理知

 

05/10/20
己を竜に変えた王子
★☆☆



 人の世を厭って、さるまじないにより己で竜に身を変えた王子があった。
 王子は山に籠もり、洞窟に暮らした。
 長い長い孤独の後、彼は人に焦がれるようになった。
 ある日、山の尾根を歩く道に、彼は置き去りにされた女に気がついた。
 その衣裳から並みならぬ身分の若い娘と知れた。
 娘は彼の姿を認め、死を覚悟した悲愴な目で彼を見つめた。
 その弱々しく気高くいじましい姿を、彼は醜いとも美しいとも思った。
 その女に構うなと理性は告げた。彼女を捨て置いてこの場を去れと。
 だが彼は娘を救った。
 数年の後、娘を取り戻しに若者がやってきた。
 その若者に、竜となった王子はかつての己の姿を見た。すらりとした二本の足と伸びやかな手、端然とした顔に宿る若々しい覇気。
 腕の一振りでその者を殺すこともできた。だが彼はそうしなかった。
 若者の剣は彼の鱗を抉り、首を叩き落とした。
 薄れる意識の中で、今は妻となった娘の悲鳴が聞こえた。
 私は結局、人の世界に戻って死んだ。
 そう思ったきり彼の意識は途絶えた。

 若者が娘を連れて去った後、そこには竜の骸が残った。
 胴から切り離された首は、笑っているようにも泣いているようにも見えた。



                                      (了)

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