<其乃二> 深夜の頃に、薬研藤四郎が再び宗三左文字の居室に現れた。 「大将の所有してる書物の中に、記述があったぜ。大将本人に聞いてもさっぱりだったが、俺っちが書庫を漁ったら見つかった。一度別の薬を調べてたときに読んだことがあって、もの珍しいから記憶に残ってたんだな」 古びた巻物を手に掲げながら薬研藤四郎は言う。 「これによると、だ。敵の脇差や短刀の髑髏の牙には稀に毒を持つものがあるという。毒っつっても死なせるとか弱らせるとかじゃなくて、刀剣男士にのみよくない影響を与える、という意味での『毒』だな。陰陽逆転の話も出てた。脇差に噛まれるとたまにそういうことがあるそうだ。牙に毒を持ってる奴と持ってない奴がいて、たまたま今日は持ってる奴が宗三の手を噛んだ、ということなんだろう」 「治療法は?」 歌仙兼定が怪訝な顔で薬研藤四郎に尋ねた。 傍に座る宗三左文字は無言のまま、不安そうな面を薬研藤四郎に向けている。 薬研藤四郎は床に巻物を広げて該当箇所を捜し出し、眼鏡をかけて、顔色一つ変えずに読み上げた。 「治療法はだな。『気を充分に遣らせてのち陰に淫水をしとどに漏らせ』、とある。つまりは、誰か男と、女になっちまった宗三とが和合して宗三をさんざんよがらせた後に、宗三の女の壺の中に男がたっぷりと精を撒けばいい。そうすれば半日ほどで元の姿に戻る……、とここに書いてある」 「…………………」 少年姿の薬研藤四郎が臆面もなく交接の話をして見せるのが異様に過ぎ、ほかの二人は言葉を失って黙り込む。 あまりのあけすけさにいたたまれなくなって、宗三左文字は顔を真っ赤にしている。 隣の歌仙兼定も眉根を寄せ、さすがに頬を紅潮させていた。 薬研藤四郎は眼鏡を外して、巻物から宗三左文字へと視線を移した。 「幸い、お前さんには之定の旦那がいるから、すぐにでも治療を始められるぜ。よかったな、宗三」 「………………」 微笑した薬研藤四郎にあっさりと言われても、すぐに宗三左文字は反応ができない。 無言のままの宗三左文字に、薬研藤四郎は不思議そうに首を傾げた。 「……不安か?」 「………それは、そうでしょう……」 薬研藤四郎に問われて、宗三左文字はのろのろと答えた。 薬研藤四郎は鳶色の瞳を悪戯っぽく光らせて笑う。 「そうさなあ。之定の旦那の陽物だと、未通の宗三の女壺には大きすぎるかもな。俺っちくらいの控えめな玉茎だと、お前さんがよがるにはちょうどいいかも知れないぜ。よかったら試し…」 「さっさと帰れ」 薬研藤四郎の言葉の意味がわからず戸惑う宗三左文字の脇で、歌仙兼定が制するように唸り声を発して立ち上がり、薬研藤四郎の襟首を掴んで強引に戸口へと引きずっていく。 「子細はわかった。もう下がっていい。二度と来るんじゃない。宗三左文字どのに手を出したら叩き切るぞ」 爪先立ちになるほどに薬研藤四郎の体を引っぱり上げた挙げ句、歌仙兼定は襖の外の廊下に薬研藤四郎を押し出した。 「おいおい、お礼もねえのかよ」 「宗三左文字どのに不埒なことを言うな。金輪際触るな。馴れ馴れしく宗三と呼ぶな。感謝する。帰れ」 薬研藤四郎の返事も待たずに歌仙兼定は鼻先でぴしゃりと襖を閉めて、中から厳重に掛け金をかけてしまった。 「まったく……外見が子どもに見えるのがいっそ質が悪いな」 あの性知識と羞恥心の無さはまるで中年の男のようだ、と歌仙兼定は苦々しく思った。とりわけ今の宗三左文字からは、薬研藤四郎は遠ざけておかなくてはなるまい。 「………それで、宗三左文字どの」 薬研藤四郎が歩いて遠離ったのを襖の向こうの足音で確認してから、歌仙兼定は部屋の奥にいる宗三左文字に向き直る。 「僕たちはどうする?」 「………どう、………とは……?」 戸惑うばかりの宗三左文字が、頬を赤らめたまま問い返す。 「いつから治療を始めようかということだよ。……その」 歌仙兼定も気恥ずかしいのか、照れ隠しのように咳をひとつして、 「女姿のきみと僕とで同衾しなくてはなるまいよ。……きみの体を元に戻す為に」 「…………そう…ですか……そう、ですよね…………」 俯いていた宗三左文字が、顔を上げて歌仙兼定を色違いの両の目で見つめる。 「とりあえず、今宵はきみのもとに泊まっていっても構わないだろう?」 歌仙兼定の提案に、宗三左文字は困惑の表情のまま、黙って首を縦に振った。 寝室の寝床の傍で、宗三左文字が僧衣を脱いで再び裸身になっていくのを、歌仙兼定は息を詰めて見守った。女性となった宗三左文字の体は女性にしては上背が高く痩身で、乳房もやや控えめであり、その所為で体型が隠される着衣のときには、殆ど外見上の変化は判断できず、第二部隊長の胴田貫正国を始め、出陣中の皆の目には体が変容したのがわからぬままに済んだもののようだった。 「普段、見慣れた姿と違う所為だろうか……不思議だね。今のきみは、まるで今夜初めて見た人のようだ。……政略婚をした時代の主たちも、初夜にはこのような思いを抱いたのだろうかね」 「……………」 宗三左文字は歌仙兼定の独り言のような呟きには答えなかった。 服を脱ぐことで改めて己の身体の変質を目の当たりにした宗三左文字は、頬を紅潮させて困惑したまま、泣きそうな顔で歌仙兼定を見ている。白浴衣の姿で座していた歌仙兼定が手を伸ばすと、宗三左文字の細い体が縋るように歌仙兼定の腕の中に滑り込んできた。 「不安そうだね……怖いかい?」 「………ええ……、少し……」 宗三左文字の体が緊張のあまり震えているのを、歌仙兼定が宥めるように白磁の肌を撫でさする。 いつも使っている香が、女になった宗三左文字の体臭と混じり合って、花の蜜のような甘い匂いでもって歌仙兼定の鼻をくすぐる。 「あなたは……女人のことは、知っていますか………?」 歌仙兼定の手のおかげで少し震えを弱めながら、宗三左文字が聞いてくる。歌仙兼定は首を横に振った。 「……知識はいちおう持ってはいるが……、何せ城中には女性はいないしね。城下の里人の女と、ふたことみこと言葉を交わしたことがある程度かな。きみの為に、花を求めたりしたときに」 宗三左文字の体を撫でさする手が、膨らんだ乳房に触れ、突き立った乳首を触ってくる。 「ッ……ん……、」 「感じるかい?」 宗三左文字の首がかすかに動いて、淡紅色の長い髪が揺れた。 肯定と見て取って、歌仙兼定は宗三左文字の額に口づける。 「男どうしの初夜と同じだよ。ゆっくりいこう、宗三左文字どの」 「………は…、」 緑と青の瞳を潤ませた宗三左文字が、首を擡げて歌仙兼定を見る。 互いに唇を寄せて、口づけを交わす。 腕の中の宗三左文字の抱き心地は柔らかく肉感的になったが、接吻は、いつもどおりの宗三左文字の唇と舌の感触だった。 |
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