入りてはしげき道ならむ

 

2016/08/22
歌仙兼定×宗三左文字
女体宗三/コメディ/全4話
※は18禁(
※女体注意)


これやさは()りてはしげき道ならむ(やま)ぐち(しる)く惑はるるかな  とりかへばや物語
(これがあのつらい恋の道というものか。山の麓の入り口で、
既にひどく迷ってしまっている)
    



  <其乃一>


 帰城してきた宗三左文字の様子がおかしい。
 城門で帰還した部隊を迎えた歌仙兼定は、すぐにその事に気づいた。
「宗三左文字どの、どうしたんだい?」
 今日は歌仙兼定が部隊長として常任されている第一部隊ではなく、第二部隊が出陣していた。その中に宗三左文字も組み込まれていたのだ。
「いえ……少し……、具合が、よろしくなくて」
「出陣中に何かあったのかい」
 心配が高じて殆ど咎めるような響きさえ籠めながら歌仙兼定が尋ねる。宗三左文字はすぐには答えない。俯いて手で襟元を寄せている宗三左文字の顔は酷く赤らんでいて、疲労と言うより困惑の気配が強かった。
 歌仙兼定はすぐに顔を上げた。第二部隊の部隊長だった同田貫正国に詳細を聞こうと首を巡らして彼を探そうとしたが、
「同田貫正国は知らないのです……歌仙兼定、彼には尋ねないでください」
 消え入るような声で脇から宗三左文字に懇願されて、歌仙兼定は息を吐いて諦めた。
「…あの……後で、僕の部屋に来てくださいませんか。……体の具合のことについて、相談があるので……」
「諸々の手配や主への報告を済ませたら、すぐに行くよ。戦支度を解いて待っていてくれ」
 約束した以上、歌仙兼定はできるだけ早く宗三左文字の居室に来てくれるはずだった。
 宗三左文字は困惑した表情を解かぬまま、黙って歌仙兼定に頷いた。


「敵脇差の髑髏に噛まれた?」
 夕刻。
 宗三左文字の部屋で歌仙兼定は声を上げた。
 宗三左文字は頷く。
「ええ。とどめを刺した際に手の甲に牙が当たって……。怪我と言うほどのことはなくて、放っておいても支障は無い程度の掠り傷なのですが。ただ、その、」
 主座に正座して、宗三左文字は困惑したように身を捩る。
「体が、どうにも、妙な感じで……」
「妙、とは」
 歌仙兼定が宗三左文字に向き合って、宗三左文字の身を目で検める。体は常のとおりの僧衣に覆われていて、体型も肌の色味もまったく推し量れない。
 宗三左文字は相変わらず、襟の辺りを手で絞って、数珠の絡んだ鎖骨と胸をいつもより覆い隠そうとしている。
「宗三左文字どの。その手を退けてみてくれ」
「……………」
 頬を赤らめた宗三左文字は眉根を寄せて緑と青の瞳で歌仙兼定を見つめ、襟を絞る手をゆっくりと離した。
 襟が割れて、宗三左文字の白磁のような肌が覗く。白さはいつも通りだが、陰影がなにやら奇妙な感じだ。
 歌仙兼定は手を伸べて、宗三左文字の襟の間に指を滑らせる。
「っ………」
 皮膚がずいぶんと柔らかい。
 歌仙兼定は眉を顰め、右手を襟の内側に差し入れた。
「…ふッ、」
「ッ、」
 宗三左文字の吐息と歌仙兼定の喘ぎが同時に口から吐かれた。
「こ、これは、」
 歌仙兼定のうろたえた声とは裏腹に、襟の中に差し入れた手は無遠慮に宗三左文字の胸を揉む。歌仙兼定の掴んだものは、滑らかで丸い饅頭のような肉感だった。
 筋肉質とは言えないまでも朝まで確かに男の体だった宗三左文字の胸が、今は丸く膨らんでいる。
 まるで女の胸のように。
「……宗三、左文字どの。……脱いでもらっても、いい、かな?」
 歌仙兼定の声もさすがに動揺している。
 宗三左文字が「ええ」と言うか言わないかのうちに、歌仙兼定の両手が動いて、宗三左文字の僧衣を肩から二の腕まで滑り落とした。
 露わになる胸の蝶の刻印が、張り出した胸乳の上で球面状に膨らんでいる。胸は女そのものの形で、赤い花のような乳首は男の体だったときより少しだけ大きくなって、歌仙兼定の手指に触れられて硬く尖っていた。体全体も丸みを帯び、女性のように肉がついている。
「……………き、帰還途中に気づいたのです……体の異変に……、刀も、やたら重く感じられて………それで……」
 顔を髪より赤く染めながら、宗三左文字が泣きそうな顔で告げた。
「あ、あの……先程確かめてみたのですが……その、」
 宗三左文字は顔を俯け、下腹部を覗き込むようにしてそのまま黙り込む。
「ま…さか………下も……?」
 宗三左文字の言葉を補うように歌仙兼定が呟くと、宗三左文字は眉をぎゅっと寄せて無言でこくこくと頷いた。
「………確かめてみても、いい、かな………?」
 そう尋ねる歌仙兼定の顔も、見る間に宗三左文字と同じほどに紅潮していく。
 歌仙兼定は宗三左文字に更に近寄り、腰帯を解き、僧衣の襟を裾までくつろげる。
 宗三左文字の胴の前面すべてが歌仙兼定の目に露わになる。張り出した乳房の下から臍が覗き、丸くなった腰が柔らかみを増した太腿に続いている。
 そして下腹部には、本来あるべきものが確かに無かった。
 もともと陰毛の薄い宗三左文字の下腹部は殆ど無毛に近いほどになって、正座する両膝を歌仙兼定が両手で開くと、薄い毛の下にはっきりと女性のものが存在していた。
「………あ、あの、」
 下腹部をまじまじと覗き込まれ、歌仙兼定の二藍の髪に突き出した乳房を撫でられながら、宗三左文字が羞恥と困惑、幾ばくかの危惧を持って歌仙兼定を呼ぶ。
「……………」
 歌仙兼定は宗三左文字の体にできた見慣れぬものに目が釘付けになった状態で、瞬きもせずに、魅入られたようにそれに見入っている。
「か、歌仙兼定……っ、」
 恥ずかしげに宗三左文字が名を呼び、歌仙兼定の身がぴくりと震えた、と思ったら、歌仙兼定はがばと身を起こし、ものすごい勢いで宗三左文字の襟をぴっちりと合わせ、宗三左文字の体のほぼ全てが自分の視界から消えるように僧衣を巻きつけて帯を締め始めた。
「僕も少しなら、病や呪詛に対する薬効の事どもも知ってはいるが、」
 宗三左文字の帯をぎゅうぎゅうと巻きながら口早に歌仙兼定が言う。
 その声音から、歌仙兼定も相当に狼狽していることが宗三左文字にも知れた。
「これはお手上げだ。薬研藤四郎を呼ぼう」
 薬研藤四郎は、歌仙兼定を近侍とした主により、城中の鍛錬所で初めて打たれた刀だった。名が性格を現すのか、医療薬の研究熱心で有名な短刀である。
 城中で常から白衣を着て、主の時代の医薬などを熱心に学んでいる薬研藤四郎なら、あるいはいい知恵を持っているかも知れなかった。



「呼ばれたぜ」
 子どもの態をしていても声や思考、表情が大人びている薬研藤四郎が、薬箱を抱えて宗三左文字の居室に入ってきた。
 歌仙兼定は宗三左文字の傍に、彼を守るように座している。
「具合が悪いんだってな、宗三。まずは体を見せてもらおうか」
 薬箱から聴診器を取り出しながら薬研藤四郎が言った。ともに織田信長の佩刀だったこともあり、薬研藤四郎は、他の刀剣男士たちよりは宗三左文字に対して遠慮が無い。
 宗三左文字が大人しく従おうと袈裟の紐を緩めるのへ、
「駄目だ」
 低い唸りのように歌仙兼定の声がした。その剣幕に他の二人が手を止める。
「宗三左文字どのの服は脱がすな、薬研藤四郎。着たままで診療するんだ」
 薬研藤四郎が呆れたように歌仙兼定を見た。
「体を見ねえで何処が悪いかわかるもんか。裸くらい、減るもんじゃないしいいだろう」
「駄目だ。減る」
 即答し、座ったままで歌仙兼定が薬研藤四郎を睨み下ろす。
 歌仙兼定の嫉妬深さと宗三左文字への独占欲は城中でも有名だった。
 薬研藤四郎はわざとらしく溜息を吐いた。
「宗三の後見気取りはいいが、悋気も大概にしたほうがいいぜ、之定の旦那。……とにかく体を見なくちゃ始まらねえ」
「服の上から見ればいい」
「そんなことができるもんかよ。裸を見て、肌に触れて脈を測ってみなきゃ治療のしようがねえだろ」
「……触るだと………」
 歌仙兼定の唸りが一段と低くなる。
 宗三左文字ははらはらと恋人を見た。
「歌仙兼定……、やめてください。僕たちは薬研藤四郎に来ていただいて、治療をお願いしている立場なんですよ」
 薬研藤四郎はうんざりしたように首を振る。
「とにかく……どこまでなら、之定の旦那は許容できるんだ。宗三の何処が悪いかを見極められなきゃ、治療は終いだ。俺は帰るぜ」
 歌仙兼定は相変わらず薬研藤四郎を睨みながら、爪の先ほどの譲歩を見せた。
「腕なら肌を見てもいい。肘までだ。……触るのも、そこまでなら許容しよう」
「歌仙兼定……」
 げんなりした様子で宗三左文字が言う。
「お前さんの体なのになぁ。……なんで逐一、之定の旦那の許可がいるんだか。ま、腕出せよ、宗三」
 口は悪いがやや面白がる素振りで薬研藤四郎が言った。宗三左文字が右腕を出すと、薬研藤四郎は袖を肘まで捲り上げる。
「脈は普通だな。………あれ」
 薬研藤四郎はすぐに怪訝な顔になった。
「宗三、お前さん……こんなに腕の脂身多かったか? あといくら何でも華奢すぎねえか……? 男の割には細っこくたって、もっと骨張って身も締まってた気がしたが……」
「……その………、」
 宗三左文字が事情を説明しようとしたところへ、薬研藤四郎は宗三左文字の袖の中に手を突っ込んで、二の腕までを探り出した。
「薬研藤四郎!」
 怒声が上がって歌仙兼定が尻を上げ片膝立ちになる。
「おお、怖わ」
 薬研藤四郎は笑って、小柄な体で更に袖奥に腕を伸ばし、宗三左文字の乳房を探り当てた。
「ひッ」
 宗三左文字の声に被さるように、薬研が感心した声を上げた。
「へえっ。女のおっぱいがついてんな」
「……きさま!」
 歌仙兼定が抜刀して斬りかかるより早く、薬研藤四郎は宗三左文字から手を離して後ろに跳び退った。
「之定の旦那が見るな触るな言ってたのはこれの所為か。はは、成る程な」
「……わ、笑い事ではないでしょう………」
「直れ、薬研藤四郎! 無礼打ちだ、首を差し出せ!」
「歌仙兼定!」
 三者三様に声を上げて、部屋が急に騒々しくなった。抜刀したまま薬研藤四郎に斬りつけんばかりの歌仙兼定を宗三左文字が服の裾を掴んで、どうにか押し止める。
「刀を収めてください、歌仙兼定。薬研藤四郎から話を聞かないとならないんですよ……斬りかかってどうなるというんです」
「奴はきみに触った!」
「歌仙兼定……、治療をお願いしてるのですから、それくらいは当たり前でしょう。……僕と一緒に薬研藤四郎から話を聞けないというのなら、僕の居室から出ていてください」
「………………、」
 宗三左文字にそこまで言われて歌仙兼定は引き下がるほかなくなった。胸中に渦巻く怒りをまったく鎮めることなく、歌仙兼定は刀を鞘に収め、薬研藤四郎を睨みつけながら宗三左文字の傍に座り直した。
「……二度と宗三左文字どのに触るなよ」
「はいよ」
 軽く返事をして薬研藤四郎も宗三左文字の傍に座り直す。
「体の下のほうも女の道具になってんのか?」
「え……ええ……」
 薬研藤四郎のあけすけな問いに、顔を赤らめながら宗三左文字は答える。
「しっかし陰陽が反転するとは奇っ怪だなぁ。ま、俺っち達は男の態はしていても完全な人間って訳じゃねえから、人間とは違う状態になることも有り得るんだろうが……」
「薬研藤四郎……、体がこうなってしまう現象について、なにか心当たりはありませんか。……僕は、出陣中に敵の脇差の髑髏に手が当たったのですが」
「どれ。見せてみな」
「……薬研………」
 脇から獣のように歌仙兼定が唸る。
「手の甲ぽっちだぞ。どこまで嫉妬深いんだよ」
 宗三左文字の白い手を掴んで、薬研藤四郎は呆れ顔で歌仙兼定に言い返す。
 織田家所有刀の中で最も内面が武人らしいと言われる薬研藤四郎は、少年姿でありながら剛胆な性格で、歌仙兼定の脅迫にも全く動じない。
 宗三左文字の左手についた掠り傷を薬研藤四郎は観察する。
「確かに傷は小さいな。……敵の刀傷でなく、脇差や短刀の髑髏に噛まれた場合について、大将がお上から預かってる書物になにか言及があった気がするが……今はちょっと思い出せねえ。一旦下がって、大将のもとからその書物を探し出してくる必要があるな」
「……お願いできますか? 薬研藤四郎……」
 困惑を面に上せて尋ねた宗三左文字に、薬研藤四郎は微笑む。
「織田の大将の大のお気に入りだったあんたに頼まれちゃ、厭とは言えねえさ」
 信長のことを持ち出して、薬研藤四郎は答えた。
 その様子を見据えながら、宗三左文字の傍で歌仙兼定が苛々と指で膝を打つ。
「あんたが刀剣男士に顕現して、城で逢ったときから。織田の大将の佩刀だった頃にそぐわぬ、雛人形の姫さんみたいな見た目だなとは思ってたが……本当にお姫さんになっちまうとはな。手もこんなに柔になっちまって」
 宗三左文字の白い手を薬研藤四郎は己の、小さいが節くれ立った手で揉む。
「薬研藤四郎………」
 薬研藤四郎を睨む歌仙兼定の緑の目に赤い光が散り始めた。危険な兆候だ。
 歌仙兼定に気を遣って、宗三左文字は薬研藤四郎の手から己の手を抜いて僧衣の中に引っ込める。
 薬研藤四郎は苦笑して素早く席を立った。
「少々時間をもらうぜ。深夜になるかも知れんがいいか」
 宗三左文字は黙って頷き、歌仙兼定は渋面を作って腕組みをした。
 薬研藤四郎が去った後、歌仙兼定は不機嫌な顔のまま宗三左文字に愚痴を吐いた。
「もと織田勢の者たちはきみに対して馴れ馴れしすぎる。今は何のゆかりも無いのに」
「……それでも薬研藤四郎が調べてくださるのは心強いですよ。歌仙兼定は気にしすぎです」
「きみが鷹揚すぎるんだよ。皆、きみの寛容さにつけこんで……まったく、無礼極まりない」
 歌仙兼定は不満げに息を吐く。
 その間に、宗三左文字は別のことに執着していた。
「……このまま体が元に戻らなかったら、どうしたらよいんでしょうか……」
 俯いて背を丸くし、宗三左文字は消沈している。
「宗三左文字どの」
 慰めるように、歌仙兼定が宗三左文字の肩を抱く。
 その肩も、男のものだったときより随分丸みを帯びて柔らかくなっていた。
「ただでさえあまり戦場経験がなかったのに……こんな身になってしまっては満足に刀も振るえず、本当に、ただの象徴として主の傍に侍ることしかできなくなってしまうんでしょうか」
「落ち込むのはまだ早いよ、宗三左文字どの」
 歌仙兼定は優しく言って、宗三左文字の背をさすった。
「薬研藤四郎がなにかいい処方を見つけてくるさ。それを待とう」
「……あなたは厭ではありませんか? 歌仙兼定……」
 宗三左文字が首を巡らして、潤んだ色違いのふたつの目で歌仙兼定を見つめた。
「なにがだい?」
「……僕の、体が、こんなふうになってしまって……」
 女の体になろうとも、困惑した風情の宗三左文字の顔は歌仙兼定には美しく映る。
 歌仙兼定は宗三左文字に向けて微笑んだ。
「いつものきみも好きだが。今のきみも、負けず劣らず雅だよ」
 華奢で柔らかくなった宗三左文字の白い手を握り、その指に口づける。
「僕はいつだってきみの賛美者だよ。宗三左文字どの」
 冗談とも本気ともつかぬ歌仙兼定の物言いに、ようやく宗三左文字は少しだけ微笑んだ。




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