<其乃五> 「……宗兄さん。歌仙さんから使いが来たよ。兄さんに手紙を渡してくれって」 「………人違いでしょう。宛先をお間違えのようですから、読まずにそのままお返ししてください」 「……だって、毎日来るのに。それも一日に何回も……」 「………それでも。お返ししてください」 あの夜から明けて三日目。 宗三左文字は一振目の形見がしまわれた文机の前から動かない。夜、身を気遣う小夜左文字に強いられて床に就くことはあるが、促されなければ寝所に向かうことすらしようともしない。 朝の畑番から戻ってきた小夜左文字は、箸もつけることなく床の上に置かれている宗三左文字の朝食の膳を認めて溜息を吐いた。 「手紙は僕が歌仙さんに返してくるから……兄さんは、少しだけでもなにか食べて」 「………何も食べたくないんです」 「でも、そう言い出してからもう三日も経つんだよ。前だって食が細かったのに、眠らず食べずで主のもとにも伺候できなくなって……」 淡紅色の髪が揺らぎ、宗三左文字はそこで初めて小夜左文字のほうを見た。白い肌は青く見えるほど血色が失せ、唇は渇き冷えて、黒々とした色違いの目は生気の光をなくしている。 「……主には申し訳ないと思っています。近侍を申し付けられても役を果たすこともできなくて……」 声すら弱々しく、耳の敏い小夜左文字でなければ聞き逃してしまうような小さな声だった。 ここ数日の事情を知らずとも、一振目の歌仙兼定との経緯を知っている主は、暫くは心置きなく休めとの言葉を使者伝手に寄越してきた。主の計らいには感謝しているが、一方で、そう思う心は自分とはどこか別の場所にあるようで、宗三左文字は、城中の全てのことに現実感を失くしていた。 「このままじゃ体が持たないよ、兄さん……なんでもいいから、なにか食べないと」 「……あなたにも心配をかけてしまっていますね、小夜。申し訳ないことです。………でも……温い白湯は飲めるのですが、固形物を口に入れると腹の心地が悪くなるんです」 「……歌仙さんのところに行ったら帰りがけに台所に寄って、粥か、それに似た流動食を作って貰ってくる。とにかく兄さんはそこにあるものを、少しでも食べられないか試してみて」 「…………」 宗三左文字が肯定もできずに黙っているうちに、働き者の弟は二振目からの手紙を持ってその場から姿を消した。 「……情けないことですね……皆に迷惑をかけて……」 自嘲のように呟くが、食事に手を出す気にはどうしてもなれなかった。宗三左文字は視線を正面に戻す。 文机の前で正座し、僧様に、丸めた掌を上にして膝の上に組んで、ぼんやりと虚空を見つめ続ける。 視線を落とせばいつでも、一振目の欠片を掴んだ時の赤い傷痕を右掌に見ることができた。 ―――戦場から生きて戻るのではなかった。 あの場所で消えるべきは自分だった。一振目の歌仙兼定ではなく。 恋人を失ってからひと月以上、考えないようにしてきたその気持ちに遂に心が辿り着いてしまった。その思いに憑りつかれ、宗三左文字は今やそこから一歩も抜け出すことができなくなっていた。 …………情念で命の火が消せるのなら。とっくに息絶えていてもいい筈なのに。 嘆くな、という一振目の遺誡すら宗三左文字の心を締めつけた。今の気持ちそのものが歌仙兼定の遺言に背いていることになる。 「歌仙兼定………」 呟けば、それだけで目尻に涙が湧いてきた。 自分は何処に身を置き、どのように息をして過ごせばいいのだろう。 それがわからず、宗三左文字は黙ってただその場に座っていた。 居室の外にある厠へ行こうと、庭に面した縁に出る。縁を辿って歩くうち、庭の植栽の向こうに懐かしい影が見えた。 歌仙兼定。 風にふわふわと揺れる二藍色の髪と黒い外套、銀鼠色の袴を見違えるはずもない。 恋人の幻影と見えたその姿は、だが宗三左文字の凝視を受け取った途端、宗三左文字のほうに向かって大股に歩み寄ってきた。 「宗三左文字どの」 声の若々しさと鋭さに、宗三左文字は、それが二振目であると知る。 「歌仙兼定、」 「先ほど、お小夜が僕の所へ来たよ」 小夜はまだ宗三左文字の居館に戻ってきていない。台所での用事が長引いているのかもしれない。 逃げるように部屋に戻ろうとした宗三左文字だったが、歌仙兼定が声を上げてそれを引き止めた。 「待ってくれ! 宗三左文字どの!」 宗三左文字は動きを止めた。 既に礼儀を無視して庭に侵入してきた以上、歌仙兼定は、部屋に押し入るのにすら躊躇いは持つまい。居室に入り込まれるのだけは避けたかった。 「……それ以上、僕に近づかないでください」 縁に立つ宗三左文字から拒絶の言葉を言い下ろされて、二振目の歌仙兼定は歩み寄るのを止める。 二振目が立つ宗三左文字の居館の庭が、一振目の整えたものであることを彼は知る由もあるまい。 「……案内も無いのに私的な庭に入り込むなど……、非礼であるのはご承知の筈でしょう、」 立ち去るよう促したつもりなのに、歌仙兼定は無遠慮にもさらに歩み寄ってきた。 眉根を寄せ、顔には怒りと呼んでよいほどに強い表情が宿っている。 「説明してくれ。なぜ僕に逢ってくれないどころか、手紙も受け取ってくれないんだ」 「…………、」 宗三左文字も歌仙兼定と同じく眉を寄せる。歌仙兼定とは違う理由で。 一振目の歌仙兼定と同じ手蹟の、二振目の手紙を、宗三左文字に読むことができよう筈も無かった。 「心配していたんだ。あの夜、あんなに取り乱していて、草履も履かずに裸足で帰ってしまって……直前まで、あんなに幸福そうに、僕の愛に応えてくれていたのに、」 「…っ、」 事実を指摘されて息を飲み、宗三左文字の体が揺らぐ。 「あ、あれは、」 あの夜を思い出し、己の責を思い出して、宗三左文字の顔は赤と青の混じり合った複雑な色になる。 思考は更に混乱していた。 歌仙兼定は縁に手をかけて、宗三左文字のもとに更に近寄ろうと、今にも上がり込まんばかりだ。 二振目に近づいて欲しくなくて、宗三左文字は声を振り絞った。 「こ……来ないで、ください!」 歌仙兼定ににじり寄られて、再びあの手肌に触れたら。 歌仙兼定の香に包まれて耳元で声を受けたら。 自分はまた、一振目と二振目の区別がつかなくなって、歌仙兼定に恋人として応えてしまう。 「あれは、あなたに抱かれたのではないんです……!」 惑乱のままに声を上げると、歌仙兼定の動きが止まった。 「……なんだって」 「…あ、あなたの名を呼び、あなたに縋りついて……体を重ねは、しましたが……、あのとき僕が想っていたのはあなたではない、別の者だったんです。僕が好いているのはあなたではない、抱かれたかったのもあなたではなくて、あなたの、」 「―――きみは僕を別の男の代わりにしたのか」 憎悪そのものの歌仙兼定の冷えた言葉が宗三左文字の胸を突き刺して、宗三左文字は言葉を失って歌仙兼定を見た。 「僕に恋をしている振りをして僕に近づき、僕の心を弄んで僕にきみを抱かせたのか」 「ッ、ち、違……、」 宗三左文字を睨み上げる歌仙兼定の緑の瞳に赤い色が散っている。 その顔を幾度も見た。但し戦場で、睨む対象は常に敵だった。 一振目の歌仙兼定から、そんな憎悪の念を向けられたことは未だかつて無かった。 またも理性を細らせつつある宗三左文字の前で、二振目は言い募る。 「よくもそんなことができたものだね。きみに騙されて、恋に真摯に対応してきた僕は、きみにとってさぞかし滑稽だっただろうね? 宗三左文字どの……この三日、きみは僕の真心を踏みにじって嘲笑っていたのか。だから手紙も受け取らなかったと、そういうことなんだな」 「っ………」 歌仙兼定の言葉は全く見当違いだったが、その憎しみは宗三左文字の胸を貫いた。宗三左文字は再び目の前に立つのが誰かを失念した。恋する者と同じ存在から侮蔑のまなざしで睨まれる、その負荷に、体力の不足した宗三左文字の身は耐え切れなかった。宗三左文字の心の蔵が悲鳴を上げて、宗三左文字は呻きながら胸を押さえて縁にうずくまった。 「………、ッ……、」 その場に頽れて、蒼白な顔に脂汗を浮かべる宗三左文字を、軽蔑するように歌仙兼定が睨んでいたのはほんの一瞬だった。 「……宗三左文字どの!」 草履を脱ぎ捨てて縁に駆け上がり、二振目の歌仙兼定は宗三左文字に近寄って隣に屈みこんだ。 謀られて怒りを覚え、憎んでいると言っても良いほどの感情を今まで相手に抱いていたのに。宗三左文字の苦しげな顔は、既に、歌仙兼定が見過ごせるものではなくなっていた。 「大丈夫かい。ゆっくり息を吐いて……落ち着いて」 肩に手を触れ、背を撫でさすって、歌仙兼定は宗三左文字を介抱する。 「…っ、………ぅ、」 呼吸は乱れ、動悸が激しく鳴っている。 ようやく自分に触れているのが誰かを理解できるほどに理性を取り戻して、宗三左文字は呻きながら目に涙を滲ませた。 「どうか……、僕に……構わないで…、優しくなど、しないでください……。仰る通り、僕は、あなたに酷いことをしたのに、」 切れ切れの息の下からそんな言葉を吐くだけで、宗三左文字の意識は朦朧としかける。 「喋らなくていい、無理をしないで、宗三左文字どの、」 「っ…、く………、」 宗三左文字の眩暈が強まり、胸に当てていた手からも力が抜けた。腕はだらりと脇に垂れ、体は平衡を失って、頭から倒れ込む。 歌仙兼定の力強い腕が素早く動いて肩を支え、宗三左文字が縁の床板に頭を打ち付けるのを阻止した。 「打ち捨てて……おいてください……僕は、あなたに、そうされるのが、相応しいんです、」 掠れた声で、宗三左文字が、気絶間際にようようそれだけを歌仙兼定に告げてきた。 「…………きみは忘れている」 宗三左文字の言葉を受けてなお。 その弱った細い体を強く抱き直して、二振目の歌仙兼定が言った。 宗三左文字の記憶にある、一振目とまったく同じ声で。 「―――――僕はもう、きみが好きなんだよ」 その言葉は既に宗三左文字の意識には届かなかった。 歌仙兼定に抱き込まれたまま、宗三左文字は気を失っていた。 宗三左文字と起居を共にし、兄の身の回りを整えている小夜左文字は、どこに行ったものか、まだ帰館していないとのことだった。 歌仙兼定は宗三左文字の体を抱きかかえて彼の寝所まで運び、小夜左文字とは別の部屋付きの短刀の子に指示を出して宗三左文字を床に就かせた。 歌仙兼定は闖入者ではあったが、その命令口調に躊躇いは無く内容も合理的で、部屋の主人たる宗三左文字の大事でもある故、短刀の子は大人しく歌仙兼定に従うことにしたようだった。 宗三左文字をかかえて通り過ぎた居室には、全く手を付けられていない朝食が冷えたままに置かれていた。お食事は滅多に取らず、お寝みになることも殆どありません、と短刀の子から宗三左文字の近況を聞き出して、歌仙兼定は眉をひそめる。僧衣を脱がして寝かせ、脈を測ろうと下着代わりの小袖の内から腕を露出させると、もともと細かった宗三左文字の手首はいっそう骨がちになっていた。歌仙兼定が数日間逢えずにいるうちに、宗三左文字は明らかに窶れていた。 「……鉄瓶を火にかけてくれ。それほど熱くしないように。体から水が失われているから、ぬるい湯を飲ませたほうがいい」 歌仙兼定は短刀の子に言って、更に懐から携帯用の筆と墨を取り出し、懐紙に何やら書き付けた。 「僕の館へ行って、僕の部屋付きの者に伝えて、至急これを持ってきてくれないか。宗三左文字どのの様子は僕が見ておくから」 短刀の子は顕現して日が浅く、一振目の歌仙兼定とは逢ったことがない。小夜左文字ほどには宗三左文字の暮らしにも詳しくは無く、子は歌仙兼定の指示に素直に従って書付を持って部屋を出た。 歌仙兼定は宗三左文字が横たわる布団の前に座してその顔を見下ろす。宗三左文字の顔は青ざめて生気が無く、契りを結んで後数日、宗三左文字が懊悩していたのであろうことが歌仙兼定には推察できた。 今しがた、庭に立つ僕を認めた時の彼の表情が忘れられない。あれは確実に愛する者を見つめる視線だった。 あれがまやかしだと言うのか。彼が恋するのは僕ではなく、慕う者が他にいると。 黙然と宗三左文字を見下ろしているうちに、短刀の子が歌仙兼定の館を往復してきた。歌仙兼定が受け取ったのは滋養分のある葛粉と、気つけ効果のある数種の生薬が収められた複数の小さな土瓶だった。歌仙兼定は鉄瓶の湯を借りて、宗三左文字の為に葛湯を作る。 「……宗三左文字どの」 人肌に温めた葛湯を湯呑椀に入れて片手で持ち、歌仙兼定は宗三左文字に声をかける。 宗三左文字は目を開かない。呼吸は落ち着いており、正気を失っているというよりは、うとうとと微睡んでいるというほうが正しい様相だった。 宗三左文字は湯呑の中の葛湯に指を浸し、そっと宗三左文字の唇に指先を置いた。 「………、」 温もりと水分を感じたか、目を閉じたまま、宗三左文字の唇がうっすらと開いた。 唇の内側に指を差し込むと、体が望んでいるというように舌先が動いて歌仙兼定の指先を舐った。 そこに性的な気配は無く、単にただ、体が水を欲している故の反応と見えた。 水で湿した唇は柔らかく指を押し返し、歌仙兼定は、宗三左文字と為した接吻を厭でも思い出す。 歌仙兼定はもう一度指を湯呑に浸すと、ゆっくりと、宗三左文字の唇の中に指を割り入れた。 「ん……」 宗三左文字の唇が動き、水を啜るようなしぐさを見せる。宗三左文字の口が歌仙兼定の指を吸って、それが、彼と体を結んだことのある歌仙兼定に淫靡をもたらした。 顔が赤く火照り、下腹部に熱が凝っていくのを自覚しながら、歌仙兼定は指で繰り返し宗三左文字に葛湯を与える。 「ん……ぅ、」 宗三左文字の身を気遣いながらも、己の情欲と拒否されたばかりの相手への支配欲によって、歌仙兼定の裡に、嗜虐めいた悪戯心が起こる。 葛湯が湯呑から殆ど無くなった後も、歌仙兼定は、宗三左文字の口に濡れた指を差し込んだ。指先で唇の端を揉み、奥の歯列に触れると、歌仙兼定の指を受け入れるように宗三左文字の上下の歯が開いた。 歌仙兼定の指は宗三左文字の前歯の裏を探って、舌を探し当てる。 「ン……ふ…、」 宗三左文字の舌が、侵入した指を探すように蠢く。歌仙兼定が二本の指を歯列の奥に差し入れると、まず薄い舌先が指に触れた。 「ふ……ぁふ…ッ…」 宗三左文字の体は半覚醒の状態で、精神は未だ眠っている。下顎がかすかに上下して歌仙兼定の指を口が咥え込み、吸い上げた。 「…………、」 歌仙兼定は体内で昂奮を高め、同時に、怒りが強まるのも自覚した。 数日前の夜、この唇と舌で、宗三左文字が躊躇いもせずに自分の竿に口淫を為したことを思い出す。 別の男の竿だと思い込んで、あんなに丁寧に僕の物を舐ったというのか。 あの夜。 宗三左文字の心身は確実に、自分のものだと思えたというのに。 指を宗三左文字の口内のさらに奥に突き込むと、そこで初めて、宗三左文字が薄い瞼を半眼に開いた。 ――――傍に歌仙兼定がいる。 眠りの内に宗三左文字は安堵していた。 彼は、自分には触れられない遠くへ行ってしまったと思い込んでいた。それは思い違いだった。現に歌仙兼定は傍に居て、彼の体温と衣擦れ、嗅ぎ慣れた香の匂いとそこに混じった彼の体臭を宗三左文字は感知することができる。 歌仙兼定、と呟くより先に、宗三左文字の口内に彼の指が差し込まれてきた。指には水分が絡んでいて、宗三左文字は、自分の喉が渇いていることを自覚する。歌仙兼定の指についた水を啜るように飲むと、指は口内で蠢いて、宗三左文字の口腔や舌、唇を刺激するように揉んできた。 「ン……ん、ンぅ…」 自分が喉から漏らす声で、宗三左文字は心も目覚めつつあった。己の口の中で歌仙兼定の指は淫靡を促すように動く。そうした性的な悪戯を宗三左文字に仕掛けてくることが、歌仙兼定は度々あった。宗三左文字はその都度、拒否感が無ければ応え、厭であればその旨を伝えた。滋養を持つ水分を纏った歌仙兼定の指は宗三左文字の舌に甘く感じられ、宗三左文字は自ら舌を絡めるようにして歌仙兼定の指を吸い上げる。 「ン…………く、」 「宗三左文字どの……、」 呼び下ろす声はいつもの歌仙兼定で、ただその響きに少しだけ、怒りとよそよそしさが混じっていた。何故、と思いながら、ゆっくりと宗三左文字の意識は覚醒する。 色違いの両目が開いて見上げたその視線の先に、歌仙兼定の顔があった。 頬を火照らせ、しかし尚強張ったその表情に、宗三左文字はそれが一振目ではないことを即座に理解した。 「―――――! ッ、……」 指で口を犯されながら目を覚まし、身をびくりと強張らせ、青と緑の目を恐怖と驚愕に見開いた宗三左文字を見て、歌仙兼定は再び己が拒否されたことを知る。 瞬時に体の中の怒りが爆発して、宗三左文字が何か反応を示すより早く、より無遠慮に相手の喉奥深くまで自分の指を四本突き込んだ。 「ンぐ―――! ぅ、」 下顎を無理矢理に開かされた状態で宗三左文字が苦しげに呻く。 空になった湯呑が歌仙兼定の左手から零れて布団の脇に転がり落ちて行った。 「また僕を拒むわけだね。寝ている間はあんなに物欲しげに僕の指を舐めしゃぶっていた癖に…、」 「! ッ、ぅ、ふぐッ、」 宗三左文字を、怒りと嫉妬の様相で歌仙兼定が冷たく見下ろしてくる。 夢を見ている間、相手が一振目だと勘違いしていたのは事実だったので、宗三左文字は歌仙兼定の指摘に眉を歪めた。 「っ、ぅふぅッ、」 だからといってこのまま大人しく指を突き込まれ続けるのを許容もできぬ。宗三左文字は拒否の声を上げて歌仙兼定に抗った。侵入している指を舌で押し返し、頭を振って抵抗を示して、それでは果たせぬと知る頃には喉奥に溜まった唾液で窒息しかけていた所為もあり、日頃の穏健さも消し飛んで、宗三左文字は、口内の歌仙兼定の指に必死で歯を立てた。 「ッ――――!」 痛みよりは攻撃的に反抗された驚愕によって、歌仙兼定は素早く宗三左文字の口から指を引いた。 「ッ、ぷはっ、ぁ、」 自由になった口を大きく開けて、まずは大きく呼吸する。間髪を入れず、誰か、と声を上げて宗三左文字が人を呼ぶよりも早く、再び歌仙兼定の手が動いて、宗三左文字の口を塞いできた。 「! ンッ――――ンん……!」 怒りを込めた力強い掌で、両唇を閉じたまま顎を押さえつけられ、宗三左文字の声は喉奥にくぐもっただけで不発に終わった。歌仙兼定は宗三左文字の口を手で塞ぎながら、相手の行動を制限していることに勝ち誇りつつも、軽蔑したように宗三左文字を見下ろしてくる。 「声を上げたって、お小夜はまだ帰って来ていないよ、宗三左文字どの」 口を押さえつけたままで歌仙兼定は、更なる敗北感を宗三左文字に与えるような台詞をわざとぶつける。目論見通り、宗三左文字の抵抗は無意識のうちに弱まった。 先ほど葛粉を取りにやらせた短刀の子も、今は退がらせてある。 宗三左文字が気を失う前、歌仙兼定は招かれざる闖入者だった。宗三左文字の中では今も、歌仙兼定は勝手に私室に上がり込んだ不埒者のままだ。 「んッ……、ン、」 絶望のうちにも、宗三左文字は口を押える歌仙兼定の手を外そうと試みるが、体力の落ちた宗三左文字の手は相手の片手を跳ね除けることもできない。 「ずいぶん力が落ちているね……、眠らず食べずにいるからだろう」 息を不穏に喘がせながら歌仙兼定が囁く。 宗三左文字を見下ろす明るい緑の目に不穏の赤が散っている。 歌仙兼定は、身の内に膨れ上がる欲を抑制することが殆どできなくなっていた。 一度手に入れた者が逃げ去ろうとするのを再び捕獲した所有欲、捕えた獲物を嬲る嗜虐と独占欲、そしてそれらを内包する、宗三左文字への思慕を乗せた、捕まえた相手への性欲を含む強い支配欲。まして相手は一度は契りを結び、その身を隅々まで知っている宗三左文字だ。彼の体を強引にでも再び手に入れることに、躊躇いを感じよう筈もない。 「手紙の返事もくれない非礼と、僕を他の男の代用にした非礼の代償を、今この場で払って貰おうか」 宗三左文字の体に力が入らないのをいいことに、歌仙兼定の空いた手が、宗三左文字の身から掛け布を跳ね除けて、小袖だけを纏ったその細い体をまさぐり始める。 「! ッン、ンんっ…!」 歌仙兼定の手の意図を知った宗三左文字が身を捩るが、歌仙兼定の左手は宗三左文字の口を覆って顎を頭ごと布団に押さえつけたままで揺るぎもしない。歌仙兼定の右手が小袖の裾を乱暴に割り、膝で宗三左文字の露わになった脛を押さえつけて抵抗を封じ、その上で、下褌の中の宗三左文字の局部に歌仙兼定の右手指が触れてきた。 「ッ! ンぅ、ふぅ…ッんんっ!」 根元から容赦なく竿を刺激されて、宗三左文字はびくりと肩を震わせて身悶える。 宗三左文字の頬は忽ち紅潮していった。屈辱と恐怖と、そしてそれ以外のもので。 「はっ、あっと言う間に硬くなってきたな……僕を好きじゃないと言う割りには……。すぐこんな様になるなんて、きみは生来淫乱なんだな」 「っ……、」 恋人だった歌仙兼定と同じ声で嘲られて、宗三左文字は恥辱に身を強張らせた。 下褌の中で、歌仙兼定の手に握られた宗三左文字の竿は、歌仙兼定の指摘通りに勃起していた。 「前をこんなにしている、ということは……、後ろのほうも、触って欲しいんだろう?」 「……! ッン、ンんぅッ!」 性欲と支配欲に声を上ずらせ、歌仙兼定は宗三左文字の顎を捕まえたままその細い体を難なく俯せにひっくり返した。宗三左文字の小袖の裾を尻まで捲り上げて、痩せて薄くなった尻たぶを掴み、強引に揉み回す。 「っ…! ンッ、んう! ふゥっ!」 圧し掛かる歌仙兼定の体の下で宗三左文字が足掻いていたのはほんの少しの間だけだった。歌仙兼定の唾液に濡れた指が複数本、下褌の内側に忍び入り、菊座を押し開くように犯し始めるに及んで、宗三左文字は身を強張らせたまま抵抗すらできなくなった。 「ゥっ、ン、ふンぅ……! ッあぁ……!」 歌仙兼定の掌がようやく唇から離されたが、もはや宗三左文字の体は力が抜け、人を呼ぶことなどできなくなっていた。 「っ、は、そうだろう……。お尻の穴を指で責められて、竿をこんなに勃起させて悦んでいる様を、お小夜や他の子に見顕されたくはないだろうからね?」 「ッ………、」 ぐちぐちと音を立てて宗三左文字の後孔を指で抉りながら、歌仙兼定が言葉で嬲ってきた。 「ここまできたら……、僕のほうでは、誰を呼んでも構わないよ、宗三左文字どの。きみと僕が睦み合う仲だと、城中の噂になるほうが都合がいい。きみと恋仲だった男にもそれを思い知らせてやれるしね」 「っ……、や……、やだ……、ッぁ、ひ、」 歌仙兼定の指は容赦なく前立腺を裏から突いてくる。一振目と同じ声、同じ指、同じ香の匂い。恋人と同じ気配に体が反応するのを止められなくて、宗三左文字は二振目に後孔を犯されながら煩悶した。 「この間の夜と同じだね……。どうせ指だけじゃ、満足できないんだろう……?」 「! ッ、ひっ…」 歌仙兼定の言葉の意味するところを悟って宗三左文字は恐怖に喘いだ。 「やだ、厭です、やめてください……!」 泣きじゃくりながら言い上げる言葉に全く説得力が無いことは宗三左文字にも自覚できた。体は歌仙兼定を求めて腰が揺れ動き、快楽以上に彼との親和を欲する思いが強まって、歌仙兼定に向けて毅然とした態度を取ろうとすることさえできない。 「ぁ…やめて…、お願いです、歌仙兼定…………!」 「―――僕に抱かれたい癖に」 宗三左文字の後孔を竿で犯すつもりで袴の帯を緩めながら、歌仙兼定は組み敷いた相手の背中を見下ろし、そう告げた。 「! っ………」 ひくりと身を震わせて、宗三左文字が動きを止める。 後背から響く、死んだ恋人と同じ声。 宗三左文字の着崩れた小袖から覗く剥き出しの白い肩。寝乱れて舞い散る淡紅色の髪を跳ね除けて、歌仙兼定がそこに口づけ、熱く濡れた舌で舐り、軽く歯を当てる。 「ひッ……、」 「普段は天下人の佩刀らしく、高雅で清楚な雰囲気なのに。数日前、閨に入った途端、こんな淫らな気質なのを隠しもしないで、僕に抱かれてよがり狂ったじゃないか」 歌仙兼定が後背から宗三左文字の体を抱き込み、前に回した左手で今度は直に宗三左文字の屹立を扱き始めた。 「ッ、ひぁ、っや、」 前後から責められて宗三左文字は声を上げることしかできない。 乱暴でも強引でも、それは歌仙兼定の手と指だった。 ―――愛する男の。 抵抗感すら喪失した宗三左文字の背に、尚も二振目は毒を重ねて吐いてきた。 「きみが欲しいものを僕は知ってる。尻の穴に竿を突っ込んで、精を吐くまで突きまわして欲しいんだ。愛しい男と勘違いできる刀剣男士が相手なら、きみは誰でも構わず脚を開いて、喘ぎ声を上げられるのさ」 「ッ―――ち、が……、」 歌仙兼定の声で淫乱と詰られて、宗三左文字は泣き崩れた。 体が反応するのは、相手が歌仙兼定であればこそなのに。 「違……ぁ、っやだ、ちがい、ますっ……! っ、んぁ…うッ…」 「違わないだろう、ほら」 「! ひィっ、ぁ、やァあっ……! あぁ……!」 歌仙兼定の指でひときわ深く内奥を突き込まれて、宗三左文字の腰はびくりと震え、背が撓った。 「は……竿から汁が出てきたよ……どれだけ淫乱なのやら」 「っ…、ぅ…ひぅうっ……く……、」 歌仙兼定の指摘通り、彼の手に扱かれて、宗三左文字の竿先からは先走りが滴り始めていた。 もはや口ですら歌仙兼定を拒否することもできなくなって、宗三左文字は身を屈め、息を殺してただ泣き続けた。 竿で犯されることを諦観から受け入れ、ただ歌仙兼定の支配と所有を待つばかりとなった宗三左文字を、歌仙兼定は見下ろしていた。白小袖の下から覗く、普段は小袖同様に白い宗三左文字の肌は、今や歌仙兼定の煽りと侮辱によって髪と同じほどの仄赤に染まっている。肌の中でも一層紅潮した頬は恥辱の涙に汚れており、朱唇をわななかせて文字通り泣き濡れながら、宗三左文字は歌仙兼定の暴虐を待っていた。 ―――こんな筈ではなかった。 つい今し方まで、宗三左文字に弄ばれ辱められたという怒りによって彼を貶めていたのに、歌仙兼定は唐突にそこから我に返った。 宗三左文字の体を竿で犯し、数日前に果たしたように、体内に精を撒くのは今や容易いことだった。屈辱に怯える宗三左文字が、抱きさえすればあの夜のように、簡単に淫楽に堕ちるだろうことさえ推察できた。指を埋め込んだ宗三左文字の後孔は歌仙兼定の指を食い締め、更なる愉悦をねだるように粘膜が蠢いている。 宗三左文字を犯して手に入れることは簡単だ。 その体を所有するだけなら。 「…………、」 落涙する宗三左文字を見下ろす歌仙兼定の顔が、辛そうに歪んだ。 欲しいのは彼の体だけではない、心もなのに。 宗三左文字は愛する男が他にいると言った。 どんなに彼の体を犯しても。宗三左文字が自分を恋人と勘違いして燃え上がることはあっても、自分を見ることはあるまい。 「宗三左文字どの……、」 喉から苦しげに、その名を絞り出す。 宗三左文字の菊座から指を抜き、腕全体で、彼の薄い上半身を捕えた。 「っ、……、」 後孔に竿を突き込まれることを予感した宗三左文字が、怯えたように身を固くした。 歌仙兼定の勃起した竿先が、宗三左文字の臀部に突き当たる。 「ッ、ぁ、」 悲鳴にもならぬ呻きが宗三左文字の喉から漏れた。 歌仙兼定は彼に竿を突き入れることなく、両腕をさらに強く絡めて、宗三左文字の体を己の身にひたりと引き寄せた。 「きみは残酷だ」 緊張のあまり浅く息を喘がせる宗三左文字の赤くなった耳に、歌仙兼定は後背から声を吹き込んだ。 「僕に……、きみを、こんなにも恋い焦がれるように仕向けておいて、手酷く振るとは」 「! っ………、」 想外のことを言われて宗三左文字が反応もできぬうちに、歌仙兼定の気配は背中から去った。 歌仙兼定は寝床の上に宗三左文字の身を突き放すように置いて布団から遠ざかり、乱れた己の衣服を整え出す。 「は………、」 状況が掴めぬ宗三左文字が、ようやくに、床の上から泣き濡れた顔を上げて、乱れた前髪の間から歌仙兼定のほうを見やる。歌仙兼定は宗三左文字に半身ほど背を向け、袴の帯を引き結んでいるところだった。 身支度を終えた歌仙兼定が、去り際、宗三左文字に一瞥をくれた。 情欲に頬を赤く染め、怒った表情のままの歌仙兼定の相貌は。 拒絶を受けて深く傷ついた、幼い少年の顔のようにも見えた。 宗三左文字は胸を突かれて二振目をただ見つめる。 歌仙兼定の緑の目に宿る深い孤独。 同じ感情が自分の裡にもある、と、宗三左文字は気がついた。 「……………、かせ、」 相手の苦悩を感知した宗三左文字が、かせんかねさだ、と声を上げもせぬうちに。 二振目の歌仙兼定は思い切るように身を翻して、大股に宗三左文字の寝所から去って行った。 |
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