秘密の庭(全2頁)

03/01/27
亡き王の甥と王妃
★★☆





 森を抜けて小高い丘を昇ると、そこに修道院がある。
 形は小さいが、歴代の王女や王妃を院長とする、由緒ある寺院だ。
 髭を蓄えた壮年の騎士は、従者に引かせた馬に乗って丘を上がっていった。門の前で馬を下り、門番に案内を乞うた。
 鎧はなくとも見まがうはずもない。近隣諸国に勇者として名の知れた、前王の甥である。死んだ父の跡を継ぐ国王はまだ幼いと云ってもよい歳で、彼が国の重鎮となることはすでに決定づけられていた。門番役の老人は慌てて奥へ話を通す。
 老人が奥へ消えて、しばし男は待った。
 やがて空気が動く。再び現れた老人に目をやり、次いで何気なく中庭に目をやって、騎士は動きを止める。
 妙齢をとうに終えた女が、こちらに向かってくる。ことさらに装飾性を排した衣装。だが伸びやかな背筋は昔のままだ。王城で着飾っていたときと何一つ変わらぬ、毅然とした美しさ。
 女はようやく男のもとに到達した。
「お久しぶりでございます」
 俗世を捨てた今となっては、王城にあったとき以上に二人の距離は隔たっている。その距離に安心しているとでも言うのか。女の笑顔は以前より柔らかくさえあった。
「王妃さま」
 女の目に影が射した。
「もう王妃ではありませんわ。夫は死にましたし、私は僧籍に入りましたので」
 二人の間は本当に遠くなった。男はそれを思い知らされた。
「では叔母上とお呼びするべきですかな」
 男は冗談を装って女に云った。女を傷つけるつもりで。だが女は婉然と笑っただけだった。その笑みが、かつて見たこともないもののように思えて、男は戸惑った。
「年若い身で、こんな場所に籠もらずとも。再婚の話さえ多くあったと伺っておりますのに」
 義理の甥と叔母の間柄ではあるが、年齢は男のほうが四つほど下なだけだった。
「死にゆく夫が私の行く末を気にしておりましたので、生前にこちらに来ると約束したのです」
「だが何も修道院でなくとも。年若い王はまだ母御を恋しがっておいでだ」
 女は再び笑った。
「ずいぶん無沙汰でしたし、少し歩きましょうか」
 そう云って、女は門をくぐり、外の世界に踏み出した。
 その後ろ姿を未だ眩しいものと思う自分の気持ちに気づいて、男はほんの少し狼狽えた。


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