四季

 

2006/02/08
領主と血の繋がらぬ姫君
★★★



 ある春の日、ご領主はお城に新しい奥方を迎えた。
 ご領主のさきの奥方は流行病でお亡くなりだった。新しい奥方もまた、ご亭主を同じ病で失っていた。
 新しい奥方には、奥方によく似た女の子の連れ子がおありだった。
 ご領主は奥方と同様に血の繋がらない姫を愛しんだ。
 ある夏の夜、日が落ちても暑気の消えぬ不吉な晩に、奥方は息を引き取られた。お腹にはご領主の新しいお子がいらっしゃったが、ついぞ産まれ落ちることはなかった。奥方は大きなお腹のまま、ご領主の一族が眠る墓所に葬られた。
 ご領主はもはや新しい奥方を娶ろうとはなさらなかった。
 亡き奥方の遺した姫君だけが、ご領主の慰めとなった。血の繋がらない親子ではあったが、お二人はそれはそれは仲がよかった。
 ある秋の夕べ、姫君は暖炉の前に腰掛けて、緋のビロードに金糸で刺繍をなさっていた。巷で歌われている恋歌を口ずさみながら、器用なお手つきで、布に糸を通していかれた。
 暖炉の前にはご領主もまた座っておられた。
 姫君の恋歌を耳に聴きながら、思慮深げなそのお目はただ暖炉の火を眺め、たくわえた口髭の下からは何ひとつ言葉をお吐きにならなかった。姫君はその横顔をときおり眺めつつ、針を刺す手は止めることなく、お父上の前で歌を歌い続けた。真珠のような玉が姫君のふっくらした頬をひとつ、ふたつ転がり落ちたが、姫君もご領主もそれには気づかぬふりをなさった。
 姫君の白い小さな器用なお手でも、豪華で細かい刺繍はたっぷり一冬もの時間を必要とした。
 ある春の朝、姫君は馬車に揺られて隣の国の王子さまのもとへ嫁いでゆかれた。
 ご領主は城壁に佇み、馬車を中央にした旅団の影が小さくなって消えてしまうまで、姫君を見送られた。ご領主のお顔には涙の痕はなかったが、目は真っ赤に充血していた。
 ご領主の肩には、豪奢な金の刺繍が施された緋色のマントが翻っていた。
 城下から、婚礼に浮かれた市民たちの騒ぎが、風に乗ってかすかに響いてくる。
 ご領主は耳を澄ませ、冬の間に胸に刻みつけた姫君の歌声がもう一度聞こえぬかと城壁から身を乗り出した。
 無論姫君の声は聞こえず、小鳥だけがただ、爛漫の春に恋を歌っていた。



                                      (了)




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