お題イロハ一次創作小説創作小説【短編】

予期【R15】

2025/01/12
竜と攫われた娘【R15
関連作【竜の婚姻】【理知】【歪んだ理想



 夕刻、目の前に降り立った竜は娘の体を攫い、日の暮れきらぬ内におのが住処である岩屋へと連れ去った。
 娘は騒がなかった。命についてはもはや諦めており、苦痛が一秒でも短く終わることを願っていた。
 だが同時に、娘は未だ王女のままであった。
 住み心地の良かった城と家族は流血によって奪われ、上質の絹しか知らなかったその体は父を殺した男によって蹂躙された後だった。
 それでも、娘は王の娘として生きて死ぬつもりだった。故に視線を落とさず、首をぐいと上げて、己を攫った竜を真っ直ぐに見つめた。
 日は暮れゆき、暗闇の中で、竜の黒い影が蠢く。
 やがて月光が岩屋に差し込む頃には、竜の体は若い男の姿に変じていた。
 杉のように突っ立つ男の面は、全くの無表情だった。長い年月のうちに、心を顔に表すということすら忘れたかのように。
 竜であろうと人であろうと同じことだった。娘の命と体はこの男の掌の内にある。
 男は娘に近づいた。その大きな手が娘の二の腕に触れる。
 娘が逃げぬと知ってその手は肩を愛撫する。
 男の視線と、息づかいから、何をするつもりでいるのかは容易に知れた。
「そなたを抱くぞ」
 娘の首が僅かに傾いだ。
 娘は騒ぐことも抵抗することもしなかった。体が固くなるのは避けられなかったが、男が無言のまま娘の服の胸紐を解き、スカートの腰紐をも解いて、娘の肉体全てをその目に晒すことをただ受け入れた。男の手はだが娘がただ一人知っている男よりは随分と優しく動き、剥き出しの背を辿り、脇腹から這い上がってゆっくりと乳房をなぞる。
「ふ………」
 娘の吐息は嫌悪よりは恐怖が強い。
 男の手は止まらず、やがて力をもって娘の体を石の上に座らせ、足を開かせる。
「ああ……」
 下腹部に触れられて娘は息を吐いた。堪え切れぬ緊張がついに涙と変じ、頬を伝い落ちる。
 男が硬く尖った乳首に口づける。男の髪が娘の肌を刺激する。突起をついばんだ男の唇の内から舌が伸びて、乳首を口中で転がす。
「ンッ……んん……」
 あらゆるものに堪えねばならなかった。既に充分に傷つけられた矜持をそれでも保つためには。
 男はもはや娘を殆ど押し倒し、その手を下半身に伸ばして、娘の内部を探ろうとしてくる。
 剥き出しの太腿に当たる硬いものは、未だ服の内に隠された男自身だろう。男の息も上がりつつある。娘はやがて来る屈辱の予感に、いっそう体を固くした。
「怖いか」
 男の声が、意外に柔らかいことに娘は気づいた。
 娘は硬く瞑っていた目をうっすらと開き、自分にのしかかる男を見上げた。
「怖いか」
 二度目の問いはもはや娘の心情を確信してのものだった。
「……………」
 娘は答えず、ただ息を吐いた。
 娘の目尻から涙の粒がこぼれ落ちる。
 僅かに残された矜持の、最後のひとかけら。
「いいえ……」
 食いしばった歯垣から声が絞り出された。もう一度。
「いいえ」
 娘は瞬き、涙を払って男の顔を見上げる。
 暗がりの中に自分を観察する双つの瞳があった。自分に対する愛ではなく情欲だけが、その二つの目の奥に宿っている。
 今は、まだ。
 娘は未だ男を怖れていたが、それは急速に意識の奥へと追いやられつつあった。
「怖れ、怯えたとて何になりましょう。わたくしの命は、この体と心もろとも、あなたの鉤爪の中に既に握られたというのに」
 娘は身じろぎし、そろそろと、己の裸身を男に近づける。
 男の顔にのぼる孤独のにおいが、娘の気の張りを和らげていた。
 男の大きな手が優しく娘の頬に触れた。その手に指を添えて、娘はゆっくりと心と体を男に開く。
 己の人生を選ぶことはできない。諦観が娘を後押しし、娘は体の緊張を少しだけ解いた。
 そこに男が割り入ってくる。
「く………」
 体に痛みは走ったが、心の痛みは既に消えていた。
 娘は男の所有になったことを強く自覚した。それは屈辱ではあったが、同時に、自分が男を所有していることも自覚していた。
「はっ……は………」
 身を揺さぶられて喉から声が漏れ、体からは汗が散る。
「おねがい………」
 喘ぎながら娘が問う。
「名を……、名前を、教えて」
 拒むではなく、くずおれるでもなく、ただ娘は男を受け入れて、問うた。
 耳元で男が名を囁く。荒い息の下で。
 それは古えの王に連なる者の名前だった。
 嘘かも知れぬ、と娘は思った。
 だが嘘でいい。
 男に所有されて愛されもせず、やがてはただ慰みのために殺されるかも知れぬ。
 だがそれで良い。
 偽りの情愛も、それに縋らねばならぬとあれば容易に真実と信じ込める。
 娘は男が告げた名を呼んだ。荒い呼吸の合間に。
 男の孤独の気配が、娘の上で緩み始める。娘は男に手を述べて、その体に縋りついた。
 二つの体熱が一つに融け合う。
 男が自分自身であるかのような錯覚に陥って、娘は声を上げた。
 竜の咆吼にも似た、原始の獣の声だった。
 文明を捨て去った暗い洞窟の中で、男と女の孤独が混じり合う。
 互いに縋りつくことしかできぬまま、ただ、二人は熱を分け合った。


(了)

関連作【理知】・【歪んだ理想】・【竜の婚姻】(中編/全3話/完結)