TEMPEST魔女TEMPEST魔女【小説】二次創作

黒の落花【4】(完)

【3】【4】▶【紫の供花
※自○表現注意

 

「リスター審問官」
 若々しい伸びやかな声。
 長らく仕えてきたメイドを喪ってなお、前を向くことをやめぬ紅玉の瞳。
(………なるほど)
 ティレルは一瞬で理解した。
 目の前に立つアナスタシアには希望がある。
 マヤを喪った喪失感は肩から漂っている。だが消沈はしていない。
 ――――赤毛には何か、強く遠い目的がある。
 俺との時間はこの娘にとって、通過点でしかない。
 遠い場所に到達点があるような、それでいて強い目的意識。
 破滅の魔女が赤毛に対して仕掛けている迂遠な嫌がらせにも似ている。
(むしろ、源流が同じだから似て見えるのかも知れない)
 アナスタシアの目指す地平と破滅の魔女の求める地平は表裏一体だ。
 だがアナスタシアの赤の双眸は、破滅の魔女のものよりずっと明るい場所を見据えている。
(――――だったら。俺の役割は送り出してやることだけだな)

 隣に座らせて二言三言言葉を交わし、アナスタシア本人は、国王やコンラッドの包囲網を全く感知していないことを知った。
 鈍いというか、肝っ玉が大きいというか。
 むしろ国を出ることをアナスタシアにほのめかされて、ティレルは苦笑する。
「……俺が誘ったら、お前はついてきてくれるか?」
 軽口の中に多少の緊張が入ったことを察せられたのか。
「はい」
 アナスタシアの返事は早かった。
「……ホントに意味わかってんのか? これは上司命令じゃないんだぞ」
「分かってると思います。リスター審問官はずっと一緒にいて下さるということですよね?」
「……………ンなこっぱずかしいこと、直球で聞くんじゃねえよ」
「ですが、言い出したのはリスター審問官……」
「あーうるせーうるせー!」
 アナスタシアの明るさ。
 迷わない返答。
(嘘をついているな)
(本気で受け取った場合にはむしろ戸惑ってしどろもどろになる筈だ。手を握ったときのように)
(――――この女には。俺の傍ではなく、何処か別に行くべきところがある)
 それでも。
 俺の気持ちに添ってくれようとしている心は本物だ。
 何故かそう思えた。

 少し楽しくなって、もう少しからかってみる。
「ティレル、って呼んでみ」
「え!? それは……難しいです」
「ティレル。ほれ」
「ティ……」
「ティー?」
「ティレル……様」
「お前、妙なところで意気地がないな」
「ティレル様こそ……
 私のこと、『お前』や『赤毛』としかお呼びにならないじゃないですか」

 アナスタシアの温もりを体の左側に感じながら、ティレルは部下だった彼女に最後の忠告をした。
「ちょっとは自信持てよ。自分のこと蔑むな。
 そりゃお前の敵は馬鹿デカいんだろうが」
 アナスタシアの敵とは誰だろう。
 破滅の魔女か。コンラッドか。エヴェリーナか。
 ……だが、
「敵以上に、味方がいる。お前を愛してくれる人は山ほどいる。
 そのことを忘れんな」
 ――――俺もその一人だ、とは。言わないほうがいいだろう。
「……心に刻みます」
 大きな敵と長く戦うことになるアナスタシアの、素直な返答。
 自分はこの娘についていくことはできない。
 共に戦ってやると言うには――――自分はあまりにも無力で、そして疲弊している。そのことをティレルは自覚した。
 いくつかの冗談の後、やがてアナスタシアは笑顔を湛えて身を翻し、教会から去って行く。
(マヤ・カークランドの言っていた通りだな)
(あいつには本来、誰の助けも必要ない。どんなことでも切り抜けられる)
(何故ならあいつの本当の姿とは――――)

 

 

「……甘酸っぱすぎて胸焼けしてきた」
 アナスタシアの姿が消えた途端。
 ベンチの背後から、げんなりした顔の破滅の魔女が再び姿を現した。
「なんであんな青春!みたいなもじもじ場面見せられなくちゃならないの。聞いてるこっちが恥ずかしくて悶絶して死にそうだし吐きそう」
 振り向きもせず、ベンチに座ったままで、ティレルが声を上げる。
「破滅の魔女。お前の契約、乗るぜ」
 ティレルの視線はアナスタシアが去った教会の入り口に向けられていた。
「あ、やっと覚悟できた? よかったー。具合悪くなりながら後ろで盗み聞きしてた甲斐があったよ」
「ちゃんとアイツを国の外まで送り届けるんだろうな?」
「ふふん。任せてよね」
 いかにも腹に何かを抱えている風情の、魔女の得意げな顔をティレルはじろりと一瞥して、
「……やっぱりか。俺の死を使って最後まで赤毛に嫌がらせする気だな」
「ちょっと! もう契約の履行は決まってるからね! 降りるのナシだから!」
「ああ。わかってる。
 俺の命でいいなら好きに使えよ。どっちにしろもう自力じゃ国の外へは出られない。
 となると、実際のところ、お前と契約しようとしなかろうと俺の行動は変わらないからな。
 そしてどうせ死ぬなら、赤毛の役に立ったほうがいい。本当はあいつの逃亡を見届けてから終わりにしたいところだが……
 俺の死体を見たほうが、あいつはここから抜け出す気になるんだろ? 使わない手は無いな」
「………………」
 ベンチの前までやってきた破滅の魔女は暫しティレルを眺め、
「随分潔いね。あの子の代わりに自分が助かりたい、僕と契約してくれ、とか言わないの?」
 ティレルは眉根を寄せて魔女を睨む。
「お前馬鹿か。女神を見捨てて自分だけ逃げるイシク族なんかいる訳ねえだろ」
「……!
 ――――それ、どうして……!」
 魔女の顔色が変わるのを見て。
 ティレルはニヤリと笑った。
「当たりだな。
 あいつは女神クロム。
 ――――そうなんだな」
「! ………僕にカマかけたの!?」
 はめられたと知って魔女の表情が強張る。
「まあな。殆ど当てずっぽうで、根拠一割・カン九割、ってとこだったが」
「………………」
 ティレルはベンチから身を起こし、晴れ晴れとした表情で推察を述べる。
「あいつ、肉体は普通の人間だから、クロムそのものって訳じゃなさそうだが。
 女神の一部か、女神から派生した何かってところか。
 でもそれで充分すぎるだろ。
 ……百パー偽物の末裔、ノイシュバーンに比べたらな。
 俺に取っちゃ、絶望の後に現れた特大級の希望って奴だ」
「……君は本当に思考が鋭いんだな……心が曇ってなければ」
 感慨深げに魔女が呟いたのに対し、ティレルは自嘲的に笑った。
「今の指摘は俺の精神に最大の痛手を与える言葉だな。
 ……ノイシュバーンに思考ごと絡め取られてなければ、もっと早くに赤毛の正体に気づけたかも知れない。
 ……そう、イシク・ルクフラムスを飲ませた直後あたりには」

 イシク・ルクフラムス。
 イシク族が伝えた『魔女専用の気付け薬』。
 『女神』を『守る』一族が何故、『魔女』用の『気付け薬』を千六百年も伝えてきたのか。
 何故赤毛が。
 あの薬で生気を取り戻すのか。

『魔女』。
 ヒストリカ王国に永遠に仇なす存在。
 存在すること自体が『悪』と、王家によって定められたもの。
 だが王家のノイシュバーンが、『女神の末裔ではない』ことを隠匿し続けてきたことから鑑みれば。
 発想は逆転していく。
 ノイシュバーンは己が排除したい存在をこそ『魔女』と呼んだ、と。
 偽物のノイシュバーンが排除したいのは――――
 本物の『女神』。
 そしてそれに連なる者たち。
 あるいはイシク族。
 あるいは女神の眷属。
 あるいは女神の力の一部を持って世に生まれた者。

「……為政者が違えば、イシク族こそは、全員が『魔女』として迫害され、結果やはり滅ぼされた可能性がある」
 ティレルは服の内ポケットを探りながら言葉を紡いでいく。
「『魔女』が表す言葉が、お前のような人外だったり、赤毛のような人間だったりと内側の様相が定まらないのは当然だ。ヒストリカ王国にとって都合の悪い者をすべてそこにぶっ込んだだけの言葉だからな……とりわけ、本物の女神の関係者や、それに仕える者達を指して。
 自分が偽物だと知っている現国王からすれば、本物の女神に仕えているというだけで、イシク族は王国への反逆者ってことになる」
 ティレルが服の内から手を引き出す。
 掌には小瓶が握られている。
『猟犬』としての仕事を始めた頃から、肌身離さず持ち歩いているものだ。
「五十年前の文献にも『破滅の魔女』の記載があった。やってることは現在のお前と同じだ。ということはお前は五十年前の破滅の魔女と同じ存在だ。
 つまりお前は短い寿命を持たない、人間とは違う理屈の生き物だ。
 ……イシクの伝承の中に、女神クロムに仕える『人ならぬ存在』がいた、という一節がある。お前はそれだな。女神の仕者だ」
「! ………………」
「お前の目的は復讐だ。女神を排除したノイシュバーン、そしてその統治下でのうのうとくらす人民に対しての憎しみがお前を突き動かしている。
 歯がゆいよな。俺が持っている殺人のスキルや、殺しの魔法を少しでも人間に使えれば、お前は王族全員をサクッと殺して新しい王国なり世界なりを再構築できるのに。あるいは女神の復活さえも視野に入れられるのかも知れない。
 だが……お前の権能は世の万物を愛でた女神に由来する。その所為で。
 人間を、というより生物を殺すようには出来ていないんだ。
 禁忌……タブーというものの重みが、俺たち人間よりずっと強く働いている」
「………」
「だからお前はあの赤毛に固執するんだ。人を殺せないお前は赤毛を使って、ノイシュバーンと奴らが作り出した世界に復讐を果たすつもりだ。赤毛がこの世から消えたり、あるいは魔力が喪われるとお前は目的が果たせない。それもあって、お前は赤毛に嫌がらせしつつも、ある意味では守護者のような役割を担わざるを得ない。……どっちかっつうと呪いみたいなはたらきだが、守護は守護だ。
 あいつに嫌がらせをすると……あいつの中の女神の力は、強まっていくんだろう。ネガティブなほうにな。
 ということは、赤毛は女神本人ではない。
 もしあいつが女神本人だとしたら、お前のやっていることは女神への不敬そのものってことになるからな。
 もしかしたら……お前が嫌がらせを積み重ねた果てには、本当に女神があいつの中に現われるのかも知れないが」
 破滅の魔女は警戒を通り越して、怖れさえ籠めた視線でティレルを見る。
「凄いな……人間の中にも思考の深い奴がいるんだね」
 ベンチに座ったティレルは、立ったままの破滅の魔女を見上げて笑って見せた。
「慧眼だろ? あいつが目を醒まさせてくれたお陰だな」
「……それで……? そこまで理解した上で、だったらどうして僕の契約に乗るの? あの子本人にとって害にしかならない行動を取るって、わかってる筈でしょ?」
 破滅の魔女の言葉にティレルは苦笑する。
「……お前、今まで相当話し相手いなかったんだな。そんなトコまで俺に訊いてくるなんて。
 まあお前のその性格じゃ友人はできねえだろうし、そもそも話の合う奴自体この世にいなそうだもんな。
 その点では俺も似たようなもんだ。国王に滅ぼされたイシク族である事を隠している以上、俺はヒストリカでは疎外される。時間や生命の向こう側まで外縁に押しやられてる奴を一人知ってるが、そいつとはまた違った疎外感だ。
 俺はこの王国に組み込まれて暮らしながら、穢れなき血統と政治を誇る王族の大きな汚点を知っている。存在を知られたら、中枢からは弾かれ、迫害されるだろう―――今この瞬間みたいにな。
 ヒストリカ王国から外へと押しやられている所為で、俺とお前はある意味では同類だ。それは赤毛もそうだ。
 味方同士にはなれなくても……ノイシュバーンへの憎悪という点に関して互いに同調できてしまうから、瞬間的には、うっかり完全な敵になりきれなくなってしまうんだろうな。
 俺がお前の提案に乗る理由は正にそこにある。
 俺の死をお前がどう悪用するのであれ……、赤毛を捕らえに来るのがコンラッドである以上、お前は確実にあいつを逃がしてくれるだろう。コンラッドに捕らえられたらあいつは穢されてしまい、魔力を喪ってしまうからな。俺としては、お前の契約に乗ればあいつの安全を確保できる。
 そもそもお前は、俺がその選択をすると思ったから今俺の前に姿を現してるんだろ。俺が納得しなければ結局、お前は『赤毛=女神』の情報すら俺の前に釣り餌としてぶら下げた筈だ。
 ――――俺の死によってお前は赤毛を傷つけるだろうが……俺にとってはずっとマシな選択だ。俺があいつを『殺す』よりも」
「………」
 破滅の魔女の目がスッと細められた。
 ティレルは手の中の瓶を振って、中の液体を撹拌しながら言葉を続ける。
「お前の罠と分かっていても俺は心配していない。
 赤毛はやり遂げるさ。
 ……お前が俺をどう利用しようと赤毛はお前なんかには潰されないって、さっきあいつを見て確信できた」
「……………馬鹿みたい。
 ………そんなのが理由で、一つしか無い命を捨てるって言うの?」
 ティレルに自害を求めてきたくせに、破滅の魔女は疑わしげに問うてきた。
 ティレルは唇の端に微笑を上せる。
「女神の為に俺の命を使えるなら本望だ。
 世界で最後の一人のイシク族にこれ以上ないくらい相応しい、命の使い道だろ。
 あいつと、お前に出逢えてよかった。
 お前がいなきゃ……目の前に女神がいることに、一生気づかないまま死んだだろうからな」
「! ………………」
 破滅の魔女がハッと息を飲み、ティレルを凝視するその視線の先で。
 ティレルは小瓶の蓋を開けて呷り、中の液体を飲み干した。
「………………、」
 破滅の魔女の手が強ばり、かすかに動いた。
 ティレルの行動を止めようか躊躇った、とでも言いたげに。
「……くっそ苦ぇ」
 瓶の中身を全て飲み下し、渋面を作ったティレルが毒づく。
「赤毛が言ってた、俺の生き方と存在理由。割と早くに、見つかったな」
 空になった小瓶を手にして眺めながら、ティレルは呟いた。
 そのまま瓶を脇に置き、ベンチの背に寄りかかって、破滅の魔女に向かって言葉をかける。
「あいつに見せるんだろ……、呼んで来いよ……。
 ……結構、早く効く毒だから………、すぐ、準備、できる…ぜ……」
 最後のほうは咳が喉に絡み、ティレルの言葉は殆ど耳に届かなくなっていた。
「………、チッ…」
 破滅の魔女の舌打ちは、一体どんな感情から出たものだったか。
 だがもはや魔女はティレルに言葉をかけることなく踵を返し、ティレルのもとを去って行く。
 アナスタシアを呼びに行ったのだろう。

(――――アナスタシア)
(いい名だな。もっと呼んでやればよかった)
 あいつをまた泣かせるだろう。それだけが心残りだ。
 視界は暗くなり、呼吸と鼓動も止まる。
(満足だな)
 消えゆく意識の中でティレルはそう思った。
(最後の最後でやっとお前を守って。恩を返してやれる)

 

 

 

「――――ティレル」

 最後に一度だけ。
 赤毛の声で、そう呼ばれた気がした。

 

 

(了)

 

後書

「死に戻るには処女性が必要」という捏造設定
オリジナルでは全然表には出てこないんだけれどもゼンとクライオスのSadLoveEndを見て何故これらのエピソードがBadEndよりマシな程度で、本編ストーリーには繋がらず話が途絶えてしまうのか…と考えた結果の妄想
特にクライオス編のSadLoveはSadどころか本流Loveでは?と言いたくなるくらいロマンチックラブしていたので
「記憶が戻る前にロストバージンするともう力が取り戻せなくなる」っていう設定があっても別に矛盾しないな、と気づいてしまった
「アナスタシアの心が折れる=正統エンドから外れる」という解釈がまあ公式だろうとは思うんだけれども
ティレル編のSadLoveEndはLoveを1ミリも感じないSadぶりだったので
本当はSadLoveEnd枠ではティレル様でロストバージンしてほしかった是非に、という願いを未だに抱えている

コンラッド堕ちEndを否定するわけではないのよ
ヘイターとしては重要だし
ただあのエピソードをティレル枠に入れるのは他3者と比べてもティレルにとって分が悪すぎると思うの
アナスタシアを全然大事にしてくれないエピソードなんだもの…
というわけで却って私のような妄想家にはティレル編は妄想が燃えて止まらなくなってしまう

紫の供花】(完)