烈火

 

2006/02/08
命を滾らせる不遇の娘
★★☆



  戦乱の世、割拠する領主の一人が手勢を率いて修道院を襲い、夕刻、年端もいかぬ小娘を中庭に引きずり出した。
 異人の血を引くことを知らせる尖りすぎた鼻は美女の条件を欠いていた。淡い目に宿る光は歳のわりには苛烈に過ぎ、厳しい環境に晒されて生きていることを語っていた。
 領主は娘を馬上から見下ろし、剣を突きつけた。
「きさまは蛮族の裔だが、同時に先の王の最期の血縁だ。きさまをこの修道院から連れ出して貴族の暮らしをさせてやろう。儂の息子を産み、儂に王位をもたらせ。さもなくば今ここで斬り捨てる。ほかの領主どもがきさまの腹に子を仕込まんうちに」
 脅迫に怖れる気配もなく、娘は領主を見上げた。夕空を映して烈火の如く燃え上がる瞳が、獣じみた美しさを見せつけた。
「私の見返りは」
「贅沢で安穏な暮らしだ。少なくとも修道院で夜盗の襲撃に怯えるよりはな」
「足りませぬ」
 領主の眉が跳ね上がった。
「私が求めるのは栄誉でございます」
「言ってみよ」
「私の血によってあなたが王位を得た暁には、私を王妃の座に。そして私の息子を王国の跡取りに」
 領主の目が満足げに眇められた。野心家の男には、女の欲と浅知恵がちゃちなものと見えたのだった。
「よかろう」
 男は手を伸ばして、娘を馬上に引き上げた。
 修道院から靴を与えられなかった娘は裸足のままだった。

 馬蹄を轟かして、領主の軍は修道院を去った。
 領主の腕の中に据えられた娘は振り向きもしなかった。
 生への粗暴なまでの欲求にただ呑み込まれ、夕陽をその瞳に映して、真っ直ぐに未来を見据えていた。



                                      (了)

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