降り敷く時

 

2016/12/20
歌仙兼定×宗三左文字
冬の情景/審神者一周年


 白雪の降り敷く時はみ吉野の山下風(やまのあらし)に花ぞ散りける  紀貫之(賀歌)
(時が白雪のように降りしいて、雪深い吉野の山の嵐に桜花が散っているのだなあ)
    




 ある冬の日。
 主が審神者となって一年が過ぎた。
 心浮き立たせた刀剣男士達が前々から準備を進め、一周年記念の日は朝から夜遅くまで、広間で盛大に祝宴が開かれた。
 深夜。
 近侍として宴の主催者を務め、燭台切光忠の献立や厨房・配膳の差配を手伝ったりなどしていた歌仙兼定が、後片付けの手配を終えて居室に戻ると、先に引き上げていた宗三左文字が、行灯の明かりの中に、酒と簡単なつまみを用意して恋人を待っていた。
「……宗三左文字どの。寝ずに起きていてくれたのかい。寒いのに」
 歌仙兼定が傍に腰を下ろすと、夜気の中で宗三左文字が微笑んだ。
「歌仙兼定。おめでとうございます」
 言われた歌仙兼定は怪訝な顔をする。
「祝われるのは主だけだと思っていたが……」
「この本丸で一周年を迎えるのはあなたもでしょう、歌仙兼定。主に選ばれてこの場に顕現した初期刀はあなたなのですから」
「……そういえばそうだったね。十日ほど前から、城の者が皆、主の祝いの準備に忙しかったお陰で、僕もそんなことはすっかり忘れていたよ」
「今日の宴の手配もみごとでしたね。主や大名差しの者たちも感心していました。あなたの気配りや手際の良さには、城の者は誰もかないませんね」
「……きみのほうは、この一年で、僕を褒める手管がずいぶんと上達したようだね」
 歌仙兼定は嬉しげに頬を緩ませ、そう宗三左文字に返した。
「僕はまだ顕現してから一年は経ていないのですが。でも、あなたを祝うなら今日が相応しいだろうと思いまして」
「ありがとう。宗三左文字どの」
「あの。それで……」
 頬を髪より赤く染めて、言い出しにくそうに宗三左文字は俯いた。
 薄暗がりの中に白く浮かび上がる宗三左文字の顔に、歌仙兼定は目を細めて見惚れる。
「あなたに何か贈り物をしようと思ったのですが、……そもそも僕の持ち物はみなあなたが整えてくれたものですし、あなたの趣味に合うような物は僕には選べないだろうと思いまして、それで………」
 宗三左文字は歌仙兼定のほうを見ぬまま、懐から結び文を取り出した。
「あなたへ、歌など詠んでみたのです………うまくできた自信も無いし、あなたに喜んでいただけるかどうかもわからないのですが………」
「和歌を? きみが?」
 歌仙兼定は驚いて目を瞠った。
 歌仙兼定の知るところ、宗三左文字が歌を詠んだとは聞いたことがない。
「あなたから幾度も歌を頂きましたし、あなたに古今集の写本など貸していただいて、ほんの入り口ですけど、歌詠みの心なども教わりましたので……下手は下手なりに、初めて詠んでみました。……受け取っていただけますか……?」
「勿論だよ、宗三左文字どの」
 そう答える歌仙兼定の頬も紅潮していった。宗三左文字の誠実な気遣いが嬉しくない筈がない。
 宗三左文字の香の染みた文を、歌仙兼定は受け取る。ゆっくりと結び文を開きかけて、歌仙兼定はふと手を止めた。
「でも、せっかくだから。きみの口からその歌を詠んで欲しいな」
「………、ぼ、僕が…ですか………?」
 詠唱を求められて、宗三左文字は自信が無いように尻込みした。
 和歌に造詣が深い歌仙兼定の前で、自分の拙い歌を声を上げて詠むなど気恥ずかしくて、気後れせずにできるものではない。
 歌仙兼定が微笑みつつ、宗三左文字を宥めるように重ねて言う。
「せっかくの、初めてのきみの歌だから。きみの声で聞きたい」
「………………」
 歌仙兼定からの敬意と慕情を感じ取り、宗三左文字が、緑と青の色違いの瞳で恋人を見やった。
「わ……わかりました………でも」
 少し言いさし、
「お、怒らないでくださいね……笑うのも、なしですよ」
 羞恥に頬を赤らめ、緊張に唾を飲みながら宗三左文字が懇願するのへ、歌仙兼定は微笑しながら頷いた。
 宗三左文字は座したまま姿勢を正して、声を放とうとする直前に別のことに気がついた。
「……夜も遅いから、あまり大きな声では、周囲に迷惑ではないでしょうか」
「構うもんか。みんな酔いつぶれて寝ているさ」
「……………では」
 そうは言われても、遠慮がちに声をひそめて、宗三左文字が喉を開けて歌を詠み始める。
 高雅な声で放たれる、宗三左文字の実直な心が込められた三十一音。
 歌仙兼定はただそれに聞き惚れた。
 冬の静寂の中に、宗三左文字の、恋人への思いが響く。
 歌仙兼定にとってはその歌は、どんな祝賀よりも素晴らしい、最高の言祝ぎであった。



                                             (了)




後書