2005/09/07
海の娘の無知なる恋
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深い深い海の、水泡から生まれる精霊の娘が、ある男に恋をした。
足の速い商船と海洋をまたにかける荒くれ男たちを率いる、海賊たちの長だった。
娘は小さな銀の魚と化して男が乗る船の甲板に飛び上がり、恋を伝えようとした。
男は笑ってその小さな魚を手に取り、甲板から大洋へと放り投げた。
あやまって船に上がった愚かな魚と思ったのだった。
娘はそこそこの大きさの海豚と化して波間から姿を現し、男の船の周囲で幾度も飛び上がってみせた。
男は笑って海豚に手を振った。部下の一人が糧食とするため銛で海豚を突こうとするのを制して。
娘は大きなる鯨と化し、海面近くに上がって勢いよく潮を吹き上げた。
転覆を怖れて青ざめる部下たちを後目に、男は声を上げて笑った。
その笑い声は波の下の娘にも届いた。
そしてその夜、嵐が起こった。
男の乗った船は風と波に微塵に砕けた。船の積んだ荷が、人が、三角波の間を漂い、揉まれ、沈んでいった。
海中を漂う人の中に、娘が恋する男の姿があった。
娘は娘の姿のままで、男の体に触れた。
男は笑わなかった。
娘は男を抱き締めた。
求めるものを得た喜びが、娘の顔をほころばせた。
娘は男の亡骸を抱えて深海に泳ぎ、深い闇の中へ姿を消した。
(了)
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