| 七夕に |
| 2016/07/08 歌仙兼定×宗三左文字 七夕・本丸の日常/全1話 |
| たなばたにかしつる糸のうちはへて年の |
| (七夕に供えた五色糸が長く伸びている、その糸のように今後ずっと、 長きに渡って恋しく思い続けるのであろうか) |
<其乃一> 太陽暦七月六日。陰暦ではまだ梅雨の季節だ。 外は蒸すような湿気で、雲は相変わらずの雨模様だった。 「そもそも七月とは秋なんだよ。梅雨も明けぬうちから七夕とは………主の時代の季節感ときたら壊滅的だね。秋の風流を夏に催すなんて」 もともと纏まりの悪い癖っ毛が湿気でさらに巻くのを煩がって、二藍色の髪を頭頂で纏めた歌仙兼定が、うんざりしたように言いながら鉈で笹の形を整えていく。 非番の者は「たなばた」の用意をするように―――紙で飾りを作り、笹に短冊を下げる準備をしておくように、と主に命じられていた。歌仙兼定の目の前に転がる笹竹は、短刀の子どもたちが手分けして裏手の山に入り、藪から選んで切ってきたものだった。 「文句言うんじゃねーわ。俺だって誰だってやりたくてやってんじゃねーんだからよ。まっ、でも粟田口のチビどもは喜ぶんじゃねーのか? こういうの」 本丸の広い渇いた土間に、七本ほどの笹竹が広がっている。歌仙兼定に向き合うように薪の上に腰掛けて、同じように笹の葉を落として形を整えていた和泉守兼定が、歌仙兼定の愚痴にそう返した。 「だいたいだね。七夕というのは盂蘭盆会と組まれた習俗であって、願い事を書いて愉しむような遊びでは無い。先祖を思いやり敬う行事なんだよ、本来は」 手だけは器用に動かし、短冊や紙の飾りを取り付けていきながら、歌仙兼定が蘊蓄を垂れる。 「兼さんと僕たちの時代には短冊に願い事は書いてましたけどねぇ……花火とかもあったし。あ、でもやっぱり季節は秋でしたけど」 和泉守兼定の傍らで紙飾りを切り抜きながら堀川国広が言った。幕末と戦国では風習が変わっているものらしかった。 この三人の他に、土間の隅のほうで髭切がやはり笹竹を整えている。性格を顕して手の動きも緩慢で、それでもそれなりに集中しているようではあるが、実のところ髭切の手の中の笹竹は不格好になる一方だった。 「ありゃ? また失敗してしまった」 鎌倉刀剣特有のゆったりした喋り方で独り言のごとく呟きながら、結果的に笹竹を丸坊主にしていく。髭切が用を為していないことはその場にいる全員が理解していたが、誰も髭切を注意したりはしなかった。誰だって腕を斬り落とされたくは無い。笹竹が不足したら、城の裏手の藪へまた採りに行けば良いだけのことだ。 髭切の隣で、浦島虎徹が飾り作りに熱中していた。末っ子体質の浦島虎徹は堀川国広以上に年長者に可愛がられ易く、短気な歌仙兼定や和泉守兼定とも問題なくつき合いのできる人懐こさを持っていた。 歌仙兼定は形の整った笹を放り出し、脇差二人と同じように小柄で紙から飾りを切り始める。 「今は主の習俗に従うんだからどうでもいーだろ。第一、刀剣に先祖もクソもねーだろが。之定はてめーの茶と一緒で、古い型にこだわりすぎなんだよ」 喧嘩を売る口調で和泉守兼定がぼやく。歌仙兼定は手を動かしながら緑の目でじろりと相手を睨んだ。 「目の前にきみの九代前の立派なご先祖がいるだろう。そんなことも忘れているのかい、不肖の十一代目め」 「おお、そーでした。敬して拝まねーとな。へーへーっと」 歌仙兼定の嫌味に和泉守兼定は小馬鹿にしたように答え、笹を落として両掌を合わせ、歌仙兼定に向けて拝んで見せた。 「きっさま、この僕を愚弄する気か………!」 「うるせー、じじい! そんなに拝まれたきゃ仏壇にでも入ってろ! てめえの好きな和歌でも添えてやるぜ!」 二人は立ち上がって、せっかく整えた笹を踏み壊さんばかりの勢いでいがみ合う。 じめじめする気候の所為で、ただでさえ低いと言われる二人の兼定の怒りの沸点は、いっそう低下していた。 「ああぁ、もう、兼さん! 歌仙さんも!」 堀川国広が声を上げて二人を引き離そうとする。 和泉守兼定と歌仙兼定はとにかく相性が悪い。内番で手合わせなどしようものなら、いつ竹刀を放り捨てて真剣で打ち合うか、見ているほうが肝を冷やすほどお互いに我を忘れて立ち向かう。 ふたりとも極端に短気な上、怒ると自分から折れることができなくなる性格が災いして、顔を合わせているだけで、どんどんと怒りの炎に油が注がれる結果になってしまう。 「たぶん根っこのところがすごく似てるんだよね、ふたりとも」 とは、歌仙兼定のもとで働いている小夜左文字が、幾度も和泉守兼定との喧嘩を仲裁してきた結果、堀川国広にある時そっと耳打ちしてきた言葉であった。 自称文系と体育会系、風流と質実剛健、戦国と幕末、京都と会津。どれをとっても対照的な二人の兼定だが、その骨格となる性格はよく似ていた。 当人たちに指摘すればそれもまた喧嘩の種になるに決まっている。 「兼定がふたりいるときに棒状のものを傍に置かないようにね」 刀剣男士の胃袋を掴んだ本丸第二の審神者、黒衣の宰相、あるいは影の近侍などと呼ばれることの増えた燭台切光忠が、隻眼を光らせて忠告してきたことがある。 「兼ちゃんは棒を見たらそれを掴んで辺り構わず振り回したくなるタイプ、仙ちゃんは暴れてる男子を見ると棒でそれをしばき倒したくなるタイプだからね」 だというのに今。 和泉守兼定と歌仙兼定の周囲には大きな笹竹が七本も転がっている。 堀川国広と浦島虎徹ははらはらと二人を見ていた。 そのとき、廊下のほうからどたどたと騒々しい足音がして、土間口に六人目の刀剣男士が現れた。 堀川国広と浦島虎徹は彼に目をやった途端、ぎょっとして固まったが、兼定二人は互いを睨み合うのに忙しくて、そちらには一切目を向けなかった。 「助けてくれ〜。ヒック! 酔っ払いが………」 不動行光がいつもどおり、しゃっくりの合間に情けない声を上げる。 歌仙兼定は見向きもせずに冷淡に応じる。 「酔いを覚ましたいなら、飼い葉桶に水を張ってそこに頭を突っ込んだらどうだ」 「じゃなきゃ庭の池にでも跳び込んどけ」 歌仙兼定から視線を逸らさず、和泉守兼定も冷たく言った。 「ちっがうんだよぉ。酔ってるのは俺じゃなくてぇ……。次郎太刀が………ヒック!」 反論しようとした不動行光が、ふらふらと蹈鞴を踏んだ途端に服の裾を踏んでその場にばたんと倒れた。 威勢の良い物音に初めて不動行光のほうを振り向いた兼定二人は、そこでようやく脇差たちの見たものを視界に認めて仰天する。 大きすぎて寸法の合わないど派手な振り袖に包まれた不動行光がそこにいた。 後頭部で高く結い上げた黒髪は、いつもと違い、ご丁寧にみずらに結い直されている。 「ど、どうしたんだよぉ、その格好………、」 ようやく浦島虎徹が口がきけるほどの理性を取り戻し、不動行光に問いかける。他の者たちは未だ、唖然としたままで、床に這いつくばった不動行光をただ眺めている。 「ヒック……七夕だ〜、とか言って、次郎太刀が暴走して……、なんか、灘のほうのいい酒が手に入ったらしくて、」 自分も酔っている不動行光が上半身を起こすのを、そのとき初めて笹を切る手を止めて不動行光を眺めた髭切が、楽しげに言った。 「あぁ、その格好。可愛いねえ。織姫みたいだねえ」 そう言われてようやく、他の者たちは不動行光の衣装の意図に得心した。 「次郎太刀に振袖を無理矢理着せられて、織女の女装をさせられちゃったってこと?」 堀川国広が呆れた口調で不動行光に確認する。 「『織』田の『姫』だから織姫だ、とかっつって、滅茶苦茶な理屈で………振袖いっぱい手に抱えてた………ひっく…」 堀川国広に手を貸してもらってやっと立ち上がりながら、不動行光がぐずぐずと泣くように告白した。 「………………織田……振袖、いっぱい………?」 歌仙兼定が眉を顰めて何やら考え始める。 「俺の後は薬研を追いかけてた」 不動行光の言葉を受けた途端、 「いかん!」 歌仙兼定は弾かれたように走り出し、土間から外へ飛び出した。 「歌仙さん!」 堀川国広が叫ぶ間に歌仙兼定の姿は消えている。 「な、なんで歌仙さんが慌ててんのさ………?」 事情の見えない浦島虎徹が困惑したように呟いた。 珍しく、間を置かずに髭切が言った。 「さあ〜ねえ。自分の大事なお姫様のことでも思いだしたんじゃないかなあ」 「………………」 髭切の言う「織田のお姫様」が刀剣男士の誰を指すかはすぐにわかったので、皆は黙りこくった。 歌仙兼定が文字通り下にも置かず大切に独占している宗三左文字に、次郎太刀が無理矢理服を脱がせて代わりに振袖を着せたとなったら。 兼定ふたりがいがみあうどころでは済まない量の血の雨が降るに決まっていた。 本丸を抜け、大名差しの打刀たちの住居棟が集中する次の丸の渡り廊下で、歌仙兼定は次郎太刀に行き会った。 「あっ! 牽牛だ〜お待ちかね〜〜! あっはは〜!」 不動行光の指摘どおり、すっかりできあがっている次郎太刀が、廊下の奥から歌仙兼定を指さして高笑いをしてきた。膂力を感じる太い右手に、冗談のような大きさの杯を持ち、腰から大きな酒甕をぶら下げている。雅でないことこの上ないが、それを指摘するような心の余裕すら歌仙兼定は持てなかった。 次郎太刀が歩いてきた方角の奥には、宗三左文字の居室があるからだ。 「次郎太刀! 宗三どのに無礼を働いてはいるまいな!」 返答如何によっては腰の物で斬りかかりかねない剣幕で歌仙兼定は問い詰めた。 「何よォ〜あんたの風流のお手伝いしてあげたんじゃないのさ! 感謝してよね〜。あ、あんたも飲む? 灘の酒!」 ぽんぽん、と次郎太刀は上機嫌で腰の酒甕を太鼓の如く叩いてみせる。 その自慢の酒甕を腰の刀で打ち割ってやりたい衝動に駆られたが、歌仙兼定はこらえた。宗三左文字が心配だし、目の前の美丈夫と戦うとなったら、相手が酔っていようとも一筋縄ではいかないのは充分に承知していた。 次郎太刀は本丸に来てからごく日の浅い大太刀だが、そもそも素面でいたことなど殆ど無い。次郎太刀の参陣により城中の戦力は大幅に増したが、本丸に迎えるなら品行方正と噂高い兄の太郎太刀のほうが遙かによかった、と歌仙兼定は本気で思っていた。振袖など着ている癖に次郎太刀には女性的な気品や清楚さは全く存在せず、声も野太い。次郎太刀の酔いは基本的には絡み酒で、酔ったが故の愚行・蛮行は大きさの分だけ不動行光よりも豪快であり、他者への迷惑を顧みないその飲み方は歌仙兼定やへし切長谷部など、城中の礼儀にうるさい刀剣男士にとっては許容しがたいものがあった。次郎太刀本人の言のとおり、次郎太刀が暴れると暴風雨が吹き荒れたような有様になるのだ。 「通せ!」 ともかく宗三左文字の状況を一刻も早く確かめたい。歌仙兼定は怒鳴った。 「あんたの織姫、すっごく可愛くしてあげたんだからね! 天の川の向こう岸にいるから、助けてあげなよね〜! あっはっはっ!」 次郎太刀の脇をすり抜け、宗三左文字の居室に向けて廊下を走る歌仙兼定の背に、酔っ払いの明るい笑い声が響いた。 「あとねえ、あんたたちはあたしの格好を奇行みたいに言うけどねえ! 男の振袖は普通だったんだからね!! みんな美男で似合うんだから、恥ずかしがらずにもっと着りゃあいいんだよ!」 「宗三左文字どの!」 宗三左文字の居室に辿り着くなり歌仙兼定は声を上げた。 辺りはしんとして人の気配も無い。 歌仙兼定は、今朝から自分が、主の言う七夕の行事に、小夜左文字始め世話周りの短刀の子どもたちを手伝いに出していたことを思い出した。宗三左文字の部屋付きの子どもたちも恐らくそれで駆り出され、人が出払っているのだろう。 だがいずれにせよ、宗三左文字が返事をしないのは妙だ。 「宗三どの!」 大声で呼ばわりながら歌仙兼定は勝手知ったる宗三左文字の居室に踏み入り、居間を検めた。温もりの消えていない主座に脇息が置かれ、周囲に袈裟と僧衣が散乱している。 「………………」 次郎太刀が宗三左文字に狼藉を働いたと知って歌仙兼定は静かに激昂した。 それにしても宗三左文字は何処に居るのだろうか。 「宗三どの!」 奥の間の寝所のほうも覗いたが宗三左文字の気配は無い。 僧衣を脱がされたままどこかへ出かけたとも思えぬが、と歌仙兼定が思案しているうち、外のほうからかすかに声が聞こえた。 「………かせん…、歌仙兼定……、」 「!」 庭だ、と見て歌仙兼定は縁へと走り出る。 歌仙兼定が整えた枯山水の庭の奥に、茂みにはまり込んだような様相で見覚えのある淡紅色が揺れているのが見えた。 「宗三どの!」 懐に入れて持ち運んできた自分の草履を出して庭に降り、淡紅色のほうに歌仙兼定は近づく。 「……………、」 案の定、目も綾な派手派手しい振袖を着せられた宗三左文字が、これまた派手な腰帯の上から襷で庭木の幹に括りつけられているのを発見した。宗三左文字は草履も履かない素足で庭の上に立っており、見るところ、馬鹿力の次郎太刀に担ぎ上げられてここまで連れ出されてしまったもののようだった。 「宗三どの、」 姿が見えたことに安堵して、しかしすぐに歌仙兼定は次の問題に気づく。 歌仙兼定のものよりいっそう細くて柔らかな宗三左文字の長い髪が、小さな房ごとに纏められて庭木の枝に十何本も、放射状に結びつけられている。これの所為で宗三左文字は首を固定された状態になって下が向けなくなり、腰を結ばれただけの襷を自力で解くことができずに難儀していたらしい。 「これは………」 問いかけたきり絶句した歌仙兼定に、宗三左文字が情け無さそうに答えた。 「部屋で、無理に着せられた振袖を僕が脱ごうとしたら、次郎太刀が………。彦星が来るまで脱ぐな、というようなよくわからないことを言って、僕をこんなところに縛り付けてしまって………。やめるように説得したのですけれど、酔っていたもので彼は全然聞く耳を持ってくれなくて。髪の毛までこんなに細かく木に結ばれてしまって………。どうせ歌仙が来るのだから、それまでここにこの格好でいろと………」 「………次郎太刀め。会ったら只じゃ済まさんぞ」 怒りの声を上げながら、歌仙兼定は宗三左文字の腰の襷を緩め、まずは木の幹から宗三左文字の体を解放した。 髪の毛を解くのは意外に大作業だった。次郎太刀は酔ってはいてもむしろそれ故に仕事は細かく、宗三左文字の柔らかな髪を全て解くのに歌仙兼定はかなり時間を要した。無理に引っ張ると宗三左文字の髪のほうが痛んで千切れてしまう。藪の中とて虫が大量に寄ってきて、歌仙兼定が宗三左文字を救出し終える間に、歌仙兼定はかなり蚊に食われてしまった。最終的に髪の二房ほどが、絡まりすぎた所為で枝から解くことができず、歌仙兼定は小柄を取り出して枝ごと切り、宗三左文字を自由にした。 その上で、歌仙兼定は宗三左文字を振袖姿のまま担ぎ上げる。 「あ、歩けます、歌仙、」 短い距離であることを指摘して宗三左文字が恥ずかしそうに言ってきたが、歌仙兼定は聞かなかった。 「きみの綺麗な足を泥だらけにすることなんてできないよ。短い距離なのだから大人しく僕に抱かれていてくれ」 「………………」 宗三左文字は頬を赤らめ、黙って歌仙兼定の行動を受け入れた。 縁に立たせてまずは草を踏んだ宗三左文字の素足を綺麗に拭い、ふたりは宗三左文字の居室に戻る。宗三左文字の髪に残った二本ほどの枝を歌仙兼定は苦労して取り外し、宗三左文字の身に怪我がないことを確かめてから、改めて、歌仙兼定は振袖を着せられた宗三左文字の姿を眺めた。 振袖は、金糸が織り込まれた山吹地の雲模様に朝顔と飛翔する蝶を組み合わせた夏らしい柄で、銀色の帯は源氏車の柄だった。次郎太刀は派手趣味だが美意識は確かで色柄の組み合わせは宗三左文字によく似合っている、と歌仙兼定は渋々認めざるを得なかった。 それでも次郎太刀の仕業を褒めるわけにはいかないので、歌仙兼定は今の宗三左文字の姿を黙って瞼の裏に焼き付けるだけにしておき、宗三左文字を主座に座らせたままで帯を解いて手早く振袖を脱がせていった。次郎太刀の振袖の下からは見覚えのある宗三左文字本人の白い内着が現れて、蝶の刺青が入った宗三左文字の裸身を次郎太刀に見られたわけでは無い、と知った歌仙兼定は、安堵で少しだけ次郎太刀への怒りが鎮まった。 「とりあえずは、これでいいだろう」 宗三左文字に元の通りに僧衣と袈裟を着せ終えて、歌仙兼定は息をつく。 「……あ、ありがとうございました……」 庭木に縛られた姿を見られたのは恥ずかしい以外の何物でもないのだろう。宗三左文字は頬を染めて俯き、歌仙兼定に礼を言うのがやっとのようだった。 「………まだ髪に葉がついている」 手櫛で落ち着かせた淡紅色の宗三左文字の髪に、葉の欠片がひとつふたつ残っていた。 それを歌仙兼定は自分の手で取り去り、手の甲はそのまま宗三左文字の頭髪から離れず、宥めるように宗三左文字の髪を撫でる。 「………次郎太刀は何がしたかったのでしょうか」 撫でられるままになりながら、宗三左文字が独り言のように歌仙兼定に問うた。 「酔人の心など素面の他人にはわからぬものだ、と言いたいところだが。七夕には随分感傷的な物語が添えられているから、それに妙に触発されでもしたんじゃないか」 「七夕………ですか」 「一年に一度、天の川の反対側に住まわされた恋人同士が逢える日だということだ。明日のことだが」 「一年に一度………」 宗三左文字の深い緑と青の瞳が歌仙兼定を見た。 「本当だとしたら身の焦がれるような思いをしていることだろうね、その恋人たちは。毎日顔を合わせていても………、恋しくて仕方がない気持ちに駆られるというのに。……今の僕のように」 「……歌仙………」 宗三左文字の瞳が熱で潤む。 歌仙兼定が顔を近づけても宗三左文字は逃げなかった。 歌仙兼定が口づけると、宗三左文字の唇は夏の雨と森の味がした。 翌々日、七月八日の朝。 宗三左文字以下数名が、朝早くから遠征で城を空けていた。 そのほかの刀剣男士は、七夕の翌日ということで本丸前の広場に集まってきている。 役目を終えた笹竹が、広場で盛大に燃されていた。主に短刀の子たちによって「主をお守りできますように」「強くなれますように」と書かれた短冊と紙飾りが、笹竹と共に燃えていく。 前日の七日の夜はあいにくの曇天で天の川は見えなかったが、主の催しで宴が開かれて、刀剣男士の皆は広間でごちそうに舌鼓を打った。 今朝は打って変わって快晴だ。 雲一つない青い空に、焚き火の煙が白く立ち上っていく。 「本来ならきみも火にくべてやるところだぞ」 左隣に立つ次郎太刀に歌仙兼定が忌々しげに言った。 次郎太刀の更に左隣は、歌仙兼定に負けず劣らず顔に怒りを滲ませているへし切長谷部が固めている。 「珍しいよね。いつもは仲悪い歌仙さんとへし切さんがああして次郎さんを見張ってるなんて」 かなり離れた背後で、堀川国広が浦島虎徹に言った。 「………俺はそれより。次郎さんの髪がボーズ頭になってるのが気になるかなー……」 浦島虎徹の指摘どおり。次郎太刀の派手な振袖には変化が無いが、長く豊かだった黒髪は出家僧の如く短く刈り揃えられてしまっていた。 「ああ…次郎さんを押さえつけて、歌仙さんとへし切さんが二人がかりでやったらしいよ。いちおう主さんの許可は得たみたい」 「……へし切さんがなんで?」 歌仙兼定とへし切長谷部は仲が悪いので有名だ。 不思議そうに浦島虎徹が尋ねるのへ、堀川国広が声を落として耳打ちした。 「おととい、『織』田の『姫』で織姫、って次郎さんが織田の所有刀に振袖着せて回ってたでしょ。あれ、へし切さんにもやったらしいんだよね、次郎さん」 「ええッ!?」 「シーっ!」 素っ頓狂な声を上げた浦島虎徹に堀川国広は口に人差し指を当てて見せ、更に話を続けた。 「へし切さん、あの通りの強面でしょ。振袖なんか着たくないから拒否したし、あと織田の刀って言われるのも我慢がならなかったみたいなんだけど……」 「だけど?」 「次郎さんに力じゃ勝てないわけじゃない? 抵抗したけど結局振袖着せられて、しかもその頃には次郎さん、不動くんや薬研くんのときよりもかなり酔いが回ってたらしくて、振袖着せたへし切さんを本丸の謁見の間の柱に縛り付けたまんま寝ちゃったんだよね。そこに、短刀くんたちと笹竹採りに行ってた主さんが帰って来ちゃってさ………赤裸々に見られちゃったわけ」 「ぶ……、ぶ………」 気の毒そうな様子を必死で装っているが、口を覆った浦島虎徹の顔は今にも爆笑を始めそうだった。 「主さんの前で恥をかかされた、って、へし切さん怒ったり落ち込んだりで大変だったみたいだよ。とにかく主いのちのひとだから………。短刀くんたちに縛めを解いてもらった後、切腹しようとしたみたい」 「……刀剣男士って切腹できんの? それに脇差でもないへし切さんじゃあ、腹切るのにはちょっと刀身が長いんじゃ………」 「いや〜。さすがに主さんが止めたんだって。振袖着てても切支丹服でも裸でも、へし切さんは主さんにとって手放せない大事な刀の一振りだからって。それ聞いてへし切さんは号泣したらしい」 「………そりゃ、そうだろうなぁ………」 浦島虎徹はさも納得したというように鼻の下を指でごしごしとこすった。 「でもさ、そうなると今度は次郎さんへの腹の虫が収まらないよね。歌仙さんもね、あのひとのことだから詳しくは誰にも言わないんだけど、次郎さん、宗三さんを木か柱に縛り付けるようなことはしてたらしいんだよね。だからへし切さんと歌仙さんは激怒しちゃって、珍しく二人で結託して、次郎さんの頭を小刀でジョリジョリっと」 「………………ここの打刀って短気なひとが多いよなー……」 「……まあ、髪は取り返しがきくから。次郎さんは、検非違使五十人斬りか髭切さんの弟くんを捕まえるかすれば、手入れ部屋に籠もっていいって言われたみたいだよ。破れた服が元通りになるんだから髪も生えるだろうって、ちょっと乱暴な推論だけどそう言ってた。主さんが」 後ろで自分たちが脇差たちの話の種になっているとも知らず、脇を固める二人に酒甕も取り上げられた次郎太刀が、それでもまるで応えていないように頭を撫でながら明るく笑っている。 「も〜〜、涼しくなり過ぎちゃって。でもあたしは暑がりだから丁度いいかな。あっはっは!」 歌仙兼定は鬱陶しそうに次郎太刀を横目で睨み上げた。石切丸もそうだが大太刀はその体格の所為か、楽天的で大らかさが過ぎる性格をしている者が多い。宗三左文字や、次郎太刀の隣に立つへし切長谷部など悲観主義者の多い打刀とは対照的な連中だった。 歌仙兼定とへし切長谷部の復讐がまったく響いていない次郎太刀が、歌仙兼定の肩を肘で小突いてくる。 「ねえ。織姫ちゃん、似合ってたでしょ? なんとか言いなよ、風流牽牛」 「………きみは酒が無くても酔っていられるようだな」 うんざりしたように歌仙兼定は応じた。 「僕を牛引きみたいに言うのはやめてくれ。宗三どのも機織り娘ではない」 「うんうん。で、振袖。可愛かったでしょ?」 「………………きみの金ぴか趣味には閉口させられる。……………確かに似合ってはいたが」 「ね? 宗三ちゃんに自分好みの振袖着せてみたいと思ったでしょ? 似合うよーあの子」 「………きさまは俺に似合うと思って俺に振袖を着せたのか。違うだろう。この酔いどれめ」 隣から、地響きのような唸り声でへし切長谷部が口を出した。 「よくも俺を主の前で笑い物にしたな。一生許さん」 へし切長谷部は次郎太刀のほうを見もしない。余程怒っていることがその横顔から容易に知れた。 「もー、へし切ちゃんも機嫌直しなよ。あたしが手柄立てて酒甕返してもらったら、お酌してやるからさぁ」 「きさま………」 苛立ちを頂点まで募らせたへし切長谷部が次郎太刀に向き直り、今にも佩刀を抜きかけた。 「きさまのように酒ばかり飲んで主命をないがしろにする奴がいちばん腹が立つんだ。主の制止が無かったら、きさまを手打ちにするところだぞ!」 「やだなぁ、ま〜だ怒ってる。あたしはへし切ちゃんも振袖似合ってたと思うけど?」 「巫山戯るな!」 「だ・か・ら! 女らしくて可愛い子だけが振袖着るんじゃないんだってば! 男ぶりのいい奴は振袖が似合うもんなの! 昨日は織田の子だけに着せたけど、歌仙ちゃんだって振袖似合うと思うよ!?」 「俺を織田の刀と呼ぶなと言ったろう!!」 「僕まで巻き込むのはやめてくれ」 口々に怒りを込めて、次郎太刀の両脇から打刀二人が声を上げる。 目の前では笹竹が今にも燃え尽きていくところだった。 「まぁ、晴れて良かったよねえ」 次郎太刀の異態にも喧嘩騒ぎにもなんの頓着も無く、煙の上る空を見上げながら、髭切がにこにこと呟いている。 「髭切さん、短冊にお願いごと書いたんですか?」 近くにいた堀川国広が問いかけた。 「うん、そうだね。え〜っと、なんだっけ、あれ。まあいいや。名前が思い出せないけど、確かいたはずの弟と再会できますようにって、お願いしたかなぁ」 のんびりと髭切が答えた。 「俺は長曽祢兄ちゃんと蜂須賀兄ちゃんが仲良くできますように、って書いたぜー。やっぱ兄弟いると考えがそっちに行くよな」 堀川国広の脇から浦島虎徹が口を出す。 「あ〜あ、あたしもアニキが早く来てくれないかなー。この城、ちっさいのばっかりだし」 坊主頭をがりがりと掻きながら次郎太刀がぼやいた。 次郎太刀の隣で歌仙兼定は煙の立ち上る宙を眺め、今ごろ宗三左文字はどの時代の空の下にいるのだろうか、と思いを馳せた。 歌仙兼定は短冊に願い事は書かなかった。馴染まぬ風習であるだけではなく、歌仙兼定には不要のことだったからだ。 自分の願い事は既に叶っている。 夏至からいくらも経たぬ短夜の夕べ、宗三左文字が自分の腕の中で如何に応えてくれたかを脳裡で反芻しながら、歌仙兼定は空を眺めていた。 最後の煙が一筋。刀剣男士たちの願いを天人に届けるべく、遙か空へと上がっていった。 (了) |
| 後書 |