| 情炎 |
| 2016/12/02 薬研藤四郎×宗三左文字 城中話・秋/全7話(※印は18禁) (薬研藤四郎の極未実装時) |
<其乃一> 「それでは、御前を失礼して、出陣してまいります」 天気の良い初夏の朝。 徳川将軍家御物の宗三左文字の傍に小姓のように付けられて、宗三左文字の身の回りの雑事を長いことこなしてきた平野藤四郎が、居室の首座に座る宗三左文字の前で謹直に挨拶をした。 厚樫山の敵を撃破した後に向かう幕末京都市中の出陣者候補に、平野藤四郎が選ばれたのであった。 「気をつけて。あなたの武運を祈っていますよ」 宗三左文字は姿勢を正して頷いた。少年の姿を取りながらも謹厳な態度を崩さない平野藤四郎が、宗三左文字は好もしくもあり微笑ましくもある。平野藤四郎はまだそれほど戦場経験が無く、当面の間は、敵の弱い時代に出陣を繰り返して戦闘の経験を重ねることになりそうだった。 「長らく親しんだ宗三左文字さまの身の回りのお世話ができなくなるのは少し寂しいのですが……。今日から暫くは、僕の代わりの短刀が宗三左文字さまのもとに参ると主から伺いました。恐らく僕の兄弟の、粟田口の誰かが傍近くお仕えすることになると思います。僕と同様、親しく接して下さるようにお願いいたします」 「ええ、わかりました。こちらのことは心配いりませんから、心安く行っていらっしゃい。平野藤四郎も、怪我にはくれぐれも気をつけるのですよ。人間と違ってよほど大きな怪我でも僕たちは死にませんが、同じように痛みますし、その上人間と違って、自然に癒えることもありませんからね」 「はい。肝に銘じます」 生真面目が過ぎて表情があまり読めぬ顔で平野藤四郎は頷いて、宗三左文字の前から退き、廊下を歩いて去って行った。 平野藤四郎の姿が見えなくなって初めて、宗三左文字は笑顔を改め、悩ましげに溜息を吐く。 夜の市街戦である幕末の京都市中には二度ほど出陣したことがある。お世辞にも気持ちの良い場所とは言えないところだった。 宗三左文字の弟である小夜左文字を含め、短刀の者たちは皆、人間の子どもの姿を取って現世に顕現した途端に、心身が『少年』として世界に馴染み始める。結果的に膂力や精神が、大人の姿を取る打刀より脆弱で幼い者が非常に多い。 夜戦には自分たち打刀より短刀や脇差のほうが向いているし、粟田口の短刀連中は、体が小さいだけで、刀剣としての齢は大抵の場合自分より上だ、とは重々承知の上で、宗三左文字は、それでも嘆かずにはおれなかった。 あんな小さな子どもたちが戦に駆り出されるようなことは、本来あってはならぬ筈だった。 「邪魔するぜ。宗三」 日が高くなった頃。 平野藤四郎が去った渡り廊下を歩いて宗三左文字の居室にやってきた者があった。 「……薬研藤四郎」 主が政府に提出すべき戦績表を清書していた宗三左文字が戸口に首を振り向けると、よく見知った刀剣男士がそこに立っていた。城中でいつも着ている洋装の白衣は今は脱いでいるが、鼻の上には、戦場では使わない眼鏡をかけている。 「薬研でいいぜ、宗三。俺っちも堅苦しいのは苦手だしな。………平野の兄弟の代わりに俺っちがあんた付きになったんだ。………あんたも承知だろうが、俺っちは戦場育ちだ。あんまり気の利いた側仕えはできねえと思うが、それでもいねえよりマシだろうからな。宜しく頼むぜ」 「………あなたが、僕の?」 宗三左文字は怪訝な顔で薬研藤四郎を見つめた。 薬研藤四郎は宗三左文字より早く、初期刀に次いで二振りめに主のもとに参集していた刀剣男士で、その故に、戦闘による経験もかなり豊富である。今更打刀の部屋付きになるような実力の短刀では無いので、宗三左文字はそれを不思議に思った。 口には上せぬ宗三左文字の疑問に、薬研藤四郎ははきはきと答える。 「大将による検非違使対策でな。出陣するときに、部隊六人の戦場の体験値がばらけてるとよくねえらしい。俺っちは短刀の中でも抜きん出て育ってるほうだから、暫くは城中に籠もってチビどもの成長待ちを命じられたわけだ。だったら大将の時代の医書が積んである書庫の中で医学を研究してるほうがいいと言ったんだが、あんたは大将の仕事をかなり肩代わりしているから、平野の代わりを務めてやれと大将に任じられちまった。命令じゃあしょうがねえ。行き届かねえことは諸々あると思うが、俺っちに世話をされてやってくれ。宗三」 「………僕のほうは構いませんが………」 宗三左文字としてはそう答えるしか無かった。出陣の合間を縫って、主の膨大な仕事のうちかなりの量を、初期から主に参陣し、文書作成に手慣れている大名差しの打刀連中が負担している。経理、戦況報告、作戦立案、城の増改築など、数え上げたらきりがない。忙しくしているぶん生活にしわ寄せが来ており、また一方で、大名差しの者たちは生活の術についてあまり具体的な知識の無いものも多い。それを補うために、短刀の子が部屋について、文のやり取りの使者や報告書の主への提出、食事や寝所の用意などを担っていた。 しかしよりによって平野藤四郎の代わりに派遣されたのが薬研藤四郎だとは。宗三左文字は、かけた眼鏡のおかげで薬研藤四郎の顔の表情が自分に読めなくてよかった、と思った。 宗三左文字と薬研藤四郎は共に、織田信長の手元で本能寺の変を迎えた刀剣である。 宗三左文字が戦場で刀剣男士として顕現し名乗りを上げたその場所に、部隊の構成員として薬研藤四郎も立っていた。自分を見つめて、薬研藤四郎の薄茶の目に驚きが揺らぎ、次いで警戒にも似た色が浮かんだのを宗三左文字は見逃さなかった。人数の少ない本丸で、元の主を同じくして出逢った刀剣男士―――さぞかし感動的な再会になろうかと思いきや、宗三左文字と薬研藤四郎の間には邂逅した瞬間から見えない壁が存在していた。その壁は、ほかの刀剣男士達には推し量れぬようであったが、宗三左文字にはあまりにも明白なものとして互いの眼前にそびえ立っていた。 それはすなわち片方は現主・審神者の時代にも現存する刀剣であり、片方は信長と共に消滅した刀剣であるという差異だった。宗三左文字は信長の死後豊臣、徳川と為政者の手を経て、今や祭神となった信長のもとに本体が奉納されており、抽象的にとは言え今も信長の所有である。一方の薬研藤四郎は信長本人の死に殉じ、現主の時代には既に影も形も残っていない。 薬研藤四郎が気にしている素振りを見せていない以上、自分が負い目を感じる必要も理由も無い、とは充分承知で、それでも宗三左文字は、薬研藤四郎の目を直に見て話をするのが苦手だった。薬研藤四郎の、竹を割ったようにまっすぐな、武人らしい性格も苦手だった―――短刀でありながら、薬研藤四郎は武士らしいという意味では、宗三左文字やへし切長谷部よりはるかに織田信長に似ていた。打刀の歌仙兼定が、以前の主であった細川忠興のかなりの部分を忠実に準っているのと同じようなものだった。 「俺っちの仕事の内容は平野から聞いてる。至らないことがあったらすぐに知らせてくれ」 「………わかりました。それでは今日から宜しくお願いします、薬研。………とりあえず、まずはこちらの書類を主のもとに届けてきて貰えますか」 「ああ。任せとけ」 薬研は提示された書類を抱えてすぐに部屋を出た。 宗三左文字は息を吐き、文机の上の書類に目を落とした。 自分と薬研藤四郎とには相変わらず距離がある。 事務的な事柄にまで互いの感情の疎遠性が影響を及ぼさないといいが、と、漠たる不安を抱えながら、宗三左文字は仕事に戻った。 二刻ほど経って、食事の時間になり、薬研藤四郎が厨房から届いた膳を宗三左文字の居室に運んできた。 「………ありがとうございます。あなたの分の食事も届いているでしょう? ……一緒に摂りませんか」 宗三左文字の前に屈み、膳を体の前に置いたときにそう話しかけられて、薬研は驚いたようだった。 「……平野の兄弟とはどうしていたんだ」 「平野藤四郎とは、彼の分の食事もこの部屋に運ばせて、ここで食事をしていましたよ。独りで食べるより、二人で食べて話でもしたほうが、お互い親しくなれるでしょう。……今まであなたとは、あまり改まって話をする機会もありませんでしたし、ちょうどいい折だと思いますが」 少しの緊張と共にそう言葉を吐き出した宗三左文字だった。薬研は申し出を吟味するように首を傾げたが、やがてすぐに、拒絶の気配を表情に上せた。 「いや。悪りぃが俺っちは下手の部屋で独りで食わせてもらう。読み手のありそうな医学書を大将の書庫から借り出していて、飯を食いながら読もうと思っていたんだ」 「………そうですか……」 宗三左文字の眉が曇る。淡い紅色の前髪の奥で、暗い青と緑の瞳が憂うように陰って、それを視界に入れた薬研藤四郎は心の臓が跳ね上がるような思いにとらわれた。慌てて身を起こし、宗三左文字に表情を読まれないように眼鏡を指で鼻の上に整える。宗三の善意から来る誘いを礼儀上は断るべきで無い、とわかってはいるが、宗三左文字の前で自分が平静でいられる自信が無い。食事の間中、互いの姿が観察できる状態で座っているなど精神的な拷問に近かった。 退室して戸を閉め、宗三左文字の姿が目に入らなくなり、同時に彼の身につけた香の薫りがすっと弱まったのを知覚して、ようやく薬研は息をつく。 「………………、」 下腹部に、そうそう未知の物とも言えなくなりつつある熱が凝っていて、薬研藤四郎は自己嫌悪にも似た軽い当惑を覚えた。 宗三左文字の在不在によって変化する自分の体の反応を、なんと呼び、どう対処すべきなのか。本丸の中では最古参であっても、人の姿、少年の姿を取って半年も日が経っていない薬研藤四郎には荷が勝ちすぎる問題だった。 きっかけは二つあった。 一つは宗三左文字が本丸に来るより前、何かの内番で一緒になった乱藤四郎の台詞だった。 「薬研は色が白いねえ。小柄だし、勇敢だし、忠誠に厚いし、短パンが色っぽいし、武将がお小姓を抱えてる時代に生きてたらきっと寵愛著しくて、乱れまくって大変だっただろうねー。ふふ」 ぷにぷに、と薬研藤四郎の、兄弟達の中でもとりわけ白い餅肌の頬を指で揉みながら、乱藤四郎は悪戯っぽく笑った。 そのとき薬研藤四郎が脳裡に思い起こしたのは、自分の昔の主たち、織田信長や松永久秀、足利義満といった人間たちの間で、男が男にどのように愛し愛されていたのかということだった。刀剣男士として人間の姿と心を持って世に現れた以上、自分たちもあのように情愛と肉体で結びつくことがあるのだろうか。興味を感じはしたがそれまで刀剣男士の誰に対しても恋に似たような感情を抱いたことも無く、また肉体の物理的な変化を認識したことも無かった薬研は、そのときの疑問は疑問のままに、やがて日々の忙しさに紛れて疑問を持ったこと自体を失念した。 そして二つ目のきっかけに出逢った。 「……あなたも、天下人の象徴を侍らせたいのですか………?」 全身が薄い紅色に染まった、新たに顕現した打刀の刀剣男士が主にそう告げたとき。 天に向けて舞い散る長い頭髪と細い体を大きく包んだ袈裟が、まるで燃え立つ火のようだ、との感想を抱いた薬研藤四郎は、唐突に、己の前身に深い関わりのある炎と、そして、目の前に顕現した刀剣男士が何者であったかを思い出した。 忘れていたわけでは無い。前世における刀剣としての己の身に刻まれた記憶、それを、宗三左文字を目の前にして不意に、人間の体をなぞる自分の脳が認識するようになったのだ。本能寺の火を。その直前まですぐ側にいた、刀剣の宗三左文字を。 そして今目の前に立つ、刀剣男士としての宗三左文字をも。 白い手に数珠を持ち、清楚な雰囲気ながら同時に高慢さと卑屈さも併せ持つ、複雑な面持ちの美しい青年。面長の整った容貌の中に、緑と青の瞳が、井戸を覗き込んだときの水のような深い色味を持って存在している。主に向けて放たれたかすかな声は織田信長の好んだ刀にしてはあまりに弱々しく、だがそれ故に、薬研藤四郎の心には却って深く響いた。知らず動悸が強まり、口の中が渇き始め、全身に熱が巡ったようになって、その後その熱は最終的に体の一つの場所に集約された―――それまでそんな物理変化が起こりうるとも知らなかった場所が、硬化を始めたのだ。 自分の目の中に現れた動揺に、顕現したばかりの宗三左文字も気がついたようだった。問われるのを怖れ、薬研藤四郎はすぐにその場から退いて宗三左文字から離れた。以来宗三左文字は、自分が彼に対し隔てを置いているのを承知の上で、淡々と自分に接してくれている。 宗三左文字に近づくと起こる体調の変化について、薬研藤四郎は主の書庫の書物を漁って調べ上げた。人間の情欲、というものを、体と知識の両方で初めて薬研藤四郎は理解した。宗三左文字の声、気配、におい、熱などに触れると、人間の少年を象ったこの体が勝手に反応してしまう、その理由を。 恋、という心象。 粟田口の短刀連中の中でも薬研藤四郎は自分が大人びているという自覚はあった。しかしそれ故に今の自分の心境に関しての相談者が見つからない。太刀の一期一振は最年長者として頼りにはなるが、見るからに生真面目で、また彼は城に顕現してから日が浅いこともあり、性愛の相談相手が務まるものかどうか薬研には判断がつきかねた。恋とか愛とかの話をいつも皆にしている乱藤四郎ならば興味本位にせよ喜んで相談に乗ってくれるだろうが、彼の軽さが薬研は気になった。自分の宗三左文字への一方的な慕情が、ふとしたことで城中の皆に明るみに出るのは阻止したい。 宗三左文字に逢いさえしなければ自分の体と心はおかしくはならないのだから、彼を避ければいい。そう思ってそれを実行し、これならうまくいくだろうと安心していた矢先に、よりによって宗三左文字の小姓役に任じられてしまった。 平野が帰ってくるまでなんとか穏便にやり過ごすしかあるまい。薬研は腹をくくった。 宗三左文字の指示をこなしながら合間に二度の食事を済ませ、初日はそのようにして終わろうとしていた。 最大の難関がこの後に待ち受けていようとは、薬研藤四郎が知る由もなかった。 「風呂か」 「ええ」 城中に浴室は幾つかある。大名差しの打刀たちの複数の棟からひとつの湯屋に渡り廊下が渡されていて、各自で調整しながら順番にそこを使えるようになっていた。無論、湯は当番の者が各人ごとに張り替えている。 「これから湯屋を借りますから、浴衣を幾枚か持ってきていただけませんか、薬研」 「わかった」 時刻は宵を過ぎて暫く経った頃だった。 そのときはまだ薬研藤四郎には余裕があった。 宗三左文字の指示どおり、畳まれた清潔な浴衣を数枚持って薬研は浴室に向かった。湯気で曇るので眼鏡は取ってあった。宗三左文字より先に浴槽に手を入れて湯加減を確認した後、脱衣所で宗三左文字に浴衣を手渡して、薬研藤四郎は浴室を出る。 宗三左文字はそのままその場に留まった。 程なくして浴室内の宗三左文字から声がかかり、薬研藤四郎は何も身構えず脱衣所を抜けて浴室に入った。 湯気の立つ中に入ったその途端、桜色の滝のような濡れ髪と白い背中、臀部までが目に飛び込んできて、薬研藤四郎はぎょっとした。 「背中を流してもらえますか、薬研」 此方を振り向きもせず、宗三左文字が、どうということもないように言ってくる。 薬研はごくりと唾を飲んだ。 「そ、そんなことまでするのか………?」 湧き上がる湯気の中に薬研の声が響き、宗三左文字が首を振り向けて薬研を見た。 「平野藤四郎はいつも背中を洗ってくれていましたが………」 そこで薬研と視線が合い、宗三左文字ははっと気がついたような顔をした。 「……戦場を経巡ったあなたには礼を失した要求でしたね……気が働かず申し訳ありません、薬研」 済まなそうに謝罪してくる宗三左文字の気持ちに拘泥するゆとりは薬研藤四郎には無かった。 かろうじて下褌は着けているものの、宗三左文字は殆ど全裸だった。いつもは天に向かって跳ね上がる薄紅色の頭髪が、今は水に濡れて兄の江雪左文字のごとくまっすぐになって、陶器のように滑らかな細い身体に滝のように落ちかかっている。体熱の上がった肢体は髪と同じほどの色に染まり、乳首と唇、両手足の指先だけがもっと赤を強めた紅色に色づいていた。紅桜の髪の滝の向こうに、左胸に刻まれた黒蝶の紋様がちらちらと目も綾に覗き見える。髪と同じ薄紅色の睫毛から水滴が滴り、その色味とは対照的な、黒と見まがうほどに深い緑と青の目が、水分を含んで自分を見つめてきていた。同じく水を含んで赤く熟れた唇は半ば開いていて、薬研は唐突に、その薄い唇をもっと深く割って、宗三の口中を己の身体で確かめたい思いに強く捕らわれた。肌着を全て奪い去り、宗三の全てを見顕して、その体を開いて自分のものにしたい、と、それしか考えられなくなった。 自分の中に生まれたその欲求に戦いて、薬研藤四郎は身動きもできなくなった。 「………薬研」 反応を返さぬ薬研藤四郎に向けて放たれた声は、傷ついたような響きを帯びていた。 それで初めて、薬研は自分がずいぶんと長いこと茫然としていたと自覚する。 「ああ………いや」 歯切れの悪い返答しか薬研にはできない。 下腹部の反応を宗三左文字に見咎められないか、気が気ではなかった。 「すまんが、宗三………俺っちはやっぱり、内向きの事々は不得手のようだ。平野の兄弟の穴を埋めてやれるかと思ったんだが、俺っちには果たせそうもねえな……すまん」 とにかく宗三左文字の裸身を視界から消したくて、薬研藤四郎はくるりと背を向けた。 「いいえ………僕のほうこそ。気がつかずに申し訳ありませんでした」 後背から、気落ちしたような宗三左文字の声が聞こえる。 「風呂に入って出るくらいは独りでできますから………、あなたはもう戻って、寝んでくださって構いません。今日一日、不慣れなことをありがとうございました」 それは出て行けという合図だな。 薬研藤四郎は宗三左文字の言葉の中から、その意図だけを拾い上げた。 「悪りぃな」 言って薬研は、そそくさと浴室を出た。 渡り廊下を急ぎ足で戻り、宗三左文字の棟にある平野が使っていた部屋ではなく、厠に籠もる。ズボンの中に収まりきれぬほどに宗三左文字への熱が高まっていて、自然には元に戻りそうもなかった。 薬研は急いた手で、ズボンの前留めを開く。 「っ、く………、」 下肢の服を全て下ろして、書物から注入した知識のとおりに、露出した己自身を自分の手で握った。 「ン、ぅ…、」 宗三左文字の裸身を見てすっかり勃起した竿は、薬研が自分自身の手で擦ると、快楽を感じる間も無いほどにあっけなく熱を解放した。 「ッ、は………!」 自分でも初めて見る白濁が竿先から迸り、便器の中に落ちていく。 熱は収まったと思ったが、脳裡に先程の浴室での宗三左文字の姿を思い出した途端、竿が反応して再び固くなり始める。 「っ、くそ………」 人間の姿を取って初めて。食欲や睡眠欲、闘争心以外の新たな本能が呼び覚まされ、困惑すら感じながら、薬研はもう一度己を擦り上げた。 「は、ぁ、そうざ……ッ」 未だ少年の手でそれを握り、欲を宥めるために扱き続けながら、薬研の喉から思わず声が漏れた。 器官を擦り上げて快楽を生み出しているのは自分の手だが、脳裡に浮かべるのは別の者の存在だった。 湯気の中の、匂い立つような宗三左文字の裸身。 刀剣男士となった宗三左文字の胸に刻まれた蝶の紋様。信長の略奪と所有の証。 それを今宵、薬研藤四郎は初めて目の当たりにした。 あの紋様に手で触れて、唇で口づけ、宗三左文字の体を性と情によって愛でたい。 そして宗三左文字にも、同じように自分に応えて欲しい。 少年の体に生まれた欲求を自ら持て余しながら、薬研は宗三左文字を思って自慰を続けた。 |
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