誰にか見せむ梅の花

 

2017/06/01
歌仙兼定×宗三左文字
初春の情景・梅(バレンタインデー)
全4話(※は18禁)


 君ならで誰にか見せむ梅の花色をも香をも知る人ぞ知る  紀友則
(あなたを除いて誰にこの梅の花枝を見せようか。花の色も香りも、
わかる人だけがわかるものなのだ)
    



  <其乃一>


 立春を十日ほども過ぎた頃。
 夕刻、梅の香と共に歌仙兼定が宗三左文字のもとへやってきた。
「城下の里の梅が見頃になったから、枝を切って持ってきたよ」
 それまでも歌仙兼定は、四季の草花を宗三左文字の居室に届けたり自ら運んできたりすることがよくあった。
 宗三左文字の前では常に柔和な顔を崩さない歌仙兼定だが、とりわけ、自分で宗三左文字の為に選んだ贈り物を持ってきたときなどは、恋する少年のような、頬を紅潮させた若々しい表情を見せる。
 今日も歌仙兼定の立ち姿は、宗三左文字を悦ばせるという期待に溢れている。生気に満ちた歌仙兼定の顔を見て、迎えた宗三左文字は心が浮き立つのを感じた。贈り物そのものよりも、歌仙兼定が自分について思考し愉しんでいると知ることこそが、宗三左文字を悦ばせているのだが、それに歌仙兼定が気がついているかどうかは宗三左文字にはわからなかった。
 居室に腰を下ろすなり、歌仙兼定は宗三左文字の許可も待たず、部屋付きの短刀の子に指示を出して花器を用意させ、手際よく梅枝を活けていく。もっともその花器も、かつて歌仙兼定が宗三左文字の為に選んで寄越しておいたものだ。
 梅を活けた花器を違い棚の下に置いて、歌仙兼定は満足げに宗三左文字に向かって頷いて見せた。
「雅な梅だろう」
「……そうですね」
 歌仙兼定が梅を活けている間、梅花よりむしろ、枝を活ける歌仙兼定の迷いのない手つきや真剣な表情に見入っていた宗三左文字は、そう言われて改めて梅の花枝を見た。
 宗三左文字は梅にはまったく詳しくないが、歌仙兼定が持ってきた梅はただの紅梅や白梅といった類のものではなさそうだった。
 枝は赤を孕んだ黒色で、赤い(がく)に収まる蕾は色濃く、丸く膨らんだ蕾もなお紅く、花開くに従って淡紅色となる。遠目にはかすかな淡紅色と見える開花した花々だが、寄ってみると、開ききった五枚の花弁は純白である。広がった花片の奥からようやく現れる中央の(しべ)は、それまでの色とは対照的な、鮮やかな黄金色をしている。華やかで気品があり、なるほど歌仙兼定のような陽の気に満ちた者が選ぶのに相応しい花、と宗三左文字には思われた。
 ところが、
「まるできみみたいじゃないか?」
 脇からそう言われて、宗三左文字は驚いて歌仙兼定を見る。
 歌仙兼定はやや頬を紅潮させて、愉しげに宗三左文字を見つめていた。
「全体の印象が、紅や白ではなく優美な淡紅色なんだ。特にまだ開ききってない花の色は、きみの髪の色にそっくりだろう。いっぽう咲き初めの紅い花はきみの服の色とよく似てる。咲ききったときの、透けるように白い花はきみの肌の色と同じだ。中央の金色の蘂は、さしずめ、花開いたときにしかわからない、きみが奥深くに隠してる純粋な心、というところかな」
 身を寄せて肩に手を置かれながら歌仙兼定にそんなことを囁かれ、宗三左文字はかぁっと頬が熱くなっていくのを自覚した。
「か、歌仙兼定……」
 気恥ずかしさのあまり相手を見つめることも出来なくなって、宗三左文字は赤い顔で俯く。こんな華やかな梅を、自分に見立てていたなどとは宗三左文字には想像もできないことだった。
「城下の民家の庭でこの梅を見つけたときには嬉しかったね。杏や桃の時季ならともかく、こんな初春の頃には珍しい、きみそのもののような雅な色合いの花だったから。目をつけてからは咲き時を逃すまいと足繁く通って、今日、庭の主に頼んで見頃の枝を譲り受けてきたんだ。この梅をぜひ、きみに見て欲しくてね」
「……それは…、ありがとうございます……」
 梅の香よりもなお強い、歌仙兼定の気配に宗三左文字はくらくらと酔う。歌仙兼定の香の匂いとそれに立ち交じる男性的な体臭に、己の体が反応しかかるのを必死に隠しながら、宗三左文字はかろうじて礼を述べた。
「贈り物はもうひとつあるんだよ。……といっても、主から譲り受けたものなんだが」
 宗三左文字の反応に歌仙兼定は嬉しげな雰囲気を隠しもせず、今度は懐から、見慣れぬ形に包装された何か硬いものを取り出す。
「僕はとんと知らなかったが、主の時代には一般的な食べ物なんだそうだ」
「食べ物……ですか……?」
「そう。僕らにとっては珍味、ということになるだろうね。時代が降ってから、紅毛人かその類縁がわが国にもたらした菓子だそうだよ」
 言いながら歌仙兼定が包装を剥ぐと、中からこれも見慣れぬ形の金物の小箱が現れた。おおむね平たい円筒形だが、施された装飾は宗三左文字も初めて見るような代物で、文字とも思えぬ紋様が横書きに書き連ねられている。
「開けてごらん」
 手渡され、そう促されて、宗三左文字は膝の上で箱の蓋を開ける。
 見慣れた餡とは色の違う、不気味なほど黒い色の生菓子が十二個ほど、少しずつ色や形を変えて、しかし整然と並べられていた。立ち上る香りはやや小豆に似ているが、乳脂の匂いも混じっているようだ。
「猪口令糖、と言うらしいよ」
「ちょこれいとう……? ですか……?」
 歌仙兼定が発した聞き慣れぬ言葉を、宗三左文字はそのまま繰り返す。
 歌仙兼定は頷いた。
「主の時代には、特別な日にこの菓子を、女性が意中の男性に渡すものなんだそうだ。もっとも厳格な儀式というほどではなくて、男性から女性に贈るのも近頃は多いとも言っていたが。……それで、今日がその日ということなので、きみに持ってきたんだよ」
「………? この場には女性はいませんが………」
 まったく要領を得ない宗三左文字に、歌仙兼定が笑ってみせる。
「要は、男女に関係なく、思慕するひとへ贈り物をする日ということだよ、宗三左文字どの」
「……………」
 やっと歌仙兼定の意図を解し、宗三左文字は頬を再び火照らせる。
 それを見て歌仙兼定は微笑んで、器用で大きな手で宗三左文字の赤い頬に触れた。
「白梅の色のような肌が、ここだけ紅梅色だね」
「……歌仙兼定………」
「きみが頬を赤く染めるのを見るのが好きだな。青い目と緑の目と、淡紅(うすべに)色の柔らかな髪と……色の対比がいとも鮮やかだからね」
 歌仙兼定の親指が宗三左文字の唇に触れる。
「そしてきみの唇の色は、今は濃紅梅(こきこうばい)だ………風流だね」
 囁きながら歌仙兼定は宗三左文字の顎に手をかけて顔を寄せ、宗三左文字の唇にそっと口づけた。
 宗三左文字は目を半眼に閉じ、歌仙兼定の熱をうっとりと唇で受け止めた。


「宗三左文字どの。口を開けて」
 珍しい菓子の入った金物の箱は、今は歌仙兼定の膝の上にある。
 一口大の黒い菓子を親指と人差し指で摘まんで、歌仙兼定は宗三左文字の口元にそれを運ぶ。
「歌仙兼定。僕はひとりで食べられます……」
「口を開けて」
 幼子のように扱われる気がして抵抗を感じ、宗三左文字が軽く抗議したが、歌仙兼定は意に介する風もない。唇のすぐ傍まで猪口令糖を突きつけられ、宗三左文字は根負けして口を開けた。
「っ……」
 歌仙兼定の器用な指は宗三左文字の唇に触れることもなく、口中にするりと菓子が入り込んでくる。
 宗三左文字の口の中に入り、熱が菓子に移った途端に菓子は正体もなく溶け始め、初めての食感に宗三左文字が驚く間に、菓子はすっかり形を失って、味だけが舌に残るようになっていた。
「……どうだい?」
 歌仙兼定にとってもまだ食べたことのない菓子なのだろう、自分のぶんの猪口令糖を摘まみながら、興味深げに宗三左文字に聞いてくる。宗三左文字は舌に残っていたねっとりした残骸を喉の奥に飲み込んで、やっと歌仙兼定に回答する。
「焦がし味…のような風味があります……少し、苦くて……甘いですけど、干した果物のような、不思議な香りがします。美味しいですが、食べ慣れている生菓子と比べると、少し獣臭いかも知れませんね」
「……ふうむ?」
 呟きながら歌仙兼定はひとつを自分の口に放り込む。途端に宗三左文字と同じく、経験したことのない口溶けに驚いたような顔になって宗三左文字を見つめ、悪戯っぽく破顔した。何かを思いついた悪童のような顔が宗三左文字に近づいた、と思ったときには、宗三左文字は優しくうなじを掴まれ、再度口づけを仕掛けられている。
「ふっ…ぅ………!」
 歌仙兼定の口の中には溶けきった猪口令糖がふんだんに残っていた。粘度の高い半液状の猪口令糖が、歌仙兼定の唾液と共に、宗三左文字の口中に押し込まれてくる。
「ンっ…ぅ、ンふっ…!」
 驚いた宗三左文字が思わず上げた声は、歌仙兼定の唇に押さえ込まれて消えていった。
 強い甘みの中に、歌仙兼定の舌が、猪口令糖であった半液体を擦りつけるようにして宗三左文字の舌に巻き付いてくる。まさか接吻で猪口令糖を口移しされるとは思ってもいなかった宗三左文字は、意外なあまりに怯えすら滲ませて、歌仙兼定を拒むように首を引こうとする。それが却って歌仙兼定の支配欲を煽ることになると、宗三左文字は知りもしない。
 歌仙兼定は宗三左文字の後頭部を捕らえ直して、更に深く口づける。支配が浸透するように、ゆっくりと舌を絡ませて、唾液と共に、口中にあった猪口令糖をすべて宗三左文字の口に流し込んだ。
「ンッ…! ぅ……、」
 諦めたように宗三左文字の身体から力が抜け、次いで歌仙兼定の行動を受け入れるように、口中に満ちた唾液混じりの甘味を絡められるまま、舌で歌仙兼定に応えていく。唾液が混ざり合い、猪口令糖はどんどん薄まっていく。やがて歌仙兼定は半眼を開いて、最後に優しく宗三左文字の舌を嬲ってから、ようやく舌と唇を離した。
「っぷぁっ……、はっ…、は……、」
 口中の液体を飲み下し、空気を求めて、歌仙兼定の腕の中で宗三左文字が喘ぐ。唇の端に猪口令糖がついて、端正な顎が茶色く汚されている。
「か……、歌仙兼定……、」
「……美味しかったかい?」
 愉しげに、悪戯っぽい微笑を浮かべて歌仙兼定が宗三左文字を見下ろす。
「…っ……、」
 頬を紅潮させて、宗三左文字が歌仙兼定を非難するように見つめた。
「っ…味…なんて……、わかり、ません…でした……、」
 近寄られただけで歌仙兼定に酩酊して頭がくらくらするのに、抱きすくめられて接吻までされては、ますます他の知覚がはたらかなくなってしまう。宗三左文字の舌先に残る甘味は猪口令糖のものではあろうが、宗三左文字の心身を甘く溶かしているのは、まったく別のものだった。
「そうなのか。だったら、僕の猪口令糖は返してもらおうか、宗三左文字どの」
 歌仙兼定が笑みを深くして再度唇を寄せる。
「ッ、もう、飲み込んでしま…ッ、ンぅ……!」
 宗三左文字は歌仙兼定に再び口づけられて、今度は口中の唾液を歌仙兼定に吸い上げられる。口中に残る猪口令糖の甘味が唾液の分泌を助けていて、宗三左文字は舌を歌仙兼定の口の中に引き込まれかけながら、かなりの量の唾液を歌仙兼定に与える結果になった。
 ちゅ、じゅる、と隠微な水音が、触れ合う唇から聞こえる。
 歌仙兼定は宗三左文字の細い体を抱きかかえ、宗三左文字の唾液を吸い上げながら接吻を続けた。
「っふ…、ン……っ、ぅ、」
 やがて口づけを続けたまま、猪口令糖の風味が混じった宗三左文字の唾液を喉奥に飲み下して、歌仙兼定は宗三左文字の唇から離れた。
「っ…は、っは……、」
 先程から茶色く汚れていた宗三左文字の唇と顎は、二度目の接吻で更に汚れた範囲を広めていた。強く吸われて赤く腫れた唇が、その泥のような汚れと見事な対照を為し、歌仙兼定を昂奮させる。
「本当だ」
「……………?」
 歌仙兼定が唐突に述べた感想が何についてのものなのか、宗三左文字には掴めない。
「ずいぶん甘いね。猪口令糖とやらは」
 宗三左文字の身体を抱えたままで歌仙兼定自身もまた、唇についた猪口令糖の汚れを己の舌で舐め取りながら、頬を紅潮させて宗三左文字を見下ろした。
「……っ、か、歌仙兼定……、」
 歌仙兼定は再び顔を近づけ、舌を伸ばして、宗三左文字の顎や口の端についた猪口令糖を舐め取っていく。歌仙兼定の舌が肌を這うたび、宗三左文字の身がひくりと震えた。
「……あの…、もしかして……、」
 歌仙兼定よりいっそう頬を赤らめて、歌仙兼定の舌に舐められるままになりながら、宗三左文字が尋ねる。
「あなたは……、僕の口の中の猪口令糖の味に興味はなく、……僕に接吻をしたかっただけ…なのですか……?」
「おや。見破られてしまったね」
 全く悪びれもせずに肯定して、歌仙兼定は宗三左文字の唇の際に残った汚れを舌先で掬い取っていった。
「ン……ぁふ…、」
 唇を舐めるついでのように、再び口の中に歌仙兼定の舌が差し込まれてくる。宗三左文字は
自分も舌を伸ばして、歌仙兼定に応えた。
「ンっ…ふぅ……っ、ンふ…っ」
 唇と唇の重なりきらない、舌だけを絡め合う接吻。お互いの唾液がこねられる音があたりに響く。
 宗三左文字の白い手が、服に覆われた歌仙兼定の二の腕を掴む。
「はぁっ……、ふぁッ」
 宗三左文字の唇の端から垂れた唾液を、歌仙兼定の舌が追いかけて掬い上げ、宗三左文字の口に押し戻した。
「ンぅっ………、」
 舌と舌が絡み合う間に、歌仙兼定の手が袂から忍び入って、宗三左文字の乳首を摘まむ。
「ンッ! ぅ……、」
 宗三左文字はびくりと身を震わせ、歌仙兼定から口を離した。
「っは、んぁっ、歌仙兼定……、」
「宗三左文字どの……」
 うっとりと呟きながら、歌仙兼定が指で宗三左文字を煽ってくる。
「もっと猪口令糖を食べるかい?」
 猪口令糖の入った箱はいつのまにか歌仙兼定の膝から滑り落ちて畳の上に置き去りにされ、代わって宗三左文字が、歌仙兼定の腕に抱きすくめられている。
「っは、ぁ、…いいえ………、」
 服の中で乳首を摘ままれ、かと思えば撫でられるのを繰り返されながら、宗三左文字は喘いだ。
「ちょこれいとうは……、もう、いいです……、僕は、……あなた…が………、」
「僕を食べたいって?」
 くすくす笑いながら言い下ろされて、宗三左文字の頬は髪より赤く染まった。
「いえ……、あ、の………、」
 一度淫に陥れば意外なほどに乱れる宗三左文字だが、快楽より理性が勝るうちや、今のように寝所ではなく日中の居室で歌仙兼定の戯れを受けている間は、宗三左文字は常の通りの清楚かつ高雅で生真面目な印象をなかなか崩さない。そこがまた歌仙兼定の興をそそり、歌仙兼定はさらに大胆に宗三左文字を煽っていく。
 宗三左文字の袖から手を引き抜き、今度は袴の裾をからげ、素足の踝から脹ら脛、太腿へと歌仙兼定が指を這わせていく。
「ンっ、ぁ、」
 服の裡で臀部までを直に撫で上げられて、宗三左文字が堪えかねたように身を捩って声を上げた。
 肌着越しに竿を掴まれて優しく扱かれると、それだけで宗三左文字のそこは強ばって立ち上がり始める。
「っ…、ンく……ぅ、」
 声が出ぬよう歯を食いしばった宗三左文字を、歌仙兼定は微笑しながら見下ろしている。
 歌仙兼定の手は竿から離れ、更に宗三左文字の袴の裡を這い回る。力強い指が宗三左文字の尻たぶを揉み、肌着の下の蕾へと指先が触れた。
 歌仙兼定がその外襞を撫でながら、唇を宗三左文字の耳に寄せて、熱い息と共にひどく卑猥な言葉を吐いた。
「きみは、身体のここで、僕の身体の一部を食べて味わいたい、と言うんだろう? 宗三左文字どの」
「…ッ………!」
 快楽と、血が沸騰するかと思うほどの羞恥に堪えられなくなって、宗三左文字は歌仙兼定を拒むようにその体を腕で押し戻した。
「っ…、や……、やめてください! 歌仙兼定……!」
 行為への拒否ではなく言葉への拒否だったのだが、歌仙兼定から強引に逃げ出すようなその仕種を見せた途端、歌仙兼定は唐突に宗三左文字から手を離した。
「……わかった。やめるよ」
「………え……、」
 宗三左文字の服の内側から素早く手を引き抜いて、歌仙兼定は、膝の上に乗せていた宗三左文字の身体を脇に下ろす。
「ぼくは退がるとするよ」
 しどけなく崩れかけた宗三左文字の服はそのままに、己の衣服だけを整えて、歌仙兼定が宗三左文字に告げてきた。
「か、歌仙兼定、」
 未だ身体の中に熱を残したまま、宗三左文字は困惑して相手の名を呼ぶ。歌仙兼定に去って欲しくて声を上げたわけではない。赤らんだ宗三左文字の顔をちらりと見た歌仙兼定の緑の目は、しかし冷えていると呼ぶほどではないにせよ、それまでの欲情は完全に隠しおおせられていた。
「戦況について、主に報告することがあったんだ。仕事に戻るよ。夕餉を済ませて、湯浴みをしてからもう一度ここに来るとするよ。……きみさえ良ければ、だけれどね」
「………、か、かせん、」
 性技を仕掛けられて情欲を煽られ、このままなし崩しに寝室に場所を移して、歌仙兼定が夜まで自分の傍にいると思い込んでいた宗三左文字は、うろたえて言葉もろくに見つからない。
 強く吸われた唇は赤く腫れ、目尻も同じほどに赤らめて、熱い息を喘がせる宗三左文字は、どう見ても欲熱を体内に溜め込んでいる。否定の言葉を発しながらも歌仙兼定に流されるように身を任せれば、宗三左文字は己の自尊心をつき崩されることなく、容易く快楽を得られると思っていた筈だ。その期待を敢えて撓めることで、宗三左文字が脆い矜恃を振り捨てて情交を求めてくるさまが見たくて、歌仙兼定は自分の欲情をも押さえ込んで部屋を辞すことにした。
 文字通り、物欲しげな顔、としか言いようのない様態の宗三左文字が困惑する様子を密かに愉しみながら、歌仙兼定は表面上の平静を装い、宗三左文字に顔を寄せて囁く。
「夜までにきみも寝所を整えて、僕を待っていてくれ。……夜にはきみの口から、僕に猪口令糖を食べさせてもらうからね」
「……っ、………わ…わかりました……」
 仕事と言われては、宗三左文字に歌仙兼定を引き留める術はない。
 宗三左文字は欲熱に燃える身を震わせて息を吐き、頬を紅潮させたまま頷くしかなかった。




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