<其乃三>


 宗三左文字は眠れぬままに、寝床の中で目を開いて天井を眺めていた。
 薬研藤四郎が自分の部屋付きとなって一日しか経っていない。だがそのたった一日で、自分が如何に彼に疎まれているのかを、宗三左文字は思い知っていた。自分からことさらに距離を置こうとするあの態度。それも仕方のないことだ、と寝返りを打ちながら宗三左文字は考える。
 薬研はその前身から言っても、自分などよりよほど戦場経験が豊富だし、魔王の生存中にあっては、薬研と宗三左文字は同格の扱いだったのだ。『審神者』と呼ばれる今の主のもとで、刀剣男士なる人間の姿に準じ身と心を得た瞬間に、自分と薬研は青年と少年に分かれ、結果、否応なく宗三左文字の風下に立つことになってしまったのが、薬研には心外なのだろう。
 自分の傍にいるだけで、自分は薬研の刀剣としての誇りを傷つけることになってしまう。
 まして向こうは魔王に殉じた刀だ―――刀剣としての役割を損ないつつも、現代にまでながらえてしまった自分とは違って。
 宗三左文字は溜息を吐く。
 無意識のうちに右手が浴衣の上から、己の左胸に宿る魔王の刻印に手を当てていた。
『織田尾張守信長/永禄三年五月十九日義元討刻彼所持刀』
 磨上の際、(なかご)の表裏に魔王自身が刻ませた銘。徳川将軍家の御物となった後、明暦の大火に晒されて再刃された現在も、それは未だくっきりと己の茎に残っている。
 ここまで所有欲を働かせるなら、魔王は、自害の際に自分も死の淵まで連れて行くべきだったのだ。宗三左文字は横たわったまま、暗がりの中で眉根を寄せて唇を強く引き結んだ。
 徹底した現実主義者の魔王は、死後の世界など信じていなかった。故に魔王は、死に際して物品には全く執着を示さなかった。敗北を知った後は己の死骸を残さぬことにのみ気を遣い、つき従っていた女房衆も本能寺の外へ逃がした。宗三左文字はそのとき彼女らの一人に持ち出され、魔王の元から離れて、日数を経たのち豊臣秀吉に献上された。
 薬研藤四郎は本能寺の変から行方知れずのままとなった。魔王の骸と同じように。魔王を討った惟任光秀がその死骸を発見できず、魔王の生死が不明のまま数日間を経たことは、光秀の敗北に影響を与えた。魔王は死して尚、返す刃で敵に斬りつける気概を持つ武将だった。
 迷いを持たず、決断が早く、骨の髄まで現実的な思考の持ち主。
 宗三左文字の脳裡に魔王以外の者の姿が浮かぶ。
 刀剣男士としての薬研藤四郎の性格の中には、自分が顕現したときには与えられなかった、魔王の気魄の一部が籠もっているような気が宗三左文字にはしていた。その所為もあって、宗三左文字は薬研藤四郎に対し気後れがしてしまう。己の奥に秘めているはずのそうした心が実は態度に表れてしまっていて、そのことが、自分が薬研に疎まれる理由を更に強めてしまっているのかも知れない。
 いずれにせよ、このままの関係を続けていくのは無理だろう。
 そのようなことをつらつらと、宗三左文字が寝床の中で考えていると、隣室で、薬研藤四郎が動く気配があった。
 薬研藤四郎は戸を開けて縁に出た。かすかな足音が遠離る。厠か何処かへ向かうようだ。
「………………」
 薬研の気配が消えたのを確認して、宗三左文字は身を起こした。
 廊下を抜けて、自分も渡り廊下へと続く縁側へ出る。
 中空に浮かぶ半月が、弱々しい光を縁と庭へと落としていた。
 宗三左文字は目を上げて空を見やった。
 空は何時でも自分の心を幾ばくか軽やかにする。
 ここで薬研藤四郎を待とう。言うべきことを言うために。
 宗三左文字はそう決意してその場に佇んだ。

 厠の傍の井戸で下着を洗って干し、平野の部屋に戻ってくる途中で、薬研藤四郎は宗三左文字の姿を見つけた。
 縁に立ち、中空の半月を眺めている。
 青白い月光の所為で薄紅の色を失った宗三左文字の姿形は白く透き通るような存在感で、薬研藤四郎は言葉どころか歩くことも忘れて、その場に立ちすくんで宗三左文字を見つめた。
 夢精した竿がまたしても声高に主張を始める。薬研はそれを理性で押さえ込んで宗三左文字を注視し続けた。
 あれは遠い存在だ。手に入らない珍品。自分には触れられない宝。
 何故なら、宗三左文字が自分を見ることなどあり得ないから――――
 そのとき、宗三左文字が渡り廊下の端に立つ薬研藤四郎に気づいて、いつもの高雅な笑みをこちらに向けてきた。
「………薬研」
 声は常よりいっそう弱々しかったが、微笑んでいるはずの表情は月光の影になってよくわからない。
「厠でしたか」
「………まぁな」
 薬研は言葉を濁した。
 宗三左文字の口の端が少しだけ笑みを欠き、やがて再び言葉を放った。
「明日。……主に上申します。僕の部屋付きの役を、あなた以外の短刀の者に変えていただきましょう」
「………そうか。仕方ねぇな」
 昨日一日、役をきちんと果たせなかったのだからそれも当然だろう。薬研は宗三左文字の提案を受け入れた。
「あんたの役に立てなくて済まねぇな」
「………いいんです。僕のほうこそ。………前身を思えば、あなたに疎まれるのも最もですから」
 下腹部を気にして今にも宗三左文字の目の前から立ち去ろうとしていた薬研だったが、その言葉に違和感を感じてつい聞きとがめた。
「何だって?」
「………あなたは僕のことがお嫌いでしょう」
 宗三左文字の顔は相変わらず陰になっていて表情がよく覗えないが、声には寂寥が籠もっていた。
 それで薬研はようやく、昨日の自分の態度が宗三左文字にはどう見えていたのかを初めて自覚することができた。
「……待て、宗三。あんたは俺っちが取った行動の理由を誤解してる……」
「いいんですよ。取り繕ってくださらなくても。わかっています」
「わかってるって、一体何が………」
「魔王の死によって、彼と共に在った刀剣としての僕たちは命運が分かたれました。あなたは歴史から消え、僕は………刀剣としての寿命は終えながら、徳川の政権が倒れるまで彼らの蔵のうちにあり、やがて祭神となった魔王のもとに再び奉納された。魔王は神など信じていなかったのに。皮肉で滑稽なことですね。いちばん滑稽で無様なのは、翻弄される僕の有り様なのでしょうが。………あなたは、魔王の手を経た僕がこんなだから、僕を蔑んで、それで僕が疎ましいのでしょう………当然です」
 宗三左文字がそんなことを考えているとも思わなかった薬研は呆気に取られて、すぐには反応も出来ない。歌仙兼定や燭台切光忠など、戦国期に名を成した他の刀剣と比較して、宗三左文字が随分厭世的で、刀剣男士としての自己にも否定的な気配が強いようだと感じてはいたが、その理由がそんなところにあったとは、薬研には想像もつかないことだった。
「あのな、宗三………」
 とにかく宗三左文字は薬研藤四郎の心情をあらゆる方向に誤解している。それをどうにか理性的に解こうと、薬研は宗三左文字に向き直った。
「俺っちはあんたと織田の大将を、そんなふうに考えたことはねぇぞ」
「………………」
 宗三左文字の身が揺らいで、陰になっていた顔が半身だけ月の光に晒された。夜目が利く薬研藤四郎の視界に飛び込んできた宗三左文字の表情はひどく悲しげで寄る辺が無くて、薬研はそれだけで心がずきりと痛んだ。自分の態度が宗三左文字にそんな顔をさせてしまったことに直後に気がつき、薬研は更に良心の咎めも感じた。
「俺っちの本体が消えて、あんたの本体が残ってるのは、別に俺っちやあんたの望んだことでも選んだことでもねえだろう。そのときは俺っち達は人に運ばれるままの刀剣だったんだからな。それに関しての感想を敢えて今、刀剣男士となった俺っちが言うとなりゃあ………織田の大将の心情がわかるような銘を刻まれたあんたが数百年後の現在も存在してるのは、あの見せたがりの大将にとってはむしろ望むところだろうと思うぜ。桶狭間の合戦てのは今どきは、子どもの教本にも載ってるほどの歴史上の大戦ってことになってるらしいからな。あの大将の偉業を今も身を以て伝えることになってるんだから、刀剣としてのあんたにも、刀剣男士としてのあんたにも、俺っちは敬意を払いこそすれ蔑んだことなんざ一度もねぇ。これは誓ってほんとうだ」
 そう言われても、宗三左文字の悲しげな顔は晴れなかった。
「………わかりません………それが本当なら、ではなぜ……あなたは僕を嫌うのですか………?」
 昨日の不自然な態度の理由を説明するのが躊躇われて、薬研は宗三左文字から目を背ける。
「………あんたを嫌いなわけじゃない」
 逆なんだ。
 その一言が言えずに薬研は押し黙った。
「薬研」
 縋るような宗三左文字の声が夜気に響く。
「僕はあなたに疎まれて悲しいのに、どうしてあなたは僕に冷淡な態度を示すんですか………?」
 疎まれて悲しい。
 思慕されている自覚のない宗三左文字に直截にそう言われて、薬研は殆ど感情の制御が利かなくなってしまった。
「……宗三。俺っちはな………」
 自分の正直な心情と欲求。
 それを言ったら宗三左文字の傍にはもう居られなくなるかも知れない。
 却って宗三左文字に疎まれる羽目に陥るかも知れない。
 躊躇う薬研に、宗三左文字が、焦れたように頭を振り立てた。
「薬研。教えて下さい。………言ってくださらなければ……僕には理由がわかりません」
 薬研は視線を落とし宗三左文字から逸らしていた顔を、少しだけ宗三に向ける。
「どうしても言わなきゃ…ダメかよ………?」
 絞り出すように尋ねた薬研の声に、宗三左文字は頭を縦に振った。
「お願いします。………薬研」
「……………わかった」
 根負けした薬研は大きく息を吐いた。
 全てが明るみに出て、宗三左文字に嫌われたら、それはそれで仕方あるまい。
「ここで言うにはちょっと月明かりが眩しすぎるな。あんたの部屋に上げてくれ。宗三」
 実際のところ、弱々しい月光はさらに雲に遮られつつあった。
「………ええ…いいですよ」
 薬研藤四郎の意図するところも知らず、宗三左文字は縁を進み、己の寝室への戸を開けて、薬研を中へ迎え入れた。

 宗三左文字の寝室は薬研の危惧していたとおり、宗三の香の薫りに満ちている。
 だが今となっては、宗三への思慕を隠すことは、薬研は二重の意味でできなくなっていた。
 宗三が寝室の行灯に火を入れるのを待って、薬研は宗三の傍に立った。
「そんじゃ。俺っちがあんたを避けてた理由を教えてやるぜ」
「……………」
 何を言われると思うのか、薬研を見下ろす宗三がきゅっと唇を引き絞る。
 その様子を見て、薬研は苦笑めいたものを口の端に上せた。
 自分がこれから示す態度が宗三左文字をどう変えるか。
 少々怖くもあるが、薬研藤四郎は既に腹をくくっていた。
「宗三。ちっとばかり頭下げろ」
「……………?」
 何か憚りがあることでも言うと思ったのか、宗三左文字は少しだけ頭を薬研に近づける。
「もっとだ。宗三」
 薬研は宗三に手の甲を向け、突き出した人差し指を曲げ伸ばしして、くいくい、と宗三の顔を呼び寄せる。
 宗三左文字は従順に顔を更に薬研に寄せた。
 薬研の顔のすぐ傍に、宗三の白い面が寄せられている。
「目ぇ閉じろ。宗三」
「……………………?」
 暗がりの中で夜そのもののように黒い色に潤む両の目が怪訝な光を浮かべたが、宗三は薬研を疑うことなく、そのまま黙って目を閉じた。
 つい先程、文字通り夢にまで見た宗三左文字の唇が至近にある。薬研はそれに己の唇を寄せて、試すようにそっと宗三左文字に口づけた。
「っ………、」
 唇に与えられた触感に、ぴく、と宗三左文字の体が揺らいだ。
 逃げたり怯えたりするだけの知識も拒否感も無いのか、宗三の体が示した反応はただそれだけだった。
 宗三左文字の唇は夢より更に柔らかく、上品に閉じられたままだった。
 薬研はその感触を確かめるように両唇で宗三の唇をついばんで、軽い接触を続ける。
「ン………、」
 至近で、目を閉じたままの宗三が眉を寄せるのが見えた。
 宗三左文字が拒否しないと知って、薬研の心は気遣いから昂奮に取って変わる。唇ではっきりと宗三左文字の唇を食み、幾度も唇を押しつけるようにして確かめた後、口中から舌が伸びて宗三文字の唇の割れ目をなぞり出すに及んで遂に、宗三は驚愕に目を見開き、頭を勢いよく後ろに引いて薬研の唇から逃げるように口を離した。
「っ、は、薬研、いったい、」
 惑乱して二の句も告げぬ宗三に、薬研は昂奮に頬を赤らめながら悪戯っぽく笑いかける。
「つまりはこういうこった、宗三、」
 そのときには既に、薬研は宗三左文字の左腕を両手で強く掴んでいて、薬研から身を引き剥がそうと強く身を後ろに引いた宗三は却って体のバランスを崩し、布団を敷いた畳の上に膝から倒れ込んだ。
 薬研は掴んだ宗三の腕を放さず、宗三の身を追いかけるように自分も屈み込んで、宗三の唇に再び接吻を仕掛ける。
「っ、やげ、ンんッ」
 制止するような宗三の声は薬研の唇に塞がれて喉奥にくぐもった。
 薬研の接吻は先程より積極的だった。小さな舌で宗三の唇の間に割り入り、歯列を舌先で舐め回す。
「ンっ…んン………!」
 口中に割り入った他人の舌の触感に驚く宗三左文字だったが、薬研は構わず宗三の唇の裏を舐め回し、惑乱した宗三が息苦しげに歯列を開くと、更にその奥にまで舌を割り込ませた。
「んッ……ふぅ…ン………!」
 口内深くを舌に侵され、舌根に舌先を絡められて、宗三が悲鳴に似た呻きを上げる。逃げようとする宗三の頭を捕らえて放さず、薬研は唇を追いかけて、寝床の上に横たわった宗三左文字の体の上に、それを押さえ込むように乗り上がる形になった。
「んむッ、んン、」
 強引な接吻を受け続ける宗三左文字が何かに驚いたように、怯えたような目を大きく見開く。宗三左文字の左腿を跨ぐように浴衣を割って下肢を乗せた薬研の股間が大きく強ばっているのが触感から感じ取れて、それに反応したものらしい。
「っくは、薬研、………ッ、なに、を………、」
 ようやく唇をもぎ離すことに成功して、宗三は喘ぎながら声を上げた。
「は、やっべぇな………このままイっちまいそうだ」
 宗三の太腿に乗り上がって勃起を肌着越しに擦りつける格好になりながら、薬研は苦笑した。
「な、………なんのこと………、」
 話が見えない宗三が色違いの両目に怯えと困惑を浮かべながら見上げてくる。
 それを見下ろして薬研は唇の端を上げて笑った。
「まだわかんねぇか? 宗三……俺っちは、あんたが嫌いだから避けたんじゃない。あんたを好きすぎてたまんなくって、居ても立ってもいられなくなりそうだったから、あんたを避けてたんだ」
「っ………、ど、どういう………、」
 接吻され勃起を押し当てられ、そこまで言われて尚、宗三左文字には理解ができていないようだ。
 実際の宗三左文字は、薬研が見た夢での彼より性愛に関して、よほど無垢でもの知らずのようだった。
 もう隠す必要もなくなった慕情を、薬研は直截に宗三左文字にぶつける。
「俺っちはあんたを見てると欲情する。あんたに触りたくて、あんたを抱きたくてたまんなくなるんだ」
「だ、抱く………、とは、」
「槍の又左が『お犬』と大将に呼ばれていた頃、織田の大将とできてたのは知ってるだろ? それとおんなじだよ」
「………………、」
 ようやく理解が及んだか、宗三左文字の顔が、淡紅色の髪よりも赤く染まった。
「…ぼ、僕を………ですか……? あなたが………?」
 薬研は深く頷く。
「そうだ」
「僕を疎んじているからではなくて………、契りを結びたいから………?」
「あんたに嫌われるのが怖かった。ほんとうは宗三、おまえにべたべた触りまくって、その綺麗な顔がどんなふうに変化するのか、確かめたくて堪らなかったんだ……ちょうど今みたいにな。考えることと言やそればっかで、盛りのついた犬みたいになっちまって。………その所為で、盛ってるのを隠すためにあんた自身を避けてたんだが、それによってあんたが俺っちの心を誤解して傷ついてるとは気づかなかった。今まで悪かったな」
「……や、薬研………」
 小さな体で宗三左文字の上に乗り上がったままの少年を見上げて、宗三左文字は頬を赤らめて喘いだ。
「僕を避けたのは………僕を嫌いだからでは……ないんですね………?」
「全然違う」
「……………よかった………」
 宗三左文字が心底安堵したように息を吐いた。
 自分の言ったことが実際どの程度浸透しているのだろうか、と薬研はかすかに危惧を抱く。
 宗三左文字の浴衣はすっかり着崩れて、白い身体の殆ど全てが薬研の目に晒されている。薬研が乗り上がっている宗三の太腿は素足だし、胸は両の乳首と信長の刻印が目視できるほどはだけているし、かろうじて解けていない腰帯によってようやく腰に浴衣が留まっているだけの状態だ。
 それを見ているだけで、薬研の中で宗三への情欲は高まっていく。
 強引に口づけをして、布団の上に押し倒して体の上に乗り上がり、勃起した股間を押しつけて、今にも彼を犯そうという体勢なのに。
 宗三がその危険を察知しないのは、やはり俺っちの体が小さい所為だろうか。
 性的な対象として、全く認識されてないのだろうか。
 だが薬研がそのように考えている一方で、薬研が組み敷いている宗三左文字は、見下ろせば、右手の甲で目を覆うようにして泣いていた。そのことに気づいて、薬研は狼狽する。
「そ、宗三………、」
「よかった………、僕は、魔王に似ているあなたに疎まれたくなくて、ずっと悩んでいたのです………、」
 宗三左文字の脳裡を占めているのは、薬研の危惧とは全く別のことのようだった。
 宗三の言葉を看過できず、薬研は問い返す。
「織田の大将に似てるって? 俺っちが?」
 薬研は自分自身をそのように捉えたことはなかった。
 他の短刀、例えば平野や乱に比べて思考が武人的だと自覚することはあるが、信長個人の性格を踏襲していると思うほどではない。
 薬研から目を隠したまま、宗三左文字が言葉を続ける。
「………あなたは、本能寺で、魔王と共に此世から消えたから………、僕にとっては、あなたは、刀剣男士として出逢ったときから特別な者だったのです。なのにあなたは初手から僕に冷たくて………」
「だからそれは誤解だ。刀剣男士として顕現したあんたを見た途端、あんたの危惧とは逆方向に俺っちの体が反応しちまったからな。こんな感じで」
 薬研が下肢を揺すると、肌着の下の屹立が宗三の太腿に触れた。
「っ……………、」
 さすがにその意味を悟ったらしく、宗三は顔から手を退けて目を見開き、頬を火照らせて薬研を見上げてきた。
「な? 気持ち悪りぃだろ? 初対面から欲情されたらよ。………だからあんたに遠慮してたんだ」
「……………薬研……」
 ようやく得心したのか、宗三左文字は深く息を吐いた。
 薬研はそれを見下ろして優しく微笑する。
「俺っちのほうでは、あんたが顕現するまで、織田の大将や本能寺の変のことは殆ど思い出していなかったんだ。顕現したあんたが炎みたいな綺麗な見た目だなと思って見惚れて、それでそのとき初めて、あんたの前身と、織田の大将、俺っちの身の上の細々した事どもを思い出した。……あんたは織田の大将にひどく大事にされた刀だったから、俺っちにあんたを嫌える筈はねぇだろう。宗三」
「………………薬研……」
 淡紅色の長い髪を床に散らし、横たわったままの宗三左文字が、涙を払うように微笑んだ。
 深い青と緑、潤んだ両の瞳が薬研藤四郎を見上げてくる。
 それを目にした薬研は、胸の鼓動が高鳴るのを自覚した。
「………あんたは美しい刀だ。今も、昔も」
 薬研が本気でそう言ったのが、宗三左文字にも伝わったようだった。宗三左文字はその言葉を受け入れるようにゆっくりと瞬きをして、その上半身を起こした。
 宗三左文字の太腿を跨いだままの薬研の顔のすぐ傍に、宗三左文字の白い顔が寄せられる。
「薬研藤四郎」
 優しい高雅な声で本名を呼ばれて、薬研の胸がとくりと鳴った。
 宗三左文字の唇が近づいて薬研の口に吸いつく。
 夢に見たとおりの、宗三左文字の人格に相応しい優しい接吻が与えられて、薬研は恍惚となったまま、舌と唇で彼を迎えて接吻を返した。
「ん…ん……ふ……っ、ン……ッ」
 舌と舌が絡んでも宗三左文字は怯えを見せなかった。薬研は両手で宗三左文字の頬を捕らえて、夢中で接吻を続ける。唾液と唾液が混ざり合って淫靡な音を立てる。
「ン………っ、く、」
 薬研が大量の唾液を宗三の口中に送り込むと、宗三は躊躇いながらも従順にそれを口に受け入れ、喉を小さく鳴らして飲み込んでいった。
 薬研の熱が浸透するかのように、宗三左文字の体温が高まっていくのが薬研にはわかる。少年の手を伸べて、宗三の体の上を這い下ろし、下腹部に手を当てると、宗三の体がぴくりと震えた。
「っ、や、薬研………、」
 口と口が離れ、熱い息を吐きながら宗三左文字が声を上げる。
「あんたが俺っちを拒まねぇと……、俺っちは最後までいっちまうぜ…、」
 宗三左文字の様子を覗うように眺めつつ、薬研もやや息を荒くしながら、宗三に宣言した。薬研は口は離したが手は宗三の下肢から離さず、下褌越しに宗三の竿をゆるゆると撫で続けている。
「ン、ぁ、やげん………、」
 拒否よりは快楽に似た掠れた声を宗三左文字は上げた。
「……………いいのか?」
 様々な意味を孕んだその問いに、宗三は薬研の手を押し止めぬまま、こくりと頷いた。
「いいんです………薬研……どうぞ、やめないで…」
「宗三」
 目尻を紅潮させたまま、宗三は薬研に向けて微笑んだ。
 宗三左文字が白い手を伸べて薬研の上気した頬に触れてくる。
「あなたからは、魔王のにおいがするのです……薬研」
 暫くの沈黙ののち、薬研も宗三に微笑み返した。
「……そりゃあ、不思議だな」
 少年のか細い腕に宗三左文字の肩を抱き込むと、宗三はそれに従うように再び体を床の上に横たえた。
「俺っちは、おまえにこそ。織田の大将の気配を感じるっていうのにな」
 宗三左文字の体の上に再度のしかかり、組み敷いた青年の細い顎を捕らえて上向かせ、薬研は宗三左文字の顔を覗き込んだ。
「俺っちはあんたが好きだ。だから俺っちにおまえを抱かせてくれ」
「………ええ…いいですよ」
 宗三は薬研から目を逸らさずに微笑んだままそう返事をした。
 薬研に『おまえ』と呼ばれて、己の心が喜びに似たもので震えることを、宗三左文字は発見していた。




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