| ふるさと寒く |
| 2016/12/23 歌仙兼定×宗三左文字 本丸/冬至/花丸風味 |
| み吉野の山の白雪つもるらしふるさと寒くなりまさるなり 坂上是則 |
| (吉野の山では日に日に白雪がつもっていくらしい。古里も一段と寒くなりまさっていく) |
乾いた空に寒気が染みる冬至の日の夕刻。 「でんしれんじ………だと……?」 厨房で歌仙兼定が茫然と、というよりは憎々しげにその言葉を吐いた。 「便利な物は何でも使うべきだよ、歌仙くん」 ジャージ姿の燭台切光忠がこともなげに、しかし面白そうに微笑みながら歌仙兼定に告げた。 現代人の主が住まう本丸とその周囲の館は、一見したところ刀剣男士にも見慣れたものと感じるほどに古風な作りではあるが、見えないところで様々に、戦国期や江戸時代にはなかった科学力が凝集されている。 厨房の土間には無論竈があるし、古風な姿を崩さない歌仙兼定は好んでそれを使うが、新し物好きの燭台切光忠は主の時代の調理法も貪欲に学んでいるようだった。 土壁の柱の傍に存在している「こんせんと」やら言う穴に固めの紐を差し込むと、主の時代の様々な器具が使えるようになるものらしい。 「冬至の食事には南瓜と小豆粥がつきものだが、調理法も随分変わったね。だいたい素材自体が、味と保存法と硬さが全然違う。随分甘くなったよ。アクも出ないし繊維も少ない」 柔らかい南瓜を薄い包丁でばんばん切っていきながら、燭台切光忠は感心している。 「こんなに甘いと砂糖を使わなくても子どもたちが食べやすくなるからいいね。砂糖も僕たちの時代は超がつくほどの高級品だったけど」 歌仙兼定は答えない。 「新し物好きなのはきみの昔の主の細川忠興公だって同じだろう。当時、花押の代わりにラテン語の印章を用いてたくらいじゃないか」 燭台切光忠に隻眼でそうからかわれて、歌仙兼定は憮然とした。 「三斎公は今様のお方だったが、僕は彼と違って和歌を嗜むからね。和歌は古典に拠るものだから、僕のほうがずっと保守的なんだよ」 「きみ、ただ立ってるなら小豆粥の味付を確かめてくれないかい」 竈でふつふつと音を立てている大釜を目で指し、燭台切光忠が歌仙兼定に指示を出した。 歌仙兼定は釜の木蓋を開け、粥を小皿に掬って口に入れ、すぐに渋い顔をした。 「………甘すぎる」 「それ、砂糖は入れてなくて、米と小豆の甘味だけなんだよねえ。ほんと、日本人は甘党になったよね」 「こんなに甘味が強いと、ほかの微細な風味を消してしまうんじゃないか。小豆の味も弱い。……雅じゃない」 歌仙兼定が唸った。 そもそも歌仙兼定が、本丸の大勢の口を賄う為の厨房に出入りすること自体が異例であった。宗三左文字など親しい刀剣男士をもてなす為だけに自分の包丁の腕前を見せることはあっても、 「僕の能は大衆向きじゃない」などと常から嘯いており、燭台切光忠のように、完全な裏方となるこの厨房に入って調理を為すことは殆ど無い。 今日は特別な事情があった。 冬至と言うこともさることながら、数日前に始まった連帯戦のために城に在住する刀剣男士の半分ほどが出陣していて、裏方の人手が足りないのだ。いつもは厨房や食堂に詰めている短刀の子達が今日は城から出払っていた。 歌仙兼定のように育ちきった打刀や顕現時期の早い太刀である燭台切光忠などは近頃は、敵陣深く進撃するような部隊に呼ばれることは殆ど無くなっている。冬至の食事を作るのに人手が足りないから力を貸してくれ、と燭台切光忠に頭を下げられて、歌仙兼定は渋々この場に来て彼を手伝っているのだった。 「短刀や極の子、槍や大太刀の飲兵衛連中も今日は出払ってるからねえ。節目の日だし、出陣で冷えた体を粥と南瓜であっためてあげたいじゃないか」 にこやかに燭台切光忠にそう言われてしまっては、さすがに歌仙兼定も厭とは言えない。 「主の道具を使うと、調理時間がかなり短縮できるんだよ。下ごしらえの時間も入れると三日ぐらいは得するよ」 「みきさー」とやら言う道具で大きな音を立てて食材を細かくしていきながら燭台切光忠が言った。 「………世も末だな」 歌仙兼定は溜息をついて、頑なに自分の包丁で食材を切っていった。 「わぁ、あまーい。です」 椀から粥を一口啜って今剣が嬉しそうに微笑んだ。 隣ではいつもはお喋りな愛染国俊が今日は黙ったまま、箸を止めることなく南瓜を口に詰め込み続けている。 燭台切光忠の言うとおり、主の時代の口当たりの良い食物は、短刀の子どもたちには受けが良いようだった。 そうは言っても好き嫌いが出にくいのはいいことだ、と膳を運びながら、歌仙兼定は内心では思った。 「きょうは歌仙さんがはいぜんをしてるんですか?」 今剣に尋ねられて歌仙兼定はむっつりと頷いた。 「仕方なく、ね。城に働き手もいないし、今日は冬至だから、特別だ」 出陣先から帰城してすぐに湯に浸かり泥を落とした子どもたちの体から、ほんのりと柚子の香りがする。日暮れ前に抜かりなく庭から柚子の実をもいで、共同風呂に放り込んでおいたのは歌仙兼定だった。 「うぇえ、あっまーい!」 短刀の子達とは打って変わって、悲鳴のように声を上げたのは酒好きで辛党の次郎太刀だった。 「ちょっとぉ、こんなの酒のつまみになんないよ! 舌が馬鹿になっちまう。漬物持ってこーい!」 小豆粥も南瓜も放り出して次郎太刀が赤ら顔で喚く。隣で太郎太刀が諫めようとするが、まったく効き目がない。 「ひとが労力をかけて作ったものに文句を言うな。風流じゃない」 歌仙兼定が窘めると、既に酒の回った次郎太刀は濁った目で睨み上げてきた。 「食えないモンを不味いって言って何が悪いのさ! 赤味噌か、せめてもっと塩が入って濃い味にでもなってりゃぁともかくさ! だいたい京風のあんたとは味覚が合わないんだよ!」 「………………まったく、熱田の馬鹿舌が………」 酔っ払いを相手にしたくなかった歌仙兼定は顔を背け、うんざりした表情でぼそりと言った。 「あ―――! 聞こえた!」 次郎太刀がその場にすっくと立ち上がる。 「いま名古屋をディスったね! 信長ちゃんは那古野城の産湯に浸かった天下人だってのに! 宗三ちゃんに言いつけてやるんだから!」 酔った勢いで叫ばれた次郎太刀の言葉にぎょっとなった歌仙兼定がすぐに怒りをその秀麗な面に上せた一方で、食堂の端で江雪左文字とともに南瓜を食していた宗三左文字に、他の者たちの視線がいっきに振り向けられた。 「え……………」 いつもは大名差しの太刀や打刀が食堂に出てくることは滅多に無いが、冬至の今日は特別とて、皆が一堂に会していたのだった。 南瓜を箸で運ぶ手を止めたまま、皆の視線を受けて瞬きを繰り返した宗三左文字だったが、やがて、頬を紅潮させて、 「………あの………。南瓜の煮付も粥も、歌仙兼定の味つけとは違うと思いますけれど………」 しんと静まりかえった中でなければ聞こえないようなか細い声で、宗三左文字はそう言った。 「ご名答」 厨房へ続く食堂の入り口から折良く入ってきた燭台切光忠が、切った塩漬大根をのせた折敷を掲げながら笑顔でそう答える。 「献立を作ったのは僕だよ。ほらほら、辛党用に漬物を持ってきたよ。喧嘩はしない」 酒好きの大太刀や槍連中の前に燭台切光忠が漬物の折敷を置くと、次郎太刀はころりと機嫌をよくした。 「おっ! 待ってましたー! やっぱ酒には辛いモンだよね!! やったー!」 次郎太刀が遠慮もなく折敷から漬物をかっさらって口に運んでいくのを、兄の太郎太刀が脇で頭を下げている。 「弟が申し訳ない、皆さん」 生真面目な太郎太刀から自分や燭台切光忠に向けてそう謝られては、歌仙兼定も矛先を収める他はない。不満そうに鼻を鳴らして口を閉ざした歌仙兼定に、脇から燭台切光忠が低い声で話しかけた。 「僕のために怒ってくれなくてもよかったのに。あんなの日常茶飯事なんだからさ」 「次郎太刀は調理者への感謝と自らの謙虚さが足りない。出された以上は黙って有難く食すべきだ。一人一人の味覚に合わせるならともかく、津々浦々の者たちの口に合うものなどそう作れるものではないんだからね。これだから大勢のための食事を作るのは嫌いなんだ」 「デリカシーだねえ」 燭台切光忠は苦笑した。 声を落として喋り合う二人の脇で、膳の前に座した博多藤四郎が小豆粥に溜り醤油を差している。 「味はよかばってん、物足りなか」 「………………」 今にも噴火しそうな歌仙兼定を、燭台切光忠は如才なく厨房へ引きずっていった。 「歌仙くん、どうどう」 人気のない厨房で燭台切光忠が怒りさめやらぬ歌仙兼定を宥めているところに、事態を心配した宗三左文字が現れた。 「大丈夫ですか、歌仙兼定」 「ああ、宗三くん。気を遣わせてしまって済まないね。食事は終わったかい?」 燭台切光忠のほうが先に宗三左文字に応じた。 「ええ。おかげさまで、美味しくいただけました」 もともと少食の宗三左文字は夕食については既に満足したもののようだった。 「まったく、散々な冬至だよ」 不機嫌なまま歌仙兼定が溜息をついた。 「さっさと片付けを初めて、今日という日を終わりにしてしまおう」 歌仙兼定が襷を結び直し、着物の袖を捲る。 「……そこまで手伝ってくれるのかい? みんな出陣から戻ってきてるから、裏方は間に合うのに」 もう歌仙兼定は動いてはくれないだろうと思っていた燭台切光忠が目を瞠ると、 「戦場で手柄を立てて疲れてきた子達を更にこき使うわけにもいかないだろう。仕方がない」 「………僕も手伝いますよ。僕も今日は一日じゅう館にいましたから」 脇で宗三左文字も袖をたくし上げ始める。 「膳を下げたり洗い方をしたりくらいはできます」 「宗三左文字どのはそんなことをしなくていいよ。特に洗い方は駄目だ」 歌仙兼定がすぐに声を上げた。 「こんな気候で水など触ったらきみの手肌はすぐに荒れてしまう。ただでさえ肌が乾燥気味なのに」 「ですが………」 燭台切光忠を気にしながらも宗三左文字が歌仙兼定に食い下がろうとするのへ、燭台切光忠が面白そうに口を挟んだ。 「歌仙くんは嫌うかもだけど、主の便利な道具があるよ。『食洗機』って言うんだけど」 二藍色の髪と淡紅色の髪が翻って、燭台切光忠を四つの目が見る。 「膳を下げるのさえ手伝ってくれれば、僕らは手を濡らさず、機械に自動で洗って貰えるよ。食器を乾かすところまでやってくれる」 「………………」 特に歌仙兼定が胡乱げな顔で燭台切光忠を見た。 燭台切光忠は隻眼を細めてにこにこと笑う。 「ね? 新しいものは便利だろう、歌仙くん」 「………すっかり寒くなりましたね」 膳を下げ、『食洗機』とかいう機械に全ての食器を片付け終えて、歌仙兼定と宗三左文字は居室への道を辿った。 「……よく僕の味つけでないとわかったね」 肩を並べて歩きながら、寒さに身を竦ませつつ、夕食のことについて歌仙兼定が宗三左文字に話しかけた。 「そうですね。……あなたに作っていただいた食事の味に慣れているからでしょうか。今日は別の方の差配だとすぐにわかりました。……次郎太刀はあんなことを言っていましたが、あなたは僕の舌に合わせて少し濃い味のものを出してくださいますし、いつも美味しいですよ」 「……いや、きみに対しては、実はそれほど味を濃くしているわけでもないんだよ。信長公は確かに京の味は薄すぎると思っておいでだったようだが。きみの味覚はむしろ信長公ではなく今川義元公に拠っているのかも知れないね。ご母堂が公家の出だったし、義元公は幼少の頃は京の寺にもいたことがあるそうだから、薄味には慣れているんだろう」 宗三左文字は優美に首を傾げた。 「………そういうものなのかも知れませんね。地域ごとに好む味があるでしょうから。今日はお疲れ様でした、歌仙兼定」 緑と青の色違いの目で覗き込まれてそうねぎらわれ、歌仙兼定は口の端にようやく笑みを上せた。 「きみに労ってもらえると、疲れも軽くなるね。夕餉の前に柚子湯は浸かったかい?」 「ええ。……縁起物だ、と聞きました」 歌仙兼定が手を伸ばし、枝垂れ尾のように伸びた宗三左文字の淡紅色の髪の一房に触れ、鼻を近づけた。 「ほんとうだ。柚子の香りがする」 「あなたは入浴はまだなのでしょう、歌仙兼定」 「そうだね。厨房や食堂でばたばたしているうちに入り時を逃してしまった。身を清めてから、今晩、きみの部屋に行っていいかな……?」 宗三左文字を見つめる歌仙兼定の緑の目が艶めいているのを知って、宗三左文字もまた色違いの瞳を潤ませた。 「………答えはいつでも決まっていますよ」 珍しく冗談めかして、宗三左文字は高雅に微笑んだ。 「今宵は一年で一番夜が長い日ですが。でも、あまり遅くまで待たせないでくださいね、歌仙兼定」 (了) |
| 後書 |