬だけかざして見せ、離れたところで火を抱く暖炉の中に勢いよく放った。 布製の紋章にたちまち火は燃え移り、紋章自身が炎となって暖炉の奥に消えた。 「さて」 アルヴィスがクロードを見た。黄色の目に暖炉の炎が反射している。 「これでエッダのクロードは死んだ訳だ。俺の目の前にいるのは何者でもない、ただの虜囚だ」 云うなりクロードの顎を掴んで、強引に口づけた。驚いて今度こそ逃げようとしたクロードは逆に腕を捕らえられ、床に押し倒されてしまう。怪我の後とあって、力の入らないクロードの抵抗はまるでアルヴィスの障害にはならず、戦渦をくぐり抜けていいかげんくたびれてきていたクロードの僧服はいとも簡単に引き裂かれ、三年前と同じく、クロードの白い胸がアルヴィスの前に露わになった。 「痩せたな」 クロードを押さえつけたまま、アルヴィスの指が肌を這う。その動きに、クロードが身を震わせた。しかしアルヴィスはそれ以上責め立てるでもなく、その手はクロードの胸を漫然と徘徊するだけだった。 「初めてグランベルを出ての旅はどうだった。楽しかったか」 いたぶっているらしいその声はしかし、どこか茫然として聞こえた。 「・・・・あなたのほうがご存じの筈です」 クロードの旅の結末を演出したのはアルヴィスだ。そう云われてアルヴィスは力なく笑った。 「そうだったな」 興を削がれたように、おもむろに立ち上がる。 「養生しろ」 そう言い捨てて、アルヴィスは部屋から去った。 破られた僧服を掻き合わせて半身を隠しながら、クロードはそれを見送った。 アルヴィスはクロードを生かし続けておくつもりのようだった。同日のうちにアルヴィスの私邸に移され、貴人用の居室の一角に軟禁された。 五日ほどして、夜半にアルヴィスはクロードの部屋へ現れた。 漂う酒気はむせるほどで、クロードは思わず顔を顰める。 グランベルにおける勝者はアルヴィスの筈だ。ランゴバルトとレプトールを排し、バイロンとシグルドを排し、グランベルの王の女婿となった。勝利者、権力者として階段を登りつめたのに、なぜこんなにもアルヴィスは憔悴して見えるのだろうか。声をかけようとした途端、アルヴィスがクロードにのしかかり、今度は本当に犯すつもりで力を加えてきた。声を上げ、腕を振り回してはみても、アルヴィスは一向意に介せず、その指が無遠慮にクロードをまさぐり、煽り立て、腕と脚が絡んで、やがてクロードを力ずくで屈辱の渦中へ引きずり落とした。以前と違ってアルヴィスへの恐怖は感じなかった。この行為にはいかなる神も介在していない。脅迫もなく言葉もなく、かといって愛情が存在するはずもない。それでもアルヴィスの唇はクロードの苦痛の喘ぎを追いかけ、酒気を帯びた唾が労るように悲鳴を塞ぐ。舌が歯をなぞり、舌と舌とがもつれ合い、唇が熱を伝え、その結びつきは終局的に、激痛に孤独に耐えるクロードの心を和らげた。クロードは心身共に抵抗を諦め、文字通りアルヴィスに身を差し出してしまった。 喘ぎと衣擦れが闇に呀する。 痛みという名に集約される行為が済むのをただ待ちながら、クロードは気づいた。 アルヴィスはクロードを嘲り、捕らえ、辱め、それでいながら同時にこの行為に縋りつき依存している。暴力に巻き込まれている筈のクロードもまた、アルヴィスに強要される行為を恨み、嫌悪しながら、憐憫と罪悪感によってのみ彼を赦していると己には言い聞かせながら、奥底にはもっと浅ましく弱々しいものを沈ませている。ブラギの宣告によって引き裂かれた心はついにもとに戻ることはなく、分裂したままの感情が個々にアルヴィスに向かい、クロードの心の乖離をいっそう助長していく。 自分を組み敷く男の名を呼ぶ日が、いつかやってくる。 それは恥ずべきことだと、クロードにはわかっていた。 アルヴィスは週に一、二度、夜半にやってくるようになった。 彼にとって自分は虜囚で、都合のいいときに都合よく弄べる玩具のように捉えられているとクロードは思った。抗うより、初手から黙ってアルヴィスを受け入れるときのほうが多かった。どのみちアルヴィスはクロードの抵抗など難なく排し、行為を遂げてしまう。もとより諦観の強かったクロードの性質は、バーハラ平原での敗北以降いっそう顕著になっていた。むしろ投げ遣りになったと云ったほうが当たっていただろう。アルヴィスが己の体を嬲るのを漫然とやり過ごす夜が続くうちに、苦痛の中にわずかばかりの快感が混じるようになった。アルヴィスは荒々しい夜もあったが、次第にそれは間遠になっていった。クロードのローブがシーツと混ざり合い、長い髪がその上でうねり、恥辱を強要される時間が過ぎ去った後で、アルヴィスの腕がクロードの身体に回され、そのまま彼が眠りに落ちるようなときもあった。自分と同じくアルヴィスの心も分裂しているとクロードは知った。そんなとき、月明かりに照らされた自分を辱める男の顔は、至近で見ると意外なほどに幼く、頼りなく見えた。クロードは自分も眠りに落ちるまでの僅かな間、手をそっとアルヴィスの頭に近づけて、緋色の髪をなぞった。 己自身に恐怖しながら。 宰相と呼ばれる身分を保持する同年輩の男の、人生と希望を突き崩す陰謀に加わっておきながら、その男と無理強いされてとは云え床を共にし、枕を並べて眠っている。神々の計画とクロードの沈黙をアルヴィスが知ったら、彼は果たして自分をどのような目で見るだろうか。 何者にも語るな。 ブラギは神々の計画について、そのように前置きしてから語りだした。 いっそ聞かねばよかったと、悔やんでも仕方がない。ブラギはクロードを忠実な駒として動かす為に、己の霊力が最も増幅されるエッダの塔までクロードを呼び寄せたのだ。 クロードは駒になった。これ以上ないほど忠実な駒に。 そして今、その結果を目の前に突きつけられている。死にたいと望んだのは逃げであると、クロードは自身を理解していた。シグルド公子やキュアン王子を始めとした数々の理不尽な死と、アルヴィスの人生を糧に、神々の計画は実を結ぶ。 だがその過程までもをまざまざと見せつけられることになろうとは、クロードは予想もしていなかった。アルヴィスが自分を生かしておくとは。 アルヴィスの髪に手を触れてクロードは泣いた。 それはアルヴィスと、自分自身に対しての憐れみの涙だった。 クロードは一日のうち数時間、庭で散策することを許されていた。 それは彼の日課になった。雨と云わず霧と云わず、クロードはアルヴィスの屋敷の庭を歩いた。庭は屋敷を囲む森へ続き、森は王族専用の狩猟場へ続いている。逃亡を図ることも考えたが、思い直した。いずれどこかで、アルヴィスの兵が彼に常に目を光らせていることは間違いない。 そして逃げ出せない理由も、クロードは散策の中で見いだした。 この館に捕らわれてから二月の後に。 霧雨の降る午後、ローブが露に濡れるのも厭わず庭に出歩いていたクロードは、庭園の隅に人影があることに気づいた。 クロードの散策は、客人のいないときにのみ許されていた。暗黒司祭マンフロイやドズル・フリージの一族など、クロードの顔を知る者は多い。クロードは、そうした来客の合間を縫って外に出ることを許されていた。 だから庭で、使用人以外の人間に会うことは滅多になかった。当のアルヴィスを除いては。 クロードは好奇心に駆られて、その人影のほうへ踏み出した。 それは年若い女だった。 空を見上げて突っ立ち、雨を飲み込もうというのか、口を大きく開けている。 クロードが声をかけようか迷っているうちに、女のほうが人の気配に振り向いた。 黒と見まがう深い青の瞳がクロードを射た。 右目から邪気が、左目から聖気が立ち上っている。 クロードが驚いて動きを止めた。女が笑った。声もなく。だが微笑とは明らかに違う笑みだった。 銀糸を思わせる細い髪が雨を弾く。長い睫毛、透き通る肌、形のよい鼻。造作は非の打ち所なく整っている、だが。 その目に宿るのは狂気以外の何物でもなかった。 女が歩み寄ってくる。互いの息がかかるほどの傍まで近寄って、彼をまっすぐに見上げてきた。女の腹は軽く膨らんでいる。妊婦だった。 「どなたのお友達?」 鈴を振るような美声。しかしそこに込められてあるはずの感情は全く存在せず、声は虚ろに辺りに響いた。口調は明るいが、心は精神の迷宮深くに入り込んでいる。 「私、怪物を産むのよ」 額に聖痕が輝く。 「怪物をふたり産むの。男の子と女の子。ふたりとも丈夫に育つわ。人の血を吸って大きくなって、やがて殺し合いをするの」 額にはナーガの聖痕。右目から立ち上る邪気。 シグルドの妻。アルヴィスの妹。ヴェルダンの森の巫女、ナーガの後継、ロプトの血を残す聖者ヘイムの末裔。 「あなたはどんな怪物の父親なの?」 その女はクルト王子の遺児、ディアドラ王孫だった。 この女に恐怖するのは間違っている。クロードはそう自分に言い聞かせた。だが身体の震えと、心の動揺は隠しようもない。 ディアドラが高らかに笑った。美しい声で。音階を踏み外したような響きで。 「あなたも私が怖いの?アルヴィスと一緒ね」 その夜、アルヴィスはクロードのもとへやってきた。 手を伸ばしたのはクロードが先だった。 午後の衝撃で、身体の震えが止まらない。頭は恐慌に陥り、心は力強い手で触れられることを欲している。人の温もりさえ得られれば、それがどんな行動であっても構わなかった。クロードは泣きながらアルヴィスにかじりつき、胸に顔を埋め、震える腕に込められうる限りの力でアルヴィスを引き寄せ、彼の腰に己の脚を絡めた。 「何があった」 短く尋ねるアルヴィスに、首を横に振るだけでクロードは答えない。アルヴィスの口を貪りながら目を閉じて、彼の指や腕の触感に意識を集中させる。 男に抱かれ、女のように体を開く。とうてい許容しがたい現実がそこにある。 だがディアドラの存在はそれを超えた。その衝撃に、己の現実など大したことではないとクロードは思い知った。 なぜアルヴィスが自分を殺さなかったのか、アルヴィスがクロードを生かしておく理由は何か、今こそわかった。あのような存在を傍に置いていて、平常心など保てる筈がない。 ディアドラ。彼女は化け物だった。 神を二人も胎内に宿した女は、その身ごと神になる。光と闇、黒と白、相反するエネルギーを二つ同時に身の内に抱え込み、かよわい二本の足で立っている。心は堪えられない、肉体も堪えられない。だが彼女は死なない。胎内にある二つの生き物が、母を殺さぬように護る。内側から発する、強い生命力を込めた血の糸に絡め取られて、母親は神の生命力に毒される。 瞳から溢れ出す気配はその発露だ。出産が済めば、神は彼女の内から去り、よって狂気は収まるだろう。 クロードはシルヴィアを想った。彼女が過ごした妊娠と出産、一抹の影は射そうともクロードはそれを歓びをもって受け入れた。だがディアドラの妊娠は、ディアドラの出産は、それとは全く性質の違うものだ。彼女の存在を、アルヴィスはどのように受け入れているのだろう。 アルヴィスと過ごす夜々、自分の喉から漏れる声を、恥と思う気持ちが以前はあった。 だが今宵ばかりはその心情は霧散して消え失せた。自分が狂気の淵に落ち込まぬ為にはこの行為に縋るしかないからだ。アルヴィスはこの世での自分の存在を認め、クロードに触れてくる唯一の人間だった。 クロードはその夜、初めて心からその行為に溺れた。自分からアルヴィスの舌を探り、身の内から沸き上がる欲情を己でさらに煽った。アルヴィスは、不安を発散させて彼に縋ってくるクロードをあやすように抱き、導いた。その腕は優しいと呼べるほどで、彼の行為の意味と倒錯ぶりにどこかおぞましさを捨て切れぬながらも、クロードは必死でアルヴィスとの情交にしがみついた。 神々が計画し為そうとするその経過。 直視できる人間など存在しうる筈もない。 まして自分はその謀略に荷担したのだ。 クロードは妊婦に会うことで狂気の深淵を覗き込むことを余儀なくされた。狂気の淵の縁に手をかけてそして、彼は別の淵に飛び込んだ。 行為の後で、アルヴィスは涙の訳を改めて尋ねた。震えのようやくに治まったクロードの肩を抱きながら。 隠しておけることではない。クロードは白状した。 「ディアドラ姫にお会いしました」 アルヴィスが硬直した。 「どこで」 「庭で。霧雨に打たれておられた」 「また部屋を抜け出したか」 アルヴィスが苦々しげに呟く。だがそこには不安の気配もあった。 「言葉を交わしたか」 「はい。ふたこと、みこと」 「何と?」 「‥‥自分は怪物を産むと。意味にならぬ言葉を口走っておいででした」 アルヴィスは溜息をついた。 「あれは狂っておるのだ」 クロードは頷いて肯定の意を示した。 「以前から不安そうな様子をしていたのだが。だがシグルドが死んで以来、ああなった」 「シグルド公子の妻でいらしたことは、アルヴィス卿はご存じだったのですか」 アルヴィスの瞳に鋭い光が閃く。 「手痛い質問だな、クロード卿」 ややあって、 「知っていたら結婚はしなかっただろう。だが妻にした後で、共に暮らすうちにわかった。名前と年齢と容貌、どう見てもシグルドの行方不明の妻だとな。そこで引き返す道もあっただろう、だが‥‥私はあの娘が欲しかったのだ。どうしても」 クロードは目を閉じた。脳裏にシルヴィアの姿が甦る。目を開いて、 「それでシグルド公子を殺したのですか」 ここまで突っ込んだ話を二人でするのは初めてだった。アルヴィスの口の端が吊り上がる。アルヴィスがクロードの肩に強く爪を立てた。クロードは身を震わせる。 「人に気安く云う話ではない」 冷たく言い放ったその応答は、クロードの言葉が一面の事実であることを図らずも肯定していた。 ではあのディアドラの姿は、アルヴィスにとっても己の行為の結果となるのだ。 アルヴィスが口づけてくる。強引を装いつつ気遣うように舌をクロードの舌に絡ませ、安心させるように長いこと舐ってから、彼は部屋を出た。 アルヴィスが去った後、両の肩を抱いて寝台に丸くなり、クロードはいつまでも動かなかった。 もう死ぬことはできないと、クロードにはわかった。生きてこの場に留まり、アルヴィスを見守り、ディアドラを見守って行かねばならない。神に荷担した人間として、彼らに対する罪滅ぼしとして。たとえ大した力にはなれなくとも。 闇の中に目を凝らし、以前のように、ブラギが己に何事か語りかけてきはしないかと心に耳を澄ます。だが帰ってくるのは静寂のみだ。 神は私をも使い捨て、見捨てたのだな。クロードは皮肉に笑う。レヴィンの身に何が起こったかをクロードは知っていた。 神官としての力は神の側から断ち切られ、エッダの領主としては廃嫡され、いまや自分に残るものはこの体ひとつだ。それさえアルヴィスの領有するものなのか?そうかも知れないが、それで良いと思う。クロードも又、アルヴィスの一部分を領有している。 クロードはゆっくり息を吸って、吐いた。 涙が白い頬を伝った。 アルヴィスの残した痕が、クロードの胸や首を覆っている。下半身の汚れは乾きかけて、不快をクロードの心に告げる。 次代の王になる者の、強い孤独の証。クロードへの依存の跡。 自分とアルヴィスが構築する関係は、決して愛ではない。空疎で身勝手で、暴力的な結びつき。 だがこの結びつきがクロードを支え、アルヴィスを支え、世界を正しく導こうとするだろう。神々とは違った方法で、彼とアルヴィスは世界を秩序立てたいのだ。文字通り、人智の及ぶ限り。叶わないとわかっていても、もがき続けるしかない。 神の手助けの一切ない世界で生きることを、クロードは決意した。 彼はもはや未来を見ることは許されていない。自分の働きがどれほどの効果をもたらすか、己にも誰にもわからない。 沈黙する闇の中で、クロードは目を閉じた。 脳裏で踊り子の小さな手指と、それに纏いつく布が翻った。 クロードの口が何事かを呟く。 そして彼は、己の肩を抱いたまま、夢も見ぬ眠りに落ちた。 涙の筋を頬に残したまま。 |
| (了) |
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