逆手の呪 (全3頁)

03/08/11
「弔鐘」別篇
★☆☆




 王宮の中庭に、騎士たちを送り出す銅鑼と喇叭、そして太鼓が鳴り響く。
 王が建国の歴史と勳を語り、司祭が武功と生還を高らかに神に祈るその前で、戦地へ赴く騎士たちが頭を垂れている。
 大公の姪で、先頃婚約を交わしたばかりの娘が、回廊の壁際に立っていた。そこは夫を見送る妻たちの群の一番後方で、娘はそこから黙って騎士の一群を見守っていた。
 騎士たちの中には婚約者となった男がいる。その兄も。
 婚約者が戦から帰り次第、婚姻の式を挙げることが決まっていた。
 貞淑な妻たちは一様に、自らの手で織った緋色の女帯を両腕に巻きつけて掲げ、両手の甲を胸の前で合わせている。それは夫の無事を祈る為のまじないだった。娘もまた、婚約者の為に夜を徹して赤い女帯を織り、それを掲げていた。
 娘は夫となる男を捜した。黒い艶やかな髪が見え、それがそうかと思った。だが違った。彼女が目に止めた男は婚約者ではなく、その兄だった。
 目を閉じて頭を垂れるその男のきまじめな顔を見て、娘の心は形容しようのない思いで疼いた。彼には未だ、彼の生還を祈る妻や婚約者はいない。娘自身がその座に収まる筈だったからだ。
 兄の隣に婚約者は立っていた。顔立ちはよく似ている筈なのに、弟のほうが華やかで明るい印象を見る者に与えた。自分が愛し敬うべきは今やあの男のほうなのだ、娘はそう自分に言い聞かせようとした。
 出来るはずもなかった。
 二人並んで立つ兄弟。地味できまじめな兄と派手で陽気な弟。
 仲が良いという噂は聞いたことがない。


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