| 噛み合わない初夜(岳人視点) 【5章】 |
| 岳人×清葉(R15) |
「抱いたこともねぇ女に、安らぎも何もあったもんじゃねえ」
清葉を睨めつけて、岳人がそう吐き捨てた途端。
つい最前まで、岳人を止めようとその着物に縋りついていた清葉の背筋がすっと伸び、その整った面が蒼白になった。
しかし顔の青みは一瞬で消えた。日本人形のような切れ長の目が輝きを強め、なめらかな頬が見る間に紅潮していく。
そして、赤い唇からはっきりとした言葉が聞こえた。
「抱いて気が済むなら、いくらでもそうしてください」
馴染の夜にあんなに怯えたのが嘘のように。
「あなたが望むのなら、その覚悟は出来ています」
夫婦固めの盃を、挑ましく飲み下してきたときのように。
十近くも年下で、頭二つ以上も身長差のある細身の小娘が、岳人に真っ向から向き合ってそう宣言した。
岳人は隻眼で鋭く清葉を見下ろす。
清葉は瞬きも臆しもしなかった。
まだいとけないとさえ見える顔立ちの中に、青く潤む黒目だけが、大人の女顔負けの情念を湛えて岳人を見つめ返してくる。
岳人の中に激情が生まれる。
こんなに情が強い女に、今まで出逢ったことがない。
こんな賢しげで気位の高い女を、今まで見たことがない。
今まで想像したこともなかった――ここまで真摯なものを、自分にぶつけてくる女がいようとは。
島一番の大店で、蝶よ花よと憂い無く育てられた、男も知らぬ小娘のくせに。
「では来い!」
短く言って、岳人は清葉の細い手首を乱暴に掴み、引き摺るようにして見世までの道を大股で戻った。
直前まで怒りを向けていた仇の女のことは綺麗さっぱり忘れていた。
逆上した感情の昂ぶりはそのままに、意識の全ては性欲と征服欲に変じて、右手に捕らえた清葉に向けられていた。
「ッ――」
寝所に連れ込むなり褥の上に押し倒し、有無を言わせず清葉の体の上に覆い被さる。
思い知らせるように岳人が強引に口づけると、及び腰と見えたのは最初のうちだけで、すぐに、清葉のほうから唇を開き、岳人の舌を口中に受け入れた。
「っ…ぅく……、ン……、」
小さな顎に相応しい可愛らしい舌が、岳人の横暴な舌使いに絡んでくる。そこには確かに、以前は弱かった清葉の性的昂奮がはっきりと感じられて、岳人は一層、組み敷いた娘への情欲を高めていく。
清葉の襟元から、男にとっては暴力的とも取れるほどに強く、発情した若い娘の匂いが立ちのぼってくる。清葉がいつもつけている、清楚で品の良い香の匂いに紛れてはいても、岳人は無論、それを嗅ぎ逃すような男ではなかった。
動物的な接吻を繰り返しながら、抱え込んだ清葉の背を両手の指で探り、黒髪の中に手を差し入れる。岳人の大きな片手に清葉の小さな頭は殆ど捕らえられてしまう。首を傾けさせていっそう深く口づけると、清葉は唇を蠢かせて、岳人が押しつける熱を自ら享受しようというように応えてきた。
「っ、何故だ……、」
息苦しさについに唇を離して、岳人は組み敷いた清葉を見下ろす。清葉のほうも、唾液の残る腫れた唇から荒く息を喘がせている。
何故俺が奴を追いかけるのを邪魔した。
清葉に向けて、何を尋ねたとも自覚できぬ岳人に向け、清葉は濡れた目から瞬きで涙を払って、頬を赤く染め、見つめ上げてきた。
「……ままならないこと、ばかりですね……」
己を嘲弄するかと捉えた岳人は背筋の毛を逆立て、震える腕で清葉を掴み直した。
自分の感情にあまりに強く支配されていた所為で、清葉のその言葉が悲しげに漏らされたことを、岳人はまったく知覚できなかった。
清葉の大きな目から睫毛を伝って、涙は次々に零れてくる。
己の脚を絡み合わせ身動きを封じた清葉の下肢は硬く、細い肩は震えている。
売り言葉に買い言葉でこんな羽目になったことを、今更後悔しているのだろうか。初手に感じたこの小娘への苛立ちを、岳人は思い出す。
「何故、お前はそうなのだ……」
男らしい大きな指を伸べて、清葉の頬に触れ、涙の跡を首筋まで辿りながら岳人は呟く。手はあくまで優しく、だが声には棘を強めて。
音を上げた清葉が詫びを入れてくれば、まだ引き返せる。頭の隅で、岳人はそう思っていた。
憎むものを見下ろすように、蔑むように清葉に告げたつもりなのに、驚いたことに清葉のほうから手が伸びてきて、岳人の乾いた頬に触れてきた。
両家の娘らしく白くて細い、裁縫の得意な器用な手。頼まれずとも禿の手毬を繕い、新たに文様を入れてやる優しい手。
そんな清葉の手のひらが岳人の肌に触れ、指が頬骨を辿った。
あまりに温かく柔らかで、一瞬、岳人は心の奥までその熱が透ったように錯覚する。
「私が、こうしているのは……、」
清葉の唇から再びの声が発せられた。
その息は熱く、甘い。
「―――あなたを、想っているからです」
小さな声で、しかしきっぱりと。
この娘でなければ言い果てられぬような率直さで清葉は告げてきた。
それは客の花魁への恋ではない。
金銭でやりとりする仮初めの気持ちではない。
ひとの心のもっとも深い場所から発せられる、魂の告白だった。
「っ、………、」
岳人は立場も忘れて顔を歪ませる。
清葉の肩を掴む大きな手が、握力をいっそう強めた。
「俺だって、お前を……、」
そこまで言いかけて、岳人は急に言葉を切った。
身動きを止め、ただ清葉を見下ろす。
脳裡を過ぎったのは今はもうこの世にいない者の顔だった。
吉乃。
客の女に本気で恋をした挙げ句、女の所為で命を落とした親友。
吉原の塀の中に真実の愛など存在しない。
口にしかけた言葉の先を求めて見上げてくる清葉に、だが、岳人が声で応じることはなかった。
己の情欲を押しとどめることも論外だった。これ以上この娘を清い体のままにしておくくらいなら、こちらから金を積んで縁を切ってしまうほうがましだ。
黙りこくったまま、先に進むことを示唆するように清葉の首筋に顔を埋める。
「………、」
清葉の喉から失望とも諦めともつかぬ吐息が漏れて、しかし清葉は岳人の行為を受け入れるように体の力を抜いた。
岳人の左手が清葉の腰帯に手をかけ、紐を解く。緩んだ襟の合わせ目から手を差し入れ、熱くなった肌に直に触れる。
娘らしい硬い乳房にさえ既に汗は湧いていた。指先で突起をなぞると清葉の体はぴくりと震え、岳人が押さえつけていたその脚が無意識のように動いて、身の全体が岳人に寄せられてきた。
服をはだけ、一度目にしたことのある清葉の裸身を夜気に晒す。
「……、は……、」
緊張した面に強い羞恥が宿ったが、清葉はもう、岳人に体を隠そうとはしなかった。
二本の腕にすっぽりと収まってしまう小柄な体を抱き上げ、剥き出しになった鎖骨から接吻を重ねていく。
「ンっ……ん……、あぁ……、っ、ぁ、」
背を指で撫でながら舌と唇で乳房を愛撫し、抱えた体から着実に情交への欲が深まっていくのを待った。やがて清葉の腰のあたりから甘い香りが立ちのぼり始め、岳人は煽りを緩めぬまま隻眼を細めた。
女の体の機微は知っている。心の鎧が無ければ、よしんば鎧があろうとも、どうすれば女の体というものは悦ぶか、岳人は知り尽くしていた。横暴で剛直な見た目のままに、女をねじ伏せるように抱くことも、閨では掌を返して丁重に愛撫してやることも、全ては相手の女が腹の底で求めてくることに応えてやればよいだけだった。
清葉が自分にどう抱いて欲しいのか。馴染の夜と全く同じに、岳人には推し量れぬままだった。
己の愛撫を清葉の心が受け入れているのかどうかさえ、岳人にはわからなかった。自らの手に馴染んだ習慣のままに目の前の女の体を開いていきながら、岳人の心は相手の気持ちに構うどころではなく、両耳の脇で五月蠅いほどに響く血流の音を聞きながら、一つだけ残った目で清葉を貫くように凝視しながら、ただ己の欲求にのみ肉体は支配されていた。
指でその場所に触れ、そっと入り口をかき分けて内部を探り、何も知らぬ狭い場所を解すように愛撫する。恐怖故の無意識だろうか、清葉の腰が捩られて、内部が岳人の大きな指を強く喰い締めた。
「ッ……、ンあァっ、あ……! が、岳人さん……、」
岳人の視線の下で清葉の平らな白い腹が上下し、汗でしっとりと肌が湿ってくる。
指で探り続けるうちにやがて、そこは男を迎える準備を完全に整えた。熱に溶けたようなその場所が、大量の愛液を滴らせて岳人の手を汚していく。それでも清葉の中は、岳人が今まで相手にしてきた手慣れた女たちに比べてずっと若く狭い。
昂奮か緊張か怯えか、娘の細い腕が岳人の首に回され、その柔らかな体が必死という様子でしがみついてきた。二つの乳房が岳人の胸肌に押しつけられ、その熱と触感はいっそう岳人の欲求を煽った。
清葉の恐怖をあやすように、唇に口づけていくことさえ無意識だった。
岳人は再度清葉の体を寝床の上に倒し、両脚の間に己の腰を差し入れて、清葉の入り口を岳人自身で探った。
もうこの娘は俺のものだ。ここまで来たら、相手が泣こうが喚こうがものにする。
幾度もお預けを食らって、岳人の清葉への情欲は最大限にまで膨らんでいた。
「……っ、く……」
「ンっ……」
上体を密着させて清葉の体に片腕を回したまま、岳人は腰を深く落とす。
岳人のものが熱に腫れた入口をかき分けて、清葉の中をゆっくりと突き通っていく。
「ッ……! ぁ……、あ、」
解しても尚、交わるにはその場所は未だきつく、清葉の体に緊張が走り、筋肉が収縮した。
「あッ……あぁ、ぅ……、」
清葉の苦しげな息が岳人の顔にかかって、岳人はようやく、少しだけ我に返る。
「………、」
強い締め上げに自らも堪えながら、清葉の身を気遣って思わず腰を引こうとすると、首にしがみついた清葉の腕に力が込められた。
「駄目……、抱いて下さる、お約束でしょう、」
こんな時にさえ礼を失することなく、清葉が浅い息を吐きながら言葉を紡いだ。
苦痛に耐え、半眼だった瞼が開いて、岳人をまっすぐに見つめてくる。
このまま、最後まで―――と。
清葉の意思の強さと誇り高さに、今更ながら岳人は驚嘆した。
黒い三つの目が、熱気の中で視線を交差し合う。
岳人を見上げる清葉の潤んだ目に、涙の膜が張っていた。
眉根が辛そうに寄っているのは、岳人自身に狭い体内を圧迫されている所為だろう。
自ら求めて男に抱かれている筈なのに、満足ではなく悲しみが、清葉の瞳に宿っていた。
何故。そう思い、岳人はすぐにその疑問を意識の外に押しやる。
何を考えているにせよ、清葉が行為を続けたがっているのは明白だった。
そして自分も。
「―――清葉」
名を呼ぶと、少しだけ、清葉の体の緊張が緩んだ。
頭を撫でてやれば更に清葉の体は緩む。
唇に口づければなお一層。
「は……ぁ、…岳人さん……、」
しかし名を呼ばれたら。
もはや、清葉に金で買われて今の時間が存在していることすら岳人は見失った。
小さな清葉の体を縋るように抱き締めて、あやすように慰撫して口づけ、征服するように、甘えるようにその裡の奥深くを繰り返し穿つ。
「ンぅっ…、あ、あぁッ……」
「清葉……っ、清葉、」
宣言したとおり、清葉は一切を拒まなかった。
抱え込んだ小さな体の全てが、岳人の匂いで満たされる。
清葉に出逢ってから今までに、自覚してきた感情も、自覚出来ぬままに抑え込んできた感情も、何一つ区別なく。
心の全てを彼女にぶつけて岳人は清葉の体を揺さぶり続け、それは岳人が清葉の中で果てるまで続いた。
(了)