イカサマ
 ガンバシリーズの最萌えキャラったらもうこの人しかいないのですが!
 受け!受け!受け!!
 小柄設定とか溜まりません。ああいやらしい!
 ガンバコンテンツはむしろこの人(鼠)を描くために存在しています。
  ノロイ
 ガンバシリーズ二大受けの一雄はイカサマ、もう一雄はノロイのおじさま。当然!!
 猫耳描くのとか最初は抵抗あったのですが、でざきカントクの赤目のノロイ様がどう見ても狂犬病だったので勇気づけられました。
 原作から遠くても大丈夫・・・!
  潮路
 女の人たちの中では彼女がいちばん好きです。気が強いとこは他の娘と替わらないけど、やっぱ凛とした態度となんと言っても衝撃のラストが・・・・。
 賢すぎて、島ネズミたちにはむしろ煙たがられてたんじゃないかと邪推。生まれ育った環境のせいで、閉塞する狭い世界に押し込められた悲哀のようなものを感じます。
  イダテンとイカサマ
イダテン「本気で走るときは靴は脱ぐんだ。」

 原作はしっかり60’〜70’年代だと思うのですが、私が描く分には時代設定とかいいかげんなファンタジーでよろしく。
 運動靴なんて存在しない時代の話だと思ってます。
  ガンバとグリッグ
ガンバ「俺はきみが好きだぜ。なんと言ってもそのふわふわのしっぽ・・・・。」

 夢見が島に行って帰ってきたガンバは、口説きもずいぶん上達しました。こどもグリックを見て、「あと3つほど歳がいってりゃなぁ・・・」と溜息をついているといいと思います。

 もちろんガンバが受けです。
 グリックの冒険での素敵なアニキッぷりったらないです。もう卒倒しそう。
  ガンバとグリッグ
 ゲットした食べ物をすべてグリックに貢ぎ、自分はやせ我慢のガンバ。
 原作の奥ゆかしいところは例えば「ガンバは自分は食べるのを我慢した」とかいう一文がぜんぜんないことだと思います。何度か読んであとから気づくとかそんな感じ。グリックの器量で推量できないことは文脈から一切排除しているため、ガンバがどんな意図でその行動を取っているのかは読者にハッキリとは示されません。
 そうしたシビアな思い切りのよさが、読むほうを試す作品でもあるよな、とは常々思います・・・・。
  川藻
 ノロイが猫耳ならカワウソはセイレーンです。なんでと言われても困るけど。なんとなく、ネズミ以外はあまり人間扱いにしたくないんです。ネズミたちが踏み込めない種の違い、というものが原作の中に隠然と存在しているからかも知れません。
 カワウソはガンバたちにとって遠い存在です。ゆえに憧れと、過剰な期待が常にカワウソたちにかけられているわけですが、一方でそれが川藻にとってはしだいに苦痛になります。川藻の側から見ればガンバたちは自分の今までの生活を脅かして変えさせる存在で、しかも異種族のため最終的に生活を共にするという発想がどちら側からも生まれません。そうした相容れない者たち、異世界の者たちとのぎくしゃくした関係が、「カワウソの冒険」ではみごとに描かれていると思います。
  イカサマのサイコロ
 アニメ版だとイカサマのサイコロは黒いんですね。それだけでも特別感が出ていい感じだと思います。
 子供の頃はよくわかってなかったのですが、イカサマのサイコロは賭け事のためというよりは今日で言うような「占い」用のものなのですね。特別な謂れのあるサイコロのため、名が示すようないかさまもできませんし、イカサマが実際に賭け事をしている場面は出てきません。(児童書だからか?)
 んでも、実際に賭場を開いたとして、イカサマがあのサイコロで大儲けできるとはちょっと考えにくいです。サイコロ的にもイカサマの性格的にも。
  潮路と
 潮路とガンバ。ガンバの顔を作る前だったので男の造作はいいかげんです。
 潮路にとってはガンバはヒーローだったと思います。自分達を救い、自分を島から連れ出してくれるかもしれない男。「町」から出てきた世間知らずだと謙遜していましたが、その出身だけでも潮路にとってはなにか輝かしいものに映った筈です。
 実際にノロイの襲撃を生き延びてガンバと恋仲にでもなっていれば、やがてはのんのんとグリッグのように厳しい現実に突き当たったことでしょうが、恋半ばで潮路が倒れたために、ロマンスのもっとも美しい部分だけを抽出したような切ない恋物語になりました。子供の頃に読んで、潮路の在りように強い印象が残っているはそのせいだと思います。



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