<其乃四>


 その後も宗三左文字は歌仙兼定に労られながら、恋人と共に幾度か愉楽の頂点を味わった。
 翌朝。
 恋人に抱き込まれたまま眠ってしまっていた宗三左文字が目を覚ますと、自分の体は見慣れた男のものに戻っていた。
「歌仙兼定」
 安堵と喜びで自然と笑みを浮かべながら、宗三左文字は、傍らで寝顔を見せている恋人の名を呼んだ。
 寝乱れた二藍色の髪の下からぱちりと明るい緑色の目が開いて、宗三左文字に微笑みかけてきた。
「おはよう、宗三左文字どの。………その顔は……、うまくいったようだね?」
「ええ。すっかり元の通りになりましたよ」
 頬を紅潮させて嬉しげに返事をしてくる宗三左文字が愛おしくて、歌仙兼定は笑みを深くする。腕に触れる宗三左文字の体は確かに、昨夜までの柔らかさを失っていた。
「どれ。確かめてみようか」
 互いに裸身で布団に潜り込んでいるのをいいことに、歌仙兼定は宗三左文字の腰に手を伸ばす。
「か、かせんかねさだ、」
 はっきりと存在する男性の象徴を歌仙兼定の手に掴まれて、宗三左文字が困惑の表情を上せる。
「本当だ。元のきみに戻ったな。重畳だね」
 宗三左文字の尖った鼻先に悪戯っぽく唇を寄せながら、歌仙兼定は言った。
「ンっ…、ぁ、」
 竿を擦り上げられて宗三左文字が声を漏らす。
「……や、やめてください、朝から………今日も、出陣ですのに……。主のもとへ挨拶に向かわないと……」
「脇差の毒に中った昨日の今日なんだから、病み上がりということで休養を貰ったらどうかな?」
 くすくすと笑いながら歌仙兼定が言い募る。
「本当に足腰が立たなくなるまで夕べの続きをしても、僕は構わないよ? ……正直なところ、女人姿のきみをもっと抱いてみたかったが。でも今の姿もやはりまた格別だね。宗三左文字どの」
「……だ、駄目ですよ………歌仙兼定」
 羞恥と困惑で顔を真っ赤にして、宗三左文字は歌仙兼定の腕の中から抜け出そうとする。触感で既に歌仙兼定にはわかっていたが、寝具から這い出た宗三左文字の白い裸身は完全に以前の男の姿を取り戻していた。
 宗三左文字はそそくさと身支度を整え出す。それを眺めながら、宗三左文字には気づかれないように歌仙兼定は安堵の息を吐いた。
 宗三左文字に直接は言わずとも、恋人の姿が元に戻らぬかも知れぬという危惧を抱いていたのは、歌仙兼定も同様だった。
「やれやれ。仕方ないね。起き出して、軽く朝餉を取ったら、主のもとに伺候しようか」
 歌仙兼定も心を切り替えて身を起こす。
 新たな一日が始まろうとしていた。


 今日の出陣は三人での部隊編成だった。歌仙兼定と宗三左文字が揃い、更には薬研藤四郎も部隊に加わっていた。
 出陣先は歌仙兼定にとってさしたる脅威のある場所ではなく、歌仙兼定は余裕を持って敵に対峙している。
「いや本当に。夕べの宗三左文字どのは美しく、儚く頼りなげで、愛らしかった」
 独り言が他の者には聞こえないように気を遣いながら、歌仙兼定は不謹慎にも、女人姿の宗三左文字との初夜を脳裡で反芻している。
「よお宗三、すっかり元に戻ったな。よかったなぁ。お前さんは女壺のほうも、之定の旦那とは相性が抜群だったようだな」
「薬研藤四郎。宗三左文字どのに話しかけるんじゃない。斬ると言ったはずだぞ」
 薬研藤四郎が下卑たことを宗三左文字に語りかけるのを耳ざとく咎めながら、歌仙兼定は敵を屠っていく。
「薬研藤四郎……そんなあからさまな話を、人前のこんな明るい場所でするのはやめてください」
 ようやく薬研藤四郎の言葉の意味が取れるようになった宗三左文字が、敵に向けて刀を構えながらも頬を赤く染めて、薬研藤四郎をたしなめている。
「いやぁ。男の身で男と女の体の両方を味わうのが、織田の大将を含めた、俺っち達の昔の主の嗜好だったわけだが。男と女の体の両方に『なれる』だけじゃなくて、両方の快楽を味わえるってえのは、考えてみりゃぁ俺っち刀剣男士達の特権かもなあ。……宗三、後でどんなだったか教えてくれねぇか?」
「薬研藤四郎!」
 探求的な好奇心と宗三左文字への淡い思慕のふたつの理由で宗三左文字に絡む薬研藤四郎のほうを振り向いて、歌仙兼定は威嚇してみせる。
「宗三左文字どのに近づくな!」
「………歌仙兼定! 後ろ!」
 薬研藤四郎に気を払うあまりに敵への意識が疎かになったところへ、悲鳴に似た宗三左文字の声が飛んだが、わずかに遅かった。
 跳び退って避けたものの、敵の脇差の刃が歌仙兼定の外套を掠り、裏地の牡丹を切り裂いた。
「ッ……この………、」
 湧き上がった怒りに緑の目を赤く光らせて、刀を構え直した歌仙兼定が敵へ向けて大きく踏み込む。
「雅を解さぬ罰だ!」
 声と共に愛刀を横様に薙ぎ、脇差の本体を両断する。
 敵は一瞬で頽れたが、その時、右手中指の第二関節のあたりに小さな痛みが走った。
「っ…………」
 敵から掠り傷を受けた、と認識した直後に、体がバランスを崩して、歌仙兼定はその場に膝をついた。
「歌仙兼定!」
 相対していた敵をこちらも倒した宗三左文字が、驚いたように駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか、歌仙兼定! いったいどうしたというのです、あなたらしくもない――――」
 歌仙兼定の肩に触れ、助け起こそうとしながら言葉を投げてきていた宗三左文字が、唐突に押し黙った。
「僕は大丈夫だよ、宗三左文字どの」
 ようやく立ち上がりながら歌仙兼定は言った。それにしても何故体の重心を失ったのか歌仙兼定にはわからない。
「指を少し切ったが、大した怪我じゃない。敵を一掃したなら、構わず進軍を続け―――」
 そこで歌仙兼定も押し黙った。
 宗三左文字が色違いの両目を見開いて言葉を失ったまま、自分を見つめ続けていることに気がついたからだ。
「どうしたんだい、宗三左文字どの? 僕の顔に何かついているかい?」
「………………………」
 宗三左文字は硬直したまま答えない。
 脇から薬研藤四郎がひょこりと首を出し、歌仙兼定の大きく開いた胸元に目をやった。
「顔じゃないぜ、之定の旦那。胸に女のおっぱいがついてる」
「………………………」
 何を馬鹿な、と言おうとして己の胸元を覗き込み、歌仙兼定はかくりと顎を落とした。
 昨日の宗三左文字の如く、自分の体の中央に、大きな丸い物がふたつついている。
 女人となった宗三左文字の乳房よりもそれは余程大きく、やや小ぶりになってしまったと思われる自分の手では掴み切れないほどの存在感だった。
「な、ななな、何故、」
 惑乱してすぐには言葉も放てぬ歌仙兼定に、薬研藤四郎があっさりと指摘を為した。
「之定の旦那、脇差の髑髏に噛まれたろう。たった今」
「……………な、ま、まさか、」
 慌てて右手中指の傷に目をやる。牙に擦られた痕が見える。
「馬鹿な、こんな程度で、」
「………毒ですから、傷の程度は関係ないのですよ………歌仙兼定」
 ようやく、なだめるように宗三左文字が声を発した。
「その体では進軍はもう無理でしょう。帰還しましょう。先程転んだのも、肉体が急激に変化して、筋肉で重心を支えることができなくなったからだと思いますよ……。歌仙兼定……あなたは、僕のときよりも随分、その、劇的に変わりましたから………」
「………………わ、わかった…よしわかった。僕の体が変化してしまったことは受け入れよう。ただ……その、よくわからないことがあるんだが、」
 宗三左文字が女人になったときよりもいっそ動転しているほどの狼狽えた声音で歌仙兼定が宗三左文字を見上げる。
「宗三左文字どの。僕ときみは確か同じくらいの背丈だった筈なんだが……なぜ今、そんなに背伸びしているんだい………?」
「………それが、僕のときとの大きな違いですね。僕が爪先立ちしているのではなくて、あなたの身長が縮んだんですよ、歌仙兼定」
 今、歌仙兼定は掌ひとつ分ほど宗三左文字より背が低くなっている。
 女の体になった歌仙兼定は、乳房や尻の量感のたっぷりした女性らしい肉体と同時に、身長も縮んで、宗三左文字の中性的だった女姿より随分と女性らしくなっていた。
 興味深げに歌仙兼定を眺めていた薬研藤四郎が、手袋をした手を顎に当てて楽しげに言った。
「ははあ。宗三が女のときはアレで之定の旦那が女になったときはコレってことは………、女性ホルモンと男性ホルモンの量がそっくり入れ替わるってことになるんかもな。面白い仮説だな。旦那、俺っちの推理を証明するために一役買ってくんねえか? いやなに、大したことはしねえさ。血ぃ抜いたり不味い薬飲んだり、女の壺を探ったり場合によっちゃ俺っちの玉茎をはめ込んでみたりするだけで………」
「帰りますよ、薬研藤四郎」
 いつになくきっぱりとした口調で、宗三左文字が薬研藤四郎の言葉を遮った。
 茫然として身動きも出来ず二の句も告げない歌仙兼定の肩を抱えるようにして、宗三左文字は城への道を戻り始める。
「歌仙兼定を実験動物のように扱ったりはなさらないように。他の刀剣男士にも他言無用ですよ。お願いできますね?」
「お前さんの頼みなら、そりゃぁ断れねえがよ………」
 あからさまに残念そうに、薬研藤四郎は二人の後をついていく。
「あーぁ、残念だなぁ。俺っちも脇差に噛まれてみっかな。女の体になっちまえば、嫌でも自分の体で色々試すことができるだろうぜ」
「馬鹿なことを言わないでください。ご自分を実験体にするなんて。そもそも女人の姿になって、戦えなくなるだけで、主や部隊には大損害なんですよ」
 後方に首を伸ばして薬研藤四郎の無茶な妄想を窘めてから、宗三左文字は肩を抱えた歌仙兼定に声の大きさを落として囁く。
「安心してください、歌仙兼定、必ず元の体に戻して差し上げますから」
 狼狽したままの緑の目が、宗三左文字に向けられた。
 宗三左文字は自覚しなかったが、次の彼の言葉は、歌仙兼定は絶対に聞きたくない内容だったに違いない。
「帰城したら。すぐに僕が、あなたを抱いて差し上げます」



                                             (了)最悪!





後書