運命の嵐 (全4頁)

02/08/20
攫われる妃 慕う騎士
★☆☆ 対象18歳以上




「我が城にご招待申し上げる」
 慇懃な口調ながら、絡みつくような視線がねっとりと王妃の肢体を嬲る。王妃は怖気を振るい、瞠目して義理の甥である目前の男を凝視した。彼の周囲に、完全に武装した数十人の兵士達が王妃の一行を取り囲む形で広がっている。
 王妃と数人の侍女達を護衛するのは、年老いて体の利かぬ退役した騎士と、戦で戦士としての職能を永遠に失った傷兵ばかり。隊長である老騎士が毅然として甥を睨みつけているが、彼とて剣を打ち合えば十合と持たず敵に切り伏せられるだろう。
 自分が迂闊であった。花を愛でるため少数の護衛のみで夫の城を出てきたことを、王妃は強く悔悟した。あの男が、夫の留守中は少兵で城門を出るなとあれほど反対したのに。
「我が叔父である今のご夫君とは離縁し、この私と再度婚姻の契約を交わしていただこう」
 王妃は言葉も発せずにただ男を睨みつけた。夫である王は今は遠く他国に遠征中である。頼みにできる者は誰もいない。
 あの男を除いては。
 唐突に、自分の背後で喊声があがった。護衛の老騎士が、槍をしごいて甥をめがけて騎馬を突進させる。無謀だ、と叫ぼうとしたが遅かった。甥の前に進み出た敵方の騎士が、彼の槍を軽々と叩き落として老騎士を騎馬から転落させた。転げ落ちてのたうち回る老騎士に無情な目を向けると、槍でその肩を貫いた。
 王妃の口から悲鳴がほとばしった。老騎士の絶叫がそれに重なる。
「何をするの!」
 王妃の詰問にも、甥は動じない。夫の宮廷にあったときから、その無礼な態度の裏にこの男の劣情を感じ取っていた王妃だったが、身の危険が現実となった今、彼女には為す術もなかった。
 酷薄な、暗い微笑。
「あなたがうんと言わねば、この役立たずの護衛どもを皆殺しにする」
 甥の口調は笑ってなどおらず、本物の殺意を放っていた。
「王妃さま、なりません!」
 老騎士が地の上から声を上げたが、王妃の心は決まっていた。
 王妃はうなだれて諾意を示した。甥の兵士が、王妃の騎馬の口環を捕らえる。
 甥が笑いながら右手を挙げた。王妃はその目に明らかな害意を見、動こうとした。だが遅かった。自分を捕らえた今、護衛達を生かしておく必要はどこにもない。甥の部下達が槍を構え剣を振るって、彼女が連れてきたすべての者たちを恐るべき手際で血祭りに上げた。城を出る前、侍女に飾りつけさせた緑のドレスが、当の侍女達や護衛の騎士達の血で深紅に染められていく。王妃は麻痺した心で、この苦境から逃げ出すことだけを考えた。轡を捕られた乗馬はむろん動かせず、飛び降りたところで甥の部下達から走る逃れることなどできるはずもない。恐慌に襲われ身動きもできぬ王妃の腹に、義理の甥の腕が回された。
「私の馬にお移りいただこう」
 力強い腕で無理矢理に担ぎ上げられ、甥の体の前に座らされた。逃げるためというよりは己の誇りのために抗うことが頭を掠め、体が動きもしたが、その気配を察した甥が、
「閨でなく兵士達の前で犯されたいので?」
 喉奥に笑声を含みながら発したひとことが、王妃の抵抗を萎えさせた。
 体の震えが止まらない。
 甥は満足げに王妃の胴に手を回した。首筋にかかるこの男の熱い息が、不快で堪らない。男の手が腹から這い上がって左胸に至り、掴んだ乳房を強く握られた。
「ご安心を。貴女を傷つけるようなことはしない」
 王妃の髪に顔を埋め、甥が囁く。
「私は貴女を尊重する」
 私に入り用で、私に従順である限りは。
 口によらず心で呟いたその言葉が、王妃には聞こえた気がした。
 遠のきそうになる意識の中で、王妃はその男のことを思った。夫ではない。城を出るときに私を止めようとした、留守居の若い騎士のことだ。
 このようになるなら、あの男の忠告を聞き入れておけばよかった。
 あの男の言葉を聞き、あの男の心を受け止め、あの男を受け入れてやればよかった。
 いずれこのように、夫以外の男に蹂躙される身であったなら。
 今はもう遅い。


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