かくれんぼう
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はなふじさまよりいただいた
成歩堂×御剣 |
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天を覆う色濃い木々の緑のすき間から、青く澄みきった空が見え隠れしていた。 葉のこすれあう音にのせて、ちぎれ雲がゆっくりと流れては、次第にうすくなり、やがて消えていく。 雲と雲とを縫うようにして、飛行機が影ひとつ残さず飛び去った。 御剣は息を殺して古木のうろに身をひそませながら、それを眺めていた。 身体を固くし、折られた膝をしっかりと握る。 このままの体勢で、どれほどの時間を過ごしただろうか。 先ほどまで頭上にかがやいていたはずの太陽の姿は、今では眼前の大木の影にすっかり隠れていた。 ふいに、草が不自然にざわめいたので、御剣は緊張した面持ちで物音のしたほうを見やった。 そこには御剣の恐れたものの姿はなく、かわりに、一匹の大きいなぶちの猫があらわれて、気だるげににゃおとひと声鳴くと、再び茂みのなかへと消えていった。 御剣は額に浮かぶ冷や汗を手の甲で拭い、小さくため息をついた。 「矢張のやつ、一体何をやっているんだ」 恨めしげに友人の名前をつぶやく。 「かくれんぼうの鬼というのは、そんなに高度な技術を必要とするものだったのか」 人気のない神社の境内で行われている、この遊戯に参加しているのは三人だった。 各自の役割は、じゃんけんという民主主義的な方法により平等に振り分けられた。 すなわち、チョキを出した矢張が追う者となり、グーを出した成歩堂と御剣が追われる者となった。 そうして、数時間が過ぎた。 「遅い」 御剣は子どもながら忍耐という言葉を知っていたが、それでも、狭いうろのなかにひとり、長時間身体をちぢこませていることは、苦痛以外の何ものでもなかった。 苛立ちが増すと同時に、身体のあらゆる感覚もまた、鋭さを増した。 葉のこすれう音が頭に刺さるように響く。 節くれだった木の皮が背にあたって鈍く痛む。 湿った土の臭いが鼻にからみつく。 はるか遠くに浮かびあがる社の格子の間に、得体の知れない何かが見えるような気がする。 「……遅い」 御剣はそう言うと、さらにきつく自分の身体を抱きしめた。 搾り出すように出された声は、しかし、自分のものとは思えない。 不安が胸を這った。 自分が誰であるのか、どこにいるのかがわからなくなる。 すべての感覚が、霧のかかったように、曖昧になった。 御剣は身体をこわばらせ、耳をふさぎ、目を固く閉じた。 そのときだった。 「御剣!」 だしぬけに、息を切らせた高い声が頭から降ってきた。 おどろいて大きく目を見開くと、自分に向けられた真っ直ぐな視線とぶつかった。 「成歩堂……」 「こんなとこにかくれてたんだ」 成歩堂はひと息つき、ほっとしたように歯を見せて笑うと、一気にまくしたてた。 「さっきね、矢張が急ににおなかいたいって泣きはじめて、それで、家まで送ってきたんだ。だから、見つけるのがおそくなって……どうしたの、御剣、泣いてるの?」 「な、泣いてなどいない!」 はっと我に返ったように一度顔をあげて、それから下を向くと、うるみはじめた目を、腕で強引にこすった。 「ごめん、ごめんね」 「どうしてキミがあやまるのだ?」 成歩堂はしゃがみこみ、不安そうに友人の顔を覗きこんだ。 「ごめん」 鼻を盛大にすすりながら、赤い目で睨みつけた。 「あやまるな!」
帰る道すがら、たそがれにほのかに染まった御剣の横顔を見て、成歩堂が口をとがらせた。 「でもさ、今日は運がよかったけど、あんなとこにかくれてたら、絶対夜になっても見つけられないよ」 御剣は憮然と返した。 「では、キミは、鬼から見えるところに隠れろというのか?」 「いや、そうじゃなくて……」 「遊びとはいえ、真剣に隠れるべきだ。手を抜いたら鬼に失礼だろう」 ごく真面目にきっぱりと言い切る御剣に、成歩堂は目をしばたたかせ、それから、声をあげて笑いだした。 御剣は眉をひそめた。 「ム、何を笑っているんだ?」 「御剣って、やっぱりよくわからないよ」 「……ボクにはキミのほうがわからない」 夕日を背に歩いていたふたりの前には、ふたつの長い影が伸びていた。 御剣はふとそれに目を止め、小さくつぶやいた。 「ボクは今、キミの横にいるのだな」 「え、なんていったの?」 投げかけられた問いにはこたえず、御剣は言った。 「そういえば、矢張は大丈夫なのか?」 「あ、うん」 成歩堂は頷いた。 「アイスの食べすぎだって。さっき、ないしょで五個もたべたらしいよ」 それを聞く御剣の脳裏に、うろで過ごした数時間の苦しみの記憶が次々とよみがえってきた。 呆然と開かれた口から、思わずこの言葉が漏れる。
「事件のカゲにヤッパリ矢張……」
(了)
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