「っ、いいぞ……、ゆっくり、降りてこい…」
「っ、は……ぁ……、ティレル様…、」
対面座位の状態から、アナスタシアに尻を落とさせて、ティレルは己の屹立をゆっくりと女の場所に飲み込ませていく。
「ふ、ぅ、ン……、ぁっ、」
至近に切なげなアナスタシアの喘ぎが聞こえる。
くぷぷ、と淫靡な音を立てて、ティレルの竿がアナスタシアの奥深くに収まっていく。
「ふ……全部、入ったな」
「あ、ティ、ティレル様、」
普段は見上げる位置にあるティレルの顔が、今はほぼ同じ高さにあった。
下から確かめるように、二度ほど優しく突き上げられる。
「あッ、ぁ、ンあっ」
音叉のように快楽がその場所からアナスタシアの全身に鳴り広がって、ティレルの首に絡めた腕からさえ力が抜けていく。
ティレルの男の手が、網ストッキングを履いたままのアナスタシアの太腿を撫で上げ、ガードルにまで達する。
「ノーパンも、いいな……、ヤるのが、楽だ」
「っ、や、いやですぅっ、ンぅ、ぁあっ」
羞恥を煽るような言い様でティレルにからかわれて思わずアナスタシアは反論するが、言葉の途中で狙われたように良いところを突かれ、舌足らずのような言い様になってしまう。
「イヤ? イイの間違いだろ?」
「ッ、ぁ、ふぅっ、っその、イヤじゃ、ないですっ、あンっ、」
「これは? イイか? イヤか? んん?」
「あッ、あっあ、や、そこ、ダメ、力、抜けちゃ…ンぁ、」
「イイんだな?」
「ッ…あぁ…、あ、は、っンぅう、ダメ、何度も、突いたら、っよすぎて、あぁあっ…」
最前、強い羞恥や恥辱の中で情交を受けたとき、撓められたプライドが邪魔をしてアナスタシアは素直に愉楽を享受することができなかった。その反動か、今、アナスタシアは常に無いほど快楽に耽溺していて、甘い嬲りにも似たティレルの扇情に殆ど翻弄されるままになっている。
「ンぁ、あ、イイです、ティレル様、っぁ、そこっ……」
「ふ、お前、ホント気持ちよさそうに腰揺らいでるもんな」
「っ、ンん、だって……ほんとに、イイ、からぁ…っ、」
下からの突き上げを受けながら、自らも腰を揺すって、アナスタシアはティレルに縋りついた。
「あぁふぅ、ンくっ」
赤い舌が半ば突き出した半開きの朱唇の端から、唾液が溢れてアナスタシアの顎を汚し、くノ一衣装の胸の上に滴っていく。
ティレルの舌が伸びて、アナスタシアの顎の唾液を掬い取って舐める。
「んぁ、あ、ティレル、様……ンふ、」
最終的に、唾液の道筋を追うように顎を舐め上げたティレルの舌は、唇の端からアナスタシアの口内に差し込まれてきた。
「ンぅう……、」
アナスタシアの口中を、ティレルの舌が器用に這う。
ティレルの指が、襟の合わせに差し込まれ、先程隠した乳房が再び夜気に露わになった。
「ひゃ、ぁ、ティレ、ンん……っ、」
抽送の度に揺れる乳房を優しく揉まれ、アナスタシアの快楽はどんどん高まる。
「お前の全部を、支配してやる、」
「! ッ、ん、」
深いキスの合間に、普段は決して言われぬ言葉を囁かれる。
「ふぁ、あ、やぁ、」
忌避感と愉悦、危惧と安楽。矛盾する心境に困惑して、アナスタシアは抗うような声を上げる。
元来アナスタシアは、『死に戻り』以前にコンラッドから受けた仕打ちの所為で、男性から支配的な言動を取られることに反発しがちだ。
それをよく理解しているティレルは、特に睦み合いの最中、そんな言葉を投げてきたことは今までなかった。
ティレルにとってアナスタシアは恋人であると同時に『女神クロムの生まれ変わり』でもあり、本来ならばへりくだって、一段下がった場所から接するべき相手でもある。
だが『死に戻り』の最中、アナスタシアが見ていたティレルの本来の性格は、本人が自身を「S」と称した通り、やや支配的で強圧的な面もある。
今夜の情交はそれが強く表に出ていた。
拘束したままアナスタシアを翻弄した先程の名残が、二人の睦み合いの間にまだ揺蕩っているようだった。
「あっ、ぁ、」
ティレルはいつもより容赦なくアナスタシアを突き上げ、激しい愉悦に追い立てながら、紫の瞳を満足げに潤ませていた。
「お前を快楽で縛って…、俺の傍以外の、どこにも行かせない。……お前が『色仕掛け』する相手は、世界で俺ただ独りだ。生涯な」
「ン、ぁあ、ティレル……さま、っやめて……、そんな言葉、」
「………どうしてだ? 怖いのか?」
「……ン、んん、はい……、う、」
言葉嬲りが過ぎたか、とティレルは思ったが、アナスタシアの喘ぎはむしろ熱くなり、腕がいっそう深くティレルの首に回された。
「自分が、怖くなっちゃうっ……、
っこんな、気持ちイイときに、そんな言葉、言われたらっ…、止められない……っ、ンぁ、あ、もっと、ティレル様を、好きになっちゃうっ……」
「! ――――、」
ぐずぐずと愉悦に埋もれながら素直に告げたアナスタシアの告白。
ティレルは驚き、暫し動きを止めて。
「はっ…、」
やがて満足そうに微笑んだ。
「いいんだぜ……? それで……。俺と同じぐらいには、俺に惚れてても、」
「え……?」
次に驚いたのはアナスタシアのほうだった。
ティレルと自分だったら。
いつでも自分のほうがより深く相手を好きでいると思っていた。
――――目の前の『彼』に限らず、『死に戻り』の最中、「リスター審問官」と呼んで慕っていたかつての『彼』の頃から。
ティレルがアナスタシアの尻を抱き上げ、腰を揺らがせて愉悦を突き込みながら、思いもせぬことを言ってくる。
「お前と俺、どっちがより強く相手を想ってるか……、お前、勘違いしてるんだ」
………嘘だ。
アナスタシアは淫楽に潤んだ紅玉の目を瞬かせた。
「っ、そ、嘘です、そんなの、ぁ、」
「嘘じゃない」
「わ、私を、からかうために、んはっ、ティレル様が、はあっ、また、嘘を、」
「――――お前、妙なとこで疑り深いな、」
下肢を繋げたまま、至近でティレルが苦笑する。
彼が埋まった場所はひどく熱くて、アナスタシアには、困惑と酩酊のどちらを感じ取るべきかもわからなくなる。
「好きじゃない女とは、こんなこと、絶対しないぜ…?」
「ひぁっ」
囁きながら耳たぶにティレルの舌が這った。
「一生手放さないなんて、呪いみたいな言葉。お前以外には、言おうと思いついたことすらねえのに」
「………、っ、でも、だって、いつも、私のほうが、」
「そうでも、ないだろ、ン、」
「……ンはっ…、ぁ、今日だって、私のほうから、ティレル様を、追いかけて、あぁっ」
「ふ…お前が、俺の気持ちを完全に理解してたら。…そんなこと、言う筈ねえのにな、」
「え……」
「もっとわからせてやる」
ティレルはアナスタシアの尻を抱えた手の角度を変え、体全体をゆっくりとベッドの上に横たえさせた。
「ンぁあ、あっ…ンふぅっ」
今宵初めての正常位になり、唇にティレルのキスが降ってくる。
慣れた場所に、ティレルの先端が当たってくる。
「ンふ、ふう、」
甘く優しいキスの後に、少し意地の悪い声でティレルが宣言した。
「お前が。俺のほうがお前を愛してるってわかるまで。こうしてよがらせ続けてやるよ」
「え…ぁ、待っ、」
(だってもう、気持ちイイのに……! これ以上、なんて……!)
ティレルの屹立の先端が、アナスタシアの弱い場所を擦り上げた。
「ひっ…んひぁああっ!」
「ふ、仕上げは『快楽拷問』って、言ってあったもんな……? 当初の想定より、大分甘めだが……、これはこれで、お前向きだな、こういうの、結構、好きだろ……?」
ティレルの腰使いが大胆になって、接合部からぬちゃぬちゃと卑猥な音が漏れる。
「ッ、や、待って、ティレル様、そんなにしたら、すぐ、っイっちゃう、」
「そうだよ、お前が認めるまで、イかせまくってやるって話、」
「っ、ひぁあ、ッダメ、同じトコばかり、突かないでぇっ…」
「は、わざとだって、……ッ、く……、」
アナスタシアの言葉での制止も利かず、ティレルの竿先は忽ちのうちにアナスタシアを快楽の頂点に追い上げた。
「! ッ、ぁあ、あ、ンひぁあッ……!」
「つ………、」
ティレルの屹立に抉られてアナスタシアの秘部がうねるように痙攣し、ティレルの体の下でアナスタシアの腰が跳ねる。
「やっ…あぁあ、イっ……、ひ……!」
腕でティレルにしがみつくことも出来なくなって愉悦の余韻に溺れるアナスタシアを、ティレルは紫の目で満足げに見下ろしていた。
「どうだ…? アナスタシア……。俺の愛が、わかったか……?」
「……、は、ぁ、ティレ、ル、…さま、」
ダメだ。
下肢が繋がったまま、大きく膨張したティレル自身を身体の裡に感じながら。
アナスタシアはぐったりと力を失って、ティレルを見上げた。
「ダメ、です、ティレル様……、」
紅潮した頬から、涙のように汗の筋が耳へと滴る。
「何がダメなんだ?」
「ティレル様と、一緒だと、自分の中の気持ちが、強くなりすぎちゃってっ……、好きな気持ちが、止まらないです…、っ、こんな、感覚、ティレル様が私に向けて持っててくれてるなんて、思えない、」
喋りながら。
下肢から伝わる震えが、胸にまで至ったような気がする。
アナスタシアは声まで震わせながら、まるで泣き言のようにティレルに言い上げる。
「はぁ……、ティレル様、すき……、」
「――――」
息を喘がせながら言うアナスタシアを、ティレルは瞬きもせずに見惚れた。
やがて、アナスタシアを慈しむような微笑がティレルの顔に咲く。
「かわいい奴だな……お前は。
俺に翻弄されてそんなこと言ってくるのが、愛おしくて堪らなくなる。
――――どうしたらいいか、わかんなくなるくらいにな」
「………ティレ、ん、」
アナスタシアの唇にティレルのキスが降りる。
優しい口づけの後、同じ唇から声が発せられる。
「愛してるからな」
「――――――、」
耳元で囁かれ、その言葉が浸透するのに少しの時間がかかった。
「アナスタシア」
「……、は、あ、」
酔ったような声で名を呼ばれ、先程とは打って変わって、ゆっくりと、ティレルの下肢が揺すられる。
「ふぁ、あ、は、」
「お前を愛してる」
「っ、……ティレル、様、ぁ、」
「……俺を、信じられるか?」
「………、ん、」
胸がいっぱいになって、言葉を発することもできない。
アナスタシアは頷いてみせるのが精一杯だった。
嘘もつくし駆け引きも見せる、今宵のように、自分を嬲るような素振りも時折見せる、ティレルを。自分は。
「信じてます…、ティレル様、ふぁ、あ、」
上半身を腕の中に抱きこまれ、下肢だけでなく胴も互いに密着する。
「あぁ……私も、ティレル様を、愛してるんです、」
「ああ、知ってる……胸が痛くなるほどにな」
「はっ、ぁ、」
「幸福でも……胸は痛くなるものなんだな。お前に出逢って、初めて知ったことだ」
「あ……ぁ、ティレル、様」
「お前が好きだ。アナスタシア。その無鉄砲なとこも、視野が狭いとこも、負けず嫌いなところも、人を信じすぎて騙されやすいところも……、」
「っ…褒めて、ないです……、それ、」
「そうか? でもそれが、俺が好きなところなんだ。欠点ならもっと一杯あるが、……まるっと含めてそれがお前で、そんなお前を俺は愛してる」
「ティレル様………ンぁ、」
「だから……あまり、俺を心配させるな」
「はぁ……、は、」
「こうして、俺の手の中に、ちゃんと収まってろ。お前、目を離すとすぐにどっか行っちまいそうで……不安になる」
「……不安…って…、ティレル様が…ですか……? 私に……?」
「当たり前だろ。……お前に惚れる前は、こんな気持ちがあることなんて知りもしなかった。嫉妬だの不安だの心配だの甘えだの不満だの……。俺にとってお前との関わりってのは、人生における驚異の連続なんだ」
「…………、私だって、それは……同じ、です、」
ティレルが少し抱擁を解き、アナスタシアと視線を合わせるように紫の目で見下ろしてくる。
「本当は俺は、恋愛感情ってのは苦手なんだ。心の昂ぶりに振り回されると、精神の制御が利かなくなって、頭脳面の計算が鈍るからな。『猟犬』だった頃は特にそれを律してた。
だが……お前を見てると、そういう抵抗も無駄なんだなって思えてくる」
「て……抵抗…?」
言われたことの意味がわからず、アナスタシアは瞬きをしてティレルを見上げた。
ティレルが苦笑して、アナスタシアの赤い頬を男の手で撫でる。
「お前には勝てないってことだ。気がつくとお前のことで頭がいっぱいになってボンヤリしてたり、とかな」
「え………」
あの怜悧なティレルが、そんな状態になるところなどアナスタシアには想像もつかない。
「後はついお前に譲りすぎたり」
「…………」
そんなことがあったかどうか、アナスタシアには自覚がない。
「お前を縄で縛り上げて、いやらしいセリフを吐かせてみたくなったり」
「っ……そ、それは、そんなことは二度としないでくださいっ」
笑いながらからかわれて、思わずアナスタシアは声を上げる。
「はは、わかったって。お前がイヤならもうしねえよ。……」
軽いキスが唇に降りてきて、アナスタシアは怒気を削がれる。
その上で、
「お前が俺の仕事にくっついて来たがってるってのはよくわかった。
手を打つから、もう勝手に先走るな。
危ないところ以外になら、ちゃんと一緒に連れてってやるから」
「―――あ………」
すとんと腑に落ちるものがあってアナスタシアは目を瞠った。
ティレルに指摘されるまで、自分では自覚も無かった願望だった。
『死に戻り』ができた昔。
ティレルと共に、自分もまた異端審問官であった過去。
ティレルと肩を並べ、『魔女裁判』に望み、互いを頼りとし、共にイシュやコンラッド、ジェームズ国王に対峙した、あの頃のように。
ティレルの横に並び、彼の仕事に関わり、彼に認められたい。
その思いが強くあったから。
ティレルに制止されてまで、彼のニンジャ仕事の後を追ってきたのだ。
「ティレル様………、」
異端審問官であった過去の『彼』と変わらず。目の前で、自分の恋人となっているティレルは、持ち前の察しの良さで、アナスタシアの感情を先回りして言語化し、教え諭した上で対策を立ててくれる。
感涙に潤んだ赤い瞳でティレルを見上げると、今の『彼』は慈しむように優しく微笑んでくれた。別の過去の『彼』にはあまり見た記憶が無い表情だ。
くちゅ、と接合部で音を立てて腰を動かされて、彼がまだ自分の中にいることを強く自覚する。
「あ、」
「俺が、欲しいか?」
「…………、ん、」
普段だったら恥ずかしさのあまり辟易して固まってしまうような、直截なティレルの問い。
躊躇いがちに頷いた後、アナスタシアは言葉で言い直した。
「は、……、はい…、」
羞恥で顔を真っ赤にして、それでもアナスタシアは答える。
「欲しいです……、ください、ティレル様…、」
「ふ……、」
繋がった恋人から素直に求められて、ティレルの側でも頬が紅潮していく。
「いくらでも、くれてやる……、お前が、欲しいだけ、……望むだけ……与えてやるよ」
「ふぁっ、あ、」
抱き締められ、キスを受けながら抽送を再開されて、アナスタシアはティレルの胴に両腕を回して縋りつく。
「あッ、あ、ティレル様、っン、」
「っ、つ、お前の中、また結構締まってきたな、」
「ふぁっ、はぁ、あ、だって、気持ちイイ、から、」
ティレルの腰の動きが大きくなっても、アナスタシアの愉悦は弱まらず、むしろ快楽のうねりは強まる一方だった。
「あ、ぁ…ティレル…様、私も、知りたい……、」
「ン、何を…だ……?」
「は、っは…、ティレル様は、気持ち、いいですか……?」
「ふ、は、言うまでもないな……お前とこうしてると、体全部が溶け出して……、お前を包み込んでるみたいな気分になる、」
「ふぁ、はぁっ、ティレル、様、」
「アナスタシア……アナスタシア、」
「ン、ぁ、あ、ティレル様、もっと、気持ちイイです、もっと……っ、」
両脚をティレルの腰に巻きつけ、両腕をティレルの首に絡めて、アナスタシアは愉楽に喘いだ。
ティレルが告げてきたとおり。ティレルの動きに合わせて自分も腰を揺すると、
「ぅ、あ、」
ティレルの側からも堪えるような呻きが漏れる。
「ふふ……、」
自分はティレルに翻弄されているが、ティレルもまた自分に翻弄されていると知って、アナスタシアの満足は深まる。
「は、ティレル様、もっと……、私で、感じてください、」
「ッ、………」
既に頬を染めて汗ばんだティレルの顔が、いっそう赤らむ。
組み敷くアナスタシアに、己の突き上げに腰の揺らぎを合わせながらそう言われて、ティレルはやがて満足そうに微笑んだ。
「ふ…、利くな……、お前の『色仕掛け』は…、」
自分の中でティレルの竿が大きくなったのがアナスタシアには察せられた。
「あ、ティレル様、おおき……っ、はぁっ、」
アナスタシアの尻を持ち上げて己に引き寄せ、ティレルは更に奥深くを穿とうとしてくる。
「あ、」
「最後まで、いくからな…っ、」
「ン、ぁ、……わ…かりましたっ…、ひぁ、あぁッ、」
「ん、もうちょっとだ、くっ…、」
ぐちゅぐちゅと接合部で淫靡な水音がする。
「はっ…は、あぁ、」
互いの荒い息が顔にかかり、汗と汗、熱と熱が混じり合う。
「あぁ、ティレル、様、」
ティレルによってアナスタシアはもうとっくに快楽の際に追い立てられており、愉悦の波が幾度もアナスタシアを襲う。
「はっ、ひぁあ、ぁ、ティレル――――」
「!」
その名は自分にとっては全能の魔法のような言葉だ。
敬語をつけずに呼ぶことは滅多に無い。
『死に戻り』の最中で一度だけ、そのように彼を呼んだ。
肉体から飛び去った魂がどこか傍で聞いている筈、と、そう思って。
「――――アナスタシア」
過去、自分の呼び声に答える者はなかった。
今は、目の前の彼が答え、口づけを落としてくる。
「は、ふ、ンふ…、あぁ、」
生きている『彼』の、生をもっと感じたくて、彼の体を抱き締める。
「アナスタシア、」
キスの合間に掠れた声で名を呼ばれる。
「あ、ぁ、う、」
ティレルの腰のうねり方が変わって、アナスタシアの快楽の源を的確に突いてくる。
「ひぁ、あ、う、ティレル、もう、イっ……、」
「ん…、いいぞ……、」
荒っぽい言葉だが口調はごく優しく。唾液に汚れた薄い唇の端には微笑を上せ、ダメ押しのように、同じ場所をもう一度突いてきた。
「ッ、ふぁ、あ………!」
「ぅっ、く……!」
アナスタシアの場所がビクリと震えるのと、ティレルの竿がドクリと脈打つのはほぼ同時だった。
「う、ン、あぁ……ぁ………!」
己の内奥でティレルの熱が爆ぜているのがわかる。
その全てを堪能しようというように、快楽の奔流がアナスタシアの体の隅々にまで伝わる。
「あっ…はぁ………、ティレ……、っ…」
愉悦の波が幾度も繰り返し押し寄せて、やがて引いていく。
「アナスタシア」
「………、」
瞬きで汗と涙を払って紅玉の目を開き、自分を抱くティレルの顔を見上げる。
その声で名を呼ばれる都度。
『いい名だな。もっと呼んでやれば良かった』
存在しなくなった過去の彼と、目の前で自分を見下ろす今の彼。二人の事績が心の中で積み重なって、自分の裡に一つの愛の形を作り上げる。
「ティレル様、」
枕の上に落ちていた頭を上げて、彼の唇に口づけた。
「ンふ……、」
ティレルの唇と舌がアナスタシアに応える。
頭の下に彼の手が差し入れられて、首を支えてくれた。
(ティレル)
その名は自分にとっては愛そのものだ。
「泣いてるのか?」
唇を離して、目の前の彼が尋ねてきた。
その紫の目も少し潤んでいるのは、愉悦の熱だけが理由なのか、どうか。
「いいえ」
アナスタシアは首を横に振って、腕を彼の首に絡めた。
アナスタシアの額は彼の顎に触れて、互いの顔は見えなくなる。
「貴方を愛してるだけです」
アナスタシアは小さいがはっきりした声で告げる。
「……………、」
ティレルの喉が息を強く吸い込んで止まる音が聞こえた。
きっと彼の顔は、いつも通り、酷く真っ赤になっているだろう。
そして言葉は出てこなくなっているはずだ。
だがその腕は。優しくアナスタシアの背に回され、それでもしっかりと抱き締めてくれた。
(幸福だ)
しみじみとそう感じているところへ。
ようやく落ち着いた、というような気配でティレルが囁いてきた。
「お前に愛されるってのは格別だな。俺は幸せだ。
俺も。
お前を愛してるぞ、アナスタシア」
「………はい。私も幸せです、ティレル様」
「……相変わらず『様』つきなんだな。いいけどよ」
クスクスと笑いながらティレルに突っ込まれる。
背に回されていたティレルの手が、アナスタシアの頭や首をも優しく撫でてくる。
連れ込まれた見知らぬ部屋の外では、相変わらず不穏な夜が続いていたけれども。
愛する者の腕の中で、アナスタシアは安心して彼に抱かれていた。
| 【6】(完) |