春とも知らぬ松の戸に

 

2017/02/07
歌仙兼定×宗三左文字(歌仙片想)
節分と立春
全1話


 山深み春とも知らぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水 式子内親王
(山深い場所ゆえ、立春が来たとも知らず春を待つ松の戸に、
雪が溶けて玉水がぽたぽたと落ちていることだ))
    



「おにはーそと。ふくはーうち!」
 節分の日の夕刻。庭先から、子どもたちの楽しげな声が響く。
「やれやれ、元気のいいことだね。外は雪がちらついてるというのに……」
 短刀の子たちの豆撒きの様子を興深げに見つめる宗三左文字の隣で、呆れたように歌仙兼定が呟いた。
 寒がりの主が奥の間へ引っ込んでしまった後の本丸の大広間。
 外に向かう襖は開け放ってある。
 広間の端近に座した宗三左文字の隣で、くつろいだ様相で火鉢の傍にやはり座し、火箸で時折炭を並べ替えている歌仙兼定は、常の通り笑みを浮かべている。
 火鉢の上では、鉄瓶に代えて歌仙兼定が持ち込んだ小さな茶釜が湯気を立てていた。
 城は新しく、木や畳の匂いが強い。
 縁の向こうの庭で、粟田口を中心とする子たちが、代わる代わるに豆を投げ合っていた。短刀の子どもたちが主に豆撒きを任されて、城中のあちこちを回っているのだった。
「いたっ、ちょっと、痛い、本気で投げないでよ、愛染」
「細けーこと気にすんな乱! 祭りだーそぉーれ!」
「おにだけじゃなくて、てんぐにもまめをなげるんですねー」
「あ、と、虎には豆をぶつけないでください、あの、痛がったりしたら、可哀想なんで、」
「俺っちの眼鏡にも当てねえでくれよ。割れたら事だ」
 出逢ったばかりの子どもたちだが馴染むのは早く、藤四郎たちを中心によく纏まっている。
 初期刀である歌仙兼定が顕現してからさえまだ日は浅く、城に参集している刀剣男士は殆どが短刀ばかりで、打刀は歌仙兼定の他に、宗三左文字と、今は遠征に出ている加州清光だけだった。
「茶を()むかい、宗三左文字どの」
 歌仙兼定がそう声をかけると、庭の子どもたちに向けられていた宗三左文字の集中力がふっと途切れて、左右色違いの瞳が歌仙兼定に向けられた。
 豪奢に舞い散る淡紅色の髪が揺れて、冬を終える冷たい風の中に散らばる。
 茫洋として見える宗三左文字の視線に、歌仙兼定は人知れず艶めいたものを感じた。寒いばかりだった筈の体に、えもいわれぬ熱が巡ってくる。
 宗三左文字が顕現してわずか二日。
 天下人の刀と称された前世に相応しい品位と、そぐわぬ儚さとを併せ持つこの僧形の刀剣男士に、歌仙兼定はすっかり魅せられてしまっていた。
「………いただけますか」
 かそけき声で宗三左文字が返事をした。
 茶が欲しいからではなく、僕に気を遣ったゆえの返答だな、と歌仙兼定は分析しながら、頷いて茶を点てる準備を始める。
「きみたちも。他の場所へ豆撒きに行く前に、茶を喫んで暖を取って行きなさい」
 薄茶を用意しながら、庭に散らばる短刀の子たちに向けても、歌仙兼定は声をかけた。
 短刀の子たちは豆撒きを中断して縁伝いに広間へ上がってくる。
「にがいの、きらいです」
 茶の湯の全盛期たる戦国時代には残存していなかった短刀である今剣がそう答えるのへ、
「そう言うと思ってごく薄めに点てたよ。なんなら白湯でもいい。とにかく飲みたまえ。寒いのは人の体に毒だから」
 宗三左文字に茶碗を勧めた後、歌仙兼定は短刀の子たちにも回し飲み用に別の茶碗を渡した。
 本来は古典的な茶の湯を好む歌仙兼定だが、短刀の子どもばかりで軍隊としての体裁も殆ど整っていない今の本丸では、茶の作法など気にしていても仕方がない。
「寺社や花街などの賑やかなところでは、豆だけじゃなくて餅や菓子も撒くものなんだよ」
 歌仙兼定はそう言いながら、火鉢の裡で温めた小さな餡餅を取り出して、子どもたちに配ってやった。
 子どもたちには茶より餅のほうが効果があったようだ。
 わっと歓声を上げてそれぞれ餅にかぶりつき、幸せそうに頬張る。
「美味い! あったかいとか美味いとか、人間の姿ならではだよな! 刀剣男士になれてよかったなー!」
 実感を込めて愛染国俊が言う隣で、五虎退が餅を喉に詰まらせかけながら頷いていた。
「ねえ歌仙さん、豆もお餅と一緒で食べるものなんでしょ?」
 餅を食べ終わった乱藤四郎が蠱惑的に首を傾げて、歌仙兼定に尋ねてきた。乱藤四郎が手に持っている枡は、炒り豆で半ばほどまで埋まっている。
「どれくらい食べるのかな? 主さんは年の数だけって言ってたけど……」
「ということは、せんつぶくらいですね。……せがのびそうです!」
 間髪を入れず脇から今剣が口を出して、歌仙兼定と宗三左文字は固まる。
「え………」
 今剣は平安期の刀剣だが、だからと言って炒り豆を千粒食べるのはさすがに無茶だろう。
「やめておきなさい。腹を壊すだけだ」
 茶の湯や和歌などに精通し、趣味を含めた人間の諸々に詳しい歌仙兼定が、苦笑しながら今剣を窘めた。
「豆をそんなに食べても背は伸びないよ。だいたい人間に千年なんて齢は無いだろう。刀剣男士として顕現した年数を鑑みたら……」
「えー。だったらゼロになっちゃうじゃない!」
 乱藤四郎が声を上げた後ろで、薬研藤四郎が顎に手袋手を当てている。
「数え歳でも一粒だな。さすがに食った気がしねえな」
「………五粒ぐらいにしておきなさい。残った豆は食材に使うから、余らせても構わないよ」
 空になった茶碗を子どもたちから受け取りながら、歌仙兼定があしらうように言った。
「………あなたは茶だけでなく、料理もなさるのですか」
 歌仙兼定の隣から、宗三左文字が問うてきた。
 歌仙兼定は宗三左文字を見返して微笑む。
「献立を作るのを得意とする刀剣男士も、世にはいるらしいけどね。そこまでではなくとも、料理の腕は確かだと自負しているよ。………まあ」
 火鉢の炭を組み直しながら、
「連日あまりにも出陣・遠征続きだと、包丁を振るう時間も取れないが」
 歌仙兼定は普段はまったく謙遜などするような性格ではないのだが、宗三左文字が感心したように向けてくる視線が、なぜか今は面映ゆかった。
 茶を喫み終え、餅を食べて一息ついた短刀の子どもたちはやがて再び豆を撒きに庭へ降り、本丸から姿を消した。霜が降りたままの畑や、まだ荷駄馬しかいないような厩も回って、厄を払い福を呼び寄せる行事を続けるつもりなのだろう。
「寒いだろう。戸を閉めるかい? 主も今日はもう戻らないだろうし、僕たちも退がってよさそうだよ」
 誰もいなくなった、寒々とした冬の情景の庭を尚も眺めている宗三左文字に、歌仙兼定が声をかけた。
 宗三左文字が喫んだ後の空になった茶碗が、宗三左文字の膝の傍に置かれて冷えている。
 歌仙兼定がそれを片付けようと手を伸ばしたとき、
「………茶というものを初めて喫みました」
 宗三左文字の薄い唇から微かな声が漏れた。
 歌仙兼定が緑の目を宗三左文字に向けると、
「良いものですね。温かくて、苦くて、ほんのりと甘くて」
 淡紅色の髪と優美な対照色を為す、深い緑と深い青、ふたつの色の瞳が歌仙兼定を見つめ、朱唇は微笑む形に柔らかくほころんでいた。
 ―――春のにおいだな。
 歌人の心で歌仙兼定はそう思った。
「気に入ってくれたならよかったよ」
 頬を赤く染め、緊張していることを宗三左文字に悟られないよう気をつけながら、歌仙兼定はそう答えて微笑み返した。
「………戸はこのままでお願いします」
 先程の歌仙兼定の問いに、宗三左文字が返答をしてきた。
「空をもう少し、眺めていたくて」
 人気の無くなった庭は森閑とし、厚雲に覆われた空は夕刻の所為もあってどんよりと暗い。
「明日は春、と主に聞きました」
「……そうだね」
 節分の翌日は当然のこと立春だ。
「不思議です。……明日になったら、冬の空はすっかり消え果ててしまうのでしょうか? 今日はこんなに冷えるのに」
「………それで外を見ていたいのかい?」
 歌仙兼定が問うと、宗三左文字は黙ってこくりと頷き、外の庭に視線を戻した。
「……風流だね」
 宗三左文字には聞こえぬほどの小声で、歌仙兼定は感嘆したように呟く。
「じゃあ。僕もここに腰を落ち着けて、もう一服茶を点てようか」
 今度はもう少し大きな声で独り言めかして歌仙兼定が言うと、宗三左文字が不思議そうに歌仙兼定を見つめてきた。
「あなたが僕の興味につき合う必要はないと思いますが……」
「僕が茶を点てたいんだよ。今度は子ども向けの茶ではなく、本来の味のものをね。それに」
 茶釜から湯を掬いながら、歌仙兼定は微笑む。
「僕がきみにつき合いたいね。きみの言う、冬の中に春を探すのは風流の極みだろうから」
 実のところ、探すまでもなく春は歌仙兼定の傍にある。
 それは二日前、城の本丸に顕れた。
 きみこそが僕の春だよ、とは、歌仙兼定は宗三左文字にはまだ言えず、代わりに、春の如く薫り高い茶を、宗三左文字に向けて差し出した。


 翌早朝。
 部隊長の歌仙兼定が出陣の出立ちで城門の前にやってくると、紺色の衣装を纏った粟田口の短刀たちに囲まれて、頭二つほど抜きんでた青年姿の宗三左文字が出立を待っていた。
「おはようございます、歌仙兼定。……春を見つけましたよ。ほんの先ほど」
 儚くふわりと微笑んで、宗三左文字が歌仙兼定に挨拶をする。
「門の傍の木に、白い花が咲いています。昨日はまだ蕾でした」
 見ると、宗三左文字の指摘の通り、城門の脇に植えられた早咲きの梅が、白い花をひとつふたつ開花させていた。
「なるほど、雅だね」
 梅から視線を宗三左文字に戻して歌仙兼定が微笑みかけると、宗三左文字の微笑が深くなった。
「今朝はまだ寒いが。これから日を追うごとにぐんぐんと温かくなって、春らしくなっていく筈だよ。季節を感じて暮らしていけるのも人の身ならではだ。見逃したくないものだね」
「………ええ」
 宗三左文字は柔和に頷いた。
 僕が見染めた春も。
 日数を経るたびに花の如くに咲き匂っていくことだろう。
 歌仙兼定はその予感に満足して、威儀を正し、立春の朝の空気に、出陣の号令を響かせた。



                                             (了)




後書