11.窓
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2004/06/14
ちなみ(3-5前半) |
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まず感じたのは寒さだった。
薄暗い部屋の中央に火鉢が置かれ、中で炭が赤く燃えている、だがそれは、雪深い山奥の冬の冷え込みを遮るには、あまりにも弱々しい熱だった。
ぼんやりしている時間はない。女は急いで身支度を済ませ、怪しいところがないか確認しようと姿見を探した。
布団が積まれた和室の隅に全身鏡があった。女はそこへ自らの姿を映し、ぎょっとした。
鏡に映った自分の頭髪は黒かった。そのせいで、自分ではなく別の女かと見違えたのだ。
だがそれは紛れもなく女自身だった。修行の装束を纏った、霊媒師の身を借りた己だった。
やはり私達は似ている。女の唇の端がめくれ上がった。
女が自らの影に重ねたのは、自分に変わり罪を被るはずの女だった。品行方正でお人好しで不器用な、自分の妹。
「・・・・・・・あやめ」
鏡の向こう、自分ではない者に向かって女は問いかけた。
それは鏡ではなく、彼女の心の窓であった。
女は綾里千尋を憎んでいた。だが彼女に負けず劣らず、自分と同じ顔を持つ双子の妹を憎んでいた。
「よくも私を裏切ったわね」
私は私を追い詰めた、すべての者に復讐する。
綾里を代表する家元となる筈の綾里真宵。二度の裁判で自分の有罪を確定させた綾里千尋。キミ子の切り札として慈しまれてきた綾里春美。
それだけではまだ、足りない。
女は肩にこぼれる髪をかきあげた。生前に変わらぬその仕草と、続く微笑。
「お覚悟はよろしいですわね?」
数年前の苦い記憶が甦る。己の企みを何でもあやめに告げてきたちなみが、妹に相談せずに行った唯一の殺人。
その原因となった男は、綾里千尋の弟子を経て、今や一級の弁護士になっていると聞く。
「あなたも無傷では済ませませんわ。リュウちゃん」
あやめ自身も、あやめが愛した男も。
すべての者に復讐してやる。
ちなみは笑顔を浮かべたまま身を翻し、夜の闇の中へ踏み出した。
吹雪が、ちなみの足跡をかき消していった。
(了)
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