不死なる王の森











 町はずれの雑木林は、不死の王が住むという黒い森に続いていた。
 不死の王は若い男の姿をした魔術師で、時折、妻を求めて町を訪れた。町の者はみな一様に彼を怖れ、彼が望むまま、町の中から乙女を選んで花嫁の衣装を着せ、黒い森へと運んで置き去りにしてきた。乙女たちは二度と戻らず、数年後か十数年後、ふたたび不死の王は町に現れて花嫁を乞うた。不死の王は愛することを知らぬ残虐な男で、長命を得るために若い娘の生き血を啜ると、町ではそう噂されていた。
 その年の春、花盛りのころに黒い森に向かったのは、町長に養われていた齢十五の娘だった。幼い時分に流行病で父母を失い、弟と揃って町長の家に引き取られ、下女として働いていた。娘は兼ねてから、町長はいずれ不死の王に添わせるのが目的で自分を引き取ったと知っていたので、養い親の決定に逆らうことも愚痴をこぼすこともなかった。着せられるままに婚礼の衣装を纏い、生まれて初めての化粧をさせられ、それから町の者たちに連れられて、いつも花嫁を置き去りにする黒い森の中の広場へと歩かされていった。
 娘は従順だったが、町の者たちは油断しなかった。いつぞや一人で去り置かれた後、広場から逃げ出して行方知れずになった乙女がいたからだ。花嫁衣装を着た娘は手首と足首とを縄で縛られ、大きな栗の木に括りつけられて広場に置いてゆかれた。
 町の人々が去ってようやく、娘は自らの不運を心から嘆くことができるようになった。縛られた手で顔を覆って暫く啜り泣くうち、顔前に人の気配を感じて顔を上げた。
 そこには黒い外套に身を包んだ痩身の青年が立っていた。
「なぜ泣くのだね」
 男の声は意外なほど柔らかかったが、抑揚に同情は感じられなかった。
「あなたが私を殺して、その血を啜るからよ」
 娘はしゃくり上げながらも正直に答えた。
「私が欲するのは贄ではない。妻だ」
 そう云って男は娘に触れた。手足を縛っていた縄は音もなく解け、地に落ちた。
 だが娘は動けなかった。
 不死の王の周囲を春にふさわしからぬ冷気が漂い、彼の歩いた後には霜が降りていた。
 恐怖に硬直する娘を男は黙って抱き上げ、黒い森の中へと姿を消した。









                                            

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