春に知られぬ花

 

2016/02/02
歌仙兼定×宗三左文字(未通)
冬の情景


 雪降れば冬ごもりせる草も木も春に知られぬ花ぞ咲きける  紀貫之
 (雪が降ると、冬ごもりをしている草にも木にも、春が知ることのない花が咲いているのだった)
    



「おや。戸を開け放っているのかい。この寒いのに」
 朝からどんよりと暗い空が続き、ついに雪が降り始めた、ある日の夕刻。
 歌仙兼定が本丸へやってくると主の姿はなく、代わりに、宗三左文字が端近に座して、雪が降り散る冬の庭を眺めていた。
 歌仙兼定の姿を認めて、宗三左文字が目礼する。
「……あまり外に出たことがないので、雪が、珍しくて……。戸を下ろすのが勿体ないような気がして、庭を見ていました」
 寒さと暗さの所為で、宗三左文字の白い肌は更に血の気が薄く、木目込み人形の顔のように青白い。その中で、殆ど黒と紛うほど色濃い、色違いの二つの目が、歌仙兼定を見上げていた。
 風に煽られて、白い雪の欠片がひとつふたつ、宗三左文字の淡紅色の髪や紅梅色(こうばいいろ)の衣に舞い降り、溶けて消えてゆく。
「……確かに。風流だね」
「ええ……」
 宗三左文字は己のことを言われたとも気づかず、視線を庭に戻して、再び外を眺めた。
 寒そうではあるが、その整った横顔は、心なしか嬉しそうでもある。
 歌仙兼定は宗三左文字の顔を眺めていたくて、傍に腰を下ろした。
 宗三左文字が再び口を開く。
「……秋口よりも、庭の景観が引き締まったように見えるんです。……気のせいかもしれませんが」
「ああ、それはね。庭に手を入れたからだよ」
 当然のことのように返した歌仙兼定に、再び宗三左文字が視線を向けてきた。
「……そうなのですか? 知りませんでした。一体誰が……?」
「主が……、と言いたいところだが、主は夏中庭を放置して、池が泥で埋まりかねないいきおいだったから、たまりかねて僕が自分で手配したよ。まったく、雅のわからない主を持つと苦労するね。加州清光や安定あたりは、東屋から釣り糸を垂らしたり、池に網を投げて、鯉を取って食おうとしていたし。……城の裏手の山の中腹に、魚のたくさんいそうな淵があると彼らに教えてやったよ」
 宗三左文字が驚いたように黒目がちの目を見開く。
「……歌仙兼定。…あなたは、釣りもするのですか……?」
「いや、山には木を探しに入ったんだ。出陣や遠征の合間にね。枝ぶりのいい木を何本か見つくろって、庭に移したのさ。東屋に茶室があるから、東屋からの景観もよくなるように植栽を整えたり石を動かしたりしたよ。……僕から見れば豪勢に過ぎて、侘びのない造りの茶室だが、この庭にせよあの茶室にせよ、せっかく在るものを荒れたままにしておくのは勿体がつかないからね。きみのように、雅のわかる者に気づいてもらえれば、苦労した甲斐はあったと言えるだろうね」
 にこやかに微笑んで歌仙兼定は宗三左文字の顔を覗き込む。褒められたと気づいたか、宗三左文字は顔を赤らめて、恥ずかしそうに、やや顔をうつむけた。
「……気づく、というのは少し違うと思いますけど……庭のどこが変わったかは、僕にはわかりませんし」
「はは。受手はそれでいいのさ。分析的な細かい思考や計算は、作り手やもてなす側だけにわかっていればいい。要は、風流を感じる感性が共有できていれば、それで充分だよ」
 言いながら、歌仙兼定は、自分から視線が逸れている宗三左文字の体に手を伸ばし、鳥のしだれ尾のように伸びた一房の髪に指を絡ませた。
「歌仙兼定……?」
 己の指に淡紅色の柔らかな髪を巻き取って手遊びをしている歌仙兼定を、宗三左文字はやや怪訝な顔で見つめた。歌仙兼定の態度は少し気安すぎるような気もするが、そう言って断ってよいものかどうか判断がつかない、そんな様相である。
 宗三左文字の迷いを敏感に嗅ぎ取りながら敢えてそれを愉しみつつ、歌仙兼定は足元に視線を落とし、あることに気がついた。
「……きみは裸足なのか」
 座した宗三左文字の衣服の裾から、白い足の指が覗いていた。
「体調を崩してしまうよ。空気がこんなに冷えているのに」
「……だいじょうぶですよ。僕の体のことなら」
「……そんなことを言って、夏のことを忘れたのかな? 僕に介抱されて、酷い目に遭わされただろう?」
 冗談めかした指摘に、記憶が蘇ったのだろう、宗三左文字はあからさまに困惑した顔になって、頬をひどく紅潮させた。
 歌仙兼定は微笑する。
「足袋を履いたほうがいい。綺麗なものを持ってこさせるよ」
 下手に控えていた短刀の子に言いつけて、歌仙兼定は白い足袋を用意させた。
「……足袋は履いたことがないんです」
 歌仙兼定が手に持つ白足袋を見ながら宗三左文字が正直に告げてきた。世間知の足りない宗三左文字にとって、足袋は、未経験なものの一つであるようだ。
「僕が履かせてあげるよ」
「…あなたが、ですか……?」
 あっさりと申し出た歌仙兼定に、宗三左文字が不審げな顔になる。
「……僕の従僕ではないのですから、あなたがそんな真似をする必要はありませんよ」
「僕はきみの草履だって懐の中に入れて温めておくがね。きみの為なら」
「……そういう冗談は、あまり好きませんね」
 悪戯っぽく微笑んだ歌仙兼定に、そう返しながら、それでも歌仙兼定の提案を素直に受け入れる気になったのだろう。宗三左文字が正座していた脚を崩して、ゆっくりと伸ばす。雪片がときおり舞い散る冷えた畳床の上に、目に痛いほどに白く、爪の周囲が赤くなった宗三左文字のふたつの素足が置かれた。
「…お願いします」
 宗三左文字の形の良い唇から声が聞こえた。
 微笑して、歌仙兼定は、宗三左文字の左足の(かかと)を優しく手に取る。
「………、」
 歌仙兼定に触れられて、宗三左文字が息を押し殺すのが歌仙兼定には聞こえた。
「やっぱりだね。こんなに冷たくなってしまって……」
 器用な手つきで優しく足袋を履かせていきながら、歌仙兼定は囁いた。宗三左文字の左足に足袋を履かせ終えて、左足を畳の上に置き、次いで右足を手に取る。
 今度は歌仙兼定は、すぐに作業には取りかからなかった。
「歌仙兼定……?」
 訝しむ宗三左文字を前に、恭しくさえある手つきで、歌仙兼定は宗三左文字の土踏まずを右手に抱え、左手で足の甲に触れる。
 冷たく白く滑らかな足。
 歌仙兼定は頭を落として、宗三左文字の(くるぶし)の辺りに口づけた。
「! っ、……か、かせん…、」
 驚いた宗三左文字が声を上げる。歌仙兼定は唇を離さず、口づけはゆっくりと足の甲を辿り、やがて足指の付け根にまで達する。
「……ッ、ぁ、」
 くすぐったいのか、あるいは淫靡を感じるのか。
 親指の根元を唇と温かい舌でなぞられて、宗三左文字が息を喘がせて身じろぎした。
「歌仙、兼定……! …や、やめてください……、っそんなところに接吻したら……、あなたの口が、汚れます…」
 左手で足先を掴まれ、右手では脹ら脛まで撫で上げられて、足の甲に更に接吻を受け続けながら、宗三左文字が懇願してくる。
 その口調に歌仙兼定を責める響きが一切無いことが、宗三左文字の世慣れぬ初々しさを感じさせて、歌仙兼定には微笑ましい。
 歌仙兼定は宗三左文字の右足から唇を離して、足指を足袋に入れてゆき、まずは足袋を最後まで履かせ終えた。
「……それで……、じゃあ、どこになら、接吻を許してくれるんだい……?」
 足袋を履いた宗三左文字の右足を両手に捕らえたまま、歌仙兼定は宗三左文字の顔を見上げる。
「……………、」
 切れ切れに息を吐き、頬を上気させて、宗三左文字が歌仙兼定を見下ろしていた。いずれも深い緑色と青色の両目の縁がほの赤く染まって、色の対照を際立たせる。
「……髪なら、いいかな?」
 歌仙兼定は少し顔を上げて、再び宗三左文字の長い房髪を手に掬い、口づけた。
 歌仙兼定の唇に、ひやりとした宗三左文字の髪の触感が伝わる。
「……髪だと……、あなたの唇が……、冷えてしまいますよ……?」
 困惑したままの声音で宗三左文字が言った。端から聞けばその返事は誘い水のようにしか聞こえないが、宗三左文字は純粋に、考えていることをそのまま口にしただけだということは、今までのつきあいの中で歌仙兼定にはわかっている。
「……唇か。……きみの唇に、……触れてもいいかい……?」
 更に顔を上げて、宗三左文字の顔に近づき、右手の指の背で宗三左文字の唇にそっと触れた。
「……………」
 かすかに吐息をついただけで、宗三左文字は逃げなかった。宗三左文字の薄い両唇に歌仙兼定が指の関節を優しく押しつけると、従うように、宗三左文字の唇肉が小さく上下に開いた。
 柔らかな唇が歌仙兼定の性感を刺激するのも知らぬげに、宗三左文字は為されるがままだ。
 宗三左文字の、無知ゆえの受動性と、そこからくる危うさに、歌仙兼定は息をつめて宗三左文字の様子を見守る。
 このままこの指を宗三左文字の唇奥深くに差し入れて、歯に挟ませ、舌で指をねぶらせたら、宗三左文字はどんな顔を見せ、自分はどんな心地がするだろうか。
 想像しただけで下腹部に熱が流れ込み、動悸が速まる。
 己の妄想を現実と為したい衝動に強く駆られたが、歌仙兼定はそれを抑え込んで、宗三左文字の唇から指を離す。
 指の代わりに己の顔を近づけて、歌仙兼定は、唇で、宗三左文字の唇に触れた。
「……ん…、」
 今度も宗三左文字は逃げず、歌仙兼定が幾度かその唇を両唇で揉むと、再び薄い唇は開かれて、宗三左文字の舌が歌仙兼定を迎えに来た。
「ン……っ、ん…ふ……っ」
 舌先と舌先が重なり合う。宗三左文字の体は実のところ芯まで冷えかかっていて、舌も歌仙兼定のそれよりやや体温が低い。
「やっぱり、冷えているじゃないか……体が……。こんな、口の中まで。いけないね」
 口を離して歌仙兼定は囁き、再度宗三左文字に口づけた。
「ふぁっ…ぁふ…っ…」
 歌仙兼定が舌を宗三左文字の口内に差し入れて、熱を伝えるかのように、宗三左文字の唇の裏や舌先を刺激する。
 宗三左文字は歌仙兼定の熱に口中を煽られて、歌仙兼定の舌に応えながら、陶然と、自分ではない者の体温に酔っていた。
 緊張が解けて力を失ってきた宗三左文字の体を、歌仙兼定は支えるように抱え込み、宗三左文字の冷えた細い手を己の着物の懐の中にしまい込ませて、同時に、自分の体に触れるように仕向ける。
「ンっ…ぅ……、」
 感じる体熱が心地いいのか、無意識のうちに、宗三左文字が身を寄り添わせてくる。歌仙兼定は口づけを解かぬまま、宗三左文字の体を引き寄せてその尻を抱え込み、あぐらをかいた己の脚の上に宗三左文字を抱き上げて座らせた。
「っ、か、歌仙兼定、」
 予想外のことをされて驚いた宗三左文字が、口を離して声を上げた。
 歌仙兼定の膝の上に宗三左文字の尻が乗った所為で、宗三左文字は歌仙兼定より高い位置に顔がくる。淡紅色の長い髪が歌仙兼定の頬をくすぐる。間近にある宗三左文字の顔は火照って赤く、色違いの両目は潤んでいる。口づけを続けていた薄い唇も赤く染まり、唾液に濡れていて、歌仙兼定の独占欲をひどく高めた。
「お、降ろして下さい……こんな……」
「くっついていたほうが早く温まるだろう。暫くこうしていよう」
 笑いながら歌仙兼定は言って、宗三左文字の頬や顎に下から口づけを始める。
「ンっ、ぁっ」
 耳にまで唇で触れられて、宗三左文字が歌仙兼定の手の中でぴくりと身を震わせた。
「はぁ……はぁっ」
 歌仙兼定の大きな手で衣服越しに背を撫でられ、膝や太腿をまさぐられて、宗三左文字が息を漏らす。
「あったまってきたかな? 宗三左文字どの……?」
 宗三左文字の吐息に熱がこもり始めたのは、歌仙兼定にも伝わってきていた。
 体に力が入らず、宗三左文字はくったりと歌仙兼定に身を預けた格好になる。歌仙兼定の袖の中に抱き込まれ、歌仙兼定の体温と体臭混じりの香の匂いに包まれて、宗三左文字は思考がぼんやりと蕩けてくるのを感じた。
 気がつけば、歌仙兼定の懐に入れられた宗三左文字の手は、彼の体に腕を回すような形で歌仙兼定に力なくしがみついている。
 歌仙兼定の手が袴越しに、宗三左文字の太腿や膝裏を撫で上げてくる。歌仙兼定の手や体、体臭を通じて流れ込んでくる熱がどういう意味を持つのかも理解できぬまま、宗三左文字は、渇いた者が甘露を飲み干すかのようにその熱に縋った。
「ん……ふぁ…ぁふっ……」
 下から唇に再び口づけられ、差し入れられてきた歌仙兼定の舌を自ら唇でついばみ、舌を絡ませながら、宗三左文字の手は懐の中で歌仙兼定の体を撫でさすっている。
 口と口の狭間から時折ぴちゃり、と水音がするのは、宗三左文字が、歌仙兼定の唾液を啜るように口に含ませていくからだ。
 宗三左文字を接吻に夢中にさせることができて、歌仙兼定は天にも昇る心地だった。
 宗三左文字の体を抱え込んだまま、畳の上に押し倒して、もっと淫らなことを仕掛けたい。彼も感じているはずの、体の中央に凝る情欲が一体何であるか。舞い降りた鳥のように華奢な宗三左文字の体に、それを身を以て教え込んでいきたい。
 だがここは己の寝室ではない。
 もう充分に、主に目撃されてはまずい状態にまで至ってしまっている。
 主の場所であるこの空間で、これ以上進むのはさすがに気が引けて、後ろ髪を引かれる思いで歌仙兼定は宗三左文字の唇から口を離した。
「……だいぶ体が温まったようだね」
 宗三左文字を膝の上に乗せたまま、歌仙兼定は問うた。
「…ええ………」
 歌仙兼定に向けて俯けられてくる、上気した宗三左文字の顔。
 相手がもっと接吻を続けたいと望んでいるだろうことは、歌仙兼定にも伝わった。
 歌仙兼定は宗三左文字を抱きかかえる腕の位置を変えて、接吻がもう終わりだということを態度で示した。
 宗三左文字もそれを心得たらしく、それ以上歌仙兼定に顔を近づけてくることはなかった。
 いつのまにか、外の雪は止んでいる。
「……本当は、もっと体があったまる方法を知っているが」
 宗三左文字がそれを知らないことは百も承知で、歌仙兼定は宗三左文字に笑いかけた。
「また今度にしよう。服が乱れてしまうからね」
「歌仙兼定……」
 潤んだ瞳とほのかに湿った声で、宗三左文字が名を呼んでくる。
 歌仙兼定は宗三左文字の背を優しく撫でた。
 歌仙兼定の二藍(ふたあい)色の髪に、宗三左文字の淡紅色の髪が触れ、混じり合う。
「風流だねえ……」
 今度も宗三左文字は、それが己のことではなく庭のことだと受け取った。
「……草木に雪が少しだけ積もって、まるで白い花が咲いたようですね」
 庭に首を振り向けて宗三左文字が呟いた。
「そうだね。春の知らない花だ」
 誰も知らない自分だけの花。
 ふたりで庭に目をやりながら。
 歌仙兼定は宗三左文字の体を抱えて、そのように思った。



                                             (了)




後書