紅深き

 

2016/12/10
小烏丸顕現/歌仙×宗三/にっかりと姥国
本丸・連続した3つの秋の情景
全3話(2話まで公開)


 もみぢ葉の流れて止まるみなとには紅深き波や立つらむ  素性法師
(落葉したもみじが流れていって止まる河口では、深い紅色の波が立っているだろうか)
    



  <其乃一>


 秋も深まり、城中や周囲の木々が美しく紅葉する頃。
 鍛錬所の炉火から、ごく珍しい刀剣男士が顕れた。
「我は小烏丸」
 小柄で、童形のように見える刀剣男士は近侍の歌仙兼定にそう名乗った。
 口に赤い紅をつけ、高く結い上げた艶やかな黒髪は烏の羽のように広がっている。脚に履き物はなく裸足で、黒い水干(すいかん)の下に、庭の紅葉をそのまま服の色に移したような鮮やかな朱の()(うちぎ)()(ばかま)を身につけていた。
「我はそなたたち全ての刀剣の父のようなものよ」
 聞けば小狐丸や三日月宗近よりも古い由来の刀剣だと言う。
「………………」
 鍛錬所の前の中庭で、歌仙兼定は目を眇めて新たな参陣者を見下ろす。
 出自や容貌より、歌仙兼定は別のところが気になった。
「来歴はよくわかったのだが、小烏丸どの……」
「父」
 小烏丸が高貴かつ横柄な声で短く告げる。
「は?」
 意味がわからず歌仙兼定は問い返す。小烏丸は不満げに小さく鼻を鳴らした。
「そなた。我より幼いのに耳がちと遠いようだな。我の由来を告げたであろう。我はそなたよりずっと古い刀剣なのだ。我のことは敬意をもって『父』と呼べ」
「………………」
 歌仙兼定は暫く無言だった。
 また面倒な性格の刀剣男士が来た、と歌仙兼定は内心で思う。先日顕現した亀甲貞宗と初手に交わした会話は、それは酷いものだった。新たな刀剣男士が参陣したと聞かされたとき、今度こそまともな者であれと願っていたのに、願いは天に届かなかったようだ。
「……お父君」
 仕方なくそう呼ぶが、小烏丸はふいと顔を横に背け、半眼の黒い目で歌仙兼定を横目に睨み上げてくる。
「他人行儀だのう。それではそなたの父ではなく別の者の父のように聞こえるではないか。『父』と直接に呼ぶのが恥ずかしいのなら、現代(いま)(よう)に、『ぱぱ』と呼んでも良いぞ。特別に許す」
「……………………御父上」
 歌仙兼定は諦めて吐息と共にその敬称を吐き出した。
「そう呼ぶのは構わないのだが(本当のところは嫌だが)その……、袿の裾をもう少し下げられるか、小袴をもう少し引き上げて履いていただきたいのだが」
 小烏丸の袿の垂れ布は丈が短く、袴は腰に緩く絡みついている所為で、黒い水干の下から、小烏丸の白く細い太腿が目も綾に覗いている。
「肌がそんなに露出した姿で歩かれると、他の者が目のやり場に困る。風流じゃない」
 眉を顰めて歌仙兼定はそう告げた。
「父に意見するとは出過ぎた子じゃな。親不孝者め」
 小烏丸にあっさりとそう言い返されて、歌仙兼定の心中に黒雲がむくむくと湧き起こってきた。
「我はこの姿を変えたりはせぬ。そなたの趣味など知ったことではない。だいいち腰の物を覆うては用が為せぬであろうが」
「…………用、とは?」
 目の前の刀剣男士は自分向きの案件ではない、と思い始めながら歌仙兼定は問う。
「お子様よのう。何故我ら刀剣男士が全て男の体で生まれると思うておる。人間の男は体に聖なる棒を持って生まれ、棒を振るって生きるのよ。珍宝と言うであろうが。我ら刀剣は元来全て、その棒を更に先鋭に具現化したもの。我は珍宝を隠したりはせぬぞ」
 黒雲は嵐となって歌仙兼定の心中を吹き荒れつつある。
「………………まさか、その露出はわざと…………」
「下褌も着けてはおらぬぞ。振るうのに邪魔だからな」
 小烏丸は水干を跳ね除け、袿の裾をぺらりと捲って見せた。おかげで歌仙兼定は見たくもないものを見る羽目になる。
 近侍だからと言う理由で新参者へ挨拶になど来るのではなかった。
 後悔以外の何物も抱けぬ心境の歌仙兼定に、小烏丸の言葉が追い打ちをかける。
「そろそろ夕刻じゃな。子であるそなたに尋ねるが。今晩からこの父の接待には、棒を存分に振るえるような、見目良い小姓の四、五人はつくのであろうな?」
「………………………………」
 遠征に出ているお陰で、この場に宗三左文字がいなくて良かった。こんな下世話な会話を大事な恋人に聞かれずに済む。
 歌仙兼定は必死で己にそう言い聞かせる。
 その考えに縋っていないと、眩暈と苛立ちでどうにかなってしまいそうだ。
「歌仙の兄さんが、ロープ際まで追い詰められてるねえ。珍しい」
 面白がるような声が、歌仙兼定の背後で聞こえた。
 かさりとも音を立てずに、小烏丸と歌仙兼定の至近に歩み寄っていた者があった。
「にっかり青江……」
 くだけた作業着姿で片手に熊手箒を持ちながら、にっかり青江がそこにいた。畑番か(うまや)番の延長上で、庭掃除をしている最中らしい。彼は箒を手放す口実を探していたもののようで、例の通りさざ波立つような微笑を湛えて立っていた。
「僕向きの案件じゃないかい? 目の前の彼」
 小烏丸を目で示し、粘性の高い声と視線でからかうように言われても、歌仙兼定は常のようににっかり青江相手に怒りを溜めることも出来ない。胡乱げに睨んでくるだけの歌仙兼定に、にっかり青江は名の通り完爾と笑って見せた。
「得手不得手ってものがあるだろう、歌仙くん。選手交代といこうじゃないか。はいはいタッチタッチ」
 にっかり青江が掌を天に向けて触れというような素振りを見せる。歌仙兼定はそれには乗らず、
「………任せる」
 とだけ言って小烏丸の前から退いた。にっかり青江が押しつけようとしてくる箒の柄を掴むことは断固として拒否した。
「やぁ父上、棒が大好きな不肖の息子だよ」
 箒を土塀に立てかけ置いて、馴れ馴れしくにっかり青江が小烏丸の肩に触れる。
 小烏丸はしげしげとにっかり青江の姿を眺めた後、こう論評した。
「ふむ。(とう)は立っているが顔立ちはまあまあよな。そなたは(おお)禿(かむろ)なのか」
 にっかり青江は首を傾けて長い髪をさらりと揺らし、艶っぽい笑顔で小烏丸の顔を覗き込んだ。
「違うけど、……まあ似たようなものかもね、僕が属してる脇差は美少年揃いのジャンルだから。僕はちょっと特殊でね。でも今どきは、短刀クラスのあまりに若い子は、父上の望むようなお相手は禁忌なんだよ。あまりやり過ぎると、主が捕縛されて城も破却されてしまう」
「……まことか」
「そうそう、まことまこと」
 適当な相槌を打ちながら、にっかり青江は小烏丸を誘導して中庭から去ろうとする。
 とりあえず今晩は空いている棟のどこかへ小烏丸を連れて行き、そこで寝ませるつもりのようだ。
「信じられんな。稚児や美少年を愛でるのは記紀の時代からの国の習わしと言うに」
「そうだよねえ。男色は近頃復興してるけど、これも一時期禁忌だった時代があって、未だに嫌う人は嫌うようだよ。……でも少年愛は、『人道的見地』ってやつから見て、相変わらずタブーのままだね。父上も見た目が若いから気をつけておくれよね」
「まこと世も末よな。ところで世も末と言えば。そなた、随分と怪体な服を着ておるな。肌が荒れそうだの」
「ああこれ? うんうん、これは裸ジャージと言って、仰るとおり手触りは良くないけど、乳首と竿に擦れるのが痛気持ちよくてつい毎日………」
 小烏丸とにっかり青江は聞くに堪えない会話を交わしながら鍛錬所を去って行く。
 歌仙兼定は彼ら二人に背を向け、うんざりした表情を隠しもせずに、彼らの会話の一切を聞かなくて済むよう両掌で二つの耳を覆っていた。




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