「……、あんなことを私になさった癖に、よくそんなことを仰いますね……」
ようやく外した縄を片手で巻き取っていくティレルを、至近からアナスタシアが睨む。
「ああ? あんなもん、当初虐めてやろうと思ったことの十分の一もやってねえぞ」
縄を外し終えたティレルが、またも悪い笑みを浮かべながら、開くようになったアナスタシアの腿の内側をストッキング越しに撫でてくる。
「………………あれで、ですか」
「おい、引くなよ」
「引くに決まってます。あと怒ってます」
手首と足首の縄はまだ解かれず、相変わらずアナスタシアは縛られた状態だ。艶を持つ赤い瞳は確かに怒りを湛えているが、汗とティレルの手の痕を残すその体は、ティレルの左腕に抱かれるままになっている。
ティレルの右手がアナスタシアの太腿から腰骨を辿り、臍から肋骨の中央を辿って、鎖骨に至った。
「お前といると俺は毒気を抜かれちまう。もっと手前にお前と出逢って付き合ってたら、異端審問官を続けるのは厳しかっただろうな。無論『猟犬』もな」
「ティレル様……」
「この部屋に連れ込んだときは、『口を犯すぐらいはしてやろう』……、と、思ってたんだが」
ティレルの右手の指がアナスタシアの顎にかかり、唇に触れ、両唇をゆっくりと割る。
「ふぁ、く、口を犯すって、」
意味が分からず戸惑うアナスタシアに、
「こう」
言いながら、ティレルは己の指をアナスタシアの朱唇の奥に優しく突き込んだ。
「ぁふっ」
指を二本、第一関節まで口中に埋められ、指先で舌を撫でられて、アナスタシアが喉から声を漏らす。
「もう少し、口をすぼめてしゃぶってみろ」
「っ……ン………、」
やや頬を紅潮させて、ティレルが命じてくるのへ、アナスタシアは従順に応じた。
その時のティレルの行為にさほど嫌忌や恐怖を感じなかったのがその理由だった。
「ンふ……ぅ…、」
指に合わせて両唇を丸め、唾液に濡れた舌を絡めながら吸い上げる。
指先で舌を掴まれ、こねくられて、湧いた唾液が、アナスタシアの唇の端から顎へ向かって垂れていく。
それを息を詰めて見下ろしながら、ティレルが唇の端を上げる。
「そう……巧いな。……これをな。指じゃなくて竿でやらせようと思ってたんだ」
「! ………、ンぐッ、」
驚いたアナスタシアが目を瞠って息を飲む。思わず頭が引けようとするのを、
「こら、やめるなって。指なら別に平気だろ」
「っ…ンぅう……!」
ティレルに体ごと、頭を捕らえ直されてしまう。
口中に人差し指と中指を突き込み、残りの指で器用にアナスタシアの顎を捕らえて、ティレルに動きを封じられる。
「ンくふっ…、ふぁ…、あ、」
指を吐き出すことも阻止されてアナスタシアは諦め、暫くは強要されて指を舐めさせられていたが、やがて、顎を掴んで口を大きく開かされ、ティレルに口中を覗き込まれた。
アナスタシアの小さな口の中で、指に挟まれた赤い舌が蠢き、唾液によって濡れた舌先がてらてらと光を弾く。唾液はティレルの指を伝って、歪められた朱唇の端から溢れ、アナスタシアの顎を汚している。
「ふ…、生気が強くて、ちっちゃくて……、可愛い口だな……」
庇護欲と支配欲の双方を刺激され、アナスタシアの口を指で犯すティレルが微笑した。
「知ってるか? 拷問の中には『口枷で口を開かせたまま閉じさせない』ってのもあるんだぜ。唾液が出てくるのは最初のうちだけで、それも出なくなって粘膜が渇き切ってくると勝手に出血してくる。あるいはその状態で喉に水を流し込んだり、とかな。陸上でも人間は簡単に溺死する。熱湯を流し込んで、体の中を火傷させる拷問もある」
「っ……、う…、」
アナスタシアの赤い目に恐怖が湛えられる。
「そんなことされりゃ誰だって、苦痛を逃れる為に『自分は魔女だ』と自白しちまう……人間てのは脆いもんだ」
ティレルの紫の瞳が細められた。
酷薄とも憐憫ともつかぬ光がそこに宿っている。
「ンぅう…、」
ティレルはようやくアナスタシアの口中から指を引き抜き、アナスタシアの唾液に濡れたその先端を自分の口に運び、舌先でねっとりと舐め取った。
「っ、…………」
己の唾液を舐め取っていくその動きを、アナスタシアが瞬きもせずに見つめているのを、愉しげに見つめ返しながら。
「ふぁ…は…、ティレル様、……ン、」
アナスタシアの顎に滴る唾液を、ティレルの舌が降りてきて、同じように舐め取る。
「ンぅう…ぁふ、」
顎から唇の端へとティレルの舌が唾液の滴りを遡り、やがて舌先が両唇の端に到達した。
「ンぅん……っ」
左手でアナスタシアの後頭部を捕らえて、再びティレルが接吻を仕掛ける。
「ンはぁ……ふぁ…、ンぁ、」
ティレルの言動へのじんわりとした恐怖が、アナスタシアにとって、キスをいつもと違うものに変化させていた。
自分の口を舌で犯してくる相手は、自分の恋人でもあるが同時に支配者でもあった。自分の頭を優しく捕らえてくるティレルの手は、人を殺した手、人を拷問した手でもある。今まであまり、ティレルのそうした暗い部分に思い及ぶこともなかったのは、アナスタシアの前でティレルがそれを覆い隠してくれていたからだ。今宵、商館の前でティレルを怒らせてしまった結果、恋人の見知らぬ一面を思い知らされる羽目になった。
――――この人が、本気で自分を嬲ろうと思ったら。
膂力でも、体術でも、知識でも、また性的な嗜好でも、完全に屈伏させられて、彼の意のままにされるしかなくなる。
「…………、」
ティレルに触れられる前から、緊張で胸の先と体の奥が疼く。
恐怖と、被支配の受動性と、それを淫靡と捉えてしまう肉体の錯覚。
そうしたものを初めて、アナスタシアは味わっていた。
「……俺が怖いか?」
キスを終えて、アナスタシアの顔を覗き込み、ティレルが尋ねてくる。
「……っ、ん、はい…、少し……」
未だティレルの腕の中にありながら、アナスタシアは正直にそう答えた。
ティレルは怒りもなく苦笑するだけだった。
「それが普通だ。大抵の女は、異端審問官や殺し屋の『猟犬』みたいな汚れた男を選んだりはしない。今まで俺に恐怖しなかったお前のほうが異常なんだ。
――――『死に戻り』の力があったおかげで。『死』に通じる暴力への恐怖心が、お前にはごく薄かったんだろうな。今後はそうは行かねえだろう。お前にはもう、『死に戻り』の力は無いからな」
「あ……」
そう。
『死に戻り』を始めとする、女神クロムの力は、すべてルーンに預けてきた。
「今のお前は、コンラッドやその派閥、ボアクリフ商館みたいな人身売買の牙城に攫われても、『死に戻り』してそこから逃げ出すことが出来ない。とっ捕まって、死んで状況をリセットすることも出来ず、体をいいように嬲られて思い通りにさせられちまうぞ。
お前はそのことについての自覚がまだ全然足りてない。
俺の仕事に勝手についてくるなんてのは、そのことに思い至ってない証拠だ」
「…………」
ティレルの言うとおりだった。
今の自分はもう、魔力を持たない、ただの無力な人間なのだ。
アナスタシアの赤い瞳に理解が染み通っていくのを、ティレルが見下ろしていた。
「『死に戻り』についていけない俺には、昔のお前の記憶は無いが。
ただ当時、自分が『女神の生まれ変わり』であることも知らなかったお前が――――力を知られれば『魔女』と見做され処刑される、危うい立場のお前が、『死に戻り』の力を隠しつつ、自分の人生をどうにかしよう、復讐を果たそうと一人で頑張ってきたことには敬意を払ってる。
お前は何でも自分で決めて、自分で動いてきたんだろ。その感覚が今も残ってるから、俺に留守番してろと言われるのは不服で、飲み込めないんだ。だが――――逆らうにしても、自分の身を危険に晒すような真似は今後は改めろ。怪我も死も、もうお前には取り戻せないんだから」
「――――――――はい…」
頷くことはしたくなかったが、そのように返事せざるを得なかった。
「ボアクリフ商館では助けて下さって、ありがとうございました」
まだ礼も言っていなかったことにようやく思い至る。
「ん。……ま、罰はちゃんと与えてやったしな」
「…………」
ティレルがニヤリと笑うのを見て、アナスタシアは最前の恥辱を思い出して赤面する。
そういえばまだ乳房も剥き出しのままだった。アナスタシアは縄で縛られた手で、はだけたくノ一衣装の前をかき合わせて胸を隠す。
「そのままでいいのによ」
「ダメです!」
降ってくるティレルの声に、頬を真っ赤にして被せがちに叫ぶ。
―――ニンジャとしてのティレルを追いかけようとした自分の行動が、軽率で今の自分にはそぐわぬものだということは深く理解した。
だが、
「……夕刻、ティレル様に置いて行かれたときに……。私は、自分が役立たずに戻ってしまった気がして。『死に戻り』前の、自分一人では何も出来ない、決められない、情けない頃に。
それで、そんな筈はない、自分にもできると、焦ってしまったのだと思います。
……実際は、違うのですね……。
……こんな無力感を抱えているくらいなら。
女神の力を、カクリヨに預けないほうがよかったかも知れません………」
ティレルに抱き込まれたまま、アナスタシアは俯いてしまう。
ティレルが苦笑して、右手でアナスタシアの頭に触れ、優しく撫でてきた。
「お前には今もちゃんと力はあるさ。その有りようが変わっちまっただけだ」
「………………」
ティレルに慰めてもらっていることはわかるが、言葉の意味は納得できず、アナスタシアは黙り込む。
「問題は、その変化に、お前の気持ちのほうがついていけてないってことだ。
『死に戻り』の力を八年間も駆使してきたんだから、それが無くなったことにすぐに順応できないのは当然とも言えるが。
『死に戻り』の力が消えたことでできなくなったのは、お前の人生を変えることだけじゃない。お前は周囲の人間の立場や価値観も変えることが出来なくなった。
……意味、わかるか?」
「………わかりません」
ティレルの言葉はアナスタシアには不可解だった。
『死に戻り』が出来ていた頃だって、クロムの力をすべて保持していた頃だって、他人を思い通りに動かすことなどアナスタシアには不可能だったのに。
「説明してやる。そう……、
わかりやすいところでは、コンラッド殿下だな」
「…………、」
イシュとはまた別の意味での宿敵、とも呼べる者の名を出されて、アナスタシアの体に緊張が走る。
「お前は今、コンラッド殿下の略取対象だ」
予想外のことを言われて、アナスタシアの赤い目が大きく瞠られた。
「え………? どういうことですか?」
「殿下の目前でお前は『時すさびの薔薇』を咲かせ、お前自身が女神そのものであることを証明した。実際には魂を同一にした『生まれ変わり』なんだが、コンラッド殿下にとっては女神本人が顕現したのと同じ事だ。お前を正妻の座に据えられれば、ルーシェン殿下に追い落とされつつある王位継承の可能性はコンラッド殿下に向けて大きく傾く。
あの野心家が、お前を欲しがらない筈ないだろ」
自分がコンラッドに狙われていると知って、アナスタシアの血の気がひといきに引く。
自分が蛇蝎の如く嫌っているあの男が、よりによって、自分を攫ってでも手に入れようと目論んでいるというのだ。
「っ……でも、おかしいじゃないですか。私は、ティレル様と婚約してるのに、」
ティレルとアナスタシアの「婚約」と「交際」は、王族のルーシェン殿下にも認知された公のものだ。別の王族であるコンラッドでさえ、その一存で簡単に覆せるようなものではない。
ティレルが意味ありげに笑った。
「だから『略取』なんだ。お前の頭上を飛び越えて、リンゼル家とコンラッド殿下とで公的かつ勝手にお前との婚約規定を結ぶことはもうできないからな。
そういう正規ルートを封じる為にも、ルーシェン殿下は俺たちの婚約発表を急がせたのさ」
「…………そんな…」
自分の恋愛や婚姻が、王族の政略にそうも深く関わってくると知ること自体が、アナスタシアにはショックだった。
「な? お前には今以て、『力』があるだろ?」
「っ、そ、そんな力、」
自分の望まぬところで自分の身がどうにかされてしまうほどの『価値』など、欲しかったわけではない。
「いりません、そんな『力』……!」
「そう思っても、『死に戻り』が出来ない以上、コンラッド殿下の指向を変えることはできない。『時すさびの薔薇』をおまえが咲かせてしまった過去を、もはや帳消しにはできないからな」
「あ……………」
『周囲の人間の立場や価値観を変えられない』。
ティレルの言葉の意図が、次第に理解できてきたアナスタシアだった。
「そ、そんなの……」
ティレルがさらに追い打ちをかける。
「正規ルートを封じられたコンラッドは、今や攫ってでもお前を手に入れようとしている。
これが、俺がお前に『大人しく家にいろ』と言う最大の理由だ。
ボアクリフ商館や、コンラッド閥の貴族の屋敷辺りをお前がうろついたら、その中で目端の利く奴が、お前を見つけ、捕まえてコンラッドに差し出すかも知れない。
非正規ルートでコンラッドの手に堕ちたら。
お前は二度と帰って来られないぞ」
「―――――」
その言葉の意味を。
理解できないししたくない。
赤い目に怯えを湛えて、アナスタシアはティレルを見た。
「だって……私には、ティレル様が……」
「こちらのほうが先約だ、と言ってニセモノの婚約証明書を出してくる。リンゼル家とノイシュバーン家で、数年前に交わしたように見えるヤツをな。
もっと強い効力を発揮できるのは、ニセモノの婚姻証明書だ。コンラッドとお前は既に結婚済みだと言えば、誰もぐうの音も出ないさ。誘拐されたお前がコンラッド殿下の隣にいたらな」
「わ、私が、アイツとの結婚なんかに応じるはずがないです、」
「お前の意思や、他に好きな男がいることなんて、奴が気にすると思うか? 折檻や脅迫で心を折るか、それでダメなら薬漬けにして愚鈍で従順な妻を作り上げる。お前の頭も顔も魂もコンラッドにとっては大事じゃない。
奴にとって大事なのは、自分が千六百年前の祖先と同じ道を辿ることだ。神話の再構築を自分で果たす、これ以上の王位への道はない。
女神と結婚して女神との子を成す、それが奴の最優先目的なんだ。
お前の身柄を得た途端に、アイツはお前に種を仕込みに来るぞ」
「ッ………!」
ティレルの口からとんでもないことを聞かされて、アナスタシアは怖気を振るった。
「や、イヤです、そんなの、死んだ方がマシで――――」
『死に戻り』ができない事を思い出し、アナスタシアは言葉を失ってそのまま固まる。
アナスタシアを抱き込んでいるティレルが、アナスタシアの恐怖を宥めるかのように空いた手でその肩を優しく撫でた。
「よしよし、あんま怯えんな。
日常生活を送る分には安全だからな。
家からの送り迎えは俺がしてるし、お前が出勤してる翼騎士団ではクライオスの作り笑い野郎が目を光らせている。
俺だってお前に死なれちゃ困る。コンラッドに攫われるのもな。
死にたくなるような目に遭いそうな、危険なことをしなきゃそれでいい」
「っ………」
ティレルに撫でられて、アナスタシアの怯えはゆっくりと収まっていった。
今日の自分の行動が如何に無謀だったか、それだけでなく、自分を護ろうというティレルの気遣いを無下にしていたかを、アナスタシアは思い知った。
そして別の後悔も湧いてきた。
「………やはり、私のしたことは過ちだったのでしょうか……」
「あぁ?」
「……コンラッドの前で『時すさびの薔薇』を咲かせたことや。女神の力をカクリヨに置いてきたことは。……間違った選択だったのでしょうか。
あの行為が、結局は、今の自分を危険に晒して、果てはティレル様のご迷惑に……
せめてクロムの力が私に残っていれば、『死に戻り』も可能ですし、こんな無力感もなく、今も、もう少し違う選択をできたかも知れないのに……」
「おい、おい」
腕の中で萎れたように俯くアナスタシアに、ティレルは呆れ気味に声をかけた。
「お前はその時自分で考えて『女神の力は預ける』と決めたんだろ。だったら当時の自分を信じてやれ。お前ちょっと自己肯定感が低すぎるんだよ。
……お前のそういうところも『死に戻りグセ』の一種なんだろうな。
反省自体は別に悪いことじゃないが……行きすぎると優柔不断になるぞ。
普通の人間は『やり直し』自体ができないんだ。あんま過去のことばっか考えてると、ハゲるぞ」
「…………、」
思わぬ冗談を言われて、アナスタシアの口の端が少しだけ上がった。
それを見下ろしながらティレルは続ける。
「過去の選択を間違えたと思っても、それを糧にして次の道を選べばいい。過去は選び直せない、重要なのは現在地からの選択だ。失敗も糧にできるくらいの器になりゃ、後悔もなくなるぜ」
「―――――――」
アナスタシアは目を瞠った。
近い別の過去に、似たようなことを言われた。言い方は逆だったが、通じるところは同じだろう。
『後悔しない選択とは。己の糧となるものを選び抜くことだ』
「ティレル様――――」
「あ? おい、何だよ、どうした?」
自分を見上げるアナスタシアの紅玉の目がひどく潤んだことに、ティレルはやや慌てた様子を見せる。
「よく似たことを、かつて別のティレル様に教えていただきました」
「………」
ティレルは紫の目で一つ瞬きをして、その間に得心したようだった。
「ああ。キスを『医療行為』とか呼んだ、馬鹿な『俺』の話な」
過去の己への言い様を聞く限り、自己肯定感が低いのはティレルも同等だ。無意識下でうっすらそのことに気がついているアナスタシアは、ティレル本人を擁護するような立場に回る。
「馬鹿だなんて。当時のティレル様は今の貴方と同じく聡明な方です。当時と同じく、今も……ティレル様は、聡明で頼もしくて責任感があって清廉で、私を陰日向に正しい場所に導いて下さる、素晴らしい人です」
「――――っ、お、お前な、」
臆面も無く褒められて、瞬間ティレルの情緒は処理能力を超えてしまったらしく、頬を酷く赤面させて暫く固まっていた。
「……ティレル様、」
やがて、アナスタシアの呼びかけでティレルは正気に返り、溜め息をつく。
「まったく……俺がお前にこんなことして遊んでんの、バカみたいな気分になるだろ」
今度は別の羞恥心で顔を赤くしながら、ティレルは、アナスタシアの手首と足首から手早く縄を解いていった。
「遊びだったんですか?」
「本気でやってると思ったのか?」
解いた縄を巻き取りながらティレルが問う。バツの悪さのあまり、却って殆どアナスタシアを睨むような形相になっていた。
「……いいえ……さすがにそこまでは。少し……怖かったのは事実ですけど。
でも、わかってますから。
私を教え諭す為に、敢えて粗暴な振舞をして下さったのでしょう?」
「―――――」
再び頬を赤くしたティレルが何事か口の中で呟いたが、アナスタシアの耳には届かなかった。
「えっ? 今なんとおっしゃったのですか?」
「いや。お前に土下座したほうがいいかなって気になった、さすがに。この俺でも」
「土下座? ティレル様が? どうしてですか?」
天然なのか偽装なのか、と思わずティレルは目を眇めたが、アナスタシアには全く邪気が無かった。
ティレルは苦笑する。
「……くノ一ね。考えてみりゃ。ソレほどお前にそぐわない衣装もねえな」
「え、ど、どういうことですか、全然似合わない、とかそういう意味ですか」
「そうだな。似合わねえよ」
「っ………、」
外見に添わぬ服を着ている、と非難を受けたと思ったアナスタシアが恥辱で顔を赤くしたところへ、
「見た目じゃなくて中身の話。
色仕掛けも口説き落としも駆け引きも、場合によっちゃ言葉の裏を読むことも苦手だもんな。思い込み強くて騙されやすいしな。
お前、主婦にでもなったら、訪問販売で鍋ばっか買わされるような奴になりそうだよな」
「そ、そんなことはありません。さすがに私だって、悪徳商売くらいは見抜けま―――」
言い募ろうとしたところに、ティレルの唇が降りてきて、アナスタシアの口を塞いだ。
「ン……、」
先程までの支配的な雰囲気は、ティレルのキスからは完全に消えていた。
いつもと同じ、気遣いを感じる優しいキス。
口づけを受け、また返しながら、ティレルの手で体を撫でられている間に。
「ぁ…ふ……、」
アナスタシアの体に馴染んだ熱が再び蘇ってきた。
先程まで縄で縛られ不自由だった手を伸ばしてティレルの首に腕を絡める。
意を得たようにティレルの抱擁が深くなって、アナスタシアは尻から太腿までを手で撫で上げられ、持ち上げられて、片脚をティレルの腰に絡めさせられる。
「ン……っ」
下腹部に、再び力を取り戻しつつある男性の熱が触れた。
その触感にひくりと身を震わせると、耳元でティレルの笑った気配があった。