恋舞








 四十年ごとの大祭は、冬至の夜に行われる。
 舞台の四隅に篝火を焚き、人々が熱っぽい目で数々の舞踏を見守る。
 空が白むまで後一息という頃合い、観衆からひときわ大きな喊声が上がった。
 細いが力強い生気を放つ四肢を美しく飾り立て、娘が舞台に躍り出た。
 大祭のたびに捧げられる神への舞。娘はその祭りの最後の舞手であった。
 娘の手指は伸びやかに神への言葉を語り、足は指先にまで神経が張りつめていた。
 やがて舞台の端から一人の青年が現れた。祭儀用の抜き身の剣を構え、娘と対になるように舞い始める。
 見物者の間から溜息が漏れるほどに、それは息の合った舞だった。
 舞いながら、青年が張りつめた表情で娘の顔を睨め付ける。娘はその視線を受け止め、臆することなく青年を見返した。
 二人は幼馴染みだった。



 娘は幼くして舞踊の才能を見込まれた。村を去り、国の中枢の神殿に呼ばれ神に仕えた。
 村で娘と屋根を接して暮らしてきた少年は娘のことが忘れられず、神殿の戦士となるために鍛錬を重ねた。
 十五の年、少年は念願の神殿兵となり、娘に再会した。娘はもとより美しかったが、いまはその美貌の上に更に舞手としての矜持を持ち、神々しいまでの威厳を放っていた。
 大祭は三年の後に迫っていた。娘は大祭で、有終の美を飾る舞を神に捧げることがすでに決められていた。
 兵士としての少年は強かった。神殿兵を束ねる兵長に目をかけられ、やがて娘の護衛として娘の傍に仕えるようになった。そして同時に、大祭の舞で娘と対になって踊る役目も言い渡された。
 娘の傍にいられるだけで、少年は幸せだった。
 四十年ごとに行われる大祭の全容を知る者は少なかった。娘と少年に稽古を付ける腰の曲がった老婆のみが、大祭の最後の舞を細部まで記憶していた。
 娘と少年はその老婆から、口頭で舞を教わっていった。一年経ち、二年経ち、その間に少年は青年に変じた。
 大祭が差し迫ったある晩、老婆は娘と青年に舞の最後の場面を伝えた。今までその部分の舞は、わざと教えずに隠してきたのだった。
 四十年ごとの冬至の夜、神には人間の贄が捧げられる。優れた舞手は神に愛された証、その証を持つ者を舞の最後に異界へ送り込む。舞手が神の領域である異界に行って直接神を呼び寄せるのだ。冬至は最も神の力が弱る日である。だが四十年ごとの夜、神は愛する者の声に答えて暗闇から甦る。
 舞のために青年が手に持たされた祭剣はそのためのものだった。
 青年は恐怖した。幼い頃から憧れ追いかけてきた者を我が手で殺すことに強い嫌忌を覚えた。剣を投げ出し、祭りの役目を捨てて逃げようと娘に語らった。
 娘は首を横に振った。
「私は舞手よ」
 意志の強いはしばみ色の瞳が青年を射た。それだけで、青年は娘を叛意させることは無理だと悟った。
「あなたがやめたければやめればいい。私はほかの兵士を見つけるわ。それだけよ」
 娘は昂然と顔を上げたままその場を去った。
 青年は悩んだ。だが結局、舞手として舞台に立つことを選んだ。
 完璧な舞手たらんとする娘の望みに添うことにしたのだった。



 拍子を取る太鼓の音が一段と大きく鳴り響く。
娘の舞はいよいよ最後の山場を迎えつつあった。
 青年と娘は対峙し、離れ、近づき、背中合わせに寄り添い合い、やがて同時に身を翻した。
 娘の柔らかな胸に青年の剣が深々と突き立った。青年と娘の動きは鋭く、刀身は娘の背まで突き抜けた。
 がくりと首をのけぞらせ、仰向けに倒れる娘の背を、青年が支えた。
 娘の唇が、僅かに息を吐く形に動いた。
「あなたを愛してる」
 娘はこときれた。
 舞は終わり、大祭は終わった。
 火の弱まった舞台の上で、青年は娘の亡骸を抱いてくずおれた。
 娘の唇から一条の血筋が流れていた。
 安らかな寝顔だった。




 冬至が去り、国には陽気が緩やかに戻ってきた。
 大祭を終えた人々は四十年間の平穏を祈り、異界に旅立った娘の骸を神殿の中庭に丁重に葬った。
 その年、自然は穏やかに人々を包み、人は皆歓びを謳歌した。
 だがその中にあの青年の姿はなく、青年が持ち出して逃げた祭剣もまた行方が知れぬままだった。
 冬、神殿近くの山に分け入った猟師が、土に突き立てられた抜き身の剣を見つけた。刀身は錆に覆われ、二度と使い物にならなかった。
 突き立った祭剣を盗んだ男がどこへ消えたのか。
 それは誰にも、ついにわからぬままだった。









                                            (了)





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