絵語り

 

2006/04/03
城の広間のタピスリー
★☆☆



 その城の広間には大きなタピスリーがかかっている。
 絵の場面は戦場だ。勇ましい表情の、背の高い紅顔の美青年が軍隊を率いて、敵をうち破り城の財宝を手にする様が描かれている。
 城の跡取りの一人息子が、それをしげしげと眺め、祖母に尋ねた。
「これが僕のひいおじいちゃまの絵だってほんとう?」
 白い髪を巻き上げた老婆は、曲がった背をさらにかがめて孫に頷いた。
「そうですよ」
「ひいおじいちゃまは勇敢に戦ったんだね」
「そうね、坊や」
「ひいおじいちゃまは誰のお城を攻めたの?」
「悪人のお城よ」
「敵はどんな人だったの?」
「この辺り一帯を治めていた、悪い領主だったのよ」
「ひいおじいちゃまは戦ってどんな宝を手に入れたの?」
「きれいな女の人よ。その人を奥さんにしたわ。そしてこのお城に住んで、今までの領主に代わって広い土地を治めたのよ」
 孫は目を輝かせた。
「すごいや。ひいおじいちゃまって立派な人だったんだね」
「・・・・そうね」
 そこで祖母は言い淀み、己の記憶の淵を覗き込むように口を閉ざした。
 背後から足音がして、二人の後ろに城主である老婆の息子とその妻が立つ。
「また昔語りですか、お母さん」
「ええ。歳を取ると、昔のことは色々とよく思い出されるのよ」
「おとうさま」
 孫が微笑んで城主に駆け寄る。城主は息子の巻き毛の頭を撫でた。
「おばあちゃまを煩わすのもほどほどにするんだぞ」
「ぼく、いい子にしてるよ」
 城主の妻が息子を抱き寄せ、腕に抱える。
「もうすぐ食事ですよ、お母さん。今日は妻が腕を振るいましたよ」
「あら。それは楽しみだこと」
 老婆は上品に笑った。
「先に行っててちょうだい。私はもう少しこのタピスリーを眺めているわ」
「あまり遅くならないでくださいよ」
 城主夫妻とその息子は広間を立ち去った。
 ただ一人残され、老婆はタピスリーを見上げる。
「ほんとうに、ご立派だこと。おとうさま」
 品のよいその顔が、皮肉げに歪んだ。
「あなたは卑怯な策略で私の祖父を陥れて殺し、その娘の夫も殺して後釜に座ることで領主の座を得た。あなたが攻めているのはこの城ですね」
 タピスリーに織られた城は、城主一家と自分が住む城の城壁に酷似している。
「あなたは背が低く顔も醜く、・・・・私や私の息子にはまるで似ていない」
 老婆の目が暗く光った。
「母が寡婦となりあなたに犯されたとき、すでに私は母の腹の中にいた。あなたは私を我が子と思っていたけれどもそれは違う。母はあなたに子を遺さなかった。私はあなたに殺された母の前夫の子」
 色素の抜けた薄い唇に嘲笑が宿る。
「あなたの名で、あなたの権力で、私達一族は繁栄している。虚しいことですね。あなたが死んだ後、母がよく口にしていました。これが私達女の復讐だと」
 老婆は笑みを浮かべたまま口を引き結んだ。
「そこから我々の繁栄を眺めているがよろしい。おとうさま」
 それきり老婆は口を聞かなかった。曲がった背をタピスリーに向けて、広間をゆっくりと横切っていく。
 陰謀と虚飾に彩られた美しいタピスリーが、松明に照らされてあかあかと燃えていた。




                                      (了)




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