| 甘い良薬 |
| 2017/07/03 和泉守兼定×堀川国広(未通) コメディ・本丸・新撰組五振/全2話 |
<其乃一> かつて新撰組佩刀だった刀剣男士たちは主が変わった今も結束が強く、非番の日は大抵、一箇所に固まっている。 堀川国広以外はみな打刀だが、刀剣としての格から言っても前主の身分から言っても、現在の城内で大名差しの打刀ほどの厚遇は受けていない。打刀一振りごとに個別に部屋は与えられているものの食事の場は全員共同で、食堂として与えられた棟を彼らは「詰所」と呼び、非番の際は常にそこに入り浸っていた。 今日も夕餉を囲んで加州清光、大和守安定、長曽祢虎徹が食堂に座しているところへ、五人の中では唯一金色の鐔章を与えられた和泉守兼定が遠征を終えて入室してきた。 「お帰りー」 加州清光や大和守安定の挨拶はお座なりな声だけで、白米がたっぷり入った茶碗から目も口も離さない。 「よお。………頼みがあるんだがよ」 いつもの砕けた物言いで座すことすらせず、兼定が単刀直入に切り出す。 「誰か、目によく利く薬持ってねーか?」 「目の薬………?」 加州清光が顔を食事から離して兼定のほうを見た。 「お前が持ってなくても、誰か目の病気に詳しい奴を紹介してくれるんでもいーけどよ」 兼定が清光に重ねて言う。 新撰組佩刀連中の中では本丸でいちばんの古株である清光は、五振り揃う以前から現主のもとで過ごしていたこともあり、社交性も高いお陰で、新撰組以外の連中にも比較的顔が利く。 「目薬なら歌仙の旦那が詳しいんじゃねーの? 前の主が眼病で赤い目薬差してたって……」 「奴んとこならもう行ったぜ。すげなく断ってきやがった」 思い出したように怒りをこめながら兼定が返答した。 「俺が『おい之定、目薬くれや』つって右手を差し出したら、掌で俺の手を叩いてきやがった。『頼み事があるならそれなりの礼を尽くせるようになって出直してきたまえ』だとよ。気取りやがって」 吐き捨てた兼定に、清光が呆れたように口を開いた。 「礼節にうるさいあの旦那に向かってそんなこと言ったのかよ? 方便てもんがあるだろ。貰えるものも貰えなくなるだろ、それじゃあ」 兼定と清光が喋る間、安定と長曽祢は食事に没頭していて、二人の会話に全く加わらない。 「薬研藤四郎のところは? 行ったのか?」 「行ったが、刀剣男士用の目薬なんてもんは存在しねぇと言われた。付喪神だから視力が変化するはずはねえとか何とか言ってたな。……こちとら、現にそれで困ってるってのによ」 「……あんたの目が悪くなってるってことか?」 怪訝な顔で尋ねる清光に兼定が答える。 「俺じゃねえよ。国広がよォ………」 「国広?」 この場にいない堀川国広は今日、兼定とはまた別の内番に出ている。 清光は首を傾げた。 「国広だったら薬の調合の仕方知ってるんじゃねーの? 土方家秘伝の薬とかいうやつ、何にでも効くって触れ込みだろ?」 「石田散薬があいつの目に効くんだったら国広はもう使ってるだろーがよ。俺より性格カッチリしてるんだから、それくらい試した後だろう、既に」 「だいたいどこで国広が目を悪くしたんだよ? 俺たちはなんにも聞いてねーぞ?」 清光に問い詰められて兼定は表情を変え、やや閉口した口調で事情を説明しはじめる。 「……あいつ、自分用の部屋を主から貰ってんのに、結局俺の部屋に居着いちまっただろ。メシはともかくフロだの洗濯だの……おめーは俺のヨメかお袋かっつーくらい甲斐甲斐しくてよ……まぁそれはそれで助かってはいるんだが」 「……目薬の話がなんでのろけになるんだよ」 「どこが惚気だよ!? まあ聞けよ。国広、あいつ、夕べ俺の洗濯物干して畳んでたんだが……そん時に、本人は手拭いかなんかだと思ってたんだろうけどよ……俺の洗濯物に頬ずりしてやがったんだが、それが洗ったとは言え俺のフンドシだったんだよな」 「ぶッ」 口から勢いよく息を吐き出したのは清光ではなく長曽祢虎徹だった。長曽祢は口にかっ込んでいたとろろ飯を盛大に噴き、大量の飛沫が正面に座っていた大和守安定に降りかかる。 「うわッ、ちょっと、長曽祢くん! なんてことすんの! 僕、けっこうお肌弱いんだからね! かぶれたらどうしてくれるのさ!」 とろろが顔にかかった安定が大きな声を上げたが、長曽祢はゲホゴホと咽せるばかりで、はかばかしい対応も出来ない。 とろろの被害のなかった清光は他の二人には構わず、眉を寄せて兼定を見上げた。 「褌ぃ………? ……兼定、それ、国広が患ってんのは目じゃねーだろ」 「なに!? いかれてるのはアタマなのか!? 頭に聞く薬なんかあるのかよ!」 兼定の剣幕に、清光は呆れたように口を開ける。 「いやアタマじゃなくて。心のほうだろ、どっちかと言うと」 人心に敏い清光は、国広の行為の原因が既に掴めているようだった。 「国広に必要なのは薬じゃねーよ。兼定、あんたがなんとかしてやりなよ」 「俺にどーしろってんだよ!? どーやったらあいつ元に戻るんだ?」 「簡単だろ。抱いてやればいいんだよ」 清光にあっさりと言われて兼定は目を剥く。 「抱ぁくぅ!? 今更そんな気恥ずかしいことができるかよォ!」 素っ頓狂な声を上げ、顔を赤らめて兼定が反駁したが、清光は冷静だった。 「気恥ずかしいで済むなら大した問題じゃねーだろ。国広があんたの傍をちょろちょろしてんのだって、それが理由だろーが。ちゃんと可愛がってやれば奇矯な行動は治ると思うぜ。要は、国広は欲求不満なんだよ」 食事に戻るため茶碗を抱え直し、箸を振りながら清光が指摘する。 言われたほうの兼定は彼には珍しく、顰め面をして思案げな顔を見せた。 「………まぁ国広にはいつも世話んなってるし、抱いてやるのはいいけどよォ………そんなんで本当に治るのか?」 「ま、とりあえずやってみなって。そんで治らなかったら、そのときまた誰かに相談すれば?」 魚の身を箸で口に押し込みながら言った清光を見下ろして、兼定は強く息を吐いた。 「……そうだな。そうしてみっか。んじゃな。世話んなった」 誠の字が書かれた羽織の裾を翻して、兼定はさっさとその場を立ち去ろうとする。 「あれ、兼定くんごはんは? いいの?」 自分の顔から長曽祢のとろろを拭い終えた安定が、兼定の背に呼びかけたが、兼定は片手を振っただけだった。 「遠征に同行した連中と済ませてきたから、いらね」 そのまま、長い黒髪を靡かせて兼定は詰所から去って行った。 「んじゃあ、兼定くんのぶんも僕たちで食べちゃっていいよね」 心底嬉しそうに目を輝かせて安定が言うのへ、既に己の茶碗に白米を櫃から山盛りに足しながら清光は頷いた。 「そーだな。兼定と、国広ももう帰ってこねーだろうから、俺たちで食っちまおうぜ」 「………………飯はそれでいいだろうが……」 低い声で長曽祢虎徹が脇から言ってきた。 咽せ込んだ後、ずっと無言を貫き通してきた長曽祢虎徹だったが、気官に入ったとろろがようやく落ち着いて、やっと口がきけるようになったものらしい。長曽祢は手拭いで口を拭きながら、意味ありげな顔で兼定の去った方向を見つめ、そして清光に視線を戻した。 「………おい、清光よ。………兼定のやつ……、お前の言葉の意味を正しく理解してたと思うか?」 「理解って、何のことだよ?」 話が見えない清光に聞き返されて、手拭いを懐にしまいながら長曽祢が目を眇める。 「いや。兼定は、姿は立派なもんだが、中身はあの様だからな………精神は、国広よりずっとガキだろう。お前の言いたいことが伝わってなかったんじゃないかと思ってな。………目の前にも一人、そういう奴がいるが……」 長曽祢の視線が、無心に食事を続ける安定に向けられる。 それで初めて、清光は長曽祢の言いたいことに気がついたようだった。 「国広の『病気』が『恋患い』だと理解してないと、奴の行動は頓珍漢なことになるんじゃないのか」 「………まさかぁ……………」 そう答えながらも、清光のほうでも不安にはなったようだ。清光は安定のほうを見て唐突に話題を振った。 「おい、安定。おまえ、刀剣男士の俺たちの体についた穴について、にっかりに聞いてきたのかよ?」 いつぞや宗三左文字の居室で交わした会話を蒸し返して、清光が尋ねる。そのとき安定は、『体にある穴』が何を指すかを全く理解できていなかったのだ。 安定は椀から口を離さぬまま、大きな目をくるりと回して清光に向けてきた。 「にっかり青江くんのとこならこないだ行ったよ。穴について聞いたらさ……『うんうん、僕たちの体には皆、目釘穴がついてるだろう? それのことだよ』―――だってさ。そんなことなら僕も知ってるから、わざわざにっかりくんと話す必要もなかったよね」 「………にっかりが言ってたの、そんだけか………?」 「いや、ええとね。『刀剣男士として人間の姿を取った以上、体の穴にはほかの使い途もあるんだよ? それを知りたかったら夜にまたおいで。僕が手取り足取り、朝までたっぷりと教えてあげるからねぇ』って言ってた」 清光の顔がやや青ざめる。 「………………………おまえ、それを実行したのか……………?」 「なんで? 行かないよ。夜は寝る時間だもん」 あっさりと言われて呆気に取られた清光が口を開けたまま固まるのへ、安定が言い募る。 「沖田くんみたいな夜討ち夜回りは僕たちには無いしね」 それだけ言って、安定はそのまま再び食事に集中し始めた。 「………………………………」 言葉もなく安定を見つめる清光に、長曽祢が「ほらな」というように目配せをしてくる。 清光は顔を顰めて長曽祢を見返した。 「………兼定が、まさかコイツと同じレベルだってのか………?」 「わからんが………有り得るぞ。さっき見たところ、兼定はおまえと話が全くかみ合ってなかったからな」 「………兼定、『抱く』をまさか『だっこ』だと勘違いしてたりしねーだろーな………」 「……………却って見物だな、それは」 長曽祢虎徹が苦笑しながら無精髭の生えた顎を撫でさすって、腕組みをする。 「国広、訳がわかんねーだろーなー………」 清光は空になった茶碗を盆の上に置いて天を仰いだ。 |
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