災い

 

2009/07/09
涙の花草
★☆☆



 ある男を愛しながら、自らの猜疑と裏切りにより災いを呼び込み、結局戦いによってその男を死に追いやった女があった。
 女は悲嘆にくれて里を出て深山に分け入り、そのまま帰らぬ人となった。
 女を捜しに山に入った親類の者たちが、獣たちに食い荒らされた女の骸を谷で見つけた。彼らは一部の骨を持ち帰って墓に埋めた。

 十数年の後、人知れず、女が死んでいた場所に見慣れぬ草花が群生した。
 薬草を求めて山を歩き、谷に迷い込んだ村の薬師がその草を見つけた。
 茎は女の血を吸ったように赤く、その花は女の嘆きのように黒く、花の後に地に落ちる小さな種は女の涙のように白かった。
 薬師はその草を摘んで里に持ち帰った。

 その茎汁は血止めに効き、花びらは怪我の痛みを止め、白い種は弱った体に滋養を与えた。
 薬師はもう一度谷へ行って同じ草を土ごと掘り起こし、里にある己の庭に植えた。里に植えられたその草花は、だがすぐに枯れた。
 その草は、自生した谷でしか命を繋げぬ草であった。

 村の歴代の薬師たちは、戦が近くなると谷へその草花を求めに行った。
 彼らはその草を涙草と呼んだ。
 恋人を死なせた女の後悔が、村に幸いをもたらした。
 草花の由来のうち、もっとも美しい部分だけを、彼らはその名として与えたのだった。



                                      (了)




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