<其乃二>


「…………」
 数日の後。
 手合わせの相手となった骨喰藤四郎を、大倶利伽羅は無言で見下ろした。
 夏の夜、予期せぬ事態により骨喰藤四郎に口づけたことはある。だがそれはその時のままに終わり、その後に進展はなかった。同じ伊達佩刀である燭台切光忠にもその顛末を大倶利伽羅は告げていない。骨喰藤四郎も恐らくは、誰にもそれを喋っていないだろう。かといって彼らが共謀して秘密にしているわけでは無論ない。ただ単に二人とも無口なだけだ。
 骨喰藤四郎のほうでは、あのとき大倶利伽羅の仕掛けた接吻が、なにがしかの感情的意味を持つことにさえ気づいていないようだった。
「手合わせしろ」
 骨喰藤四郎は竹刀を構え、大倶利伽羅をまっすぐに見上げてくる。整いすぎた顔はあの夏の花火に取り乱したのがまるで嘘のように、いつもと変わらずまったく表情が読めない。
 無表情で無愛想という意味では、大倶利伽羅は骨喰藤四郎といい勝負だった。
「……来い」
 特に構えも見せず、大倶利伽羅は骨喰藤四郎に指図した。骨喰藤四郎が、小兵ながら素早い動きで大倶利伽羅に近づく。
「―――好きだ!」
「!?」
 鋭い声を発しながら骨喰藤四郎に打ちかかられ、大倶利伽羅は目に見えて動揺した。
 竹刀を構えることも忘れ、骨喰に肩を強かに突き込まれてしまう。
「ッ……」
 痛みに思わず大倶利伽羅の体がぐらつく。
 勝機を逃さず、無表情のまま、骨喰は更に踏み込んで竹刀を浴びせる。
「好きだ!」
「っ、待て、」
 同じ言葉を叫びながら骨喰藤四郎に二度、三度と打ち込まれて、大倶利伽羅は応戦するどころではなくなった。
「すきだ! そしてこれがきり―――」
 言いながら打ちかかってきた骨喰の竹刀の先を、遂に、大倶利伽羅の大きな手が掴んだ。
「おい、骨喰」
 その名を初めて呼ばれた、と骨喰藤四郎が思う間に、掴んだ竹刀の先を下げて、大倶利伽羅が重ねて言葉をかけてきた。
「今俺に何と言った」
「……『すきだ』と言った」
 竹刀から両手を離さずに、骨喰は大倶利伽羅を見上げて率直に返事をした。
 見下ろす大倶利伽羅が奇妙に眉を歪めて目を眇め、金色の瞳で骨喰を見据えた。
「『すきだ』と言った次には、『これがきり』と言っ―――」
 愚直に大倶利伽羅の問いに答え続ける骨喰の面に向けて、大倶利伽羅の顔がぐいと寄せられた。
 自分の竹刀を放り捨てた大倶利伽羅の右手が伸びてきて、骨喰の背中に回され、体を絡め取られる。
「……、」
 突然のことに、骨喰が言葉を吐くのを止めて瞬きを一つしている間に、骨喰の唇に大倶利伽羅の力強い唇が押し当てられてきた。
「! っ、……、」
 背に当てられた大倶利伽羅の手が骨喰の身を大倶利伽羅の胴に寄せて、唇だけでなく上半身が密着する。
「ン、」
 大倶利伽羅の接吻は夏の夜のものよりずっと情操的で力強かった。唇に強く舌を押し当てられて、骨喰はぴくりと身を震わせる。
「ッンぅ、」
 体に電流が走ったようだった。
 意味も理屈もわからずに、骨喰はただ体の弛緩によって両唇を開く。そこに大倶利伽羅の舌先が探るように忍び込んできて、骨喰は、唇肉の裏側に他人の肉と熱が触れてくるのを感じる。
「ッ……、」
 鯰尾以外の者に触れられるのを避けてきたはずなのに。
 大倶利伽羅の接触は以前と同じく、全く不快ではなく、むしろもっと先を望むような気に骨喰藤四郎はさせられた。いつのまにか骨喰も竹刀を取り落としており、華奢な少年の体は大倶利伽羅の両腕の中に完全に抱き込まれている。大倶利伽羅の舌先は力強いが決して横暴ではなく、確かめるようにゆるゆると歯列をなぞってくる。骨喰は自ら、歯の噛み合わせを解いて口を大きく開いた。
 大倶利伽羅の舌が、今度は歯の内側にまで入り込んでくる。
「ンふぅっ……、む……、」
 唇同士はぴったりと触れ合い、まるで口を大倶利伽羅に優しく食まれるかのようだ。大倶利伽羅の舌が己の舌に触れると、他人の味が舌から脳と心に瞬時に達して、美味とも思わぬのに不思議にその味覚に骨喰は酔った。
「ふぅ、ン、んむ」
 熱と恍惚以外の何も認識せず、骨喰は大倶利伽羅の舌に己の舌を絡ませ返す。夏の夜に為したよりもずっと深い接吻だったが、骨喰は恐れを感じなかった。むしろ舌が絡めば絡むほど恍惚は強まり、全身の筋肉の緊張が解けていく。ふと背にも熱を感じ、それは、自分を抱き寄せた大倶利伽羅がその大きな手で自分を支えているからだと唐突に気がついた。
 花火の夜、大倶利伽羅が庭で猫の背を優しく撫でていたことを骨喰藤四郎は思い出した。
 同じ手つきで、大倶利伽羅は、骨喰の体を慈しむように撫でさすっている。
「ッ……、」
 自分の体がひといきに熟すような熱を骨喰は自覚する。
 体から骨が無くなってしまったような錯覚に陥って、骨喰は覚束なく腕を伸ばし、大倶利伽羅の背に手を回してしがみついた。
 まるで宥めるように。骨喰の反応を迎え入れるかのように。大倶利伽羅の接吻と抱擁が深く、強くなる。
「ン……ぅ」
 大倶利伽羅の腕の中で、骨喰は更に大倶利伽羅に身を寄せる。大倶利伽羅から与えられた熱は今や体の中央にも凝っている。
 口中で舌同士と唾液同士が絡む。
 自覚も無く、骨喰は啜るように唾液を喉奥に飲み下した。
「ッ……、」
 息苦しくなってようやくにふたりの唇は離れる。
 力を失ってずるずると床に頽れる骨喰の体を大倶利伽羅は支えながら、自らも修練場の床に座り込んだ。
「……………、どう…、して、」
 熱い息を吐きながら熱と酸欠で骨喰藤四郎が頬を赤く染めて、潤んだ黒い瞳で大倶利伽羅を見上げる。
「花…火は……、無いのに、」
「……花火がどうした」
 浅黒い肌の大倶利伽羅の頬も、骨喰同様に紅潮している。三白眼の金色の目は潤むと言うより何か得体の知れぬ欲に煌めいていて、瞬間骨喰はその輝きに見惚れた。
 大倶利伽羅の大きな手が、骨喰の輪郭を優しく捉えて頬や唇を愛撫している。
「口と口を、くっつけるのは……花火の為の、呪いだろう……」
 骨喰の指摘を受けて、大倶利伽羅は、夏の夜に骨喰に対し、接吻について『花火が怖くなくなる呪い』であると虚偽の説明をしたことを思い出した。
「……呪い、と言ったのは嘘だ」
 骨喰の頬に手を触れたまま大倶利伽羅が端的に告げる。
「…うそ……? っ、ン、」
 骨喰がぼんやりと呟く間に、大倶利伽羅が再び口づけてきた。
 口中と鼻腔が大倶利伽羅の香混じりのにおいで満たされる。
「ん、……ふぅ、」
 口づけが心地よいのを知っている骨喰は、目を半眼に閉じて、むしろ自ら大倶利伽羅に向けて舌を伸ばす。骨喰の小さな舌を大倶利伽羅の筋肉質の舌が優しく舐って、骨喰の体には新たな熱が蓄積されていく。
「こうされるのは嫌か」
 やがて唇が離れると、大倶利伽羅が尋ねてきた。
 骨喰は瞬きをして、口の端に唾液を滲ませたままで答える。
「……嫌じゃ……ない……」
「そうか」
 大倶利伽羅の目が満足げに眇められた。
 大倶利伽羅は床に胡座をかいて、骨喰の体を腕で引き寄せる。小さな尻さえ腿の上に乗せられて、骨喰は体の全てを大倶利伽羅に包まれるような様相になった。視界と触感、嗅覚、すべてが大倶利伽羅で満たされて、骨喰は陶酔に似た吐息を漏らした。
 唇や、その周囲の顎や頬へと接吻を繰り返しながら。
 大倶利伽羅の手が、紺色の制服の上から、骨喰藤四郎の背を撫で続けている。
「……猫になった気分だ」
 キスの合間に骨喰がぽつりと漏らすと大倶利伽羅の手の動きが止まった。
「どういう意味だ」
 大倶利伽羅に尋ねられて、骨喰藤四郎は説明しようというように視線を彷徨わせる。
「……花火の、夜……、おまえは猫を撫でていた……。今、俺を撫でる手が……、あのときに、似ている気がする」
 骨喰の前髪の上で大倶利伽羅が息を吐く気配がした。
 見上げると、自分を見下ろす大倶利伽羅の口角はほんの少し上がっていた。苦笑に近い表情のように見えた。
「猫よりは、お前のほうが撫で甲斐がある」
「…………」
 骨喰が大倶利伽羅の顔を見つめている間に、大倶利伽羅が背中から手を戻して、骨喰の制服の釦を外し始めた。
「なにを……するんだ…」
 さほどの拒否感も無く、呟くように骨喰が問うているうちに、大倶利伽羅の手が制服の隙間に入り込んできて、薄地のシャツ越しに指が肌に触れてきた。
「あ、」
 上着の上からよりよほど緊密に大倶利伽羅を感じ、骨喰は声を上げる。
「ン、」
 疼くような熱が体内で高まり、骨喰は無自覚に身を捩って、大倶利伽羅の手が触れやすくなるように体の向きを変えた。
「撫でられるのは好きか」
「ん……、」
 その声が肯定を意味することを、骨喰も大倶利伽羅も理解していた。
 骨喰の返事を得て、その望み通りに、大倶利伽羅の手が制服の内側に大きく入り込んでくる。シャツ越しに脇腹を撫でられるとくすぐったいが、同時にひどく心地よい。大倶利伽羅の腕が再び背に回り込み、一方で、骨喰の紺地の上衣は胴体から殆ど剥がされてしまう。
「あ、」
 刀を握り慣れた大倶利伽羅の男らしく骨張った指が、意外なほどの器用さと優しさで骨喰の背と腹を撫でていく。
 いつしかシャツの釦も外されて、大倶利伽羅の手が、直に骨喰の肌に触れてきた。
 滑らかな少年の皮膚を、大倶利伽羅の指が辿る。
「! ッ……、あぁ……、」
 羞恥さえ未だ知らず。
 骨喰はただ素直に声を上げた。
 湧き上がるその感覚を、何と呼ぶかも知らぬままに。
 骨喰の声を受けて、大倶利伽羅はいっそうの親密さで彼に触れていく。指と掌が、骨喰の肌に大倶利伽羅の熱を伝えていく。
 大倶利伽羅がもたらす熱は次第に、骨喰の下肢のある部分に凝り始めていた。しかしそれが一体何であるかも骨喰にはわからないし、自覚さえ殆どできないままだ。
 浅黒い大きな手が骨喰の白い肌を辿る。脇腹から肋骨の影をなぞって、親指の先が掠めるように、骨喰の乳首に触れた。
「ッ! ひ、ぁ……!」
 銀の髪がぱさりと揺れ、少年の喉から細く高い声が上がる。
「ンぁ、あッ、」
 大倶利伽羅の親指の先が幾度か乳首を撫で上げて、その都度、骨喰は未知の快楽に深く飲み込まれてゆく。
 骨喰が、半眼だった目を開いて大倶利伽羅の顔を見上げると、先程見た欲は未だ大倶利伽羅の目に宿っていた。同時に、骨喰を気遣い見守るような光も金の瞳には存在していて、骨喰の、大倶利伽羅への不思議な依存心はますます高まっていく。
 大倶利伽羅の手が骨喰の体を今度は下方へと滑り、ゆっくりと腰骨を辿っていく。
「ン……、」
 骨喰の弛緩した体を追いかけるように、大倶利伽羅の手が骨喰の腰のベルトを緩め、前を開けた。己の姿が無防備さを増すことにまったく怯えを見せず、骨喰は大倶利伽羅の接触を受容する。
「っ……なにを…、するんだ………、」
 骨喰が発した声は制止でも拒絶でもなく、ただの疑問だった。
「………、」
 額髪に大倶利伽羅の熱い息がかかり、大倶利伽羅は言葉ではなく行動で骨喰に応えた。
 大きな浅黒い手が肌着越しに、骨喰の股間の中央に触れる。
「ッ、………!」
 触感にびくりと身を震わせる少年の体を抱え直し、大倶利伽羅はその手で新たな愉楽を骨喰に教えていく。
 大きく温かな手指が肌着越しに骨喰の竿を包み、緩く撫で上げられる。
「あっ、ぁ…、なに、」
 骨喰は口では戸惑いを上せたが、見開かれた黒い瞳は淫熱に潤むばかりで恐怖もなく、ただ大倶利伽羅の顔を見つめていた。そして体は、もたらされる触感に添おうというように、華奢な腰を捩り、大倶利伽羅の手に股間を押しつけてきた。
「はぁ……、はっ…、」
「ふ……、」
 抱き込めた相手の、愉悦に対する正直な反応に、大倶利伽羅の金色の目が満足げに細められた。
「気持ちいいのか」
 問いながら、その手は骨喰の竿を上下に撫でさする。
「ン……、ふ、ぅ……、ぁう……、」
 大倶利伽羅の声から、気遣いや、己の愉楽への肯定感を感じ取って、骨喰は愛撫されるままになりながら、陶然と頷いた。




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