TEMPEST魔女TEMPEST魔女【小説】二次創作

甘い罰【1】【R18】[全4話完]

2024/12/17【全4話/完結】【R18
ティレル×アナスタシア[処女]/『徒花ⅡまたはⅢ』
異端審問官官舎・執務室
【1】【2】



「おい、気をつけろ、赤毛。無理すんな」
 ティレルの執務室に部屋の主の声が響いた。
「大丈夫です、リスター審問官」
 アナスタシアは平然と答えて、書架の一番高い棚にある本を取るため、書棚に立てかけた梯子を軽々と上っていく。
「翼騎士団ではガルダの背に乗っていましたから、高所恐怖症でもないし、バランスを取るのにも慣れています」
「言ったな。心配してやったんだから絶対落っこちんなよ。落ちたらペナルティだからな」
「了解しました」
「まったく……まさしく赤毛ザルだな」
 自信に相応しく、梯子の上のアナスタシアの動きは身軽で危なげもない。
 下から見上げる自分が不安に駆られるのは理不尽だ。そう感じてティレルは自分で自分に腹を立てる。
(しかもあいつ……無自覚なんだろうが)
 アナスタシアが履いているのはスカートではないが、下から見上げればそこそこ服の下が覗けてしまう。
(他の奴らが既に帰宅した後でよかった)
 就業時刻はとっくに過ぎている。官舎に残っているのはアナスタシアとティレルの二人だけだ。
 おかげで誰にもアナスタシアの今の姿を見られずに済む。
 アイツの太腿……随分美味そうだもんな。異端審問官は男所帯だっつうのに。
 アナスタシアが本の捜索に夢中になっており、尚且つドアからは誰も入ってこないとわかりきっているのをいいことに、ティレルは何の遠慮もなく、梯子下からアナスタシアの脚を思う存分見つめていた。
「あった!」
 やがてアナスタシアが声を上げた。
 目指す本を見つけ出したらしい。
 それはかなり古い時代の裁判の記録で、近年は類似した判例がなかなか無い。
「参考になるか、そんな古書」
 ティレルですら懐疑的だったが、アナスタシアは、
「見つけられれば検討できますから」
 と自分で捜す、と言い張り、梯子を相棒に2時間も書架と格闘していたのだ。
(すっかり夜更けだ。付き合っていただいたリスター審問官には悪いことをしてしまった)
 アナスタシアはやや焦ってしまっていた。
 ようやっと捜し出した書籍は大判で、その上だいぶ劣化が進んでいる。
 悪戦苦闘して書棚から本を引っ張り出し、中身を確かめようと梯子の上でそれを開いた途端、
「あっ!」
 ページを閉じていた紐が切れ、書籍はバラバラに分解してしまった。
 しかも、
「わっ……わ、」
 ひとりでに解れていくページ群を掴もうと慌てたアナスタシアは、本の大部分は掴めたものの一部分は掴み損ね、その所為で体のバランスを崩してしまった。
(落ちる!)
「赤毛!」
 下でティレルが叫んだことは、アナスタシアには殆ど知覚できなかった。
(高所過ぎる。受け身は取るが衝撃を吸収しきれないだろう。悪くしたらどこかを骨折するか、もっと酷ければ―――)
 当たり所が悪ければ死に戻ってしまう。
 覚悟したアナスタシアだったが、その体が床にぶつかることはなかった。
「っ――――」
 己の体の落下が止まり、硬く冷たい床の代わりに熱のある温かみのあるものに体を包まれていると気づいた。
「リ、リスター審問官!」
 床に打ちつけられる直前にティレルが手を差し伸べて、抱きかかえてくれたものらしい。所謂「お姫様抱っこ」の状態だ。
(す、すごい)
 そこそこ高い処から落ちたアナスタシアの体を軽々と抱えて、ティレルの体はびくともしない。
 長身だがクライオスなどと比べればかなり細身で、膂力を感じさせるような印象は全然ないのに。
(しかも抱き留められるときに全然衝撃を感じなかった。リスター審問官の体は相当バネがお強いようだ)
「すごい。団長でもないのに…」
 思わずそう口に出してしまった途端に、アナスタシアを抱えながら不機嫌な表情をしていたティレルはさらに仏頂面になった。
「お前、ペナルティ2倍な」
「ええっ!?」
 唐突に言われてアナスタシアは動転する。
 そういえば落下したらペナルティだと言われていた。
「この執務室は俺の城だ。ここであのニヤけ野郎の話題を出したら処罰する。今決めた」
「そ、そんな、」
「但しあいつの弱味を俺にチクるんなら半分に減らしてやる」
「それは不可能です。クライオス団長に弱点などありません」
「また奴の名を言ったな。3倍だ」
「い、今のはリスター審問官が……!」
 抱っこされたままあわあわと焦っている間にアナスタシアはティレルの腕から下ろされ、無事に床の上に降り立つ。
 途端に、
「あいたっ!」
 ティレルに頭を軽く叩かれた。
「無理するなっつったろうが! この馬鹿!」
「あ、も、申し訳ありません」
「石床に頭打ちつけて死ぬのを回避すんのと、経年で破損した本拾うのとどっちが大事なんだ! 
 物事には優先順位をつけろ、瞬速でだ! 咄嗟に決める脳ミソが無いなら最優先事項は最初から頭に叩き込んどけ!
 ったく……こんなときなのにそんな古い本後生大事に抱えやがって」
「あ……」
 言われて気づいたが、梯子の上で引っ張り出した壊れた書籍を両手に持ったままになっている。
「本を手放せば手が自由になって、梯子に捕まるなりしていきなり落下するのは回避できたはずだ。そもそも本がバラけたときに、梯子上で無理に全部拾い集めようとしたのが失敗の原因だ。危険な場所では焦るな。むしろ慎重になれ」
「はい……」
「壊れた本の断片なんぞ拾い集めれば元に戻せる。人間はそうはいかねえぞ。俺がいつもお前の真下にいる訳じゃないし、真下にいたからってお前を助けたくなるとは限らねえからな」
 口は悪いが、この言い方は結構本気で心配してくれていると知れる程度には、アナスタシアはティレルが分かるようになっている。
「………はい。落ちてしまったことで、ご心配をおかけして申し訳ありません。
 助けて下さってありがとうございました」
「…………………ったく」
 ティレルが心なしか頬を上気させて舌打ちをする。
「んじゃ本はその辺に置いておけ。ペナルティを実行する」
「………」
 言われたとおりにアナスタシアは本だったものを床の上に積む。
 ペナルティとは何だろう。
「……鞭打ちか、そういった拷問の類いでしょうか」
 ティレルに尋ねると、奇妙にもその眉間に深い皺が寄った。
「……赤毛。お前は告発された『魔女』なのか?」
(……『魔女』、ではあるかもしれないけれど)
「いいえ。告発は誰からも受けていません」
「だったらお前を鞭打つなんてのは俺の管轄外だ。滅多なことを言うな。俺の仕事が増えちまう。
 ……それとも、そういう趣味なのか? 鞭で叩かれると昂奮するとか」
「! っ、え、いいえ、」
 からかうような声でティレルに言われて、アナスタシアは真っ赤になって否定した。
 異端審問官に配属される前、地下牢でティレルに脅しのように鞭で打たれた事がある。
 あの痛みを趣味で受けるなんて御免だ。
「でも、ではペナルティとは……」
「今考える」
 腕組みをして、ティレルは顰め面でアナスタシアを見下ろした。
「決めた。――――セクハラだ」
「………は?」
 何を言われたかもわからなかったアナスタシアを、ティレルは壁際に追い詰めた。
 ティレルの左腕がアナスタシアの顔の横を通って、掌が壁につく。
 ティレルが顔を寄せてきた。
 いつもよくする少し人の悪い笑顔で、……心なしか緊張しているようにも見える。
「これからするのは、………『医療行為』じゃねえからな」
「………え…、」
 戸惑う間にティレルの右手がアナスタシアの顎を捕らえ、
「ッ…、………!」
 唇が唇に降りてきた。
「っン………」、
 少し前、サミー・ティペットの『魔女裁判』で『医療行為』と称してティレルからキスを受け、薬を飲まされたことがある。
「っふ、」
 今回は口中に入り込むのは薬ではなく、
「! っ、ン!」
 ティレルの舌を歯の内側に押し込まれて、アナスタシアは思わず目を見開いた。
「んん………!」
 ティレルの男の舌がアナスタシアの舌を撹拌する。熱を持った唾液が混ざり合い、不可思議にも、体に甘い痺れが広がる。
(……さっき、抱き留められたときと同じだ……)
 ティレルの舌は力を感じるのにその動きはふんわりと優しく、「セクハラ」と言われたのにまるであやされているような気分になって、アナスタシアは唇を上下させてティレルのキスに酔った。
「っ……、は………、」
 暫くしてようやっとアナスタシアは口を解放される。
「……どうだ。ペナルティは利いたか?」
 潤みかけた紫の目に悪戯っぽい光を湛えて、ティレルが尋ねてくる。アナスタシアの顎にかけられたままの右手の親指が、そっとアナスタシアの唇から唾液を拭った。
「っ…、あ……、あの……」
 頬を上気させ、息を喘がせながらアナスタシアは正直に申告した。
「ペナルティというか……むしろ、気持ちよかったです」
「あぁ?」
 意外なことを言われたのか、ティレルが声を上げた。
「気持ちよがってたらセクハラになんねーだろうが! ……もう一度だな」
「えっ……、ン、ぅ……!」
 宣告通りティレルは再びキスを仕掛けてきた。
 今度は先程よりやや横暴だ。
 ティレルの左手で後頭部を支えられて上を向かされ、口が大きく開くように促される。ティレルの唇は横様にアナスタシアの唇に押し当てられ、無遠慮に入ってきたティレルの舌は、アナスタシアの舌に深くかつ強引に絡んでくる。
「っ…、んふ……、」
 戸惑いと、少しだけ感じた怯えに体が強張ると、それを宥めるようにティレルの右手が肩から背に当てられてきた。ティレルの腕の中で接吻を受けるような状態になって、口だけでなく鼻腔も視界も熱も触感も、全てがティレルで占められてしまう。
(どうしよう……ただひたすら気持ちいい……)
 辛かったサミーの『魔女裁判』の中で、ティレルに気遣われたり救ってもらった記憶だけが体内に浮き上がってきて、アナスタシアはティレルの意図に添うように体を寄せ、手を彼の胸に添わせた。
 誰かと癒着し、その存在に覆われ、あやされるように包まれている。
 そんな体験をするのは『死に戻り』前から換算しても今が初めてで――――思わず頼るように、ティレルに体を擦り寄せた。
「っ、」
 体の密着度が高まると、何故かティレルの体のほうがひくりと強張った。
「ン………」
 そんな緊張も。
 唇と舌と、体の接触で次第に解けてゆく。
「はっ…ぁ…んふ……、」
 ティレルが己の背や腰に触るように、アナスタシアもティレルの胸や腰に服越しに触れる。
(細身なのに……意外に、筋肉質だ。しかも柔らかい)
 自分が八年間属していた翼騎士団は、いい意味でマッチョ気質の組織だった。女性であるアナスタシアを抜きにしても、筋肉を鍛え合い、シャワーの場で見せ合うようなことが平然と行われている。団長のクライオスを始め彼らの体は固く岩から切り出したような体型になることが多く、今触れているティレルの体は見慣れたそれとは一線を画しているように思えた。
(リスター審問官が振るう、鞭のように…しなやかだ。まるで細身で大型の、ネコ科の野性獣……言わば豹のような……)
 皆と同じように体を鍛えてはいたが、女の身ではどうしても筋力が及ばないことが多く、その所為でアナスタシアは、男性の体をついじっくり観察してしまう肉体フェチなところがあると自覚していた。
 ティレルの、先程梯子から落下した自分を抱えてくれた二の腕や脇腹。
(翼騎士団の皆とは全然体の作りが違う…)
 その間も、ティレルの口はアナスタシアの唇を食み、舌と舌が濃厚に絡まり合っている。

「っ……」
 長くて深い接吻をようやく終わりにして、ティレルが息をつく。
「赤毛…お前……体の触り方、結構いやらしいな」
「えっ! そ、それは、申し訳、ありません」
 指摘されて初めて、ティレルの体に夢中で触れていたことに気づき、羞恥で顔を赤面させて思わずアナスタシアは謝罪してしまう。
「お前が謝るとこかよ、そこ」
 呆れたように言い下ろすティレルの側も頬は紅潮している。
 キスで息切れしたのか、もしくは他に理由があるのだろうか。
(……というより、リスター審問官の触り方は、怖くないんだ)
 隠された力は感じるのに。
 それを私に発揮して、怯えさせたり痛めつけたりしてこないだろうか、という危惧を。
 私が抱かないよう、気を遣って触っていただいている。
 そう思えるので、ティレルに触れても、ティレルから触れられても安心できる。
(――――『死に戻り』以前の過去で、父にぶたれたり、コンラッドに体格で威圧されたりした所為で、男の人との積極的な接触は少し苦手なように思っていたけれども)
 こういう方も世の中にはいらっしゃるのだな。
 口を開けばものすごい毒舌で、クライオス団長がご友人であるにも構わず容赦なく鞭を打って、……過去、私を尋問し火刑に処したことすらある人なのに。
 一度彼の内側を覗く機会を与えられれば、その印象は随分変わる。
 人は付き合ってみないと分からない。
(……コンラッドとは真逆の印象の方だ)
 むしろもっと触ってほしい。
 ……と、思うことは多分……私の立場では度を超えた願望だろう。
「どうだ? 赤毛。……充分にハラスメントだったか?」
「………………え、ええ、と」
 再び手で顎を捕らえられて聞かれ、アナスタシアは却って戸惑う。
「き、気持ちいいだけでした」
「…………………!」
 ティレルのほうが赤面したあげく、暫し絶句した。
 その後、
「赤毛お前。もうちょっと処世術を覚えたほうがいいぞ」
 呆れ顔で言われてしまった。

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