| 山里は道もや見えず |
| 2016/12/20 歌仙兼定×宗三左文字 本丸・初雪・楽器/全1話 |
| 山里は道もや見えずなりぬらむ紅葉とともに雪の降りぬる 藤原家経 |
| (山里では道も見えなくなってしまっているだろうか。山ではないこちらでも、 紅葉と一緒に初雪が降り散ってきている) |
残照のように庭に残った紅葉に、この冬初めての雪が舞ったある日の夕刻。 内番を終えた宗三左文字が本丸に伺候すると、縁を歩く間に耳慣れぬ音が聞こえてきた。 謁見の広間に着くと主の姿はなく、代わりに歌仙兼定が、大量の楽器に囲まれながらそのうちの一つを手にとって調律していた。 「何事ですか、歌仙兼定」 宗三左文字が問うと、歌仙兼定は目線を上げて宗三左文字に向けて微笑んできた。 「ああ……。霧の隠れ里に出陣した極の子達が楽器を持ち帰ってきたのさ。むろん主への献上品だが、僕たち刀剣男士が好きにしていいとの仰せだよ」 歌仙兼定に促されて、宗三左文字は彼の傍に腰を下ろす。 歌仙兼定は膝の上に三味線を抱えていた。宗三左文字の見ている前で、調律する指が迷うことなく弦の上を辿り、撥が当たるたびに快い音が辺りに響く。 「……あなたは楽器も弾けるのですね」 「どうやらそのようだね。僕も知らなかったが」 歌仙兼定は宗三左文字に向けて悪戯っぽく微笑んだ。特に何かの修養を重ねたわけでもなく、顕現当初から和歌、茶道、料理、絵画などの趣味に通じていた歌仙兼定は、同様に楽曲も得意であるらしかった。 歌仙兼定が再び三味線に意識を戻し、宗三左文字の知らぬ音曲を幾節か奏でる。 耳に三味線の響きを聴きながら、歌仙兼定の器用な指捌きと楽しげな横顔に、宗三左文字は暫くの間見惚れていた。 やがて満足したらしく、歌仙兼定は三味線を脇に置く。 「僕に合った幾つかを僕の部屋に運び込ませよう。徒然のいい慰めになるだろうからね」 傍に控えていた短刀の子に複数の楽器を持ち去らせてから、歌仙兼定は宗三左文字に向き直る。 「きみはどうだい? 宗三左文字どの。三味線のほかに琴と笛も届いているが、この辺りのものを幾つか試してみるかい?」 「さあ……どうでしょうか」 歌仙兼定に問われて、宗三左文字は自信なさそうに首を傾けた。 自分に何かの楽器を奏でられるとは思えない。 「顕現する前、魔王が鼓を打っているのを聴いたことはありますけれど……」 宗三左文字の返事を受けて、思い出したように歌仙兼定は頷いた。 「そうか、信長公は鼓の名手だったね。残念ながら霧の里には鼓は無かったそうだ。きみの鼓を聴いてみたいものだが」 「………きっと、目も当てられぬことになりますよ。僕は無器用ですから」 「そんなことは無いだろう。きみはそもそも、僕にとっては最上級の楽器の名手なのに」 言われた宗三左文字のほうが驚いた。 微笑む歌仙兼定の緑の目が、宗三左文字を映して潤んでいる。 「………僕が……、ですか……?」 宗三左文字にはまったく心当たりが無い。 困惑したふうの宗三左文字を見て、歌仙兼定の目が楽しげに細められた。 「きみの、その声さ。今、この時だって。きみの声が聴けて、僕は天上の楽園にいる心地なんだよ」 はじめ怪訝な顔をしていた宗三左文字だったが、歌仙兼定の言葉の意味がゆるゆると浸透するに及んで、宗三左文字は色違いの目を潤ませて頬を赤く染めた。 「………か、歌仙、……」 歌仙兼定が手を伸ばして、正座した膝の上で緩く組まれた宗三左文字の白い指に優しく触れた。 「それにきみは、最上の楽器にもなるしね」 歌仙兼定が顔を近づけ、短刀の子達に聞こえないように少し声を落として、宗三左文字に言った。 「夜………、僕の腕の中で、僕の指で、それは綺麗な音色で鳴くよね?」 耳に吹き込まれた歌仙兼定の声に、宗三左文字の頬は髪より赤くなる。 「………、かせん、」 優しい声で艶めいたことを歌仙兼定に耳打ちされて、宗三左文字は体の中心が熱を帯びてくるのを自覚した。 宗三左文字の脳裡には恋人の声だけでなく、夜、自分の肌に触れてくる歌仙兼定の指すら思い起こされてくる。 微笑んで自分を見つめる歌仙兼定には、自分のそんな空想も見抜かれているだろうことが、更に宗三左文字の身を熱くさせた。 「今夜は十六夜だね………楽器を鳴らすにはちょうどいい時期だよ。月は見えなくてもね」 歌仙兼定は宗三左文字から体を離して、普通のことのように声の大きさを戻して語りかけた。 歌仙兼定の手は相変わらず宗三左文字の手に触れ、その細い指を弄んでいる。 熱は歌仙兼定の手指からも宗三左文字の身に流れ込み、宗三左文字の頬は赤く火照ったままだ。 「夜が待ち遠しいかい?」 緑の目を期待に潤ませた歌仙兼定に問われて、宗三左文字はふたつの色の瞳で歌仙兼定の顔を見つめた。 「……………ええ」 耳をそばだてていなければ聞き逃してしまうほどの小さな声で、宗三左文字は答えた。 歌仙兼定の笑みが深くなる。 「嬉しいね。僕もだよ」 歌仙兼定はそう言って、宗三左文字の手を解放した。 宗三左文字はその白い手を袖の中にそっと隠した。 歌仙兼定が離した宗三左文字の手の中には、人知れず渡された、歌仙兼定が恋を綴った結び文が握られていた。 本丸の庭は既に薄暗く、屋敷のうちにも夕暮れの冷たい空気が流れ込み始めていた。 厳しい冬が、すぐそこまで来ていた。 (了) |
| 後書 |