声なきもの

 

05/10/20
声と命の連鎖
★☆☆



 誰にも望まれずに産まれて、そしてすぐに殺された赤子がありました。
 赤子の骸は教会の裏地に捨てられ、獣と蛆が食い散らし腐るに任せられました。
 やがて小さな白骨となった赤子の骸の下から、それはたくさんの草が生えました。
 牛と山羊が牛飼いに連れられてやってきて、その草を食みました。
 羊の一頭を牛飼いは市場で売り、羊は城の料理番に買い取られました。
 料理番が屠った羊を城の奥方さまが調理なさって、ご城主がひらいた宴に羊の炙り肉が出されました。
 夜が更けて宴がもう果てようという頃、一人の吟遊詩人が遅ればせながらやってきて、人々の前で歌を披露しました。
 詩人の歌に満足した客人が、目の前にあった羊の脚を切り取って、詩人の足元に投げました。
 詩人は羊の脚を拾い上げて城の広間を去り、暗い中庭に腰掛けました。
 詩人の横顔を弱々しい月影がほんのりと照らしました。
「そしてこの血肉が我が声をつくる」
 詩人は肉を頬張り、残った骨を放り投げました。
 城主が飼っている犬たちがその骨を噛み、飲みくだしました。
 詩人は竪琴を抱えて歌いました。
 夜の暗がりにひっそりと息づくいのちのすべてが、彼の歌に耳を傾けていました。



                                      (了)




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