TEMPEST魔女TEMPEST魔女【小説】二次創作

祝福の庭【6】

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 王宮の庭の芝生を踏んで歩きながら、恋人達も似たような話をしていた。
「本当にコンラッドは殺さなくていいのか?」
「………やめてください。アイツやイシュと同じになりたくないし、ティレル様が私が誰かを殺すのを止めてくださるように、私もティレル様には誰だって殺して欲しくはないです」
「……………そうか。わかった」
 あっさりと引いたティレルを、アナスタシアは疑わしげに見上げた。
「…………私に相談ナシで、いきなり殺しに行くのもやめて下さいね」
「ああ? そんなことする訳無いだろ」
(嘘だな………)
 アナスタシアの視線を完璧に無視して、ティレルは話題を切り替える。
「だったらお前の継母から落としにかかるか」
「えっ?」
「こっちはお前に止められてもやめねえぞ。調略としてのコンラッド殿下の追い落としもな。これは即位を目指すルーシェン殿下と俺が単独で結んだ契約だから、お前が感情を差し挟む余地はない。人身売買にお二人が絡んでる証拠は掴んだ。後は告発時期を計るだけだ。ルーシェン殿下には『証拠はこれから掴む』とお伝えしてあるが、実はその必要は無い。
 お前がリンゼルの屋敷で頑張ってた間に、使えそうな証拠品はあそこから全て盗み出して安全な場所に保管してあるからな。俺に何かあった時にはクライオスやゼンが使えるよう手配も済ませてある」
「えぇっ!?」
 信じられなくてアナスタシアは声を上げた。
 自分がリンゼル家の屋根裏で結界を張って潜んでいたのは三ヶ月も前だ。
 恋人の驚いた表情を見て、ティレルは呆れたようにアナスタシアを見下ろした。
「お前な。この俺が三度も四度も小娘一人の説得に貴族の屋敷に足を運んで、空手で帰ると思うのか? 密偵素人のゼンが男三人連れ込んでも全然警戒が高まらねえザル警備屋敷だぞ。間取り掴んで合鍵作って文書庫に忍び込んで目標物発見まで三度ありゃ充分すぎる。
 あんまりチョロいから四度目には、お前がやっとあの屋敷から出て行くのと同時に、金庫も開けて、お前名義のめぼしい財産文書を全部運び出した。お前は成人してるし、銀行にも法律家にも話を通してあるから、いつでも自由に使えるぞ。
 三ヶ月かけて、リンゼル家そのものにも揺さぶりをかけている。まずは王宮の財務書類の不備を指摘して、王家からの金の流れをストップさせた。リンゼルの屋敷内には、それが公的資金の横領が原因だと思い込ませるような噂を流してる。今頃はどんどん使用人がやめて、後釜が見つからなくて困ってるだろうな。
 お前の実母が遺した娘名義の信託財産を、お前の実父と継母はかなり使い込んでる。私文書偽造、私有財産横領で明日にでも公式に訴え出ることが可能だ。お前の財産横領に手を貸した秘書や弁護士、銀行員も名前は掴んだ。その内の幾人かは行方をくらましたし、幾人かは証人喚問の際には証言台に立つことを約束させてる……そいつらの告発を免除する代わりにな。
 ただ、実際には告発する必要すら無い。婚約者の俺がお前の実父のとこに乗り込んで、そういうわけだから事が露見する前にアナスタシア・リンゼル嬢に家督を譲れと言えばそれで終わる。お前が実権を握るなら、エヴェリーナ様はリンゼルの館にすらいられなくなるだろ。別居させられれば離縁まではあっと言う間だ。お前と彼女は他人に戻る」
「っ………」
 アナスタシアは背中に冷や汗が湧くのを自覚する。
 ティレルの仕事の速さを今まで忘れていた。
 怜悧な紫の目がアナスタシアを見下ろし、薄い唇が笑って見せる。
「準備はもう終わってる。
 その気になりゃ、一週間で『アナスタシア・リンゼル女侯爵』を誕生させられるぜ。
 ……どうする?」
「ど………どうするって………」
 アナスタシアは言葉を失った。
 恐怖に似たものが喉までせり上がる。
(私。とんでもない人と婚約してしまったんじゃないだろうか)
「なんだ? 早くも後悔してんのか?」
 揚げ足を取るようなティレルの言葉。
「言ったろ? 『俺を選んだことを絶対後悔させてやる』って」
「ッ………今回はまだ聞いてません!」
 アナスタシアは思わずそう喚いてしまった。
「カッカッカッカッカッ!」
 ティレルは嬉しそうに高笑いする。
「過去に俺はお前に言ったことがあるんだな……いやーさすがは俺だな! 効率よくて楽でいい!」
「ちっとも良くないです!」
 目の前のティレルが『死に戻り』最中の記憶を持つはずが無い。なのに時折、言葉の端々に、別の過去の彼が顕れる。
 それが露見するたび、なぜだかティレルは嬉しそうだ。
 しかし今、その事について考えている暇はアナスタシアにはなかった。
 ――――『女侯爵』だなんて。
 愛人とか婚約とか結婚とかの次は、息つく暇も無く家督の話になってしまうというのか。
 アナスタシアは再び頭を抱えたくなった。
 恋愛から離れた途端、ティレルの思考や行動はペースが速くなりすぎて、アナスタシアには全く追いつけなくなってしまう。
(……いや、待てよ)
 しかしこの件について、そもそもティレルのスピードに乗る必要は無い、とアナスタシアは気づく。
 ティレルと一緒にいることと、どのような形で一緒にいるかということ――――愛人では無く婚約者という形を二人で選択した訳だが――――この二つはアナスタシアにとってはとても重要なことだ。だが、
(よく考えてみたら。
 ティレル様とどういう関係を結ぶのか、という事に比べたら。
 リンゼル家なんかどうでもいいな。私にとっては)
 自分が侯爵になってもいいし、ならなくてもいいし、ティレルが女婿になって侯爵家を継いでもいい。
 例え潰れても構わない。使用人が路頭に迷うことになってしまうので、そこについては気を遣わなければならないが。
 自分がなりたい職は決まっている――――三週間後に就任式を控えている、翼騎士だ。
「――――決めました」
「おう」
 アナスタシアはあっさり放り投げることにした。
「そちらはティレル様にお任せします」
「あ?」
 怪訝な顔になるティレルに向かって、
「リンゼル家とか、そこに遺された私の財産とか、それこそどっちでもいいというよりどうでもいいので。ティレル様のお気の済むようにして下さい。
 継母エヴェリーナのことも、ティレル様とルーシェン殿下の間で話がついているのなら、私は口を挟まずお二人にお任せします。
 私は翼騎士になって、騎士団で貰うお給料だけで暮らしますから。
 敢えて申し上げるなら。
 自分がリンゼル侯爵になることはあまりピンと来ないので、……ティレル様が私の夫という立ち位置で継いでは如何でしょうか――――ルーシェン殿下の補佐として、侯爵の肩書きが役に立つとあらば。でも私は、夫になってくださるティレル様が平民のままでも一向に構いません」
「……………………」
 三秒ほど考え込むようにアナスタシアを見ていたティレルが、ふっと相好を崩した。
「お前は欲が無いな。本当にそんなんでいいのか」
「ティレル様も似たり寄ったりでしょう」
「………どうかな。お前が望めばヒストリカの王冠だって頭に被せてやるのに」
「重たすぎます。イシクの指輪だけで充分です」
「継母のことは本当に何とも思ってないのか?『魔女の道化』だったときは殺しに向かう程度には憎んでたんだろ?」
「……今も、心の何処かに憎悪が無いと言えば嘘になるでしょうね。でも。
 ……彼女は、私にとってのティレル・I・リスターに相当する人を人生で持つことのできなかった、可哀想な人なので」
「! …………………おまっ…反則だろ、それは……、」
 ティレルは顔を赤くして一気に弱る。
「ふふ」
 アナスタシアは微笑んで、
「私、結構視野は狭いほうなので。目に映る風景に、継母がいなければそれで充分です。
 ルーシェン殿下やティレル様がイシュへの対処を考えて私を説得して下さって、あの屋根裏部屋から出ようと思うことができて。
 ――――あの時に、リンゼルの家や継母は完全に過去のものになりました。
 私が生きていく場所はここではない、そう思えたのです。
 あの後はルーシェン殿下にこの王宮に招いていただき、暫く過ごしましたが……
 私が生きていく場所は王宮でもありません。

 私にも欲はあります。
 無欲だったら、あんなに何度も『死に戻り』なんてしません。
 何度も死んで、時を遡っていく中で。
 自分で掴んだものや捨てたもの、どうしても手放したくないものがあるんです。

 ティレル様。
 私が生きていく場所はティレル様の隣り。
 自分の足で立つ位置はティレル様の傍ら。
 そう決めています。
 そのことについて、――――後悔なんてしません」

 赤く輝く意志の強い瞳がティレルを見る。
 自分の腕の中にいても尚、アナスタシアに圧倒されるものを感じて、ティレルは目を瞠った。
「アナスタシア――――」
「はい」
 自分にとって大事な名前を囁くと、その持ち主が返事をしてくれる。

「ティレル様の行くところ、行きたいところに私はついていきます。
 王宮でも異国でも森の中でもリンゼル侯爵家でも」
「………あんまり俺を好きにさせると。お前が思うよりとんでもないところにお前を連れてくかも知れねえぞ」
「好きにさせるとは言ってません。
 ――――コンラッドの暗殺とかはナシですよ」
「………う。
 お前もいい加減しつこいな……」
「ティレル様は先回りが得意ですから、早すぎるくらいのうちに釘を刺しておかないと。
 ティレル様はやりすぎてしまうので心配です。
 ………それに。そう思ってるの、私だけではないと思いますよ」

 アナスタシアはそう言って、だいぶ近づいてきた王宮のバルコニーに目をやる。
 アナスタシアの視線の先で、ルーシェン、クライオス、ゼンが立って二人を出迎えていた。

「エスコートも様になってきたじゃねえか。アナスタシアの肩掴んでフラフラしてんのを見たときにはどうなることかと思ったが…」
 煙草を吹かしながらゼンに面白げに揶揄されて、ティレルはゼンを睨みつける。
「……やっぱ磔して、胸に杭刺したまんまにしとくべきだったな、お前。呻いて寝っ転がってるときのほうが無害で可愛いわ」
「……お前本当に異端審問官の仕事が性に合ってるよな。そのサディスト嗜好を改めないと、アナスタシアに振られるぜ」
 ゼンとティレルとの険悪な冗談など全く意に介さず、
「アナスタシア殿! リスターとのご婚約おめでとうございます!」
「えっ?」
「あっ」
「おいこら!」
 空気を読まないルーシェンが不注意にも柔やかに祝いの言葉を述べてしまい、両脇でクライオスとゼンが慌てる。
(どうして? ティレル様と部屋で二人だけの時に話したことなのに)
 アナスタシアが戸惑う隣で、ティレルは全く驚いた顔を見せなかった。
「……やっぱ盗聴されてたか」
「ええっ! 盗聴!?」
 さすがのルーシェンもバツが悪そうに笑う。
「ああ……たまたまなのですが、部屋の仕様なのです。貴方がたの会話がこちらの部屋まで聞こえてしまいまして」
「つ……筒抜けだったんですか……!」
 夫がいいか愛人になりたいかなどとティレルに詰め寄ったり、大好きと叫んだりしていた全てを目の前の三人に聞かれていたとは。
 くらくらと眩暈を感じながらアナスタシアはようやく思い出す。
 そうだった……ここは元々そういう場所だった。久しぶりの訪問の所為で、王宮の魔窟ぶりを忘れていた。
(ど……どうしよう)
 狼狽えるアナスタシアに向けて、クライオスが以前と変わらぬ笑顔で話しかけてくる。
「俺からも婚約おめでとうと言わせて貰おう、アナスタシア。
 今後はティレルと私的なデートや会合や、例えばリンゼル侯爵家への訪問など翼騎士以外の衣裳で出かける機会も増えるだろう?
 お前に似合いそうなドレスを揃えてるショップのリストをティレルに渡しておいてやるよ。この間持っていった数々の服を『俺が』購入した店だ。役に立つと思うぞ」
「………あ、ありがとうございます」
(『俺が』というところ、幾分声が大きかったような)
 クライオスが言っているのは三ヶ月前、リンゼル家の屋根裏部屋で、襤褸服を着ていたアナスタシアにと彼が持ち込んでくれた、高価そうなたくさんのドレスのことだ。
(結局一枚も着なかったけど、そう言えばサイズはどれもピッタリだった……)
「おい、エロ笑い騎士。人のカノジョを勝手に妄想着せ替えさせるんじゃねーぞ。今後はな」
 ティレルは何故かクライオスにも噛みついている。
 クライオスは全く気にせず、笑顔のままで今度はティレルに向き直った。
「ティレル。アナスタシアの為にも、お前も今後は柄の悪い言い方は控えたほうがいいな。耳障りのいい言葉の使い方を今後はちゃんと教えてやるよ。
 そうだ、今のうちにお前にも伝えておこう。ティレル。
 アナスタシアには鮮烈な赤も無垢な白も似合うが、清楚な紺もはまると思うぞ。レースは多めでな。体型に添ったIラインタイプで、ドレス丈は長めがいい。ただあまり長裾だと歩きにくくなるからそこは考慮したほうがいいな。スリットが入るとぐっと艶が増す。ハイヒールはパンプスよりミュールのほうが似合うが、歩きにくい上に履き慣れてないし、石畳や坂道が多いからおまえがしっかりエスコートしてやって――――」
「黙れ! 脳内着せ替えはやめろっつったろーが、このスケベ騎士! 姉貴ばっかりで女の服に詳しいからって、上から目線のウザ笑顔でマウントかますな! それ以上コイツの体の話したら毒盛るぞ!」
 ティレルが険のある声で喚いてもクライオスの笑顔は揺るがない。
 再びアナスタシアに向き直り、
「アナスタシア。ティレルと婚約したと言っても、お前は俺の大事な部下だ。何か困ることがあったら、いつでも俺に言ってくれ。翼騎士団で毎日顔を合わせる訳だし、ティレルに言いづらいことでも、ドレスの話でも、あいつへの愚痴でも、俺は何でも相談に乗るぞ」
「は、はい。ありがとうございます」
(………何となく……)
 クライオス、ゼン、ティレルの、奇妙な悪友関係に勝手に巻き込まれているような気配がする。
 ティレルと共にいたところをマヤに見られたときも大変だったが、もしかしてこの面子で逢うときはもっと大変かも知れない。
(何より気持ちが落ち着かない)
 考えてみれば、過去の『死に戻り』でそれぞれに。
 愛情や慕情や、それに類するものを言いかけられたことのある男達なのだ。
 困惑した心境のまま視線を彷徨わせていると、ルーシェンと目が合った。
 彼からだけは、告白を受けたことがない――時々何か、過去でも現在の世界線でも、そちら方面について不穏な雰囲気になったことはあるような気はするけれども。
 ルーシェンはこちらを見て、いつものように柔らかく笑ってくれた。
「大丈夫ですよ、アナスタシア殿。みな貴女の幸せを願っていますから。貴女は自信を持って、日の当たる道を歩んでいけばいいんです」
「―――――」
 ルーシェン本人がいつもつけている太陽の紋章の如く。
 彼自身は非力なのに、いつもご自分のことは差し置いて、優しく私を励ましてくれる。
 彼はヒストリカの太陽、王となるべき人だ。確実に。
「はい。ありがとうございます。ルーシェン殿下。私も、殿下が王位を掴めますよう、及ばずながら、今後ご助力させていただきます。夫になるティレルと一緒に」
「! ……………」
 ここにいる皆が共有している既存情報を、王族への礼を尽くした言葉遣いで述べただけなのに。
 ピシリ、とその場の空気に鋭い亀裂が入った。

(『ティレル』と呼び捨てした…?)
(夫……本気なのかやっぱり)
(一緒に助力……もう身内扱いしてるのか……)

 衝撃と驚愕は言語化されぬまま、緊張となって周囲を漂う。
 誰が何にショックを受けたのかさえ判然としないままに。
 アナスタシアの腰を腕に抱くティレルでさえ、その手は強張っている。
「? どうしましたか? 四人とも」
「……………………………」
「ティレル様?」
 誰からも返事がないので、アナスタシアは恋人に顔を振り向けて無邪気に訪ねた。
「……………お前、ホント、時々凄ぇヤツだよな………………」
 褒めているのとは違う口調で、顔を真っ赤にしたティレルがようやく言葉を絞り出す。
「? どういうことでしょう?」
 暫くの沈黙の後、ゼンが肩を開いて苦笑した。
「………いや。いいぜ、お前は、そのまんまで。今後もずっとな」
 高い位置からゼンの長い腕が伸びてきて、アナスタシアの頭をぽんと撫でる。
「こら。触んな」
 アナスタシアの腰を抱くティレルが隣で唸ったがゼンはどこ吹く風だ。
「まっすぐで素直なのはお前の長所だよ。昔からな」
 クライオスが微笑して、アナスタシアの肩に手で触れる。
「アナスタシア殿。僕も、貴女の手をお取りしてよろしいでしょうか。子供の頃のように」
 ルーシェンがちゃっかりと、手袋手でアナスタシアの手を握った。
「こぉらー! 人の婚約者に触んなっつってるだろーが! どいつもこいつも図々しい!」
「私なら大丈夫ですよ、ティレル様」
「俺が気分よくねーんだよ!」
「今のがモラハラってヤツだ。覚えとけよ、アナスタシア。そんでもって許すな」
 ゼンが何やら異世界風の言葉を使った。
 それぞれに手を触れられた状態で。
 ルーシェンが口を開く。
「アナスタシア殿。我々は皆、貴女の導きによって此処に立っています」
「……、ルーシェン殿下、」
 そんなことはない、と首を振ろうとしたが、ルーシェン本人によって遮られる。
「僕、リスター、クライオス、ゼン……そして貴女。
 皆、貴女に救われ、助けられ、またある意味では貴女を救い助けることでそれぞれに報われてきました。皆、貴女に感謝しています。貴女が今後どんな人生を送っても、誰と生涯を共にしても、この気持ちが揺らぐことはありません。
 僕たちからの祝福を、受け取ってください。それぞれに、複雑な思いはありますけれど。でもそれも、貴女を思えばこそです。貴女を知らなかった頃より、貴女に救われなかった頃より、今の僕たちは遙かに幸福なのですから。
 ……それを一番実感しているのが、リスターだと思います」
「! ………………」
 アナスタシアが目を見開いた傍らで、ティレルが息を飲んだ。
「彼は今の世界線での立ち位置が僕らより遠く、その事によって貴女との関係性に於いては相当悩んだことでしょう。でも最終的には、彼も僕たちと同じ、貴女の信奉者です。僕たち四人の間には微細な差異しか無い。貴方達の関係について、僕たちはお節介もしましたが、アナスタシア殿とリスターのこれからを全員で応援していますよ」
「ありがとうございます、ルーシェン殿下」
 二人の恋を歓迎していると明言されて、アナスタシアの顔がほころんだ。
 ゼンとクライオスは当然ながら、ルーシェンほどには諸手を挙げてアナスタシアとティレルの恋を歓迎は出来なかったが、友情と大人としての分別が、ティレルへの険にようやく勝った。
 アナスタシアに触れたまま。
 男達の視線はティレルに注がれる。

「泣かすなよ」とゼン。
「心配してる訳じゃないが、今後アナスタシアを守ってやってくれ」とクライオス。
「リスター。アナスタシア殿を頼みます。貴方と彼女で、同じ幸福を掴んでください」とルーシェン。

「………………」
 言われたほうのティレルは反応を見せずに無表情で佇んでいた。
 お人好しどもめとか何か企んでるのではとか、そうは言っても嫉妬はするくせにとか、様々な感情が彼の体の中で渦を巻いていたに違いないが、
「ティレル様」
 三人から手を離されたアナスタシアが、くるりと体を返して半身ほどティレルに向き直った。
 喜びで頬を紅潮させて、ルビーの如く煌めく瞳で見上げてくる愛しい存在。
 ここでギャラリーの『期待』、いや正確には『煽り』に応えなきゃ、アナスタシアの隣にいる資格はねーな。
 覚悟のついたティレルはアナスタシアを引き寄せて、顔を寄せる。
「ん……」
 唇と唇が触れ合う。
 周囲から、「おお」という冷やかしとも失望とも歓声ともつかぬ声が上がった。
 アナスタシアも躊躇いもなく、ティレルの首に両腕を回してキスに応える。
 羞恥を感じたのは最初だけだ。
 恋人達はすぐに、互いの接触に夢中になって、傍にいる三人のことを意識から閉め出した。

「見事なハッピーエンディングだな」
 ゼンが溜め息と共に呟く。
「童話物語みたいな結びだよな。肩書きが全書き換えになって、玉の輿に乗るように見えるのは男のほうだが」
 クライオスが笑いながら言う。
 一抹の寂しさもあるが、友人が恋を成就させる喜びもその表情には混じっている。
「終わる訳じゃない。今後もずっと続いていく物語なんだ。
 ………ページを前にめくり、話を戻していくことはもうない。
 ただ未来へと、書き継がれていく。そんな物語だ」
 微笑しながらルーシェンが応じる。

 

 

 王宮の、白亜の壁に沿って流れる風が、アナスタシアの赤い髪とティレルの黒い髪を縒り合わせ、靡かせる。
 ティレルの首に添わせたアナスタシアの左手の指には、イシクの指輪が填められ、陽の光を明るく弾いていた。
 幸いある未来だけを求めて。
 恋人達の物語は今始まったばかりだ。

 

 

【終幕】