それがいつもの夜と朝
成歩堂×御剣

 




「成歩堂」
 寝室にうわずった声が響く。
 いつもの通り仕事に追われ、疲労困憊でベッドに倒れ込み、ほんの数十秒で今しも寝付こうとした途端に、力強い腕が後ろから伸びてきて成歩堂の首に絡まった。
 意識がゆっくりと覚醒する。
 自分の名を呼んだ男の唇がうなじに触れる。図らずも身じろぎしてしまった成歩堂に勇気づけられたか、唇の間から湿った舌が伸びてきて首筋を這った。成歩堂の背筋を粟粒が走る。
「つっ‥‥」
 逞しい手が成歩堂の胸を撫でさする。
 ここで欲情の兆しを見せたら成歩堂の負けだ。
「よせよ、御剣‥‥」
 恨めしげな声を敢えて作り、手を退ける仕草をしつつ成歩堂は後ろへ首を振り向けた。
 週に三日は同棲に近いような形で成歩堂の家に転がり込んでくる御剣が、じっと成歩堂を見つめている。物言いたげな半眼は熱に潤んでいる。
 御剣の欲求はわかっているが、それに応える気力が成歩堂にはなかった。
「今日は疲れてるんだ」
「‥‥わかった」
 意外にも、御剣はあっさり引き下がった。
 体力や性欲に開きがある恋人同士は辛いよな、と成歩堂は思う。眠りに落ちる前の漠然とした思考で。ぼくも御剣の要求に応えられる程度に体を鍛えるべきだろうか‥‥‥
 まどろむ直前の思考は突然に断ち切られた。御剣が手を止めず、成歩堂の下腹部をまさぐり出したからだ。
「ちょ、ちょっと御剣っ」
 半睡の状態からいきなり身体が呼び起こされる。御剣は成歩堂の制止には構わず、腕を回して成歩堂の上にのしかかると、成歩堂のシャツの裾をめくって脇腹をゆっくり舐り出した。くすぐったさに成歩堂の体が硬直する。
「御剣、待てって!」
 脚をばたつかせ、御剣の頭を両手で捕らえて体から離そうとする。成歩堂の必死の様子を見て、御剣がちらりと笑った。
「どうぞ、そのまま寝ていてくれたまえ」
 顎を成歩堂の右手に押しのけられながら、御剣がやや喋りにくそうに云う。手はそのまま成歩堂の服を剥がそうとしている。
「きみが寝るなら私は私で勝手にする」
 顎にかかったままの成歩堂の指に、計算ずくの動きで御剣が舌を掠めた。
 指先に残る刺激に成歩堂の体奥が疼く。
「か、勝手だ!」
「だからそう云っている」
 御剣は明らかに愉しんでいた。手で成歩堂の腕を払い、再度顔を近づける。
「厭ならきみも起きるんだな」
 そういう問題じゃない!
 だが上げようとした抗議の声は御剣の唇に呑み込まれた。硬質の両唇が成歩堂を喰む。口を閉じようと意識する前に御剣の舌が侵入してきて、誘うように成歩堂の舌に絡みだした。
「うっ‥‥」
 御剣を押しのけようと両手で肩を押すが、逞しい体はびくともしない。違う、自分の腕から既に力が抜けているのだ。御剣の舌に答えまいとする成歩堂の舌の動きさえ、御剣に読まれた挙句却って翻弄されている。結果的にかなり情欲を煽り合う接吻になってしまっていた。
 御剣の手が早くも成歩堂の腰を直にまさぐり、下着をズボンもろとも引き下ろそうとしている。頭を捩ってようやくもぎ離した御剣の唇から唾液が垂れて、成歩堂の首を伝った。そこに御剣がかじりつく。
「ふぁうっ!」
 首に舌を這わせつつ、動きに合わせて乳首をぎゅっと捻られた。思わず跳ね上がった成歩堂の頭と声に、御剣が笑う。
「あいかわらず感じやすいな、きみは」
「ば、馬鹿ぁっ!」
 強い羞恥に血が逆流する。自分が赤面症であることを知る御剣は楽しんでいるに違いない。耳朶をじっとりと嬲りつつ、指は乳首を翻弄するのをやめない。荒い呼気に声が混じるのを抑えるのが精一杯で、それすら成歩堂はともすれば失敗した。
「ふっ、‥‥う、く」
 成歩堂の下半身が外気に曝され、御剣の左手がゆっくりと成歩堂自身を手繰る。
「ぅあっ」
 歯の根をようように合わせ、歯を食いしばって快感をこらえる。せめて顔くらいは御剣から隠したかったが、かばうように顔を覆った右腕は、逞しい御剣の手によってなんなく退けられてしまった。
「成歩堂」
 耳元で囁かれる声さえ情を煽る。
「はぁっ、み、みつる、ぎっ‥‥‥!」
 もはや眠気は完全に成歩堂から飛び去っていた。
 成歩堂は御剣に屈服することに決めた。今夜は仕方ない。
「く、」
 一度決意を固めると成歩堂から動いた。手を伸ばして御剣の首を顔の傍へ引き寄せ、口を押しつけて唇を強く舐り出した。
「むっ‥‥」
 わざと唇だけを貪って、時折軽く歯を立てる。耐え切れぬように伸びてきた御剣の舌を逆に捕らえて、歯で甘噛みしては唇で吸い上げた。
「んんっ」
 御剣の、成歩堂自身をなぞっていた手の動きが緩慢になる。それを逃さず上体を起こして、御剣の首を捕らえたまま後ろに押すと、逞しい胸が抵抗無くベッドの上に倒れ、二人の態勢は完全に入れ替わった。
 御剣の上にのしかかって、ようやくに成歩堂は唇を離す。ベッドに両肘をつき、頭を起こした姿勢のまま、御剣が挑むような潤んだ目で成歩堂を見上げた。笑みを穿いた唇から赤い舌が誘うようにちらりと覗く。御剣に剥かれて全裸の成歩堂に対し、御剣はシャツの裾が乱れた程度の姿態である。そのシャツをひったくるようにして剥ぎ、乱暴にズボンと下着を脱がせて、御剣の裸身を曝す。
 どこから手をつけようか一瞬だけ逡巡し、すぐに手を伸ばして御剣の太腿の下に腕を差し入れ腰を持ち上げた。御剣自身とその奥の窪みがすべて成歩堂の目に曝され、ベッドの上に押しつけられた御剣の顔がさすがに羞恥に染まった。
 成歩堂の舌が太腿の内側を這い始める。
「は‥‥‥っ」
 御剣自身を手で弄びながら、成歩堂はゆっくりと舌を這わせて、性器へ向かって太腿を舐めあげる。手の中の竿がゆっくりと硬度を増し始めた。ときおり指で裏筋を強くなぞって竿そのものを刺激しながら、舌はその場所ではなく秘孔のほうへ向かった。
「あっ、ふぁっ、な、なるほどう、やめ‥‥」
 舌の行き着く先を予感して御剣が喘ぐ。予感すら愉楽に繋がっているようだ。成歩堂はひときわ多量の唾を口に含み、それを舌で押しつけるようにして御剣の秘孔に送り込んだ。
「う、あぁあっ!あぁうっ、くぅっ」
 腰を上げさせられたままの御剣が激しく身を捩る。成歩堂は両腕でそれを抑え直してさらに両脚を広げさせ、唾に濡れた秘孔の奥へ舌を侵入させた。
「くぁあっ!」
 水を含んだ音に御剣の嬌声が被さる。御剣の竿はすっかり硬くなっている。
「ああっ、はぁっ、あうっ」
 御剣の声が必死なものに変じてくる。
 成歩堂はたっぷりと唾を飲んだ秘孔から口を離し、代わりに二本の指をゆっくりと入れていった。
「はぁっ、あぁ、は」
 御剣の口から断続的に喘ぎ声が漏れた。指の根元まで呑み込んだところでやや素早く指を引き抜いて、今度は三本の指で再度ゆっくりと穿つ。
 指と御剣の内壁が擦れ合い、きしる。御剣が痛がるのではないかと常に成歩堂がヒヤリとする瞬間だ。
「っ‥‥成歩堂‥‥‥」
 成歩堂の指が止まった。縋るような目の御剣が、脚の間から見上げてくる。
 何かを云おうとするように、口が頼りなく開いた。二、三度熱い喘ぎを吐き出して、ようやく、
「も‥‥っ‥と」
 そう云ってしまってから、御剣の顔はこれまでにないほど赤く染まった。成歩堂の腕から思わず力が抜ける。一瞬だけ。
 御剣の体から、音を立てんばかりの勢いで成歩堂の指が引き抜かれた。
「うぁあっ!」
 御剣が強い刺激に震えを走らせる間もなく、その快感に歪んだ顔の上に成歩堂の顔が被さる。態勢を整え、新たに御剣の腰を抱え直すと、手を添えた竿の先端で性急に御剣の秘孔を突つく。
「っは、あ、な‥‥っ」
 御剣の腰が焦れるようにくねって、それで成歩堂はついに御剣の中へ侵入を始めた。
 成歩堂を助けるかのように、御剣の右手が成歩堂自身に添えられる。
「ふぅっ、うぅっ、くっ」
「は、ふぅ、んふっ」
 噛み合わぬ互いの喘ぎが顔にかかり、いっそう焦燥が煽られる。
「み、つるぎ、もっと力、抜いてっ‥‥」
 御剣の左手が成歩堂の肩を掴んだ。
「無理だ‥‥‥これ以上はっ‥‥‥あ、はぁ」
 こちらを見ていた御剣の顔が、がくりとのけぞった。白い首筋に汗が滴っている。
 成歩堂はようやく自身を根元まで御剣の中に埋めた。呼吸を整えつつ、手応えを確かめるように少しだけ腰を揺すると、御剣がはっきりしない声を漏らした。
 何事か喋っている。
「な‥ナニ‥‥?」
 意識が拡散してうまく聞き取れない。
 御剣の顔が成歩堂に向けられた。陶然と笑っている。しどけなく開かれた唇で、御剣は言葉を紡いだ。
「き、きみを呑み込むのは‥‥‥気持が、いい」
「〜〜〜〜ッ!」
 成歩堂の血が、ざあっと全身を巡った。こめかみと、御剣に突き立てた自身が破裂しそうな勢いで脈打つ。成歩堂は下半身の爆発を必死で押さえ込む。まだ動き始めてもいないのに、こんなところで終わるわけにはいかない。
「っ、御剣‥‥‥、きみは、もう、ちょっと黙ってろよっ!」
 歯を食いしばりながら手を伸ばして、御剣の口を塞ごうとする。だが手に力は入らず、御剣の唇と頬を掠めただけで滑り落ちた。触れ合いざま、御剣の舌が成歩堂の薬指をちらりと掠めた。
「つ‥‥」
「は‥‥っはっは」
 必死の形相の成歩堂を見て、御剣の喘ぎに笑声のようなものが混ざった。本当に笑っている。
「くっくっく‥‥、くぁっ!くぁう、く、くはっ」
 癪にさわった成歩堂が御剣自身を強く掴んで扱き出すと、御剣の声は急に苦しげなものに変わった。余裕を失い、耐えるような表情で目を閉じる。
「そ‥ろそろ、動くからな‥‥っ!」
「ん‥‥‥っ」
 さらに強く御剣自身を嬲りながら成歩堂が声を絞り出す。御剣は唇をぎゅっと噛んで、成歩堂に答えるどころではないようだ。閉じられた目が開いて成歩堂を見上げ、上気したその表情に成歩堂はまたしても煽られた。
 成歩堂がゆっくり腰を引く。引きすぎないように、慎重に。呼応するように御剣の首が緩慢にのけぞり、長い長い息を吐いた。
 成歩堂が急激に自身を押し戻す。
「ふぁっ!‥‥‥」
 歯を食いしばる成歩堂に対して、御剣の口からは半ば裏返ったような喘ぎが漏れた。
「な‥‥歩堂‥‥」
 懇願するように、御剣が名を呼んだ。
 それにつられるように成歩堂が動き始めると、その律動に乗ろうと、御剣の腰も揺らぎ出す。始めは噛み合わぬ互いの動きも、次第に調子が揃ってきて、互いを煽り立てる意図は持ちつつも己の快楽に没頭させられてしまう。
「はぁ、はあ、はっ‥‥」
 荒い息遣いだけが暫く部屋に響き、そしてそれは次第に熱さと激しさを増していった。
「く!くぅ、つっ」
「んんっ、はぁっ」
 成歩堂の声と動きで限界を悟ったのか、リズムに合わせたまま、突然に御剣が腰を横に捻った。予想外の方向に捩れた肉壁が成歩堂自身を強く刺激して、意識が白熱した。
「くぁっ!」
 気がついたときにはもう射精が始まっている。うすらぼんやりとした視界の下の方で、御剣の満足そうな笑みが見えた。
「く、くそっ」
 硬く張りつめつつも放置されていた御剣自身をひったくって力を加えると、御剣の手が伸びてきて成歩堂の手の上から自身を握りこんだ。
「はっ‥‥あ‥‥っ‥く」
 忽ち御剣の竿が跳ねて精が放たれたため、御剣も限界まで自分を押さえ込んでいたことを成歩堂は知った。途端に先ほどまでの悔しさ挑ましさは霧散して、未だ繋がったままの男に対する温かな思いが膨れあがる。
「‥‥御剣‥‥‥」
 体を引き、倒れ込む寸前の疲労感の中で、相手の唇を求めて舌をさまよわせる。御剣が優しく応えてきて、ひときわ甘い接吻が長く長く続いた。
 好きだ、という囁きは、どちらがどちらに向けて放った言葉だったのか。
 あるいは交わった後の、けだるい倦怠感がもたらした幻聴か。
 疲労していた上に射精を重ねた成歩堂はそのまま体を投げ出して、シャワーさえ浴びずにぱたりと意識を失った。


 目を覚ますと朝だった。
 カーテンの隙間から差し込む陽光はオレンジ色で、鳥が盛んに囀っている。まだ夜が明けて間もない時間なのだろう。ずいぶん早く目覚めてしまったようだ。
 何か息苦しいと思ったら、成歩堂の首に御剣の太い腕が巻き付いている。途端に昨夜の情交を思い出し、成歩堂は何やら気恥ずかしいような、悔しいような気持に襲われた。
 目の前に御剣の寝顔がある。昨夜の情欲に煽られた御剣の表情が脳裏に甦り、それだけで成歩堂は赤面する。まったく、法廷とも普段とも全然違う顔になるんだもんな。
 寝乱れてばらついたままの御剣の前髪を、そっと指で掻き上げる。
「法廷でも家でもきみには振り回されっぱなしだけど。それでもなんでか離れられないんだよなぁ」
 途端に御剣の頬が目に見えて紅潮した。瞼がぱちりと開いて成歩堂を見る。
「うわっ、御剣!何で起きてるんだよ!」
 耳まで血が上りつつあることを自覚しながら成歩堂は叫んだ。
「な、なんでと云われても」
 困惑したように照れまくる御剣の表情に、さらに羞恥が煽られる。
「ずるいぞ!狸寝入りなんてするなよ!」
 照れ隠しの成歩堂の詰問に、御剣の眉根に皺が寄った。
「狸寝入り‥‥?ちょっと待て。私は目を閉じていただけだぞ」
 論点が主軸ごとずれていく。それを成歩堂は感じていた。おそらくは御剣も。
「寝たふりしてたじゃないか!それが狸寝入りでなくて何なんだよ!」
「異議あり。それはそちらの思いこみだ」
「お、思いこみだって‥‥?」
 それから後は、狡いだの狡くないだの、寝たふりをしただのしないだの、法廷ごっこを交えつつ、いつものくだらない会話がえんえんと続いた。お互いが照れ合ってもじもじ抱き合うより、こちらのほうがずっと自分たちにとってはやりやすい。
 結局意地の張り合いで、朝の時間を大幅に喪った。
 慌ただしくシャワーを浴び、朝食をかき込んで、わざと時間差をつけるように御剣が先に家を出る。
「今日は来る?」
 出がけの何気ない誘い。
「何も用事がなければ」
 御剣が答えて背を向ける。
 それが「必ず来る」と同義語であることは、成歩堂も御剣も承知していた。


 
(了)
戻る