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| ※残虐表現注意 |
「……お前をレイプするような真似して悪かった」
「ティ、ティレル様」
休息を終えてアナスタシアが眠りから醒めると、ティレルが謝罪してきた。
「お前、結構意地張ってて、コンラッドの賭けから逃げ出すことを嫌がってたし、アイツに向かって『俺には恋愛感情は持ってない』みたいなこと言ってたから……連れ出しても、素直に俺の女にはならねえだろうと思って」
(俺の、女……)
無自覚なのか、ティレルは、『猟犬』姿のときには異端審問官の衣装でいるときよりもやや言葉遣いが荒っぽい。行動もある程度はそれに準じているようだ。
「かと言って、俺の女になってくれなきゃ、守り通せる自信もねえし……焦ってたんだ。済まなかったな」
ティレルは頭を抱えて本当に落ち込んでいるようだった。
「え、あ、あの」
アナスタシアの側では、ティレルの言葉を意外なものとして受け取っていた。
ティレル様は私を守り通すおつもりで王城から私を逃がしてくださったのか。
でも……
「話を蒸し返すようなのですが。
ティレル様は、イシク族のことに関してはよろしいのですか。
ヒストリカの王族の元でなくては、イシク族の名誉回復は果たせないと思うのですが」
「……それな。無理だろ。お前がコンラッドの部屋で評してたとおり」
「え……」
アナスタシアが説得しようとしたときは、あんなに頑なにコンラッド麾下でのイシク族復興にこだわっていたのに。
「イシク族を滅ぼした張本人の現国王の下では復興は絶対無理だ。だから俺はコンラッド殿下にこだわった。次代の王は彼に違いないと、俺がガキの頃は皆そう評価してたからな。
ルーシェン殿下はあの頃はまだほんの子供で、亡くなる直前ほどの評価は全くされていなかった。パーカー殿下は言わずもがなだ。イシク族復興を誓っていた俺は登城の際、迷わずコンラッドの元へ行った。
アイツは俺をアメとムチで釣り上げた。アメは無論、イシクの復興の約束だ。ムチは……、それこそお前があの場にいたら受ける羽目になってた諸々のことだな」
「…………」
「蛇だけじゃない。あいつは他人を支配するにはどうすればいいのか、誰に教わらなくとも本能で知っていた。俺がお前にやっちまった行為と同じだ。人質に取れる家族がいなくとも、本人の体を害することは心を害することに繋がる。物理も込みの精神的去勢だな。コンラッドが労を割く必要すらない。道具を使う手もあれば、部下に命じて輪姦させる手もある」
「―――――」
コンラッドの下劣さにアナスタシアは青ざめた。
捕虜とされていたとき、自分の想定よりも危機に直面していたと悟ったからだった。
「反抗心を奪って忠実な道具にするのが目的なんだ、体が治癒するレベルでなら、心を折りさえすれば何をしたって構わない。
―――これはあいつにとって『役に立つ』存在が欲しいときの話だぞ。
お前のように、『益不益』ではなく『存在』自体に奴が興味を持った場合は……、奴はそいつの魂ごと奪いにかかる。自分の指示で相手の体が欠けていくのを見るのもあいつのサディスト趣味の一環だ、お前は見栄えがいいから早々にそっち方向に奴の興味が流れただろう。
『猟犬』の俺は政治関連の仕事が多くてその手の汚れからは今まで逃れられていたが、お前に関しては、俺を使おうとしたはずだ。
コンラッドは、お前が俺の部下で、俺がずっとお前を庇っていたのを知っていたからな――――お前が指摘したとおりに。
お前を嬲るのに俺は最適だ」
「そ…それは……一体、どんな、」
「なんだ。知りたいのか?」
ティレルは暗く笑って続けた。
「俺を使ってお前を殴らせる、犯させる、傷つけさせる。俺にお前を拷問させる。無論奴の命令下、監視下でな。
あるいは俺を前に立たせて、お前がコンラッドや別の誰かに犯されているところ、拷問されているところを見せつける。お前は自分が自害すればいいと思っていたようだが、あの場所ではそんな簡単にはいかねえぞ。勝手に死なれるなんて真似をアイツが捕虜に許すわけがない、それはあいつにとっては『出し抜かれた』と同義だからな。
お前の舌を抜くか、歯を抜くか、それとも――――」
そこでわざとらしくティレルは己の手を掲げて見せ、
「真っ先にコンラッドが俺に命じるのは。俺の手でお前の顎の関節を外させることだ。お前は舌も噛めなくなって、アイツの前でただ口を開いているしかなくなる。場合によっちゃ股関節もだな。
お前の女の部分を嬲って汚した後で。あいつはお前の肉体そのものを切り取り始めるぞ。『魔女』なんか裁判で一発で死刑になるんだ、この国での生存権は元々ない。だったら自分が少しずつ壊していってもいいだろう、ってな。切り取るところがなくなって尚生きてたら、火刑にしてお前が苦しむ様を眺めてフィニッシュだ。
お前が相手にしてたのはそういう男だ。殺した後で臓物を切り取らせてる破滅の魔女のほうが、ずっと慈悲深い」
「――――」
アナスタシアは恐怖に口もきけなくなって黙り込んだ。
ティレルは力なく笑った。
「そこまで予想がついたら。
俺のほうにも目処がついた。
実家の後ろ盾も貰えない女にそんなことをする奴が、イシク族の復興を本気で考えるはずもないってな。
あるいは本当に復興させる気があったとして。
そんな奴の後押しで復興したところで、それが正統な名誉回復になるのか、って話だ」
「……ティレル様、」
「俺はイシク族だから、王族を守る義務がある。
ルーシェン殿下が生きてりゃ、乗り換えを考えるだけで済む話だった。だがもう死んじまったしな。
……おそらくルーシェン殿下の台頭は、もともとネジが飛び気味だったコンラッド殿下の精神を、完全にヤバいほうに振り向けちまった。近頃の殿下は以前よりずっと暴力的だ――――彼が治世を為したとき、果たして国がうまく行くのか疑問を感じるほどに」
ティレルはアナスタシアに目をやって笑った。
「あんなでも表向きはもう少しマシだったし、裏ももっとずっと大人しかったんだぜ。数年前まではな。貴族の派閥がルーシェン派と二つに分かれて、むしろ自分のほうが分が悪くなり出した辺りから、サディスト傾向がぐんと強まった」
「――――」
それは、もしかしたら。
八年を遡る自分の『死に戻り』がコンラッドに影響を与えたのかも知れない。
アナスタシアにとってコンラッドは八年前に出遭った男のままだった。
だが公爵令嬢の婚約者として出遭った奴より今の奴のほうが悪辣に見えるのは確かだ。
(私の立ち位置の違いの所為かと……今回は「令嬢」ではなく「異端審問官」だったからああも法外に威圧的なのかと思っていたが)
ティレルの言葉は続く。
「……イシクの復興を諦めても、王族に仕える義務は消えない。
そう思ってたんだがな。
だがその気持ちも、お前への仕打ちを想像してるうちに萎えちまった。コンラッドはお前を痛めつける全ての事に俺を使うはずだからな。レイプ、拷問、処刑。お前が苦しむだけじゃなくて、俺が苦しむ姿も、奴は喜んで眺めるだろう。
―――治世に何の関係もない、完全にただの悪趣味で。
俺のイシク族や『猟犬』としての能力と『異端審問官』としての権限、お前への感情を、捕らえた唯一人の女の体に拷問として流し込む――――それはもう忠誠の域を超えている。
そんなことをさせられるくらいだったら、俺が自害したほうがマシだ。
……だが俺が自害したところで、既に捕らえられたお前をコンラッドからは救えない。
ここまで話せば。今なんで俺がお前を連れ出してここにいるかがわかるだろ」
「ティレル様……」
アナスタシアは眉を歪めてティレルを見た。
やはり自分の所為なのだ――――思考の順は違っても。
自分の登場がなければ、ティレルは今も矛盾を感じながらも立ち位置を変えずに済んだ筈だった。
ティレルの手が、涙の跡を残したアナスタシアの頬に当てられた。
「最初に『猟犬』として出遭った時にお前を見逃したのは、別にお前を守ったり庇ったりしたからじゃない。
まだお前が小粒で取るに足りない存在だったのと、既にクライオスに紹介されていたから、という軽い理由だった。
王家に仇なす存在なら当然排除すべきだが、それはコンラッドやクライオスに知られず、自分独りで行ってしまえると考えてたからな。
そのうちにクライオスが『被告人』にされて、しかも陰謀で火刑台送りにされかかっちまって、コンラッドにお前を報告するどころじゃなくなった。おまえの持つ『リンゼルの家名』と、『クライオスの部下』という肩書きが、エセ笑い野郎を救うのにどうしても入用だったからだ。
だが一緒に周辺調査をしてる間に、お前への俺の評価は上がっていった。サミーの裁判が終わる頃には――――」
ティレルの紫の瞳に真摯なものが灯り、アナスタシアの唇を、彼の親指が器用に撫で上げた。
「……『被告人』だったコンラッドには、俺がお前を大事にしているのが見えていたんだ。お前や俺自身がそのことを自覚するより早く。
男と女、男のほうは既に自分の手中にある。女のほうも捕まえれば、二人分嬲って楽しめる。お前の魔女としての能力が高ければまた違う使い道もある。その場合、俺はお前に対する人質になる。
アイツが俺の前でお前を犯すことは俺への牽制にもなる。アイツは既に嗅ぎつけていた、俺が心の底では、奴に仕えることにウンザリしてたことをな。そういう意味では、お前がコンラッドに囚われたのは俺の所為でもある。
――――いずれ破綻する関係性だったんだよ。俺とコンラッドは。
お前の登場は時期を早めただけであって、破綻の原因そのものじゃない」
「ティ、ティレル様」
眠っている間に、アナスタシアの肩には自分の服に加えて、ティレルの『猟犬』衣装の上着が着せかけられていた。山中の夜の寒さに気を遣ってくれたものだろう。
こんなに優しい人に、様々な部分で辛い選択をさせてしまった。
やはりどこかで。
『死に戻り』を行わなくてはならない。
ティレルに愛されるこの瞬間を喪うのは辛く、惜しいけれども――――
「………」
物事を見透すティレルの紫の目が、アナスタシアの心の揺らぎを捕らえたようだった。
アナスタシアの顔を撫でてくるティレルの手。その親指が、頬骨を伝う涙を拭い、目尻の辺りで動きを止める。
「俺は王族に仕えることとイシク族の再興を諦めた。
お前も二つのことを諦めろ。
一つは死ぬことと、もう一つは。
心に抱えているその復讐だ」
「―――――」
言われるだろうと予想はしていた。ティレルが真剣に自分を国の外に逃がしてくれる気でいるなら。
しかしアナスタシアの心はそれでもショックを受け、無意識に身が強張った。
その様子を見てティレルが苦笑する。
「……納得いかないか?
実はそれもあってお前を襲ったんだ。
生半可な説得じゃ、お前は国を出ることに『うん』とは言わねえだろうってな」
「……ティレル様…、」
「お前。此処まで来て、てめえの男を置いて勝手に死んだりすんなよ」
「………」
(私の、男………?)
言われたことの意味を暫く考えて、アナスタシアは、ようやくその内容を把握して頬を赤らめる。
「………お、男とは、ティレル様のことですか」
「他に誰がいるんだよ!?」
ティレルが慌てたように言ってアナスタシアの顎を掴み直す。
「ティレル様、私は……」
「優先順位を変えろ」
「………!」
「お前は人生の第一に復讐を掲げてきた。
それをやめて、――俺にしろ。
俺はお前を優先した。
王族への忠誠より、イシク族より。
お前もそうしろ。――いや。そうしてくれ。
ヒストリカにいるときより、幸せにしてやるから」
「―――――」
ティレルの言葉の意味がゆっくりとアナスタシアに浸透していき、アナスタシアは言葉を無くしてティレルの整った顔を見つめた。
八年の昔、今と同じ歳。
『死に戻り』の以前に。
やはり囚われの場所から、ルーシェン殿下に連れ出された。
ティレルはあの時のルーシェンよりずっと大人で、能力も見通しも確かで、自分の言動に責任を持っている。自分も八年分己の心と体を鍛え、当時よりずっと物事が見通せるようになった。
それでも。
八年前と同じく、人生をコンラッドに潰されかけている。
自分の人生だけではなく、目の前にいるティレルの人生もまた同じように。
――――自分には、『死に戻り』ができる。
『死に戻り』をするかしないか、その選択の分水嶺がどこにあるか、それは。
目の前にいるこの人を――この人の今の思いを、守りたいかどうか。
そして。
自分が今、この人に愛されていたいかどうか。
もはや復讐や破滅の魔女との対決は、自分の最大の関心事ではなくなっていた。
その意味では。
確かに、当初強引ながらも自分と身体を結んだティレルの見立ては正確であった。
故に。
「――――――はい」
気がついたらティレルに向けて頷いていた。
ティレルに愛されること、「幸せにしてやる」と言われることは、それほどに。
アナスタシアにとって重大なことだったから。
正しいことかどうか。
それはアナスタシアにはわからなかった。
未来のある行動かどうか。
破滅の魔女にとって如何なる意味を持つ行動か。
だが。
「……そうか。よかった」
安心した声と共にティレルのキスが降ってくる。
「ン………」
唇と唇が触れ合ったら。
全て赦される気がした。
『死に戻り』をしたら、その途端に。
知り合っていた事実ごと喪われてしまう、はかない夢のような恋。
「好きです。ティレル様」
次に出逢うときにはきっと。この言葉は二度と言えない。
「俺もだ。アナスタシア。俺もお前が好きだ」
次に再会するときにはきっと。この言葉は二度と貰えない。
アナスタシアはティレルに縋りついて涙を流した。
ティレルは抱き締め返してくれた。自分が復讐を諦めた、そのことによる涙だと受け取ってくれたのかも知れない。
「少し休め。明日の夜には、国境を抜けるぞ」
「……はい」
――――さようなら。
何に対する、誰に対する惜別なのかも不分明なままに。
アナスタシアはティレルの胸に頭を預けてそっと別れを告げた。
(了)
後書
ゼン版のSadLoveEndに寄せた、ティレアナ『徒花』猟犬Endふうの妄想
『徒花Ⅳ』にて『時すさびの薔薇』を盗み出す前のティレル様は
なんでそんなに… と思うほど頑なに王族というかコンラッドに忠誠を誓っている
実際にはアナスタシアがどう説得しても頑として動いてくれないんだけれども
もしあそこでティレルの様の目が開いた場合には、『徒花Ⅰ・Ⅱ』の彼の千里眼的見通しの良さが復活してしまい、ゼン編ルーシェン編を含む後のエピソードはまるっと必要なくなってしまうので
本当にティレル様はあの時自ら望んで目を閉じている
そしてそうしたティレル様に合わせるように『徒花』全編を通してアナスタシアはかなり狭視野かつ行動は猪突気味、信念(≒思い込み・先入観)も強い
印象としては18歳よりかなり若々しく見えた
あのへん、22歳と16歳くらいと考えると私的にはとても好み
アナスタシアは全方向、ティレルは王族・イシク族方面にのみ狹視野な感じがとても若々しい
プレイ時は私の場合 アナスタシア編→ティレル編で進行したので
「訓練場で大の字で寝て鼾かきながら寝言言って、武術大会で狩りで優勝できる、山でも暮らしていける」野生獣♀が
「女の髪も平気で掴んで拷問するような超毒舌家で能吏の異端審問官」♂と
出逢い、仕事を通して情と信頼を育むストーリーになっており
「どっちも恋愛脳なさそう…そこが良い」という感想を抱きながらの『徒花』編となった
その所為か『徒花』カップルの印象は行動優先型で情緒とかはあまり存在してない感じ
クライオス様が翼編でデートだの服選びだのに拘ってる脇でキミたちは…
「異性に『興味を持つ』→『ベッドイン』」までクライオスが200の行程を持っているときに(手を握る、デート、着せ替え、後ろから壁ドン、後頭部にキス、告白etc.)
ティレル様は3つくらいしか行程なさそう(『興味を持つ』→口にキス、手にキス、それ以外のとこにキス→『セックス』※告白なし)
ごはん(エンバイン)すら奢ったげてない
『徒花』編のティレル様は無自覚にアナスタシアを気に入っており、しかもほぼほぼ初対面スタートの所為で却ってとても手が早い
『徒花Ⅳ』の[ティレル=『猟犬』期]あたりになると、お互い精神に余裕もなくなり、ティレル様は口も行動もちょっと粗暴になり、
犬とイノシシの動物マインドが炸裂して、状況によってはカップル成立まで爆速だっただろうな…という妄想を込めてみた
(そしてカップル成立後は過去はきっと一切振り返らない、だって動物だから)
『猟犬』妄想話ここまで書いて『徒花Ⅳ』EDの妄想補完話もそれより手前に書いて、今日改めてこの時期をプレイし直したら、猟犬期以降のティレル様はアナスタシアを全然「赤毛」呼びしなくなってる!
本当にめんどくさい男だねティレル様は!(悦)
『徒花Ⅰ〜Ⅲ』「赤毛」 ▶ 『徒花Ⅳ』「お前」のみ、無意識時に「アナスタシア」(寝てるとき) ▶ 『徒花ED』「アナスタシア」「いい名だ…」
と順を追ってヒロインへの情が増してることをあらわす芸の細かさ!
ホント、何故アナスタシアを置いて自害しちまったんだ……
何度プレイしても「イシク族(への執着)に負けた!」「コンラッド(への無力感)に負けた!」てなって悔しい気持ちになる
この気持ちが『凍土』への肥料になるとは言え……