昔みやこにいた白拍子で、名を小夜と呼ぶものがあった。 容貌が優れているというのではないが秀でた舞歌の上手で、院に召し上げられ、常におつかえしていたが、院はやがて新たな白拍子をお召しになって、お声もかからなくなった。 小夜は泣きながらみやこを出て、出家して山に入った。その後の消息はぱたりと絶えた。 みやこを去り俗世を捨てるに際して小夜が詠んだ歌、
入る山の端に現れし月もまたよその月とぞ思ふべきなむ
(俗世を捨てて籠もる山の端にあらわれる月もまた、自分の為の月ではないと思わねばならないのだろうか)
秋雨のふる山鳥のねを聞かばさよやなくやと人の問ふらむ
(秋雨の降る山に響く老いた山鳥の声を聞いたら、小夜が泣いているのかと誰か問うだろうか)
をしからぬ命にかへて歌はまし小夜や啼けよと望まましかば
(己の惜しからぬ命に替えても歌いたかった。「小夜や啼け」とあの方が望まれたならば)
と詠んだ。
それから暫く後、院はみやこより西へ島流しにお遭いになった。ご病気を得て、枕から頭を上げることもできずお嘆きになっていた。みやこからの使いは途絶えがちで、心細くお思いだった。 常にみやこを恋い慕いながら、日々をお過ごしになっていた。 ある温かな雨の夜、いつもとは違って格子を降ろさぬままにお休みになった。すると、庭の枝に止まって囀る小鳥があった。院がお目覚めになって、御簾を引き上げてご覧になると、姿かたちはそれほどかわいらしくもない黒い鳥が、良い声で啼いていた。院は音も立てずに聴いておいでだった。 暫く鳥は啼いていたが、院のご気配を察して、庭から飛び立っていった。 翌朝、院のお体は幾分快復していた。お庭にお降りになって、夜の鳥を捜させたが姿は見えなかった。だが宵になると、先夜と同じ鳥が庭先にやってきて再び囀った。翌日の夜もそうだった。 ある夜、庭の手前の木々に止まって啼く小鳥に院はお尋ねになった。 「不思議なことだ。声を聴いているだけで気分が楽になる。姿かたちが素晴らしくないのは残念だが、よい声をしている。おまえは何処から来たのだ」 小鳥は東に向かって飛び立った。 「都のから飛んできたとは思えぬが。だが東方から来たというだけで、懐かしく思えることだ」 と院は小鳥を愛でなさった。鳥のほうも院に親しみ、横になっておられる臥所まで参上して、御手の傍で囀る程にまで慣れた。 鳥の顔かたちは、昔の白拍子の女に似ているところが多かった。 やがて院は勅をいただき、許されて都にお帰りになることになった。病も癒えて、むかしのようにお元気におなりだった。庭先で啼き続けたあの黒い小鳥のことをお忘れにならず、都に連れて行こうとして庭を探させなさったが、姿も見えず、声も絶えて聞こえることはなかった。 前栽の萩の根もとに黒い羽が一枚落ちていた。院はそれをお手に取り、読みなさった歌、
それと見てしかと見果てぬ夢の間にさ夜泣き鳥の音をや聞きけむ
(それかと見て、はっきりとは見尽くせぬ夢の中で聞いた鳥の啼く声。あれは小夜の泣き声だったのだろうか)
泣く泣く都に帰られたとかいうことだ。
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