ティレルの鋭い指摘は続く。
「初手の頃お前が臭わせていた『条件交渉』なんて迂遠な魔法の使い方は、お前の本当の能力とその限界を隠すための目眩ましだったんだな。
今みたいに別人に化けているところから見ても。ある種以外の魔法なら、お前はかなり自由に扱える」
「………………」
一転して用心深さを露わにし、警戒の表情を見せる魔女にティレルは重ねて言葉を紡ぐ。
「大陸一の邪悪な魔女。ヒストリカに仇なす究極の悪。破滅の魔女ってそういう触れ込みだろ。俺だって、お前のやり口を直接見るまではどんな魔法も恣に使えると思い込んでた。お前だけじゃなく、その影響を受けた『魔女の道化』にされた奴でさえも、殺しの魔法が使えるってな。
だがそんなことはなかった。
俺が見てきた中で、お前が直接命を奪ったのはサミー・ティペットだけだ。それも、まずサミー側から死を望む申し出があって、魔女と契約を交わしてこそのことだ。
お前はルーシェン殿下を殺すために、わざわざサミー・ティペットを『魔女の道化』に選ばなくちゃならなかった。リンゼル家全員を惨殺させるためにも、マヤ・カークランドを唆して『魔女の道化』に据えている。
そして今。わざわざ契約条件など作って俺を死なせるためにここにやってきている。
ナイフ一本で、人間なんて簡単に殺せるのに。
なのにお前はナイフを魔法で投げてくることも、手に持って俺に突き立てることもしない。他人を操ってナイフを持たせ、それで俺を殺そうとすることさえしない。操るまでもない。裏路地の連中に金を掴ませりゃ、いくらでも殺人依頼ができる。まあそれで俺が殺せるかはまた別の問題だけどな。
お前がここからアナスタシアを動かしたくてうずうずしてるのに、魔法や他人を使って俺を殺しにかからないってことは、お前は手を汚したくないから殺人を避けてるんじゃなくて、
どんなに殺したくても、お前は人間を直接殺せないようにできているんだ」
「――――――」
感心とも敵意ともつかぬ感情が破滅の魔女の表層に浮き上がる。
「合ってるかどうかは答えないよ。僕には世界の存続よりも重たい守秘義務があるんでね。ただ……言わせてもらうと。
さすが王家の『猟犬』。たくさん人間を殺してきた奴の物の見方は違うね。人間の壊し方をよく知ってる。弟子入りしたいくらいだよ」
「――――赤毛を壊すためにか? あいつの人生に悪干渉することで、お前にはどんな旨味が生まれるんだ?」
魔女の揶揄にティレルは動じず、むしろ指摘は怜悧を増していく。
「奇妙だよな。『魔女裁判』の関係者は赤毛の知り合いばかりだ。ルーシェン殿下を殺し、赤毛が憎んでるコンラッド、帰属組織のクライオスや騎士見習いのヒヨコ共を『被告人』に仕立て、メイドのマヤ・カークランドを『魔女の道化』に据えて生家の人間を殺させ、赤毛の精神に揺さぶりを掛ける。
ということは、だ。一つの推測が立つ。『魔女裁判』自体、本来は、お前が赤毛に対する嫌がらせとして起こしているイベントだ、ということだ」
「………卑小な言い方はやめてくれるかな。
君のちっぽけな人生観では思い及びもつかない大事な計画が、僕にはあるんだよ」
破滅の魔女が苛立ったように言ったがティレルは言を止めない。
「しかも経緯を見るに、基本的にお前は、赤毛を虐められれば『魔女裁判』の勝ち負けすらどうでもいいって感じだな。
例え負けたって、子供のサミー・ティペットを処刑させて赤毛を泣かせたり出来れば上々なんだ。お前の所為であいつを夜通し慰めるハメになった。
俺が紳士でよかったよな。
……俺がもうちょっと手が早かったら、赤毛は魔力を喪ってたとこだぞ」
ニヤリと露悪的に笑うティレルに向かって、破滅の魔女は厭悪の表情を向ける。
「だから嫌だったんだよ……君があの子を面倒見るの。
君と変態王子であの子を挟んで、魔力を無くすような目に合わせないかずっと心配してた。そんなことされたら僕の計画が台無しになっちゃう」
破滅の魔女の言葉にティレルは唸った。
「……人を色魔みたいに言うな!
しかしそうだな……お前の計画って奴が問題だ。
疑問なのは、なんでお前ほどの強力な存在が、赤毛一人嫌がらせする為だけに『魔女裁判』なんて派手なイベントを起こしてるのか、ってことだ。
あの空間を作り出したり、人間を宙に浮かせたり別人に化けたり、お前自身の能力はいわゆる人智を越えている。
……だが赤毛はただの人間だ。少なくとも肉体はな。
コンラッドの命令であいつを拉致した際に、ひょっとしたらと思ったが……、別に、睡眠薬も自白剤も赤毛は普通に効いたからな」
破滅の魔女は不審げにティレルを見た。
「もしかしてわざと薬盛ったの?
最低だね。ビョーキだよ、君。
好きな女の子に、どれくらい毒が効くか試すとかある?」
ティレルも負けじと応酬する。
「ビョーキとか、魔法の限りを尽くして女一人を虐めまくってるお前にだけは言われたくねえぞ。
ある程度は仕方ないだろ。俺が『魔女裁判』中に赤毛に飲ませたイシク・ルクフラムスはそれくらい効果が特殊なものだ。その手前で、お前と契約を交わした途端にあいつの心臓が止まりかけたことも含めてな。
あいつには……俺達普通の人間とは違う部分が確かにある。
だがそれは、破滅の魔女と呼ばれているお前のような人外の業とは、やや別の方向性を持っているらしい。
赤毛は自分自身を『魔女』ではない、と言っていたが、それは無論『破滅の魔女とは違う魔力がある』という文脈で語られるべき言葉だ。
処女性が必要というのも不思議だ。
宗教的にはわからなくもないが、魔女の実際の能力の有無を左右するものとしては抽象性が強すぎる。そもそも目の前のお前に処女性とか絶対不要そうだしな。同じ『魔女』なのに、なんで赤毛だけバージンでなきゃいけないんだ?
だがお前の焦り様を見るに、あいつが魔力を発揮する為には本当に処女である必要がありそうだ。
で、嫌がらせはするくせにあいつの魔力は喪わせたくないお前は、その所為で、あんまり苛烈な肉体攻撃を赤毛には仕掛けられない。男に赤毛を襲わせてうっかり犯されでもしたら元も子も無いからな。だから嫌がらせは『魔女裁判』になるし、俺のように赤毛に興味を持つ男が傍にいることにもピリピリせざるを得ないわけだ。
だってなあ……口移しで薬飲ませるくらいでな。
お前、ある意味では、赤毛に纏わり付いてたウザ姑メイドのマヤ・カークランドとだいぶキャラが被ってるぞ」
「被ってないっ! 失礼なこと言わないでよね! 嫉妬じゃないって言ったでしょ! あとホントにコンラッドはやばかったんだからね!」
「そうだな。そこは俺も認識した。
今現在あいつを処女のまま逃がすのは相当な高難度だ。
それとコンラッド殿下な。
いや……正しくはノイシュバーンと言うべきか。
お前は何らかの目的があって、それを果たす為に赤毛に嫌がらせを続ける必要がある。だから赤毛を侮蔑するような言動を常に取るんだが、
……どういう訳か、それができなくなるタイミングが度々ある」
「………は…? 何だって……?」
「ノイシュバーンが絡むときだ」
「! ………」
もはや破滅の魔女は殆ど余裕を失いつつあった。
射抜くような目で睨まれながら、ティレルは言葉を続ける。
「サミーの裁判で。
赤毛との契約に乗っかって、お前は『女神の末裔である自分には魔女の魔法など効かない、眠りの魔法など効かない』と言い張るコンラッドを空中に吊り下げて見せた。
少しぶら下げりゃ充分だったんだが、お前は吊り上げたコンラッドをなかなか下ろそうとしなかった。赤毛や俺に挑発的なことを言って、殺すよう唆してきたな。
お前は俺と契約したときに俺の心の中を覗いて、俺の中にノイシュバーンへの憎悪を見つけた。赤毛は元よりコンラッドを酷く憎んでいる。だが、『破滅の魔女は恣意的に殺人を犯せない』ことを鑑みると……、
あの場で最もコンラッドを殺したかったのは俺でも赤毛でもなくお前だったって事になる。
女神の末裔を詐称するコンラッドを本当は殺したいが自力では殺せないから、俺たちに『条件契約』の形で助力を仰いだって訳だ。
これは『魔女裁判』の目的、つまり『赤毛への嫌がらせ』にはそぐわない行為だ。だから違和感があった。
最大の違和感は何と言ってもリンゼル家の虐殺だ。
あの家には『時すさびの薔薇』が保管されていて、俺と赤毛、コンラッドの間で賭けの対象の獲得品となっていた。もともと勝者はコンラッドしかいない賭けだ。『時すさびの薔薇』を赤毛が何事も無くリンゼル家から盗み出しても、それでコンラッドが俺と赤毛を解放する訳がないからな。危険すぎるからやめろと俺は赤毛を止めたんだが……、赤毛は出かけちまった。
実際には赤毛に先んじたマヤ・カークランドが『魔女の道化』としてリンゼル家の人間全員を虐殺していた。お陰でコンラッドとの賭けは有耶無耶になり、翌日の『魔女裁判』に魔女に選ばれた異端審問官である俺や赤毛を出席させるほかなくなって、コンラッドが俺たちに危害を加えることができなくなった。……あそこでお前の魔法に守られたのは赤毛だけじゃなくて俺もなんだな。完全な結果論だが。
そしてマヤ・カークランドの『魔女裁判』で……、ヒストリカの歴史を揺るがす重大な事件が起きた。
現国王が『時すさびの薔薇』を咲かせられなかったんだ。
俺にとっては疑念が的中した瞬間、赤毛にとっては俺をコンラッドから解放した瞬間。
そしてお前、破滅の魔女にとっては……。
最初からお前だけが知っていた事実が、民衆の前にようやく明るみに出た瞬間だ。
お前は〈現国王を『魔女裁判』に参加させる〉という、一見とんでもない赤毛の条件契約に乗ることで……、
ノイシュバーンへの『復讐』を果たした。
実際あれで、ヒストリカ王家の威信は地に落ちた。
しかしそれも、『赤毛に嫌がらせをする』という『魔女裁判』の開催目的とは実際にはそぐわぬものだ」
「………………」
ティレルの指摘はよほど正しく、同時に破滅の魔女の心を抉ったらしい。
破滅の魔女は黙りこくったままになった。
「ノイシュバーンが絡むと、お前は赤毛への嫌がらせよりノイシュバーンへの復讐を優先させちまう。『魔女裁判』は俺から見ても大がかりな魔法だ。今回も、本来はさっさとマヤ・カークランドを追い詰めて、赤毛の精神を揺さぶる為の場になる筈だった。
だがお前は条件契約とはいえ国王を『被告人』に据えることに同意した。『条件が合わない』と断ることもできるんだから、……お前は赤毛に嫌がらせすることよりノイシュバーンに嫌がらせすることのほうを、本来は望んでいるはずだ。
あくまで比較の問題なんだが、ノイシュバーンよりは赤毛のほうが好き、と言い換えることも出来る」
「……詭弁だね。僕はあの子を………」
「少なくとも憎んではいない。……いや、本当は憎みたいが、場合によってそれができずにいるのかもな。
サミーの裁判の時のように。うっかりコンラッドあたりが壇上に現われると。……俺と赤毛、そしてお前の波長が少しばかり揃ってしまうんだ。ノイシュバーン嫌いという、共通する感情によってな」
「………………」
「ノイシュバーンがハッキリと女神の血を引いていない事が分かってから、俺もその件について考えた。
ヒストリカ王国が排除する『魔女』とは何か、と言うことを。
勿論『魔法』を使った、と言う触れ込みで異端審問官に密告される奴らはいる。だがそいつらは大抵の場合ただの人間だ。
一方で俺がコイツは確実に『魔女』だ、と思えた奴は二人だけだ。
破滅の魔女、つまりお前と、あの赤毛だ。
不思議なことに、お前ら二人の有り様は全然違うのにな。
『魔女』の存在がヒストリカ王国にどう働くかを考えたとき――――」
「ああ、ああ、あぁ! もう、いいから!」
尚も言い募ろうとするティレルを、破滅の魔女が遮った。
「ちょっとさあ! ……僕いいかげん痺れを切らし過ぎて膝の貧乏揺すりが止まらないんだけど!?
時間がないって言ってるでしょう?
もうすぐあの子がここに来るから、それまでに。
僕と契約するなら死んで!
契約しなくても死んで! 今すぐ。さあ!」
「ダメだ」
ティレルの返事はにべもない。
「んねえええ! 早くあの子に君を諦めさせないと、逃げ出す時間すらなくなっちゃうのにっ!」
「時間が無いのは知ってるが。
だが確かめてからだ。お前の言ってる『逃げる力』が本当に赤毛にあるかどうか、直接あいつの顔を見る」
「はぁあ~あ? どういう魔法の力なのか、今までアナスタシアから教えて貰えなかったんでしょ? 君は信頼されてないんだよ。今更あの子から何か聞き出せる訳ないでしょ」
「あいつからの信頼はあるさ。……むしろ、あんなに他人を信じやすい女は見たことないくらいだ。
別に赤毛の魔法そのものを聞き出す必要はない。あいつの顔を見さえすればわかる」
破滅の魔女は納得しない。
「なにその自信。コンラッドの部屋であの子に八つ当たりして泣いてメッソメソだったくせに」
ティレルは呆れて破滅の魔女を見た。
「なんで知ってんだよ……ホントにお前は変態ノゾキ趣味の赤毛ストーカーだな。
だからあいつに嫌われるんだ」
「何度言ったらわかるの!? 嫌われて上等なの! あんな猪突女のことなんか、好きでもなんでもないし! 次似たようなこと僕に向かって言ったら、本気で吐くからね! 君に口を向けて! 頭の上から!!」
「……否定すればするほどボロが出るように見えるけどな」
最後まで破滅の魔女に嫌がらせ的な突っ込みをして、ティレルは黙る。
(サミーの『魔女裁判』直前と同じ表情をしていたら……あいつには手はないってことだ)
(だが王城の、コンラッドの部屋にいたときと同じ顔をしているなら……)
教会の入り口に、よく見知った姿が現われた。
短い赤い髪が、出入り口の風に揺れている。
(……あいつ結局、最後の裁判まで翼騎士団の衣装のまんまだったな)
アナスタシアが緋色の垂れ布を翻して、軽快な足取りでティレルの元に近づいてくる。
「………これが最後だからね! 次はないから!」
舌打ちをして、破滅の魔女はアナスタシアから隠れるように姿を消した。
| 【4】(完) |