| 甘露 |
| 2017/02/22 薬研藤四郎×宗三左文字 本丸・包丁×宗三あり(未通) 全3話(※印は18禁) |
<其乃一> ある夕刻。 大阪城地下へ出陣していた部隊が、新たな仲間を連れて帰城してきた。 「包丁藤四郎だぞー! 好きなものはお菓子と人妻だ!」 短刀に相応しい童形の刀剣男士が元気よく挨拶してくる。鼻にかかった高い甘え声が、弟を持つ宗三左文字の庇護欲を刺激して、宗三左文字は新参者を見下ろしながら柔やかに言葉を返した。 「宜しくお願いします、包丁藤四郎」 宗三左文字の声を聞いていた包丁藤四郎が、何かに気づいたように、鼻をひくつかせながら幼い顔を宗三左文字に寄せてくる。 「なんか、いいにおいがする……」 「………? 包丁藤四郎………?」 言葉の意味がわからず宗三左文字は戸惑った。 目を閉ざし、嗅覚に集中していた包丁藤四郎がぱちりと目を開け、頬を紅潮させて昂奮した様相で宗三左文字の顔を見上げてきた。 「わかったぞ! おまえ、人妻だなー!!」 「…………? ひとづま……………? ですか…………?」 宗三左文字が鸚鵡返しに繰り返す。包丁藤四郎が好きだと言う「お菓子」はともかく、「人妻」なる語が何を意味するのか、宗三左文字にはまるでわからなかった。 なぜそれが自分を指す言葉として用いられるのかも、無論宗三には理解の外だ。 「おれ、人妻が好きなんだ!」 心底嬉しげに包丁が言うので、宗三は戸惑いながらも鷹揚に笑みを見せてそれに応じる。 「そうですか……、」 「美人だし、儚そうだし、声もキレイだし、おまえ、凄い勢いでおれの好みだぞ! おまえにお菓子やるよ!」 包丁藤四郎は肩にかけた鞄の口を開け、中に入った沢山の洋菓子の中から何かを探し始める。 「包丁藤四郎……、僕は、それほど菓子は好みでは………、」 騒ぐ包丁藤四郎と戸惑う宗三左文字を取り巻くようにして、城中の刀剣男士がこちらを注目してくる。その中にはいかにも菓子が好きそうな粟田口の子どもたちの物欲しげな視線も混じっていて、彼らにも菓子を分けてやるといいのに、と宗三左文字が包丁藤四郎の動きを見下ろしていると、 「ん! これ! ぽっきー!」 やがて包丁藤四郎が、宗三左文字に向けて棒状の菓子を手に持って突き出してきた。 「それは……、ありがとう、ございます……、」 受け取るよりほかあるまいか、と宗三左文字が躊躇ううちに、包丁は棒菓子の片方を口にくわえ、反対側の先端を宗三左文字の顔に向けて突き出してくる。 「ん――!」 「………? なんですか……?」 どうすればよいかもわからず戸惑う宗三に、包丁は顔を顰めて一度菓子を口から離し、 「なにって、ポッキーゲームに決まってるだろー? おれがこっちのはじっこを咥えて囓るから、おまえはもう片方のはじっこを咥えて囓んの! ふたりで最後までちゃんと囓れたら『上がり』なの!」 「………………、あの、」 皆に注視されていることがそろそろ苦痛になり始めた宗三左文字が、顔を赤らめて新参の短刀に反論する。 「両端からふたりで菓子を囓ったら、食べ終わる頃には接吻と同じ状態になってしまうと思いますけど、」 さすがにそんな親密な行為を出逢ったばかりの者とすべきではない、という程度の常識は、宗三左文字にも備わっている。 「それが狙いなんだってば!」 「え………」 間髪を入れず包丁藤四郎に声を上げられて、宗三左文字は固まった。 「菓子をダシにして、人妻とちゅーするのが目的なの! なぁいいだろ? おれとポッキーゲームしてくれよ! りゃくだつあいは人妻好きのきほんのきだからな!」 「…何を言ってやがるんだおまえは!」 呆然として反応も出来ない宗三左文字の目の前で、包丁藤四郎の後ろから、その小さな頭を勢いよくはたいた者があった。 「痛って―――!!」 平手ではなく拳骨で後頭部を殴られ、包丁藤四郎は菓子を取り落としてその場にうずくまる。 「……薬研、」 呆気に取られたままの宗三が辛うじて殴った者の名を呼んだ。 包丁藤四郎の後ろに、薬研藤四郎が仁王立ちで立っている。 先頃極を果たしたばかりの白い面には、兄弟の藤四郎たちを相手にするときには滅多に見せない怒りの形相が宿っていた。 「いてー! なんで殴るんだよ、薬研のちび兄! お菓子やんねーぞ!」 後頭部を押さえて呻きながら、包丁藤四郎が薬研を見上げて涙声で喚いた。 「菓子なんざいるか! 何が人妻好きだ、人のモンに手ぇ出そうとすんな!」 薬研が見た目より硬い拳を握りながら包丁を見下ろした。 包丁藤四郎は立ち上がり、薬研に反駁する。 「なんでちび兄がそんなこと言うんだよう! 誰を好きになろうとおれの勝手だろ!」 薬研は怒りのままに、宗三に向けて横柄に顎をしゃくる。 「こいつは確かに人妻だが、触っていいのは俺だけだ。おまえは絶対に触るな!」 「なんでだよズルいぞ! なんでちび兄はこの人妻にさわれておれはダメなんだよう、」 事態が飲み込めない包丁が大きな声で喚く。 「……あの、二人とも、」 厭な予感がして宗三が二人の藤四郎を止めようとしたが遅かった。 薬研が両腕を組み、まったく子どもらしくない堂々たる声で宣言する。 「理由は簡単だ。宗三の夫が俺だからだ!」 「……………薬研!」 顔から火が出るほど恥ずかしくなって、宗三は両頬を掌で押さえながら声を絞り出した。 薬研が何を言ったのかは、さすがに宗三にも理解できた。 例え公然の秘密であっても、自分と薬研が恋仲であることは主にも報告していない、いわばごく私的な関係性であった。それが藤四郎同士の喧嘩から一挙に暴露されてしまった。 周囲で騒ぎを注視していた刀剣男士たちは薬研の宣言をはっきりと聞いていて、空気がざわつくのを肌で感じ取った宗三は、いたたまれなさに細い長身をできうる限り縮こませる。 「……そうざ………?」 包丁藤四郎のほうは、周囲の好奇や宗三の羞恥、薬研の怒りとはまったく別のところに固着していた。 「そうざって…、明暦の大火に巻かれた宗三左文字なのか? ……おまえが?」 包丁藤四郎が頬を紅潮させて宗三左文字を振り仰ぐ。 「……、そうですよ、」 狼狽が収まらぬながらも、指摘された事実に対し顔を赤く染めたまま宗三左文字が頷くと、包丁藤四郎の雰囲気が一変した。 「ほんとか――!? おれのこと覚えてないか? 徳川のじいちゃんのお蔵で一緒だっただろ! おれ、明暦の大火で焼けちゃったほうの包丁藤四郎なんだよ!」 「……………、」 宗三が瞠目する。 恋人が息を飲むのを、薬研は耳ざとく聞きつけていた。 「そっかぁー! 人妻は宗三ねえちゃんかぁ――! すげぇ美人の刀剣男士になったもんだなー! わくわく!」 包丁藤四郎が胸の前で両拳を作り、今にも飛び上がらんばかりに喜ぶのを、宗三左文字は言葉もなく見つめた。 包丁藤四郎と呼ばれた短刀は確かに二振りある。ひとつは今の主の時代にも現存し、ひとつは明暦の大火で焼失していた。 焼失した包丁藤四郎とは、宗三左文字は確かに同じ蔵に収められていた。 目の前の少年が、同じ火に巻かれた刀剣であったとは。 「包丁藤四郎……」 宗三左文字の、包丁藤四郎を見る色違いの両の目に強い憐憫が宿る。 顕現したばかりの包丁藤四郎は、宗三左文字とは全く別の感情で、親しげに宗三左文字を見上げてきた。 「なぁー! 宗三ねえちゃん! ねえちゃんとこに夜這いかけていいか!? 薬研のちび兄がいない夜でいいからさぁ!」 宗三の両袖の袂を掴んで、包丁藤四郎があっけらかんと言ってくる。 「…よ、夜這い………? とは何ですか……?」 包丁藤四郎の言葉の意味が宗三左文字にはさっぱり掴めない。 そもそも何故包丁藤四郎は自分を「ねえちゃん」と呼ぶのか。自分は姉ではないし、第一に女ではない。そこを指摘せねば、と狼狽えているうちに、包丁藤四郎は更に言い募る。 「おれ3Pでもいいぞー! NTR以外にも守備範囲は色々、」 「包丁〜!!」 薬研が包丁の襟首を掴んで宗三から引き剥がそうとするのへ、 「そこまでにしておきなさい、おまえたち」 脇から冷静な声が聞こえ、包丁藤四郎の少年の手を掴む者があって、宗三左文字の僧衣から包丁の手が離れた。 「包丁藤四郎、他工派の宗三左文字どのに無礼を為さぬよう。薬研、おまえも大切な人に恥を思わせぬように気をつけなさい」 藤四郎の長である一期一振がその場に立っていた。 黒金の鐔章をつけた太刀でありながらその立ち居振る舞いは優雅で、ときに女性的とすら感じさせる。粟田口の長兄として個性的な藤四郎たちを纏める彼は同時に豊臣・徳川の蔵刀としても有名で、同じ立場の宗三左文字にとっては気心の知れた相手でもあった。 「宗左どの。弟たちが迷惑をかけて申し訳ない」 「………いえ、……」 一期一振もまた、宗三左文字や包丁藤四郎と同じく、火に襲われた経歴を持つ。 「一兄、そのデコ助をどっかへ連れてってくれ。その広額を俺がぶち割る前に」 「もとよりそのつもりだよ、薬研、」 穏やかな物腰ながら包丁藤四郎の腕をしかと掴んだままで一期一振は薬研に答えた。 一期一振に引きずられるようにして、包丁藤四郎は宗三の前から退かされる。 「くそー。宗三ねえちゃーん! いつかおれの腰の棒菓子を、ねえちゃんの下の口に食わせてやるからなー!」 「包丁! このガキ!」 「いいかげんにしなさい、包丁」 宗三の傍に残った薬研と包丁を引きずる一期一振、ふたりの兄から同時に声を上げられて、包丁藤四郎は叱られながら宗三の視界から消えた。 |
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